124.作戦会議
「レン様!ご無礼を承知でお願い致します!どうか、父に変装して決闘を受けていただけないでしょうか!」
「トーマ!?」
トーマの唐突な申し出に、テンマが大きな声を出す。
「お前は何を言っている!」
「どうかお願いします!顔を変える変装の魔道具はこちらで用意します!万一お怪我をなさった時の為に最高の治癒士も控えさせます!謝礼も十分…」
「黙れ、トーマ」
縋るように畳み掛けるトーマに、テンマの低い声が遮った。声を荒げている訳ではないのに、一気に部屋の中の空気の重みが増したようだった。思わずトーマも息を呑んで言葉を止める。
「確かに俺はこの方を巻き込んで、リズの護衛もやってもらった。だが、お前の提案はリスクが高すぎる。いや、そもそも他人に任せていいことじゃない」
「で、ですが…」
「黙れと言っている」
テンマに気迫に押されたのか、護衛の三人が壁に背を押し付けるような姿勢になる。トーマも何か言葉を紡ごうと努力はしているようだが、テンマの気迫に押されて口をハクハクさせているだけに留まっていた。
「…あの、ですね」
そんなピリピリした空気の中、レンドルフはそれを全く気に留めていない様子でゆっくりと片手を上げてテンマを宥めるようなポーズを取った。テンマの威圧はレンドルフには全く効いていないようで、ケロリとした様子だ。それに毒気を抜かれたのか、テンマから発せられている重い空気が一瞬にして霧散した。テンマは強くないと言えど闇魔法の使い手なので、怪我の影響もあってか感情と魔力が同調して漏れ出していたのかもしれない。
「申し訳ないですが、俺にもすぐに答えは出せません」
「レンくん、受ける必要なんてないんだ」
「そうですが、ここまで巻き込まれて、後は放置するというのもあまり気持ちがいいものではないので」
「すまない…」
テンマがすまなさそうに頭を下げる。
「ただ、ユリさんと相談させて下さい。それで返事をします」
「しかし…」
「相談次第ではお断りするかもしれません。なのであまり過度な期待はしないで下さい」
穏やかだがきっぱりとした口調で、レンドルフはテンマとトーマを交互に見ながら告げる。トーマもそれ以上は言わずに、無言で頷いて頭を下げた。
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「…何か、ややこしいことになって来たわ」
レンドルフから来た伝書鳥を喜々として受け取ったユリであったが、書かれていた内容を読んで思わずこめかみを押さえていた。
テンマの怪我については、命に関わる負傷ではなかったが時期が悪いというのは嫌でも分かった。もう冒険者を引退しているのだし、リハビリに長い期間はかかるかもしれないが、魔動義肢を購入して馴らして行けば日常生活を送るには支障はない。もし、何かあるなら護衛を雇うことも出来るだけの資産もある。しかし間近に迫った創立記念パーティーではその準備やリハビリをしている余裕もなく、テンマは確実に決闘を申し込まれる立場だ。しかもビーシス伯爵家の婿の座を得る為の最後の機会と目されている為、元々そのつもりをしていた者はかなり本気で、更に記念であわよくば的に便乗して来る者も予想出来る。その為今まで以上に決闘を挑んで来る者の数は多くなる筈だ。彼らが正攻法で来ればまだマシかもしれないが、テンマに怪我を負わせたのも決闘に有利になるように狙ったのだとすれば、当日にも何かを仕込んで来る可能性は高い。
「レンさんの気持ちは分かるのよ、気持ちは」
何だかんだ言いつつ、レンドルフもユリもテンマ達に深く関わってしまっている。そしてテンマのことは、最初の出会いはユリとしては心証が悪かったのだが、その後ストーカー仲間になってサンダルステーキを奢ってもらってからかなり好感度が上がってしまっている。平民の冒険者であったのに、基礎地盤はあったとは言えあっという間に国内随一の商会に育て上げたテンマであるので、手の上で転がされている気がしないでもないが、悪い気はしない。
レンドルフがテンマの身代わりになって決闘を受けることを断っても、彼らは何も言わないだろう。そもそもレンドルフを分かっていて危険に晒す策だ。勿論護衛だって危険ではあるが、何かを仕掛けて来ると分かっている決闘を受ける方がより危険度は高い。
冷静に俯瞰で見れば、放置しても構わない案件だ。けれど、心情的にはこのまま放置しておくのはどうにも気持ちの収まりが悪いのは自覚していた。
レンザからの知らせで、この創立記念パーティーにはプシケー男爵令嬢のような無闇に薬草の粉を撒いて強制的に中毒にして買わせるような行為しないだろうと聞いていた。もうすでにあちこちの下位貴族には草自体を直接やり取りするような下地は出来ていて、この創立記念パーティーは下位貴族から中位、あわよくば高位貴族にまで販路を広げることが目的らしい。中位から高位貴族は、家門にもよるがお抱え薬師を持っていることもある。違法薬物だと分かっていながら、上官や当主などの命によって精製が可能になるかもしれない。そうなれば、もっと急速に国中に広まって行くだろう。
それを阻止する為に、主催のビーシス伯爵家にも知らせずに王家の諜報員の「影」や、凶悪犯罪を取り締まる第三騎士団が密かにパーティーに潜り込むらしい。出来る限り内密に関係者を捕らえたいようなので、彼らからすれば婿の座を掛けた決闘というのは目眩ましに丁度いいと思っているかもしれない。
「一回、当事者交えて話し合わなきゃ駄目かなあ…」
ユリはそう呟いて、チラリとベッドの上に放り出してあるコルセットに目を向けた。日々奇声を上げながら絞めてもらった結果、ほぼ目標値まで絞り込めるところまで到達した。それはもう、この先レンドルフとパーティーに参加するような機会はないかもしれないと思って根性を出した結果だ。ユリの身分ならば王城の夜会に行くことも可能だし、レンドルフも何ら問題はない。しかし、王族のいる場での変装の魔道具の使用は禁止になっている。その為王族が出席しそうな大規模な夜会などには絶対に参加は出来ないのだ。
ユリはまだレンドルフには自分の正体は話していないし、変装していない死に戻りの色である真っ白な髪も見せていない。その白い髪は神に見捨てられた者として社交界では忌避されて来たが、かつてレンドルフに出会った時にはそんな目は欠片も向けられなかった。だから本来の髪の色を見せることはそこまで抵抗はない。しかし、レンドルフが騎士で真面目な性質である以上、実際の身分差を知られれば距離が開いてしまうことの方がユリには恐ろしかった。
「エスコートとダンス、どうなるのかしら…」
テンマの怪我も、エリザベスの婚約も、違法薬物の摘発も、どれもかなり大事ではあるのは分かっているが、ユリにとってはそちらの方がより重要な問題だった。
いくらユリが一人で思い悩んでも結論は出ないので、一度詳しい話を聞いておきたいという旨を書き記して、レンドルフ専用の瑠璃色の伝書鳥に持たせて飛ばした。
しばらくしてレンドルフから、明日にテンマが退院してミダース邸に戻って来るので、その際に当事者で話をしようという返事が書かれていた。もうパーティーは三日後に迫っている。話を受けるならばその間で話を全て詰めなければならない。
きっとテンマ達の顔を見てしまえば話を受けずにはいられないのだろうな、とユリは冷静に自分の気持ちを分析して、レンドルフの手紙の上に突っ伏したのだった。
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「決闘のルールは、第三者が選んだ立会人がくじを引き、それぞれの武器が選ばれます。不正がないようにきちんと確認してある同じ汎用品の長剣を準備しております。どちらかが行動不能、或いは戦意喪失の宣言をすれば終了ですわ。仮に怪我をさせても正規の決闘ですので、どちらも責を負うことはありません。その場に治癒士か神官を手配しますので、終了後すぐに治療が可能です」
「そこは通常の決闘とあまり変わりませんね」
「そうですね。それから攻撃魔法は禁止されますので、一時的に書面で誓約を交わしていただくことになります」
「身体強化は?」
「それは問題ありません。身に付ける魔道具や装身具も、攻撃性がないか確認の上で装着は認められています。ですので、変装の魔道具を付けていても大丈夫です。他にも毒や麻痺、魅了などを防止する装身具も使用可能です」
ミダース家の応接室で、ミダース親子とエリザベス、レンドルフとユリが顔を合わせていた。テンマに合わせて作られた応接室は、テンマとほぼ同じ容量のレンドルフが入っても狭く感じることはなかった。
決闘についての説明はエリザベスが行っていた。
結果として、レンドルフはテンマの身代わりを受けることにした。色々と身代わりを務める危険性については考えたが、最終的に「どうしても放っておけない」という感情に行き着く。もうそれならば潔く協力してしまった方がいいだろうと思ったのだ。
「決闘の性質上、無傷とは行かないでしょうが、レンさんが負傷した場合は必ず最優先で治療をお願いします。それから…負けるとは思いませんが、どんな手を使って来るか分からない以上、生命の危険があると判断した場合は中止して下さい。止めていただけなくても、私の判断で介入します。それに関してその後そちらに不利益があっても一切関知しませんし、もし負けたとしてもレンさんに責は問わないで下さい」
「それは当然です。必ずお約束します」
「それは書面でいただいても?」
「明日までに準備致します」
先程から条件の確認や擦り合わせはユリとエリザベスが主導で進んでいた。レンドルフを始めとする男性陣はその話を聞きながら、時折確認の為に話を振られるのを頷いているだけだった。
エリザベスは長い睫毛に整った顔立ちをしているが全体的にメイクなどは控え目な知的で大人びた印象で、ユリの大きく良く動く目に少し猫のような愛らしさのある顔立ちと対照的ではある。だが、お互い初対面な筈なのにハキハキと打てば響くような遠慮のないやり取りのせいか、黒髪に緑の瞳という共通点があるせいか、段々と姉妹か親戚のように見えて来るのが不思議である。
「当日は母の挨拶から始まって、しばらくは関係者への挨拶回りになります。これはミダース商会の取り引き相手とも挨拶をしますので、ここはテンマ様に出てもらわねばなりませんね」
「いつも決闘を申し込まれるのはどのタイミングでしょうか」
「大体挨拶回りが終わった頃ですので、確実にいつ、とは言うのは難しいのです」
「では、適当なところで一度席を外して交替するしかないですね。そのタイミングはお任せします。それよりも前にレンさんが席を外して時間をずらしましょう」
大柄な二人が長い時間消えているのが妙に目立ってしまうことを危惧して、先にレンドルフが抜けて当日のテンマと同じ礼服に着替えておき、テンマが席を外してすぐに入れ替わることにする。その後テンマは裏でレンドルフの着て来た赤の礼服姿になってレンドルフに化けてユリの元に戻るという作戦になった。変装の魔道具で服も違うものに見せかけることも出来なくはないが、レンドルフの礼服は戦闘用にはあまり向いてない素材だ。逆にテンマの礼服は、伸縮性が大きな特徴のビーシス商会の扱う生地を使用しているので、見た目よりも動きやすいのだ。
「…あの…これは可能であれば、なんですが。その…トーマさんに昔嫌がらせをしたという…」
「大丈夫ですわ。全て存じております。昔テンマ様が婚姻を考えていらした女性ですわね」
「んんっ」
どの程度まで知らせているのか分からなかったのでユリが遠慮がちに言ったのだが、エリザベスはサラリと頷いた。その話題を出されて少々気まずいのか、テンマが軽く咳払いをする。
「ではその者がトーマさんに毒を使ったというお話も」
「はい。先日の検査で体に残っていないと分かったと。…そしてその女性が今もその毒を持っているかもしれない、と伺っておりますわ」
「ええ。その持っていると思われる毒は国で禁じられている違法薬物です。けれど、最近下位貴族の間で密かに中毒者が増えているということが分かったのです」
ユリはチラリとトーマに目をやった。彼の婚約者とその母親が、先日共に受けた検査で体内に毒物が残留していることが発覚した。幸い摂取量は少なく中毒には至ってなかったので、ひと月程度の解毒で済むだろうと診断されている。
しかしながらそのことを知らされた時の衝撃を思い出したのか、トーマの顔色が僅かに悪くなる。
「当人の意思に関係なく摂取させられた方の名誉の為に、現在は秘密裏に調査を勧めているそうです。ですので、可能であれば、その女性の顔を知っているテンマさんとトーマさんにご協力をいただきたいのです」
「それは勿論喜んで協力させてもらうが…」
「今回のパーティーに来る可能性は如何ですか?」
「……どう、だろうな」
「来ます」
ユリに聞かれたテンマが少し考え込むように言い淀むと、トーマがそれを遮るようにきっぱりと断言した。その返答に、隣にいたテンマの眉間の皺が深くなる。
「あの女は間違いなく来ます。自分が捨てたものでも、他人の手に渡るのを極端に嫌う性質でした。父上がエリザベス嬢と婚約すると聞けば、何らかの嫌がらせの為に来る筈です」
「テンマさん…」
「そんな目で見るなって!若い時は見る目がなかったんだよ!全然モテなかったしな!」
トーマの確信に満ちた物言いに、ユリは思わず残念なものを見るような目をテンマに向けた。聞けば聞く程、何故テンマがその女性と婚姻まで考えていたのかが分からない。余程の美女だったのだろうか、としか他に理由が思い付かなかった。それが伝わったのか、テンマがかなり恥ずかしそうな様子で開き直る。
「そうですわね、私もいらっしゃると思いますわ。ヘパイス子爵令息を焚き付けてまで邪魔するような方ですものね。テンマ様に執着しているようですし」
「リ、リズ!?」
「まだ話してなかったんですか?」
「レ、レレレレンくん!?」
エリザベスの顔は笑っているのだが、身に纏う空気があきらかに黒くなっている。
テンマに責はないが、過去に付き合っていた女性のせいで自分が狙われていたのをエリザベスに言わないで何とかしようとしていたのだが、数日エリザベスの護衛に付いたレンドルフはそのこと自体が彼女に筒抜けだったのを知っていた。レンドルフはとっくに言っていたと思っていたので、ポロリと呟いてしまったが、その一言でますますエリザベスの笑みが深くなる。その笑顔のまま「後でお話があります」と言われて、テンマは無言でコクコクと頷いていたのだった。
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「俺からも一つお願いがあります」
「何でしょうか。承りますわ」
当日の大体の動きを決めてそれぞれが確認をしていると、レンドルフが口を開いた。今回の計画では一番危険な立場にあるレンドルフの頼みなので、エリザベスは迷うことなく頷く。
「俺が一旦着替えに抜けて、テンマさんが俺に化けて出て来る間、ユリさんに信頼できる護衛を付けて下さい」
「レンさん、私なら…」
「駄目だ。この流れで行くと、ユリさんが一人になる時間が思ったよりも長い」
「承知しました。彼女の安全はお守り致します」
「よろしくお願いします」
確かに多少の空白はあるが、ユリ自身は防御の魔道具を身に付ける予定なのでそこまで危険は高くない。辞退しようとしたが、レンドルフにしては珍しく強めに言い切られた。ユリは実のところ、全くしがらみのないパーティーに参加して、周囲を気にすることなくずっとレンドルフといられると思っていたのに何やら違う方向になって少しだけ落胆をしていたのだが、そのやり取りだけですっかり気持ちが上向いていた。
(単純が過ぎる…)
ユリは自分でもそう思ったものの、それでも勝手に浮き上がってしまう気持ちはごまかしようがないのだった。