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129.悪意に満ちた決闘

戦闘&怪我の表現あります。ご注意ください。


ユリが演習場に到着して席に着いた頃には、場内にレンドルフと八名の令息達が既に来ていた。ユリが案内されたのはエリザベスの隣の席で、最前の中央で最も決闘が良く見える場所だった。


レンドルフは上着だけ脱いだシャツとベスト姿になっている。両手には黒の革手袋を嵌めて、手を握ったり開いたりしていた。彼に挑戦する令息達も似たような格好をしていたが、体の厚みがレンドルフの半分程度しかない。上着を脱いだことで余計にその差があからさまになっていた。何故かアマガエル色の令息だけは上着もそのままで、妙に目を引いていた。そして勢いとノリで申込んでしまった者もいたのか、開始と同時に降参を言い出しそうなほど腰の引けている者も数名いる。


「…おかしいわ」

「え?」

「あの治癒魔法の使い手の神官、いつもお願いしている方と違いますわ」


エリザベスが不意に扇子を広げて口元を隠すようにして、ポツリと呟いた。その声は周辺にいるユリやテンマ、トーマにだけ届く。


「何か仕掛けて来るのかしら」

「ただ、急遽変更になっただけかもしれませんが…用心しておいた方が良さそうです」

「念の為、僕は回復薬の追加をお願いしてきます」


トーマがすぐに席を立って、人の間を抜けて行く。ユリはレンドルフが装身具の効果で回復薬も殆ど効かない状態になっているのを知っているので、つい最悪の事態が頭をよぎってしまい不安が沸き上がる。しかしエリザベスの隣にいることもある上、先程テンマと入れ替ったレンドルフがユリの為に令息達に決闘を申し込んだことからユリ自身にも興味本位な注目が集まっている。そこでユリが彼を不安げな顔で見つめていては勝手な憶測を煽るだけだ。

全力で過去の淑女教育を思い出して、強引に顔の筋肉を支配する。大した社交はして来なかったが、それでも一通りの教育は受けているのだ。ユリは膝の上に乗せた扇子を分からないようにギリリと強く掴みながら、隣に座るレンドルフの顔をしたテンマに艶やかに微笑んでみせた。


「楽しみですわね」

「あ、ああ。そうだな」


おそらく至近距離で見ているテンマには目が笑っていないことはバレていただろうが、そのユリの微笑み一つで周囲でどこかテンマとの関係を疑っていたような視線が少しだけ和らぐのを感じた。



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「それでは武器の抽選を行います」


奥から剣が入った箱を抱えた従僕達が入って来る。その箱には番号が付いていて、立会人がくじを引いて各人が持つ武器を選ぶのだ。用意された剣はごく一般的な汎用品の長剣の刃を潰してあるものだ。しかし汎用品と言っても長さや重さも大分違っている。基本的には同じようなものを選んでいるが、剣をよく使う者ほど微妙な差は使いにくさに繋がる。そもそも自分の剣ではないし、右腕の可動域が狭い為に双剣を使うようになった経緯のテンマには随分不利な条件だった。それでもこれまでテンマは負け知らずだったので、如何に実力差があったかということだろう。


「ミダース卿、三番」


先に挑戦する令息達に剣を選ばせ、最後はレンドルフの番になる。立会人がくじを読み上げると、従僕は三番の札の付いた箱を開け、何故かギクリとしたように動きを止めた。見る間に顔色が悪くなり、額には汗が浮かんでいるようだ。


「どうされました?早くミダース卿に剣を」

「あ、あの…」


従僕が助けを求めるようにレンドルフを見て来たので、箱のそばに近づいて覗き込んだ。その瞬間、レンドルフも眉根を寄せて動きを止めてしまった。その様子に、見物客達の間からもざわめきの声が上がる。


「わ、わたくしは、きちんと確認をして…」

「まあいい。これで十分だ」


青い顔を通り越して真っ白になって小刻みに震えている従僕の肩に軽く手を置いてポンポンと叩くと、レンドルフは箱の中から剣を掴んで取り出した。その剣があらわになった時、見物客からより一層大きなどよめきが上がった。



彼が手にしていた剣は、反射するところが全く見当たらないほどに全体に錆が浮き、ひどく刃こぼれがしているボロボロのガラクタのようなものだった。途中で折れているのか、長さも長剣とは言い難い。



「これはいくらなんでも…」

「くじには不正はございません。これを引き当てたということは、ミダース卿への神の采配なのではございませんか?」


完全な第三者から選ばれた立会人がまるで不正でもしたかのような目を向けられて、さすがに再びくじを引き直すべきかと手を伸ばしかけた。しかし、その隣にいた神官が静かではあるが良く通る声でくじの入った箱を手で押さえてしまった。


「はははっ、そうだな。この剣でも勝てば、素晴らしい神の加護をいただいたということの証明にもなるな」

「ミダース卿も神のご意思を信じておられるようです」

「しかし…」

「構わん。始めてくれ。彼らのハンデにすらならないだろうがな」


レンドルフは不遜ににやりと笑って、手にした錆だらけの剣を一度ブン、と振り下ろした。それだけでも剣は折れてしまいそうに見えたが、レンドルフは全く気にしていないようだった。対戦相手の令息達は、相手は一人でしかも剣とも呼べない代物を持っている。もしかしたら勝てる可能性もあるのではないかと希望を抱いたようだ。



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「やはりあの神官がクロか…」


ユリの隣で見ているだけのテンマが、ギリリと歯がみする。自分が決闘を受けていた時は、多少の妨害や嫌がらせはあったがここまで露骨ではなかった。これが最後の機会なのでなりふり構っていられないのかもしれない。だが、その厄介をレンドルフに背負わせてしまったことへの焦燥と怒りが、失った自分の左指と右の足先に痛みを伴うように疼いた。もう傷は完治していて、痛みはない筈なのだが。身代わりを納得するべきではなかったという悔恨と、何としても勝たなければエリザベスを不幸にするという葛藤の板挟みになる。いっそここで全てを明かして、強引に演習場に飛び込んでしまおうかという考えが頭をよぎる。


「…何でテンマさんの顔の時に限ってあんなにカッコいいこと言うのかしら」


怒りで息が詰まりそうになっていたテンマの隣で、ユリが心底残念そうに呟いた。顔は笑っているのに、さり気なくテンマに苦情を述べているユリに、一瞬でテンマは毒気を抜かれた。


「それは…申し訳ない」

「ホントですよ。普段はあんなこと言いませんもの」

「じゃあ後で俺がこの顔で言おうか?」

「お断りですわ」


黒いオーラを出しながら満面を笑みを向けて来るという器用なユリに、テンマは思わず笑ってしまった。本当ならば笑うところではないのは分かっていたが、それだけで体の中に渦巻いていた熱くドロドロとした感情がスッと冷えるような気がした。


どんなに罪悪感があっても、この場はレンドルフに任せることが最善だ。テンマは自分と互角に戦えるレンドルフを信じて、大きく息を吐いたのだった。



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「始め!」


立会人の合図と同時に、四人ほどが一斉にレンドルフに掛かって行く。さすがに八人全員で掛かって行くことは難しい。令息達は自衛程度に剣術は習うので、そこまでひどくはないが現役の騎士には遠く及ばない。レンドルフは様子を見る為にまずは彼らの剣を避ける。


「わっ…!」


一人の令息の剣を避けた際に、そのまま地面に叩き付けるようになった。が、次の瞬間その勢いではあり得ないほどに地面が抉れてヒビが入った。思わず振り下ろした当人から驚いたような声が漏れた。


(付与付きの剣が紛れていたか)


決闘に用いられるのは、特に付与をしていない剣だと聞いていたが、この令息が持っている剣は威力を増幅する付与が掛かっているようだ。と言うことは、他の令息達の剣も何らかの付与が掛かっていて、刃も潰していない可能性が高い。


(丁度良かった)


本来ならば、卑怯な相手の策に腹を立てるところだが、レンドルフはかつてユリに話したことのある状況に近くなったことに僅かに口角を上げていた。


レンドルフがまだ学園を卒業して見習いとして騎士団に入ったばかりの頃、見習いの実力を示す為の御前試合で今のように反則だらけの剣で挑まれたことがあった。その時は自覚無しにレンドルフは強化や様々な付与が掛かった剣をあっさり折ってしまったのだが、以前にその話をユリにしたところ「強化剣を折るところを見てみたい」というような主旨のことを言われたのをレンドルフは覚えていた。この決闘では強化剣は使用禁止になっているが、ユリの前で相手の剣を折れば喜んでもらえるかもしれないと思っていたのだ。それが思いもよらず相手が強化剣を使っている。

普通ならば危機感を抱くところなのだが、レンドルフはむしろ歓迎すべき状況として気持ちが浮き立っていたのだった。



一瞬だけ、レンドルフはユリが座っている方を見た。見物客から見れば、錆だらけで使い物にならない剣を持たされ、強化剣を使っている令息達に囲まれた男が自分の敗北を前に最後の視線を投げ掛けたのだろうというように見えた。


ガギンッ!!


「え…!?」


レンドルフが余所見をしていた隙を狙って、彼らの中では一番マシな腕を持っていた令息の一人が剣を振り下ろした瞬間、手に握っていた柄だけを残して剣が砕け散った。まるで時がその場だけゆっくりになったかのように、砕けた破片がキラキラと光りながら目の前を舞った。


それを目にした人々は確かに見ていた筈なのに、あまりにも信じられない光景に静まり返った。


振り下ろした剣をレンドルフが左手で殴りつけるように拳を叩き込み、そのまま砕いたのだ。右手で持っている剣は一切上げることもなく、ただブラリと下げているだけだ。彼は左手一本、一撃で相手の剣と戦う気を砕いてしまった。


「ま…参りました」


ペタリと尻餅をつくように座り込んで、その令息が降参する。レンドルフは一瞥もせずに次々に斬り掛かって来る令息達の剣を狙って折って回る。それも利き腕ではない左手のみだ。そのままの素手で折っていたならば多少は破片で皮膚に傷くらい付いていたかもしれないが、黒の革手袋を着けているので全くの無傷だった。


あっという間に剣と心を折られた令息達が戦意を喪失して行き、残るはあと一人になった。残ったのは、ユリにカクテルを押し付けようとしたリーダー格の令息だ。ひょっとしたらレンドルフはわざと最後に残したのかもしれない。



「あのときのこと、覚えててくれたんだ…」

「ユリ嬢が見たいって言ったのって、あれを…?」

「素手で強化剣を折るとこが見てみたいって言ったの」

「そ、そうか…」


ユリは感極まった様子で頬を紅潮させながら呟いていた。それを耳にしたテンマは「一体こいつらは普段どんな会話してるんだ…?」と疑問に思ったが、そこは聞かないでおいた方が良さそうなのでそれ以上は突っ込まなかった。



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「ウィンドカッター!」


たった一人残されてしまった令息が焦ったのか、突如禁止されている筈の攻撃魔法を放った。決闘の間は使えないように一時的な誓約で封じられているにも関わらず使用出来たということは、制約の書類を揃えた者が不正に関わっていたことになる。さすがにこの反則については見物客の中からも非難の声が上がった。


しかし、彼はあまり魔法の制御が上手くないのか風の刃が四方八方へと飛んで行く。それなりに威力はあるので当たればダメージはあるだろうが、避けられない程ではない。


「ひっ…!」


声のした方を見ると、降参をして演習場を出る途中だった一人が風の刃が向かう先にいた。一人アマガエル色だった彼だ。一つ目は辛うじて避けたようだが、足が縺れてよろめいたところを左右から別の風の刃が交差するように向かって来る地点だった。このまままともに当たれば胴体から真っ二つになるコースだ。手足が切断されるくらいならば神官の魔法と回復薬でどうにかなるだろうが、さすがに胴体が切れては墓場一直線確定だ。



レンドルフは身体強化を掛けて全力で走り出す。はるか後方に飛んでいた風の刃を追い越して、逃げ遅れた令息を肩に担ぎ上げて魔法の軌道から外れる。全力のレンドルフは尋常ではない速度は出すことは出来るが、それでも致命傷にならない程度に避けることが出来ただけで、一つは担ぎ上げた令息のふくらはぎに深い傷を付け、もう一つはレンドルフの右の上腕を切り裂いた。そこまで深い傷ではないが、かすり傷というには済まない大きさだ。

しかし傷の痛みよりも、傷に慣れていない令息が大声で悲鳴を上げ続けていて煩いので、レンドルフは近くにいた神官に任せようと担いだまま素早く移動した。


「彼の手当を」

「畏まりました」


どうにも怪しい神官ではあるが、レンドルフ相手でなければ仕事はしてくれるだろうと期待して肩から令息を下ろした。多少手荒になってしまったかもしれないが、これくらいでは死なない。これ以上被害を広げる前に、残った一人を沈めてしまおうとレンドルフは一瞬だけ神官に背を向けた。


「ミダース卿も怪我の手当を」

「いや、まだ決闘が終わって」


レンドルフが辞退しようとした瞬間、問答無用に神官が右の肩に手を添えて来た。


「!?」


急に触れられた肩の辺りに熱い魔力を感じた。攻撃魔法ではなさそうだが、反射的に腕を振って背後の神官から距離を取った。


「お前、替え玉か!」


レンドルフは、テンマの右肩は過去の怪我で大きく抉れていることを思い出した。普段は外見では分からないように綿を詰めた布を当てたりしてバランスを取っているが、直接触れれば分かってしまう。この神官は、それを確認する為に触れたのだろうと思ったのだが、更にもう一つの可能性に思い当たってゾワリとレンドルフの背中に嫌なものが走った。

テンマの右肩には怪我の原因になったハジリスクの毒が残っている。奇跡的に全身に広がることを留められているが、それと引き換えに再生魔法を使えない体になってしまった。もし再生魔法を使ってしまえば毒が活性化して命を落とすといわれている為だ。先程触れられた肩に感じた魔力は、それを分かっていて再生魔法を使用されたのではないだろうか。


(あきらかにテンマさんを殺そうとしている…!)


「死ね死ね死ねぇぇぇ!!」

「くっ!」


別の方向から、最後の一人になった令息が血走った目をして駆け寄って来る。レンドルフはひとまず神官から離れた。神官はさておき、足元で転がって呻いている怪我をしたアマガエル令息が巻き込まれて万一のことがあれば、さすがに寝覚めが悪い。


「トルネード!」


レンドルフの足元に竜巻が発生して、土埃が上がる。やはり精度は良くないので、完全にレンドルフの足元を掬うことは出来なかったが、思った以上に激しい土埃が顔に当たる。思わず目に入らないように顔の前に腕を翳して膝を付いた瞬間、自身の放った竜巻に乗るようにして、彼はレンドルフの頭上高く舞い上がった。


「死ねぇっ!」


一瞬彼の姿を見失ったらしいレンドルフに、落下の勢いと合わせて脳天目がけて剣を叩き付けるように振り下ろした。自分でも身体強化を掛け、更に強度と切れ味が上がるように付与された強化剣で、まともに喰らえば間違いなく頭がカチ割れるだろう。


「キャーーーーッ!!」


その酷い光景を予想して、見物人の間で悲鳴が上がった。


ギィン!!


「…え!?」


間違いなく最高の手応えで後頭部目がけて振り下ろした筈の刃は、根元から折れて彼の顔を掠めるようにして飛んで行った。



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