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11.希望の石と呪いの手紙


レンドルフは、日課の朝の鍛錬に汗を流していた。


このタウンハウスに来たばかりの頃は、何となく気乗りしないままただ日課だからと剣を振るっていたが、今は魔獣討伐という目的が出来たせいか、剣の空気を切る音が以前より鋭くなっているような気がした。



最後の一振りを終えると、汗で前髪はすっかり額に張り付いている。短い襟足からもポタポタと滴が垂れるほどだ。明らかにいつもよりも汗の量が多い。知らず知らずに力が入っているようだった。


「若様、本日の御予定は如何致しますか」

「確か午後には宝石商が来ると言っていたな。今日は外出せずに過ごすよ」

「畏まりました」



冒険者登録を済ませた日、ユリから五日後にいつも参加しているパーティを紹介すると言われていた。その間にまたエイスの街かその先の森に行くことも考えたが、あまり頻繁に行き来して顔合わせの当日に体調が万全でないと困る。

レンドルフは約束の五日後まではタウンハウスで鍛錬をする事にしたのだった。そうやって過ごす事によって、特にする事もなくただ無為に鍛錬ばかりしていた時と違い、次の予定が決まっているだけでこんなにも時間の経ち方が違うのかと実感していた。



二度目のエイスの街から戻って来た際、ユリに貸してもらっていたチョーカー型の防毒の装身具を返すのをすっかり忘れていた。彼女は予備と言っていたのですぐに困ることはないかもしれないが、申し訳ないことをしてしまったとレンドルフは大いに反省していた。

その様子を見た使用人達から、貸してもらった礼と、返却を忘れたお詫びを兼ねて彼女に何か贈ってはどうか、と提案された。レンドルフはその提案を採用し、自分が店に行っては変に目立ってしまうということで、かつて王都にいた頃に母が利用していた昔馴染みの宝石商に来てもらうことにしたのだった。

そのことで、全く浮いた話のなかった若君にようやく女性の気配が!と使用人一同が密かに盛り上がっていた。



いつものように湯浴みで汗を流してから朝食の席に着く。

目の前に置かれたスープが、いつもと違う香りだと気が付いた。先日森でユリが作ってくれたものと同じ香りだった。彼女から貰った海藻と干し魚の粉末を厨房に渡しておいたので、早速使ってくれたのだろう。



具材はなく、コンソメスープよりも少しだけ淡い色合いをした澄んだ液体を掬って口に含むと、見た目とは裏腹に複雑な味わいが凝縮されていた。何種類もの野菜と共に煮込んで丁寧に灰汁を取り除いたのだろう。複雑なのにスッキリとした味わいだ。表面に脂が浮いていないところを見ると、野菜のみで作られているのかもしれない。鍛錬で汗を流したレンドルフにあわせて少々塩を強めにしてあるのだろうが、心地好い塩気が体に染み渡るようだった。あっさりとした風味が、食事前よりも空腹を刺激するように感じられる。


「これも美味しいな」


やはり未知の素材が気になっていたのだろう。普段は姿を見せない料理長が部屋の隅に控えていて、レンドルフの一言に嬉しそうに微笑んで一礼すると、厨房へと戻って行った。

簡単なスープとパンだけの食事であれば物足りないところではあるが、他にもズラリとメニューが並んでいる食卓では、ある意味前哨戦として丁度良い軽さかもしれなかった。


いつもよりきつめの鍛錬とスープのおかげか、レンドルフの朝食は用意された量をペロリと平らげてもまだもの足りず、料理長に頼んで夜食用にストックしてあったチーズとクラッカーまで出してもらったのだった。



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午後からの予定はあるものの、それまでに少し空いてしまった時間をどう過ごしたらいいか思案して、レンドルフは屋敷の図書室に足を運んだ。いつものように鍛錬をしようかとも思ったのだが、さすがに来客が控えているのに汗だくになるのは避けた方がいいだろう。



図書室でいつも見ているのは剣術の指南書や戦略に関する教本、魔獣についての研究書などが多いが、何となく落ち着かない気分だったのでたまには違うジャンルのものでも眺めてみようと普段は立ち寄らない棚を眺めた。

社交シーズンでも滅多に王都に来ないクロヴァス家の面々なので、図書の管理や購入は基本的に使用人達に一任してある。辺境伯で武門の家系であるので、さすがにそういった関連の図書が多いが、使用人達の娯楽として自由に趣味のものも購入して良いと予算を充てているため、少数ながらも思ったよりもジャンルの幅がある。中には誰が好んで読むのか、思わず二度見してしまうような綺羅綺羅しい題名の恋愛小説もあった。


その中に、レンドルフの両親をモデルにしたと言われる名作歌劇「姫と魔獣」の台本や小説本、絵本などの書籍が一角に纏められていた。レンドルフは実際に歌劇も小説も目にしたことはないが、有名なものなのであらすじくらいは知っている。

王子に婚約破棄された姫君が何故か凶暴な魔獣のところに嫁がされることになり、色々あって結局は姫と魔獣は末永く幸せに暮らした、という雑な程度ではあったが。確かラストシーンは、何故か呪われていたらしい魔獣の毛が抜けて人間になるらしいのだが、それについては母親が不満を漏らしていたのはよく覚えている。父の熊並に毛深い姿をこよなく愛している母には、色々物申したいことがあったようだ。


息子の立場から知っている話だと、母親が王子と婚約をしていたことは事実だったそうだが、王子に他国との同盟の為の政略結婚の話が持ち上がり、母とは双方合意のもと白紙となったと聞いている。そしてその後出会った父の元に望んで嫁いだらしい。高位貴族同士にしては珍しい恋愛結婚であったそうで、自分から聞きに行かなくても勝手に惚気話を聞かされて育ったので、物語のモデルとなったのは外見だけなのだと十分に分かっていた。

思わず絵本を取り出して表紙を眺めたのだが、白い髪の姫とどう見ても赤熊な魔獣がダンスを踊っている絵が描かれていて、子供向けに描かれた絵でさえ大変良く特徴を捉えていたので、レンドルフは「どう見てもウチの両親だな」と思ってしまい中を見る気になれずにそのままそっと本棚に戻した。


気を取り直し、先日話を聞いたせいかミズホ国について知りたくなって、幾つかの関連の図書を探し出して机に並べた。クロヴァス領とはほぼ関わりのない国であるので、そこまで本は多くない。せいぜい夜会などで話題に出た時に表面的に対応できる程度のものだ。植物に関わる書籍でもあれば、自分の髪色を思わせるレンカの花がどんなものか分かったかもしれないが、残念ながら見当たらなかった。


(それはそれで、ユリさんと見る楽しみが出来るか…)


前と違って、五日後の約束も取り付けてある。そしていつの時期かは分からないけれどレンカの花も見に行くことも。それだけでレンドルフの心は弾むようだった。



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「…さっぱり分からない…」


レンドルフは、煌めく石を前にして酷く渋い表情になっていた。



午後から来た宝石商には予め「友人に世話になったので、礼としてそれほど大仰ではない普段使い出来そうなものを」と伝えていたのだが、宝飾品とはとんと縁のない生活だったレンドルフである。そもそもどの程度が普段使いなのかすらよく分かってなかった。

小ぶりのものを選べばいいかというとそういう訳でもなさそうだったし、レンドルフの目にはどれも普段から身につけるには繊細すぎるように映った。


()()()()()でしたら、可愛らしいデザインが多数揃っております」

「…いや、そういう意味じゃなくてな」


さすがにレンドルフでも、自分の髪や瞳の色の石を入れた宝飾品を贈るのは恋人や婚約者に向けたものだということは知っている。


「それでは贈るお相手の方の色はいかがでしょう」

「…それだと……難しいな」


レンドルフは彼女の姿を思い浮かべたが、黒髪に深く濃い緑色の瞳だった。センスのある人間であれば、ともすれば地味な色味でも彼女のような美しく可愛らしいものを選べたかもしれないが、レンドルフには悲しいほどそういった目が皆無だった。

それらしき色合いのものを見てみるが、どれももっと年上の女性に似合いそうな落ち着いた印象の物ばかり目に付いてしまう。


「これは…?」

「ああ、これは『魔鉱石』と呼ばれる魔石の一種です」



宝石商の説明では、遙か昔に死した魔獣が何らかの条件が揃って朽ちることなく地中に封じ込められることがあるのだが、それと似たような現象で体は朽ちても魔石が残ることがあるのだという。大抵の魔石は、回収して魔力を充填しなければ砕けてしまう。運良くそうならずに地中から発見されるものを魔鉱石と呼んでいて、小さな魔石を芯にして他の物質が包むような状態になっているのだ。そこまで稀少というほどではないが、魔石の色や包み込む物質、それが出来上がる条件などが複雑なために、魔鉱石自体一つとして同じものがないため、一点物としての価値を見出され人気があった。



宝石商が並べた商品の箱の中に、その魔鉱石が幾つか並べられていた。確かに色や形、質感さえも一つとして同じものは見当たらなかった。


レンドルフは、その中の一つの乳白色をした魔鉱石に目を引かれた。オパールをもっと透明度を上げたような、水の中に僅かにミルクを落としたような、半透明の乳白色の中に、金色の魔石が入っている。


「どうぞ、お近くでごらん下さい」


レンドルフの視線が止まったところを、すかさず宝石商が箱を手渡して来た。近くで眺めると、金色の魔石を芯に包む乳白色の物質はツルリとした滴型に磨かれている。少し角度を変えてみると、それは実際は透明な物で、中に細かいヒビのようなものが無数に入っていてそれが半透明に見せているのだと気付いた。その細かなヒビが光を受けて虹色に乱反射していて、様々な表情を見せている。

その外側よりも、芯にある魔石の色が彼女の珍しい虹彩の色と重なった。


「これはペンダントだろうか」

「鎖の長さ次第でブレスレットにすることも可能です。完全に同じ色ではございませんが、ごく似た色の魔鉱石がもう一つございますので、イヤリングかピアスに加工することも出来ます」


そう説明をしながら、宝石商は机に並べていなかったものの中から違わず選び出して箱をレンドルフの前に置いた。その中には彼が眺めている魔鉱石とよく似たものが入っていた。じっくり並べて見比べなければ差異が分からないくらいに似た石だったが、そちらの方は何となく彼女の虹彩とは違うようにレンドルフには思えた。


「いや、こちらだけでいい。ペンダントにして欲しい」

「畏まりました。チェーンは如何致しましょう。どちらかというとゴールドがお勧めですが」

「それは任せるよ。こういうのは疎くてな」

「承知致しました。最も石に合うものをお選び致します」


乳白色はレンドルフも彼女も有していない色だが、却ってそちらの方が気楽だろう。そう思って彼はほっと息を吐いた。


「若君、こちらは魔石の一種ですので付与が一つでしたら可能ですが、何かご希望はございますか?」

「付与か…」


一般的に贈り物によく使用される付与魔法は、防毒や魅了防止などだ。しかし、薬師の彼女はもう既に様々な無効化の魔道具を持っているだろう。


「後日、相手の希望の付与を頼むというのは可能だろうか?その付与魔法の代金もこちらで支払うということで」

「勿論でございます。それでは、箱の中にお好きな付与をお付けする旨を記して、商会の連絡先を同封しておきましょう。ご希望をいただきましたら、担当の付与魔法士を先方まで手配致します」

「それで頼むよ」

「はい。納品は最短で二日後になりますが、よろしいでしょうか」

「ああ、大丈夫だ」


何とか色々と決めて、レンドルフは自分が大分疲弊していたことに気が付いた。これならば同じ時間だけ鍛錬していた方がまだ疲れないだろう。


()()、若君にお呼びいただけることを楽しみにしております」


そんなレンドルフの心中を知ってか知らずか、宝石商は大変いい笑顔で屋敷を後にしたのだった。


(また、か。そんな機会、俺にあるのかな)


宝石商が帰った後、何となく動く気になれずにそのまま出していたお茶を淹れ直してもらって応接室のソファでぼんやりとしていた。



「若様、お手紙が届いておりますが、お部屋へお持ちしましょうか」

「いや、ここで読むよ」


執事が手紙を三通運んで来て、ペーパーナイフと共にテーブルの上に置く。


「…これは…」


最初の一通は封蝋から王城の騎士団からだと分かったが、後の二通を見て、レンドルフは眉間に皺を寄せて動きを止めた。両方とも思いもかけない宛名のものではあったが、特にうち一通は極めて厄介ごとであるのを察してしまい、一瞬このまま見なかったことにしてしまおうかとも思ってしまった。


「若様…」


レンドルフの様子で、既に宛名の確認をしている執事も察したのだろう。執事らしからぬ感情を露にした表情でレンドルフを見ていた。


「ああ…やはり部屋で読むことにする」

「畏まりました」


レンドルフは封筒とペーパーナイフを掴むと、少しばかり勢いを付けてソファから立ち上がった。



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自室に戻って、机の上に放り投げるように封筒を置く。


(あー…見なかったことにしたい)


そう願っても目の前から封筒が消える訳でもなく、レンドルフは深い溜息を吐いてペーパーナイフを手に取った。


まずは一番予想のつく騎士団からの手紙から開封する。


手紙を開くと、見慣れた事務方の文字が並んでいる。宛名は現在の上司に当たる総括騎士団長になっているが、単なる事務連絡なので代行を任せているのだろう。人の手蹟とは思えないほど整って温度を感じさせない筆跡は、何度か貰っていればすぐに分かる。


内容は、休暇中に決定した全騎士団への伝達事項が箇条書きにされている定期連絡だった。団員寮にいれば共通の掲示板に張り出されるが、寮にいない団員にはこのように手紙の形式で知らされることになっているのだ。たとえば、食堂の臨時休業の日程や、その際の食事は補助金が出るので各自調達する際には金額の分かるものを取っておくように、などといったものや、期限切れで廃棄する回復薬の回収業者が変更になったという些細なものだ。

その部分は半ば流し読みをして、レンドルフは一番下の項目を見て安堵の息を漏らした。

こういった定期連絡の一番下には、殉職した者の名が記載されることになっている。幸いにも今回は名前が記載されている者はいなかった。



今でこそオベリス王国は学園都市の創設や騎士の丁寧な研修制度を始め、多くの優秀な人材を大切に育てることに注力しているが、ほんの100年ほど前は、一部の高貴な血筋の者を除いて人は使い捨てられる資源に過ぎなかった。それこそ無尽蔵な鉱脈のように、必要とすれば十分余りあるほどに人材が湧いて来る、というような感覚が国そのものに蔓延していた。しかし、鉱脈と同じく人材も無限ではない。そんな無茶をしていたせいか、気が付けば国に人は減り、優秀な者はこぞって他国へ逃れた。そして止めでも刺すかのように流行病が長く続き、人口は激減した。周辺諸国ではそこまで病は長く続かなかったことから、人を蔑ろにし続けたオベリス王国が神の怒りに触れたのだという神学研究者もいる。

人の数はそのまま国の力に直結する。平民だけでなく貴族も大幅に数を減らし、領地を維持することが難しくなった。やがて農業、工業、商業、流通も人手が足りずまとも機能しなくなり、中央の政務ですら支障が出て来た。目に見えて荒れて行く国内に、王を含めた上層部は近隣国の属国になることもやむなしと判断したのだが、土地も荒れ流行病も収まらない、何より神の怒りに触れた国など欲するところも存在しなかった。


その後、当時の王は国政を大幅に見直し、近隣国に頭を下げて僅かな援助を受けながら、まだ辛うじて残っている人材を大切にすることで減少した国力を少しずつ取り戻そうとした。やがてその取り組みに神の怒りが解けたのか、流行病が終息し始めたのを切っ掛けに、少しずつではあるが国は回復を見せている。現在もその取り組みは各方面で受け継がれ、その成果の表れかここ50年ばかりは騎士の死傷者はずっと下降線を辿っている。



「どっちにするかな…」


残りの二通の封筒を前に、レンドルフは暫し腕を組んだまま固まっていた。しかしいつまでもそうしていたところで解決するものでもない。


仕方なく彼は、ペールブルーの封筒に白い鳥の意匠が入っている上品な方の封を切った。宛名の手蹟は、美しくも繊細な女性の筆跡であった。その手紙の差出人は、ヴァリシーズ王国より留学生としてやって来た公爵令嬢、レンドルフが図らずも恐怖を与えて騒動の発端となってしまった彼女からのものであった。


中から手紙を取り出して開くと、封筒とセットの同じ意匠の便箋に、美しく流麗な文字がしたためられている。


型通りの挨拶に始まり、内容は先日の謁見の際に起こしてしまった不祥事に対する丁寧な謝罪が述べられていた。一応最後まで読んではみたが、不祥事を起こした理由については述べられておらず、レンドルフが伝え聞いた公爵令嬢の供述と同じものであった。もしかしたら表立って告げることの出来ない理由が密かに記載されているのではないかと少しばかり期待したのだが、あまり意味はなかったようだった。ただ、レンドルフが希望することがあれば自分と、実家の公爵家が出来ることを何でもする、と綴られていてその部分に差し掛かった時は思わずぎょっとして二度読み返してしまった。

二度読んでも「何でもする」と書かれていて、レンドルフはこめかみに手を当てて溜息を吐いてしまった。表立った国としての対応は出来ないが、公爵家で何でもするということである。もしこれで言質を取ったとばかりに、レンドルフが公爵家の全てを寄越せと言い出したらどうするつもりだったのだろうか。勿論そんなことをするつもりは更々ないが、こんなにも危険極まりない手紙を送って来た公爵令嬢に、レンドルフでも些か頭痛を覚えてしまった。


(…どうしたものかな)


出来ることならこのまま関わり合わずに、人の記憶から薄れさせてしまいたいのがレンドルフの正直な気持ちだ。しかし手紙が来た以上、返答は必要だろう。


「取り敢えず、次を見てから考えるか」


完全に現実逃避なのは分かっていたが、レンドルフは三通目の封を切った。


宛名は、エイスの街の騎士団駐屯部隊の部隊長となっている。つまり、先日ミキタの店で会ったステノスからだった。

手紙を開くと、彼が書いたのかは分からないが少し丸みを帯びた可愛らしい印象の文字が並んでいる。


先日冒険者登録と一緒に定期討伐にも参加の仮申込はして来たのだが、そこから「駐屯部隊ではない騎士と思われる者からの申込があったが問題ないか」という問い合わせが王城の騎士団の方に入ったらしい。もうどうしてすぐに騎士とバレるのかはこの際考えない方がよさそうだ。


どういった経緯かは不明だが、そこからレンドルフの身分が伝わったらしく、ひとまず現地の騎士団代表、つまり部隊長のステノスから討伐参加に関する説明と確認を行いたいとの申込だった。謹慎扱いなら討伐参加は却下されるだろうが、実際は休暇扱いである。休暇中であればどのように過ごすかは個人の自由だから、一介の冒険者として参加する分には問題ないだろうと思っていた。長期休暇を取って領地で討伐に行くような感覚でいたので、こんなに話が広がることになるとは思ってもいなかったのだ。

ステノスは、冒険者パーティを紹介してもらうことになっているのと同じ日で、それよりも早い時間にエイスの街の入口で待ち合わせて欲しいと記していた。もう完全にレンドルフがどこの誰か分かっている指定であった。



「これは承諾の返事を出すからいいとして…こっちは、なあ…」


可愛らしいペールブルーの便箋と封筒であるのだが、レンドルフにしてみれば最も厄介極まりない禍々しい存在であった。誰かに代筆を頼みたいと思ったが、さすがに身分も立場も上の相手である。

レンドルフは仕方なく引き出しの中からいつ誰が購入したのか分からない便箋と封筒を取り出し、部屋の片隅にある小さな書棚から手紙の書き方の教本を引っ張り出した。この教本も一体いつからあったものか分からないが、詫び状と断りの返信の手本が載っているページに折り癖がついていた。もしかしたらどちらも兄達が学生の時分に王都で過ごしていた時代からある物かもしれなかった。

武門の家系であることを理由に、代々あまり社交に熱心ではなかった証拠である。



レンドルフは四苦八苦しながらどうにか下書きを書き上げて、念の為執事に内容を確認してもらうことにした。そして半分以上添削されて戻って来たものを見て、ぐったりと机の上に突っ伏したのだった。



その時にあまりにも言い回しの古すぎる教本を手本にしていたことが発覚したため、執事がさり気なく最新版の教本に差し替えていたことにレンドルフが気付いたのは、定期討伐が終わって帰宅してから数日後のことであった。



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