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130.決闘の決着と黒幕の暗躍

まだ戦闘中です。ご注意ください。


思い切りレンドルフの頭上に振り下ろされた剣に、悲鳴こそは上げなかったがユリは半ば立ち上がり掛けた。もしレンドルフの命に関わるような危険が迫れば飛び出すつもりでいたのだ。しかし、相手の放ったトルネードで視界が悪くなり対応が遅れた。


ギィンッ!!


「あ…」


レンドルフの頭に当たった瞬間、相手の剣が根元から折れて、刃の部分が弾き飛ばされて飛んで行った。


「…何て、石頭だ」


呆然とした様子で呟いたテンマに、ユリはへたり込むように椅子の上に崩れ落ちた。


「よ、かった…」


震えるユリの唇から掠れた声が漏れる。もう表情を取り繕うことも出来ず、ハッハッと短く浅い呼吸をしていた。そして座ったまま上半身がグラリと揺れて、隣のテンマが立ち上がって慌てて肩を支える。


「ユリ嬢、大丈夫か?」

「え、ええ…平気、です」


顔色が白くなっているが、それでも気丈にテンマの腕を押して自力で体勢を立て直す。その金色の目は、逸らすことなくまだ土煙の漂う戦いの場に向けられていた。



----------------------------------------------------------------------------------



まともに頭に剣を受けたレンドルフは、膝を付いたままの姿勢でほんの少しの間動かなかったが、やがてユラリと立ち上がった。


「…っひ…」


折れて弾け飛んだ刃が掠めたのか、令息の頬に一筋傷が付いて血が滴り落ちた。だが、彼はそれにも気付いていないように地面に座り込んで、目の前に立ち塞がる巨体を見上げてガタガタと震えていた。ゆっくりと近付いて来る相手はさすがに無傷ではなかったようで、頭から血を流していて、それがこめかみを伝って顎から滴り落ちていた。表情は影になって見えにくかったが、世にも恐ろしい形相で見下ろしているのは分かった。


「ま…まいっ」


降参を宣言しようとした瞬間、彼はレンドルフの大きな手でガシリと顔を掴まれた。まるで万力のような力で顔の下半分を掴まれて、声を出そうにも喉の奥で呻くような声が出るだけで「降参」を宣言出来なかった。そしてそのままグイ、と片手で持ち上げられ、彼は半ば吊るされたように尻が地面から浮いた。


「聞こえんな」

「…がっ!がああああ!!」


レンドルフは容赦なく掴んだ手に力を入れて、相手の顎関節を強制的に外した。薬嫌いで口を開けることを拒否した長兄に向けて、毎回無慈悲に繰り出される義姉直伝の技だ。


彼は痛みのあまり涙を流しながら暴れているが、レンドルフの手は緩まない。ただでさえ化けているテンマの顔立ちはゴツくて強面寄りだ。それが顔の半面を血に染めて、温度を感じさせない表情で見下ろされているのは恐怖以外ないだろう。


「勝利条件は、戦意喪失か戦闘不能、だったな」


顎を外されたので戦意喪失を宣言することは出来ない。一瞬、レンドルフの目に剣呑な色が宿る。


「がっ…!」


レンドルフは顎を掴んだまま、仰向けに地面に叩き付けた。彼はそのまま強かに背中を打ち付けられ、更に顎を外されたままの衝撃も加算されて、潰れたような声を上げてそのまま意識を刈り取られた。


レンドルフは顔から手を離し、彼の色々な水分が付着していたので心底嫌そうな顔になって彼の服でゴシゴシと拭いた。本当は水魔法で洗い流したいところだが、テンマのフリをしているのでそれは諦めた。



静まり返った演習場だったが、見物客達の中から少しずつ拍手が起こり出した。やがてそれは広がって行き、包まれるような拍手と祝福に変わった。これでテンマが正式にエリザベスの隣に立つことが出来る。レンドルフはようやく身代わりとして肩の荷が下りたような気がして、思わず笑みを浮かべていた。


レンドルフはゆっくりと客席中央の一番前に座っている人物に向けて、左胸に手を当てて頭を下げた。人々の目にはその礼は正式に婚約者の座を勝ち取ったエリザベスへの敬愛のように映ったので、より一層拍手と歓声が大きくなる。加えて所作の美しさに、野蛮な成り上がりと思われていたテンマのイメージが払拭された瞬間だった。しかし、エリザベスを始め周囲にいた者達は、その礼は間違いなくユリに向けられたものであると理解していたのだった。



----------------------------------------------------------------------------------



「あの神官…!?」


離れたところにいた神官が、レンドルフに近付いて来ていた。それはまるで怪我を負った彼に治癒魔法を使う為に歩み寄ったように見えた。しかし、レンドルフはその手が触れる瞬間に身を捻って距離を取ろうとした。最初から怪しいと思っていた神官だったが、何やらレンドルフに話し掛けていて、彼はそれに対して警戒したように後ろに下がっている。先程肩に触れられて異変を感じていたレンドルフだが、離れていたところにいたユリ達にはそれは分からなかった。


「いけない!ウィンドカッター!」


神官が避けるレンドルフの腕を強引に掴んだ瞬間、何か白い電流のようなものがレンドルフの足元から頭のてっぺんまで走り抜けた。そして顔までははっきりとは分からなかったが、テンマの茶色い髪が、レンドルフの薄紅色に戻ったのを確認した。

それが目に入ったのと同時に、ユリがドレスの裾の辺りに隠し持っていた煙玉を風魔法に乗せて演習場全体にバラまいた。突然の視界一杯の煙に、客席から悲鳴が上がる。


「テンマさん!ここは任せました!」

「ユリ嬢!?」


ユリが目の前の設けられた柵を飛び越えて飛び出して行く。彼女が座っていた椅子の足元には、脱ぎ捨てられた靴が転がっていた。


何かを使ってあの神官が、レンドルフが身に付けていた変装の魔道具を破壊か停止をさせたのだろう。あれだけの人前で実は替え玉を使っていたと知られれば、せっかく上手く収まりそうだった婿取りも消滅してしまうかもしれない。ユリは万一に供えた煙玉を一斉に風魔法で飛ばして、他の人の視界を遮ったのだった。


ユリは、先程レンドルフが頭に攻撃を喰らった際にすぐに反応出来なかったので、それから靴のストラップを外して準備しておいたのだ。煙玉で周囲の視界は遮っているし、風魔法で操って自分の姿を隠すことなど簡単だ。ユリは靴を脱いだ分引きずるくらい長くなったドレスの裾を大胆に捲り上げて、一直線に煙の向こうにうっすらと見えるレンドルフに全力で走って行った。



----------------------------------------------------------------------------------



雷撃に似た感覚と共に、全身に流れていた魔力が途切れるのをレンドルフは感じた。この感覚は、変装の魔道具が壊れたか停止したものだ。このままでは替え玉であることが衆目の中で曝されてしまう。土魔法で目隠しを作るべきか、自分の魔法を大々的に使用してもいいものか一瞬躊躇した時、周囲に風の刃が通り抜けて周囲が煙に包まれた。


(誰かの援護か、それとも…)


レンドルフは煙で姿が隠されているうちに演習場から退避する方が良いだろうと判断する。そしてユリ達が座っていた方向に足を向けた。が、次の瞬間、煙の中からナイフを持った手が突き出して来た。レンドルフはそれを躱したが、妙に変則的な動きをして絡み付くように追って来る。腕を掠める瞬間を狙って、ナイフを持った手を掴む。袖の長い神官服で分からなかったが、掴んでみるとあきらかに小さい手だった。


「女…!?」


その手を掴んだまま引くと、煙の中から豊かに波打つ金色の髪の人物が見えた。先程の神官の顔を思い出そうとしたが、霞が掛かったかのようにぼんやりとしている。確か男性だったくらいの印象しか残っておらず、この人物が神官に化けて変装か印象操作をする魔道具でも使用していたのだろう。


更に引き寄せてナイフを取り上げようとしたが、地面から何か固い物が飛び出して来て、レンドルフの体に当たる。何がぶつかって来たのか分からずに一瞬動きを止めた隙を突かれ、掴んだ手を振り払われた。


「レンさん!」

「ユリさん!?」


煙を切り裂くように、ユリが弾丸のように飛び込んで来た。そしてそのままの勢いでどこかに向かって体当たりをする。小柄なユリでも身体強化と勢いで効果があったらしく、煙の中から神官服の人物が転がり出て来る。しかし相手はすぐに体勢を立て直して、ナイフと反対の手には何本もの鞭のようなものを備えている。その鞭のようなものはそれぞれが意思を持つようにバラバラに動き回り、レンドルフの足や腕に絡み付く。レンドルフは力を込めてそれを千切ろうと試みたが、身体強化している力でも切れずにしなりながら締め上げて来る。


「ユリさん、下がって!」


まだ煙が立ちこめて視界が悪い中、ユリの赤い髪が煙の中に入って見えなくなる。手足に巻き付くものを切ることを止めて、繋がっている相手を手繰り寄せるように手に巻き付けた。


泥大地(クレイフロア)!!」


相手の足元が確認出来るところまで引き寄せると、その足元に泥で出来た地面を出現させた。攻撃魔法は封じられているが、これは補助魔法の部類なので発動出来た。クレイフロアは土魔法と水魔法の混合魔法一種で、地面に干渉して泥の地帯を作り出して敵の機動力を低下させるものだ。水魔法だけでも泥地は作れるが、土魔法の得意なレンドルフは単体の魔法よりも遥かに粘度の高い泥を作り出すことが出来る。しかしレンドルフは水魔法がそこまで得意ではないので、あまり遠くに発動することが出来ない。そのため相手を手繰り寄せなければならなかった。


「この…!」


足元をトリモチに近い粘度の泥に捕われて、煙の隙間から血走った目と憎しみに満ちた女の顔がレンドルフの方を向いた。そして捕われた足元の泥に手を翳す。


「ヤ=テ=ベオ!」


泥の中からレンドルフの腕程もありそうな長い緑色の生物がうねりながら数本出現した。一瞬蛇系の精霊獣を召喚されたのかと思ったが、その顔にあたるところには顔らしきものは存在しておらず、口とビッシリと生え揃った牙は見えるが、体には葉のようなものが生えている。


(蔦…?緑魔法か!?)


緑魔法は植物の成長や品種改良などを行うことが出来るが、戦闘にはあまり向いていないとされている。使い手は非常に少なくて、その為農業が主産業の領地では王城の魔法士よりも高額報酬の破格の待遇でも迎える価値があると言われている。話には聞いていたが、レンドルフは実際の緑魔法の使い手と遭遇するのは初めてだった。


足元に落ちていた錆だらけの剣を手にして、剣にも強化を掛けながら襲って来る蔦と思しき生物と斬り結ぶ。しかし元の剣の状態が悪過ぎて、いくら強化を掛けても辛うじて折れないだけで傷を与えるのは難しそうだった。


「邪魔よ!」


女の声と同時に、蔦生物が口から何か粉のようなものを吐き出した。それと同時にユリが左腕に巻いてくれた特別製のバングルが微かに熱を持った。しかし防毒の効果を持つイヤーカフは全く反応がない。これがユリが言っていた薬草の為に防毒の装身具では防ぎ切れない違法薬物なのだろうか。完璧ではないとユリは言っていたが、今のところ体に異変は感じない。


「アイスウォール!」


女がレンドルフに気を取られている隙を突いて、すぐ背後からユリが現れて足元の泥に目がけて氷魔法を放った。水分を多く含んでいる泥は女の足を凍らせ、その泥から出現している蔦も凍り付かせた。しかし伸ばしている蔦の動きを完全に封じるまでの厚みにはならなかったらしく、バキバキと表面の氷を砕きながら体をくねらせ、女の背後にしゃがみ込んでいるユリに向かって大きく口を開ける。蔦の半分以上は体が凍って動けなくなっているが、ユリに届く範疇のものは三本残っている。


「こいつ…!」


レンドルフはユリに向かおうとした蔦を咄嗟に自分の腰に巻き付けるようにして進行を止めた。更に両脇にも抱えるようにして、ユリに届く前に食い止めたが、その分レンドルフの体に噛み付く。牙は長くないのでそこまで深い傷にはならないが、細かく数が多いので一度噛み付かれると引き剥がすのは難しいだろう。しかしそんなことはお構い無しに、太腿や脇腹に噛み付かれたままのレンドルフは体に蔦を巻き付けたままその場で踏み止まる。何としてもユリに近付けるわけにはいかない。彼のこめかみに青筋が浮かんで、顔が一気に紅潮する。


ユリは女の動きが鈍ったことを確認して、しゃがみ込んだ状態で自分のドレスのスカート部分の縫い目を潔く裂いた。深いスリット状態になって太腿があらわになったが全く躊躇せずに女の肩に飛び乗り、片足を女の首に巻き付けた。それから流れるように女の右肩の付け根に反対側の足を当てて、女の右腕を掴んで思い切り後ろへ引っ張った。


「ギャアアァァァ!!」


ゴキリと嫌な感触がして、女の肩関節が見事に外れた。女は悲鳴を上げて暴れたが、ユリは全力で身体強化を掛けた足に力を入れて女の首を締め上げた。薬師の勉強の一環で人体についても熟知しているユリは、的確に女の頸動脈を締め付けていたので、女はじきに白目を剥いて崩れ落ちた。それと同時に魔力供給が無くなったのでレンドルフに噛み付いていた蔦の生物もグズグズと溶けるように消えて行った。


「ユリさん!怪我は!?」

「私は大したことないから。レンさん、この女の拘束を」

「分かった」


レンドルフはすぐにベストを脱いで、それで完全に意識を失って倒れている女を後ろ手に縛り上げた。伸縮性のある生地だが、暗殺者などを生け捕りにして捕らえるのには慣れているので、気が付いても簡単には逃げられないように頑丈に拘束されている。念の為意識が戻った時の自害防止に女の着ている神官服の片袖を毟り取って、猿轡代わりにしておく。


ここまで済ませて、レンドルフはようやく大きく息を吐いて額の汗を拭ったのだった。


「ヤ=テ=ベオ」は緑魔法の精霊獣の一つです。食人木の一種。

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