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閑話.エドワード


「あれ…レンドルフ、だよな…」

「でん…エド様。口を閉じて下さい」

「そっ、そんなことはしてない!」


レンドルフとユリが視線を浴びながら入場して来るのを、広間の入口の隅に立っていた男性が呆然とした様子で眺めていた。それほど背は高くなく、体付きも細身なので、少年のようにも見える。地味な茶髪と茶色の瞳をしているが、強い輝きを持った目のせいでやけに存在感を出していた。


「あまり目立つことはしないで下さいよ」

「しかし」

「回収されたいですか?」

「う…分かったよ」


エドと呼ばれた彼は、この国の第二王子エドワードだった。本来の彼は、白に近い金髪に少し紫がかった青い目をしている。ここに来る為にわざわざ地味な色に変えて来たのだ。


「まあ、クロヴァス卿のおかげで助かりましたね。見事に視線が逸れました」

「ヒム、それ嫌味だろ」

「とんでもございません。私の調査力のなさに反省しているところです」

「それが嫌味なんだよ」


エドワードがここに来たのは、完全にお忍びだった。彼の側に付いているのは、側近で乳兄弟でもあるヒースクリフだ。当人はあまりその名を好まないので、割と公式の場でも「ヒム」と呼ばれている。


「それから、念押ししておきますがクロヴァス卿のところには近寄らないで下さいよ。何か、別案件で騎士が潜入してますから、エド様の正体がバレたら各方面に恨まれますよ」

「分かってるよ」


基本的に王族の安全の為に、王族が参加している場で変装の魔道具や、幻影魔法、幻覚魔法、そして隠遁魔法など、暗殺に転用出来るようなものは禁止と定められているのだ。もし故意に使用していた場合、かなり厳しい罰となる。こうしてお忍びで出掛けている時などは、王族自ら名乗らなければ必ずしも従うことはないが、あまりにも多くの人に知られてしまった場合はきちんと対応しなければならない。そうなると何かの目的で潜入している騎士も正体を明かさなくてはならなくなって、作戦自体が台無しになりかねないのだ。



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エドワードがこのパーティーに来たのは、彼の婚約者候補の伯爵令嬢とお茶会をした際、最近巷で話題になっている一人の女性を巡る情熱的な恋物語の話を聞かされたからだ。


伯爵令嬢が言うには、金の力で爵位を手に入れたような野蛮な男が若くて可憐な貴族令嬢に迫り、強引に婚姻を押し進めようとしたそうだ。そこで令嬢は、100人と決闘してもし勝てたら、という条件を付けて諦めてもらおうとした。しかし元冒険者だった男は非常に強く、令嬢を助けようとした令息達を返り討ちにしてしまった。そしてその決闘も回数を重ね、今回のパーティーで行われる決闘がとうとう100人目を越えるという話だった。


話をしていた伯爵令嬢は、完全に他人事のせいか目をキラキラさせながら、憐れな令嬢が野蛮な男の手で手折られてしまうのか、正義の貴公子が見事に救い出して求婚するのか、と興奮気味に喋っていた。彼女にとってはどちらの結末も歌劇のように興味を引くものらしかった。


エドワードはそんな三文芝居に興味はなかったが、100人もの決闘者に勝ち続けて来た元冒険者の男に興味を引かれた。少し調べてみたところ、どうやらその男はAランクまで昇格していたらしい。どちらかと言うと、エドワードはその男の戦い方に大変興味を持った。

エドワードも王族としてある程度自衛出来るように剣術を習っていたし、彼は自衛手段以上に鍛えてもらっていた。もともと体を動かすことが好きであったし、習ったことがどんどん身に付いて行くのは面白かった。しかし王族に教える剣であるし、王族に使わせる技術でもあるので、その内容は真っ直ぐで清廉とした美しい型を重視したものだった。時折騎士団の演習を見学させてもらったが、王族が見学に来る以上はより美しい教本そのものの型を見せることに気を配られていた。エドワード自身も、剣術とは騎士道そのもので、常に正しく清廉であるものだと思っていた。

それを大きく覆されたのが、お忍びで城下の中心街に出た時だった。偶然にも中心街の警護を担当している第二騎士団による、スリ集団の摘発が行われていたのに遭遇した。安全の為に近寄らせてもらえなかったので離れた高台から見物しただけだったが、その戦い方の差に愕然としたのは今でもよく覚えている。その辺にある物を使用して攻撃を仕掛け、時には騎士にはあるまじき卑怯な手段で相手を捕らえる。最初は王城の騎士達が何という真似をしているのだと怒りを感じたが、やがて全員制圧して傷だらけになりながらも街の人々に讃えられている姿に、気が付けばエドワードの心は賞賛で一杯になっていた。そしてこれが本当の実践なのだと、いたく感動したのだった。


それからはたまにお忍びで出掛けては、市井の剣術指南を受けてみたり、冒険者の訓練を見学させてもらったりしていた。そんな中、元Aランク冒険者の決闘を間近で見られるとかもしれないと言う話は、エドワードには非常に魅力的だったのだ。

そこでこっそりとあらゆる伝手を辿らせて、その決闘が行われるというパーティーの招待状を入手してここにやって来たのだった。招待状には連れと二名まで、と書かれていたため、エドワードは迷わず気の置けないヒムを誘った。ヒムは側近でもあるが護衛も兼任出来る。ほんの少しだけ、話を教えてくれた伯爵令嬢に声を掛けるべきかとも思ったが、そんなことをすれば帰る頃にはお忍びでデートに誘われるくらい親しいと王城中に広まって、数日後には婚約者に確定してしまうだろう。まだ婚約者の確定していないエドワードには、候補と呼ばれる令嬢が数人いる。話をした令嬢は、嫌っている訳ではないが壊滅的に趣味が合わないので出来ることなら遠慮したい。政略なので多少目を瞑るべきなのは承知しているが、他に候補がいるならその中で最も気の合う相手を選びたかった。



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「あの隣にいるご令嬢は誰だ?」

「俺にも分かりませんよ。あんなすごい美女、一回会ったら絶対忘れないと思うんですけどね。…あ、もしかして色々盛ってます?」

「それはない」

「さすが見る目が違いますねえ」

「なっ…!ち、違うからな!俺は昔から体に暗殺道具を隠し持っていないかを見極める技術をだな…」

「あーはいはい」


普通なら不敬罪でとうの昔にデュラハン(首無し)状態になってもおかしくないヒムの軽口ではあるが、乳兄弟の気安さとエドワード自身がそう強く望んでいたのでそれにヒムが応えているのだ。もっとも他の人間がいるところではきちんとした口調と距離感で話している。



王族の教育の一環で、暗殺者から身を守る為に体に何か武器を隠し持っていないかを見極めるものがある。ただ残念なことに、その見極めの技術は女性が美しく装う為のアレコレも見抜いてしまうという弊害があった。以前に叔父の公爵が酔って「暗殺者は見抜けなければ死ぬが、暗殺者以外は見抜いていることを気取られると死ぬぞ」と愚痴を零していた。その時はよく分からなかったが、同席していた王族縁戚の男性達が一斉に頷いていた。今は…何となく理解している。



「あの髪色が本物だとしたら、クロヴァス家の親戚かもしれないですね。多分年齢的にも該当すると思います」

「あの家門は男ばかりだったと聞いたが」

「ほら、隣国の辺境伯家に婿に行った次男がいたでしょう。確かそこに娘が一人いた筈です。まああの国はまだウチと国交が正式に回復してないんで、ハッキリとした情報ではないですが」


レンドルフの実家のクロヴァス辺境伯の血筋は、強力な火魔法と炎の化身のような真っ赤な髪や瞳を持っていることが特徴の家門だ。ただ、全く別の家門から嫁いで来る者もいたので、必ずしも全員がそうなる訳ではない。現にレンドルフの髪色は淡い薄紅色で、火魔法も使えるが最も得意とするのは土魔法だ。


国境の防壁とも言われるクロヴァス辺境領は、過去の諍いから隣国とは長く緊張状態にあった。しかし前当主の次男、レンドルフの次兄が隣国の辺境伯の一人娘に一目惚れをされて婿入りして以来、隣接する領同士の緊張は緩和し、非公式ではあるが交流も少しずつ回復しているらしい。ここ最近で最も隣国からの迷惑を被ったのが前辺境伯なので、それでも息子を婿入りさせたことであと50年以上は国交回復に時間がかかると見られていたのを一気に縮めた功績だ。


「レンドルフの姪か。ウチに来るという話は聞いてないが…俺のところまで話が来ないのはよくあることだしな」

「さり気なく自虐をしないでくださいよ」

「自虐じゃない。事実だ」


エドワードの兄、王太子ラザフォードは大変穏やかな気質であり平和をこよなく愛しているので、将来は穏やかな治世の賢王になるだろうと期待されている。エドワードもそんな兄を尊敬していたし、王になるのはラザフォードだと疑いもない。しかし、旧体制の血統を重んじる派閥の中には、側妃を母に持つラザフォードよりも王妃の息子であるエドワードを推す者もいるのだ。エドワードからすれば兄以外王位に就く者はいないと考えているのだが、なかなか個人の考えを簡単に信用してもらえる世界ではない。おかげでエドワードは王太子派から疎まれていて、重要な情報が回って来なかったり、全て終わった後に知らされたりすることが多いのだ。


「でも恋人って感じもしますよね。あんな浮かれてるクロヴァス卿、初めて見ました」

「どっちなんだよ」

「分かりませんよ。どっちにしろ、エド様は近付けないんですから」

「う…そ、そうだが」

「今日の目的は決闘を見学に来たことですよ。それ以外のことは我慢して下さい。ただでさえ入った瞬間から目立ちまくったんですから」

「それはお前の調査力が足りないからと言っただろう」

「それは申し訳ゴザイマセンデシタ」


ヒムにほぼ感情のこもっていない謝罪を口にされて、エドワードは言い返そうと思って口を開きかけたが、ただの八つ当たりだと悟って口を噤む。その口がほんの少しだけ尖っていたのを見てヒムは笑いそうになってしまったが、そのまま不毛な言い争いになっても仕方がないと顔を引き締めた。



エドワードは顔は整っているが、長めの前髪を下ろして地味な髪色と目の色にすればそこそこ市井に紛れ込むことが出来る。これまでのお忍びから学んで、そのスタイルにパーティーなどではよくある黒の礼服でやって来たのだった。だが、広間に入るなり注目を浴びてしまったのだ。

通常のパーティーならば黒の礼服は最も良くあるものだ。だが、このパーティーは主催の一人娘のエリザベスの婿の座を巡って決闘が行われる特殊な場でもあった。そして主催者に未婚の者がいた場合、初参加ではその者の髪や瞳の色の服を纏うことは礼儀に欠ける行為か、もしくは求婚する予定かと誤解を受けることがある。もう既に何度か参加している者や、誤解を受けない程年齢が離れていたり、パートナーを連れている場合はそこまでではない。

しかしエドワードはこのパーティーでは見かけられたことのない初顔であり、パートナーらしき令嬢も同行しておらず、そしてよりにもよってエリザベスの髪色である黒を纏って現れるという誤解してくれと言わんばかりの状況を作り出していたのだ。そして多少若くは見えるがエリザベスに求婚してもおかしくない年格好だ。既にパーティーを待っていた人々は、見たことのない決闘者が追加で現れたと思ったのだった。


エドワードは全くそんなつもりはなく、目立たないように決闘を見物して行く予定だったのだ。何故こんなに注目を集めるのか分からなかったのだが、すぐにヒムが周囲から情報を引き出して来て、エドワードは大失敗をしたことに気付いたのだった。完全な調査不足なのだが、それはヒムのせいだけではなくエドワード自身のせいでもあった。何せAランク冒険者の戦いを生で観られると完全に浮かれていて、初参加のパーティーでは主催者の色を避けるという基本的な注意事項を忘れていたのだから。


そこでヒムがパーティーに従事している使用人に金貨を握らせて、主人がうっかり粗相をしてしまったので着替えを用意して欲しい、と密かに買いに走らせた。その使用人が戻って来たら、主催のビーシス伯爵の挨拶が始まった頃にこっそり会場を抜けて着替える予定だ。色は黒にも見える濃紺で頼んでおいた。それならば着替えてもそこまで不自然ではないし、一見黒に見えたが実は濃紺で、令嬢に気がある訳ではないと周囲にアピールする為だ。勿論苦し紛れなのはバレるだろうが、それを指摘するような野暮はいない筈だ。


その礼服が到着するまで、彼らは目立たないようにひっそりと入口付近の柱の影で、パーティーの開始を待っていた。それでもチラチラと見られていて冷や汗をかいていたところに、レンドルフが妖艶な美女を連れて登場したのだ。そこから一気に視線があちらに持って行かれ、今のエドワードとヒムは完璧に壁の一部と化していた。



「パーティーが終わるくらいに、レンドルフと話せないかな」

「無理ですよ。我々は決闘を見物した後に戻る予定でしょう」

「直接話せる機会なのに…」

「もうクロヴァス卿の配属の件は決まったと通達があったじゃないですか。これ以上ゴネても良いことはありませんよ」

「それはそうだが…一度きちんと本人に謝罪を」

「クロヴァス卿も困るだけですよ。エド様はご自分が楽になりたいだけじゃないんですか?アレはもう終わったことです。ほじくり返されても誰も得はしませんし、ただ面倒なだけです」


あまりにも正論なヒムの言葉に、エドワードは口を閉じてそのまま俯いた。


レンドルフが近衛騎士団を解任された件はもう既に終わったことだ。一歩間違えば国際問題になるところを、彼一人が泥を被ったことで収めたのだ。俯瞰で見れば一人の僅かな犠牲で済んだのだから、むしろ名誉に思うべきだと言い出す者までいた。件の公爵令嬢がエドワードの婚約者候補から外されるというのも罰のうちなのかもしれないが、元から内々の打診だったので、表向きにはあちらは無傷も同然だ。

エドワードも、ただその場に立ち会っただけなのだからそこに責任はない。だが、兄の友が罪を被せられるのを止められなかったことにずっと罪悪感を持っていた。



「そろそろ始まるようですよ。もう少し外に出やすい場所へ移動しましょう」

「ああ」


開始時間が近くなって来たのか、殆どの招待客が揃ったらしい。入口から来る人の流れも無くなったようだ。


エドワードは、ヒムに隠されるように外に出られる場所に向かって移動を開始したのだった。



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