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132.納得する頭と飲み込めない感情


ビーシス商会の創立記念パーティーは、決闘の後にちょっとした騒ぎが起こったが、そこに潜入していた騎士団が適切に対応したのでそこまで大きな混乱もなく治められた。


決闘が終わってミダース元男爵が見事に勝利をおさめた瞬間、誰かがバラまいた煙玉で大混乱になったのだった。しかし警備員だけでなく騎士達がパーティー客達を落ち着かせて、演習場から室内の会場まで速やかに移動させてくれたことが大きかった。


そこに集められて戸惑う客達に、騎士団の証を見せた第三騎士団団長自らが、主催のビーシス伯爵に許可を取って説明をした。


他領を荒し回っていた盗賊団を王都に入る前に大半を捕らえたものの首領格数名を逃してしまい、彼らが逃走資金を得る為に国内有数の資産家のミダース男爵家にパーティーの関係者を装って浸入した、と説明したのだ。見慣れない顔が入っても大丈夫だと思われたのと、皆が決闘に気を取られている隙に本邸に浸入して色々物色する予定だったらしいと明かした。しかし予想以上に男爵家の警備が厳しく、煙玉で混乱を呼ぶつもりが逆に自分達の足を鈍らせる結果になって、密かに潜入していた騎士と警備員のおかげで全員捕縛となったと報告がされた。この件については、後日王城からも通達があるだろうと締めくくられた。

そして盗賊団の浸入に備えて、情報漏洩を防ぐ為に主催者にも内密に騎士を潜入させていたことをアリアとパーティー客に騎士団長が直々に謝罪をした。このことで、危険な目に遭わされたと立腹していた一部のパーティー客も溜飲を下げたようだった。特に第三騎士団の団長は、遠縁とは言え王族の血縁に連なる者だ。そんな身分の者に頭を下げられるというのは、むしろ末代まで語り継ぎたい程の自慢話になる。


もっともそれは表向きで、実のところは違法薬物を持ち込んだ者や、良からぬことに使用するつもりだった者、そしてそれを売り捌こうとする者などを一網打尽にしたのだった。更にずっと謎に包まれていた薬草を大量に育てている大物まで捕らえることが出来て、結果的には騎士団の大手柄になった。薬草を育てていた女は、テンマに個人的な恨みを持っていた為に自分の手で殺害しようと乗り込んて来たもので、違法薬物の売買とは全く関係のない理由で捕縛されたという何とも皮肉な結果になった。彼女を押さえたことで、これから芋蔓式に関係者を捕らえることが出来るだろう。


騎士団が違法薬物について伏せたのは、ここには参加していないが売買を行っていた貴族を押さえる為だ。違法薬物を扱う者が捕らえられたと伝われば、証拠隠滅にすぐ動き出すことを用心してのことだった。

そして下位とは言え貴族の間で違法薬物が広まっていたことが世間に知られるのも、国としては大きなマイナス要因になる。それに、当人が知らない間に摂取させられていた貴族の中には中毒症状が出ている者も確認されている。自らの判断で売買に関わった者には厳しい制裁が下されるが、そうではない者の名誉を守ることも重要だ。その為、違法薬物の件は徹底して伏せられることになった。



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「あの…無茶な、更に失礼なお願いとは分かっています。これまでのお約束もロクに守れていないくせに、またしてもお願いをすることにお怒りになられるのも承知の上です。ですが!ですがどうかパーティーが終わるまで、父の代わりを務めていただけませんでしょうか!」


決闘が終わって、あの偽神官の女がレンドルフの変装の魔道具を壊して替え玉なのを客の前でバラそうとし、ユリが煙玉で視界を塞いでレンドルフの援護に向かった後のこと。


安全な場所へ退避しようとエリザベスを守りながら移動していた時、混乱に乗じて彼女の元婚約者のジェイクが現れた。決闘に参加もせずに安全な場所から見守っていたというだけでなく、隙を突いてエリザベスを攫って強引に既成事実を作ってしまえばいいと狙っていたそうだ。

今までのジェイクは、見目はいいが剣術などはからきしで、護衛騎士のエレクトラもいれば、怪我はしていると言ってもテンマもいたので負ける筈はなかった。だが、彼は何らかの違法薬物を複数摂取していたらしく、本来人間が持っているリミッターが完全に外れていたのだ。恐怖心も、痛みも感じず、体が壊れるのもお構い無しに襲いかかって来るジェイクをテンマが体を張って止めた。


そのおかげでジェイクの暴走は止めることが出来たのだが、それを止めたテンマも重傷を負ってしまった。しかも、その時はまだレンドルフの変装のままで、周囲に避難している最中の客が多数目撃していた。そのせいで、令嬢を庇って大怪我をしたのはレンドルフということになってしまったのだった。

本物のレンドルフは、変装の魔道具を壊されて素の状態で演習場に残っていたのだが、ユリが魔法で煙を飛ばした頃には客達の避難は終了していて、パーティー客には姿を見られなかったのだ。


「一命は取り留めましたが、今、父は動かせる状態ではありません。ですが、怪我をしたのはレン様だと言うことになっています。このままではエリザベス様との正式な婚約発表で不在となって、せっかくレン様に勝ち取っていただいた座が再び混乱になるでしょう」

「俺がまたテンマさんに化けて、エリザベス嬢と婚約発表の場に立ち会う、と…?」

「どうかお願いします!神殿で契約書を書く訳ではありません!ただ、パーティー客の前での発表の場にいて、ダンスを踊ってくだされば…!」


一度身代わりで決闘をして勝ち抜いたのだ。その嘘がもう少し伸びるだけだ。しかし、何故そこまでテンマの身代わりをするのか、レンドルフはいまいち納得が行かないものがあった。


「決闘で負った怪我で疲れているために本人不在で発表だけにするというのは…」

「正式に婚約を結んだと発表した者が顔も出さず、その直後にダンスを踊らないというのは、政略な上に不仲だと思われます。それに我が家の場合、金で婿の座を買ったと思われていましたから…」

「…エリザベス嬢は、何と?」

「彼女も、納得しています。今はユリ嬢に説明していることかと思います」


レンドルフはしばらく黙って考え込んだ。トーマは深く頭を下げたまま顔を上げようとしなかった。


「トーマさん。顔を上げてもらえますか」

「は、はい…その…」

「始めた嘘は、最後まで突き通さなくてはならないですね」

「…!では!」

「今度こそユリさんに絶対危険がないように手配をお願いします。もし彼女に再び何かあるようなら、俺はダンスの途中でも構わず助けに行きます。それでしたらお受けしましょう」

「それで十分です!ありがとうございます!必ず、必ずユリ嬢の安全を確保します!」


多くの客がレンドルフが怪我をしたところを見ているなら、その後ユリを見かければパートナー不在だと判断されるだろう。先程はいつレンドルフが戻って来るか分からなかったというのも牽制になっていただろうが、今度はそれがなくなった状態だ。一番頑丈な防壁が無くなったも同然だろう。


「すぐに手配を致しますので、レン様は支度お願いします」

「分かりました」


ちょうど従僕がレンドルフの着替えを持ってやって来た。淡い緑を基調にして、一部に黒い革を使用している礼服だった。ふとレンドルフは、そういえば決闘に参加していたアマガエル色の令息はどうしただろうか、と唐突に思い出したのだった。



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「分かりました」


レンドルフが隣室の控え室で頷いていた頃、同じように湯浴みと傷の手当を終えたユリがエリザベスに向かって頷いていた。ドレスは着られる状態ではなかったので、今はシンプルな部屋着のワンピースを借りている。しかし一番サイズの小さそうなものを用意したのだがやはりユリには長過ぎたので、ベルトでたくし上げるようにして着ていた。


「ありがとうございます。お二人にはどれだけ感謝しても足りません」

「レンさんには…あの方、ご自身がお強いからすぐに誰かの盾になろうとしてすぐに怪我をするんです。そんな性分ですから、怪我をしないでと願うのは無理でしょうから、せめて無茶はさせないようにしていただけたら…」

「畏まりました。ふふ…お顔は似ていませんのに、行動はよく似ていらっしゃるのね」


エリザベスはユリの言葉に少しだけ口角を上げたが、その表情はあまり笑っているようには見えなかった。テンマは、レンドルフの姿のままであったが、エリザベスを強引に攫おうと画策して暴れた元婚約者ジェイクを止めようとして負傷していた。その前に手足に怪我をしたのもエリザベスを守ろうとしてのことだった。短期間にテンマが自分を守ろうとして立て続けに怪我を負ったことに、エリザベスの疲弊は見た目よりも大きそうだった。

あまり時間がないということで、ユリは湯上がりの肌の手入れや髪に香油を摺り込ませたりと色々とメイド達にしてもらいながらエリザベスの話を聞いていた。エリザベスは俯き加減で終始謝罪と感謝を繰り返していたので、構図だけならばユリの方がこの場の女主人のようであった。


「あの…出来たらパーティーの間、どこか人目に付かない部屋を準備していただけません?パートナーが負傷したのにパーティーに参加してるのもおかしな話ですし、私は帰ったことにして大人しく引きこもってますから」

「ですがそれでは…」

「慣れないドレスで疲れちゃいましたし、のんびりさせてもらいます。あ、図々しいお願いですが、飲み物と何か読むもの…小説でも図鑑でも雑誌でも何でも良いので、何冊かお願い出来ますか?」

「はい、全て準備致します」


少しでもエリザベスの心労を軽くしようと、ユリは気楽な口調で注文を出した。



ユリは用意してもらった底の真っ平らな室内履きを履いて、手入れをしてくれていたメイドの一人に案内されてパーティー会場の一部の客間に案内された。一度レンドルフの顔を見て行くかと確認されたが、何となく顔を合わせるのは気が引けてしまってユリは断った。回復薬で傷は完治していたということだけは聞いたので、それだけ聞けば十分だった。ユリは、パーティー会場には戻らず大人しく別室で引きこもることだけ言伝で頼んでおいた。会場にユリがいなければレンドルフに心配をかけてしまう。

案内される途中で、控えていたエレクトラも合流してくれた。このまま終わるまでユリの護衛に付いていてくれるそうで、先程着ていたドレスは脱いで、シンプルな男装をしている。


「せっかくのパーティーなのに参加出来なくてすみません」

「私もドレスよりこちらの方が実は気楽ですので、お気になさらないで下さい」



準備してくれた客間は、窓が広くて明るい印象の部屋だった。本邸はテンマに合わせて全体的に作りが大きいが、このパーティー会場に提供している離れは主に来客をもてなす場であるので、家具なども通常サイズだった。以前にも座らせてもらった金紫鹿(きんしじか)の革が張られたソファが置かれていて、ローテーブルの上にはカナッペやサンドイッチなどの軽食や、プチケーキやフルーツなどが美しく盛られた皿が置かれている。更に端の方には、何冊かの書物が積んであった。特に好みは伝えなかったのだが、気軽に読める雑誌類が多いようだ。その隣にはティーワゴンが設置されていて、温かいものや冷たいものも対応出来るように取り揃えられていた。側には若いメイドと中年の従僕らしい人物が控えている。

ユリが引きこもることを決めたのはつい先程のことなのに、ここまできちんと準備を整えてくれた采配は感心するしかなかった。


冷たい紅茶を頼んで、ユリはテーブルの端に積んである書物の中から何となく雑誌を引っ張り出してパラリと広げた。生地と染色を主力としているビーシス商会な為か、手にした雑誌は服飾関連のものだった。ユリの暮らす大公家別邸にある書物は、大半が薬草図鑑や薬学の最新研究論文が掲載された専門誌ばかりなので、これはこれで興味深く眺めた。異国の伝統衣装をモチーフにした最新デザインのドレスなど、詳しいことは分からなくても華やかなものは眺めているだけで面白いものだった。中には、何故こんなに臭いことで有名な花のモチーフをドレスに…?と首を傾げるものなどもあり、気が付けば夢中になって読み耽っていた。



しかし、遠くから拍手と歓声が聞こえて来るのを耳が拾ってしまった。ついそのまま耳を澄ますと、ワルツ曲が微かに聞こえて来る。よく耳に慣れたその曲は、レンドルフと練習をしたオルゴールと同じものだった。


きっと、テンマとエリザベスの正式な婚約が発表されて、ダンスが始まったのだろう。主役である二人が二曲続けてダンスを披露して、それから他の人々も参加するのがよくある流れだ。



今、この曲で踊っているのはテンマとエリザベスだ。


ユリはそう思って雑誌に目を落としたが、集中出来ずに耳だけが曲を拾ってしまう。二人でミリーの厳しい指導を受けながら、ついお互い違う方向に足を踏み出して笑ってしまったことや、うっかりユリがあの凶器のような靴で踏んでしまっても気にしないようにフワリと体を持ち上げてターンでごまかしてくれたレンドルフの顔が次々と思い浮かんでしまった。


ユリは「あ、これは良くないな」と思った時には、雑誌の上にポツリと水滴が零れ落ちていた。紙に染み込んだらいけないと慌てて置いてあったナプキンに吸わせる。


「あ、あの!ちょっと眠くなったので、少し仮眠を取ります!なので、少しだけ一人にしていただけませんか」


ユリとしてはさり気なく言ったつもりだが、思ったよりも大きく震えた声になってしまったので意図したよりも唐突な物言いになってしまった。彼らはユリのことをどこまで知っているかは分からないが、そのままユリの願い通りに何も言わずに一礼して部屋を出て行った。


「お嬢様、私はドアのすぐ外におります。何かありましたらすぐにお声をおかけください」


そう言ってエレクトラは、テーブルの上にそっと真新しいハンカチを置いて行った。


パタリとドアが閉まったのを合図にしたかのように、ユリの目からポロポロと涙が零れて、胸の布に幾つも吸い込まれて行った。慌ててエレクトラが置いて行ってくれたハンカチを手にして、擦らないように目に当てる。


(ちゃんと分かってる。レンさんじゃなくてテンマさんだし、少し身代わりの時間が延びただけだし)


放っておくことが出来なかったから、納得して受けた危険も伴う決闘の身代わりだった。レンドルフもユリも顔を突き合わせて話し合って、後悔するくらいなら出来ることをして最後までちゃんと付き合おうという結論を出した。だからレンドルフがテンマの代わりにダンスを踊るのも、十分に納得はしていた。


「でも…頑張ったのになあ…」


何日も前から苦労してコルセットに馴らして、食事も気を付けていた。普段はあまり念入りにしない手入れもきちんと心掛けて、ここ近年では一番綺麗になれるように頑張って来た。それはユリ自身の勝手な自己満足だということは自分が一番良く分かっている。それに、まずあり得ないが万一レンドルフがテンマの身代わりのダンスを断っていたら、ユリは自分が彼の背を押しただろうことは予測が付く。


けれど、それが分かった上でも悲しい気持ちは別物だった。



ユリは、しばらく顔にハンカチを当てて、ソファに置かれていたクッションに頭から突っ込んだ姿勢でいたのだった。




第三騎士団は独自の判断で凶悪犯を処分出来る権限が与えられているので、身分的な支障が出ないように団長は実力だけでなく代々王族の血縁が務めています。今の団長は、頭を下げるだけでタダで相手が納得してくれるので自分の血筋は経済的で便利、くらいにしか考えていない合理主義者です。

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