101.準備された規格外
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各々の内心はさておき、表面的には和やかな食事は終盤になり、香り高いコーヒーをゆっくりと楽しんでいた。
「強引な形で二人を創立記念パーティーの招待する形になってしまったが、何か必要なものはないか?」
「…今のところは大丈夫だと思いますが…ユリさんは?」
「私も今のところ…まあ、大丈夫かと」
「本当か?女性のドレスとかは半年以上はかかるとか聞いてるが…」
「手持ちで何とかする予定ですから」
既にレンドルフと話して、手持ちをそれらしくすることは決めているのでその話をすると、何故かテンマとトーマは互いに眉間に皺を寄せてレンドルフを見た。
「そこはレンくんが贈るんじゃないのか?」
「パートナーにはドレスを贈るのが必須では?」
「あの!サイズが!サイズが合わないんです!」
貴族だけでなくある程度裕福な平民でも、パーティーなどに参加する時はパートナーが恋人、または婚約関係ある場合には服飾品や宝石などを贈ることが古い習慣として知られている。必ずしも定められている訳ではないが、周囲へのアピールや牽制の意味も含めて、パートナーに自分の髪や瞳の色を含んだ物を贈るのだ。
冒険者の男女のペアパーティは、大抵恋人や夫婦関係だと思われているので、テンマもトーマもレンドルフとユリがそういう関係だと思い込んでいる為、その前提でレンドルフがユリに何も贈らないことを抗議したのだ。
ユリはその誤解をすぐに悟って、レンドルフの名誉の為に慌てて声を上げた。
「サイズ?」
「あの、私のサイズは既製品でドレスはまずないんですよ。ちょっと調整してもらうくらいじゃ済まないから、最初から作ってもらった方がいいんですけど、今回はとても間に合わないから手持ちで済ませようと思いまして」
「あ…ああ、すまなかった。こっちの都合で急に招待したようなものだからな。悪かったな、レンくん、ユリ嬢」
「それにエリザベスさんと私は色が被ってるんで、レンさんには全然違う色の服を着てもらって、私は変装の魔道具で髪と瞳の色を変えて行こうかと思ってるんです。幸い、私は伯爵には直接お目にかかっていませんし」
「そうか…初参加で主賓と色被りになるとマズいか。重ね重ね申し訳ない」
主賓に未婚の子女がいた場合、初参加の者は主賓とその婚約者の色を身に纏うのは避けることが暗黙の了解となっている。どうしても被ってしまう場合でも、小物程度に留めて置いた方が無難である。
テンマの髪色は茶色で、今のレンドルフは栗色にしている。並べてみれば全く違うのだが、パーティー会場でユリが栗色のドレスを着ているのを見て、誤解する人間がいないとも限らない。それに髪と生地では同じ色でも印象が変わるので、用心するならばユリは茶系の物を身に付けるのは避けるべきだろう。それにエリザベスは黒髪に淡い緑の瞳だ。レンドルフがユリに合わせて黒と濃い緑を身に付けているのもよろしくないのは目に見えている。
「確かにそうでした…特に男性側は避けた方が良いですね。これまでに父上に決闘を申し込んで来た者達は、大半がわざと黒い服に緑のタイを纏っていましたからね」
「そうだったな。そうだ、もし良かったら俺の方で融通の聞く職人を紹介しよう。今から料金上乗せで頼み込めばどうにかなるだろう。勿論迷惑料として費用はこちらで…レンくん?」
「え…?ああ、すみません。ちょっと気になることがありまして」
先程からレンドルフが何か考え込むように顎に手を当てて俯いていた。テンマに声を掛けられて、やっと我に返って何度か瞬きを繰り返した。
「気になること?」
「はい、以前襲撃者を捕らえて、伯爵邸までお送りした時なんですが…」
レンドルフは、半ば強引にアリアに屋敷の中に案内され、湯浴みをした上で新しい着替えを渡されたことを思い出していた。先程ユリが言った「サイズが合わない」という言葉を切っ掛けに、その時の疑問がよみがえって来て、更に一つの予測に辿り着いた。
「服も体も汚れていたので、湯浴みを勧められたんです。伯爵家に招かれたのだから、確かにあれでは失礼かと思ってそれに甘えることにしました。それで俺は、湯浴みの間に服に浄化魔法を掛けてくれるものだと思っていたんです。俺は生活魔法全般が使えないので。しかし、出て来たら真新しい着替えが一揃い準備されていたんです」
「それは助けてもらったのですから、感謝の意味も含めて着替えくらい用意するのでは?」
自分達を助けたせいで服が汚れたりしたのならは、新しい物を出すのは当たり前のような気がして、トーマは首を傾げた。その言葉に、レンドルフはそっと首を横に振る。
「全て新しい物が一揃え、ですよ。それがどんなに普通ではないか、テンマさんなら分かると思います」
「あ…!ああ、確かに…しかもあの伯爵家だ。使用人にもそこまでの体格の者はいない」
レンドルフもテンマも、身長もさることながら鍛え上げた体の為、胸囲や腕回り、尻や太腿も通常の男性よりはるかに大きい。辛うじてセーターのようなものならば、二度目に着ることを考えなければ最大限まで伸ばしてどうにか身を詰め込むくらいは出来るだろうが、シャツタイプは既製品ではボタンがボタンの役割を果たせることはない。
あの日、レンドルフに用意された着替えは下着に至るまで全て新品だった。もし使用人に体格の良い者がいたとしても、明らかに彼らが着るよりも質の良い生地を使用していた。ビーシス伯爵家は、アリアが女伯爵で一人娘のエリザベスと暮らしていて、あとは執事やメイドなどの使用人だけだ。もし護衛騎士を雇っていたとしても、レンドルフに用意された服は騎士用のものらしくはなかった。
「思い出してみると、案内された部屋は浴槽も広かったですし、バスローブもこう…前が留まるんですよ。更に言うと、洗面台に設置された鏡の位置もちゃんと顔が映りました」
「バスローブが!?一体どこのメーカーだ?」
レンドルフもテンマも、どこかのホテルに滞在した場合、どんなに高級の宿だったとしても気を付けないと浴槽に変に嵌まって動けなくなるし、バスローブははだけっぱなしだし、鏡を見る時はかがまないと胸しか見えないのだ。部屋によっては、ベッドに対角線で横になっても足がはみ出すのでソファをベッドの足元にくっ付けるか、床に寝るか、とにかく工夫が必要になって来る。日常生活にも些細な苦労が出るのが規格外サイズの哀しさだ。
「用意してくれた服も、少々袖と裾の丈が短めでしたが問題なく着られました。伸縮性のある生地でも伸縮の限界実験みたいにはなりませんでしたし。それから、案内される度に違う部屋に通されるんですが、今思うとどの場所もとても快適だったと気が付きました」
エリザベスの護衛を務めた三日間で、初日に帰って来た際に玄関先で待ち構えていたアリアをさり気なく回避したつもりだったのだが、翌日は何としてもレンドルフを捕まえようとアリアはわざわざ門扉の前で待っていたのだ。そこまでされてしまうと、レンドルフとしてもそれを振り切って逃げるという訳にも行かない。結果的にレンドルフは根負けしたような状態で、二日目三日目は護衛の終了時にビーシス伯爵邸に招かれることになった。その度にエリザベスもさり気なく助け舟を出してはいるのだが、アリアにさり気なくは通用しなかった。最終的に眉を下げながらエリザベスはアリアの後ろについてレンドルフを伯爵邸に案内していた。
最初はお茶だけでも、と言われるのだが、気が付くとなし崩し的に夕食にまで誘われていた。どこまでが作戦なのかは不明だが、あまりにも済まなさそうに使用人達も頭を下げて来るのでレンドルフとしては断り切れなかったのだ。
「その快適さは、こちらの屋敷と同じものです。椅子やソファが、俺が座ってちょうどいい高さに調整されているんです。俺が丁度いいってことは…」
「俺にも、ちょうどってことか…」
「はい。あの、伯爵は、テンマさんを迎える準備を整えているのだと思います。ご本人が行けば済む話なんでしょうが、それは伯爵にもお考えがあるでしょうから」
現在縁談と同時に進めているビーシス商会とミダース商会の業務提携の話し合いで、商会長同士テンマとアリアは顔を合わせることもあるが、話し合いの場は必ずどちらかの商会の事務所であった。さりげなくテンマが伯爵邸に伺う打診をしても、アリアから承諾の返答を貰ったことがなかった。断りの返事はほぼ「準備が整っていませんので」だったのだ。
テンマは、出自も身分も低い自分があまりアリアに快く思われていないのも承知していたが、業務のことに関してはアリアは忌憚のない意見をぶつけて来るし、態度も決して見下して来るようなこともなかった。知らない業界のことについては格下の相手にもきちんと教えを請おうとする姿や、女手一つで爵位も商会も守りながら一人娘も立派に育て上げた手腕は尊敬に値するものだった。似たような立場のテンマにはどれだけすごいことかが理解出来るだけに、心からアリアを賞賛していたのだ。
切っ掛けは、叙爵された夜会でダンスの相手がいなかった自分を嫌がる様子もなく受けてくれたエリザベスに恩返しが出来れば、という気持ちでテンマは手を差し伸べた。本当に伴侶の座に就くつもりはなく一時的に商会が安定するまでの仮の縁談で、自分の立場は良く理解しているはずだった。必要以上に彼女とは距離を詰めず、あくまでも仕事の相手として紳士的に接することを心掛けた。しかしどういう訳かエリザベスがテンマを気に入り、最初は逃げ腰だったテンマも気が付けばすっかり彼女を手放せなくなってしまった。
実際のところ、テンマとエリザベスは互いに成人しているし、爵位や年齢の差はあったとしても婚姻を結んでも問題はないのだ。しかしテンマは、エリザベスのたった一人の家族であり、人としても親としても尊敬しているアリアに納得した上で縁を結びたかった。
しかしなかなかアリアの納得が得られなくてももうすぐ期限がやって来る中で、レンドルフがあまりにもあっさりとアリアの懐に入れられたことに、テンマは内心焦りと落胆を燻らせていたのだ。
「そう考えると、待ち伏せしてまで俺を招こうとしていたのも、サイズの確認をしたかったような気がするんです。あと、食事量とかも細かく聞かれましたし」
「…何で、俺に聞いてくれないんだよ」
「そこは、伯爵に直接伺ってください」
「は…ははは…天才のすることは分からんな」
レンドルフの予測はあくまでも予測に過ぎないが、ビーシス伯爵邸に大柄な人間用の家具や日用品などを揃えるのはテンマを迎える準備以外に思い付かなかった。アリアの考えは分からないが、彼女なりにきちんとテンマを婿として迎えるつもりでいるような気がした。テンマもそう思ったのだろう。笑い声を上げながら、ずっと肩に入っていた力が抜けたような雰囲気になった。
「良かったですね、父上。これで私が妻を迎える時に父上の私物は思う存分倉庫に放り込めます」
「お前、容赦ないな」
トーマの言葉にテンマは苦笑したが、それでもどこか嬉しそうだった。
「それにしても、レン様は父とあまり体格が変わらないと思いましたが、父よりも手足が長いのですね」
「あ!気付いてなかったのにわざわざ口に出して教えるなよ!」
更に容赦ないトーマの突っ込みに、聞いていたユリが堪え切れず吹き出していた。
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帰りも馬車を出してくれると言われたのだが、ユリはレンドルフとノルドに乗って帰ると辞退をした。ワンピース姿で乗るのはどうかとレンドルフが渋ったのだが、丈も長いし横座りすれば大丈夫とユリが強引に押し切ったのだ。
「ノルド、元気ないね」
「…そうだな。ええと…元気出せ」
いつもならユリが乗りやすいようにノルドは前脚を折り畳むようにして低い体勢を取ってくれるのだが、今日は少し首を下げるようにして地面を見つめてぼんやりと佇んでいた。仕方なくレンドルフはユリを横抱きにしてノルドの背中にそっと乗せた。
「まだ明るいから、少しゆっくり行くけど、ユリさんは大丈夫?」
「うん、今日は特に予定ないから」
「じゃあエイスの街まで送るよ」
「え?レンさん遠回りにならない?千年樹に行く時の待ち合わせ場所でいいよ」
「いや、ちょっとノルドを元気づけようと思ってるから。カーエの葉を貰いに行こうかと」
「そっか。じゃあエイスの街までお願いします」
「了解」
ノルドがおやつとして気に入っているカーエの木は、この辺りではどうやらエイスの街の預かり所にしかないようなのだ。このままレンドルフが王城の騎士団に戻ると、滅多にこちらへは来られなくなる。クロヴァス家のタウンハウスでどうにか植えられないかと庭師に頼んで苗木を探してもらっているが、植えてもすぐに食べられる訳ではないだろう。今のうちに食べさせてやりたいという気持ちもあった。
「…あと四日か」
ゆっくりとノルドを走らせていて、レンドルフが不意にポツリと呟いた。それを聞き取って、ユリの肩が一瞬跳ねるように反応した。
「あっという間だったな。定期討伐のもあっという間だったけど、それよりももっと短い気がする」
「そう、ね。たった二週間だもの。実際短いわよ」
レンドルフに冒険者として採取を手伝ってもらうために延長を頼んだ期間は二週間だった。そして今日で10日が過ぎている。
「俺はユリさんの採取に少しは貢献出来た?」
「少しどころじゃないわよ。私ひとりじゃとてもじゃないけど採取出来なかったのとかあるもの。金の青銅苔もそうだし、他にも蛇系とか黒蛙とか」
「それなら良かった」
レンドルフの柔らかい声が頭上から降って来て、ユリは思わず顔を上げた。横座りになっているので顔を上げるとレンドルフもちょうど下を向いていて、思ったよりも顔が近くにあった。レンドルフの柔らかな色合いのヘーゼル色の瞳が、更に優しさを増して少しだけ細められている。急に上を向いたせいか、頭に血が上ったせいか、ユリの上半身がクラリと傾いて、レンドルフの胸にポスリとこめかみの辺りが触れる。
「大丈夫?」
ユリの体が傾いだので、レンドルフは慌てて背中から肩を支えるように腕を回す。普段は互いに革の装備を着込んでいるので固い感触なのだが、今日は装備を付けていないので思いもよらず柔らかくて温かい感触に一瞬二人とも体を固くする。
傾いた弾みでユリは思わずレンドルフの胸に片手を置いてしまい、片頬も一緒に弾力のある胸筋に擦り寄るような形になってしまう。シャツとベスト越しでもレンドルフの高い体温がすぐに伝わって来て、一瞬息を呑んだ動きもダイレクトに伝わって来てしまった。もし耳を押し当てていたら心臓の音まで聞こえただろうか、とユリは思ったが、さすがにそこから密着する度胸はない。
「あ、ありがと。大丈夫…」
体を支える為に胸に触れてしまった手に少しだけ力を込めて、ユリは体を起こそうとした。が、まだ半分抱き締めるように肩に回されたレンドルフの腕に阻まれるような形になって、再びユリはポスリと彼の広い胸の中に寄りかかってしまう。今度は先程よりも勢いがついていたので、顔を半分埋めるようになってしまった。しかしそれは本当に一瞬だけのことで、すぐにレンドルフの腕は緩んでユリはサッと体勢を立て直した。
「ゴメンね。何かよろよろしちゃって」
「いや、その…もう少しノルドの速度上げようか?その方が揺れが少なくなるし…」
「だ、大丈夫。これ以上速いと、その…スカートだとちょっと支障が」
「あ!ご、ごめん。気を配れなくて」
「ううん。ノルドで帰りたいって言い張ったの私だし。こっちこそごめんね」
しばらく二人は無言で顔を赤らめたまま、ノルドの背に揺られていた。