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99.ミダース家のご招待


レンドルフがエリザベスの護衛を務めた三日間は、特に何事もなく過ぎた。


テンマは、護衛の指名依頼でギルドから推薦された四人の冒険者パーティと正式に契約をしたようだった。それなりに経験の長い中堅のパーティで、男性二名、女性二名のメンバーのうち男性は兄弟、女性はそれぞれの妻ということが決め手だったそうだ。

エリザベスには、テンマが護衛に付けないのは後継を息子(トーマ)に譲ったものの、まだ完全な引き継ぎが済んでいないということを理由にしていたが、エリザベスには全て見抜かれているのを知っているレンドルフは、テンマに真実を告げようか一瞬悩んだ。が、口を開こうとしたレンドルフに、テンマの背後でにこやかに圧を掛けて来るエリザベスを見て黙っておくことにした。話したところで変わらないのだから下手にこれ以上首を突っ込まない方がいい、とレンドルフは自分に言い聞かせる。



それから数日後、レンドルフとユリはテンマから正式な招待状をもらって、ミダース家の屋敷に招かれていた。


レンドルフには、ミダース家で所有しているスレイプニルと魔馬を試しにノルドと引き合わせて欲しいという内容で、ユリには貰ったアドバイスのおかげで大変助かった、と書かれていた。アドバイスとは何だろう、と首を傾げるレンドルフに、ユリはテンマとたまたま毒の話になった際に、数十年経過しても毒が体に残るものあるということと、気になることがあるなら薬師ギルドできちんと検査をした方がいいと勧めたことを伝えた。ユリはテンマ自身から元彼女が息子に毒を盛っていたことを聞いているが、まだ知らないレンドルフに勝手に伝えるのは良くないと判断したので詳細は伏せておいた。


ごく内輪の招待であるので気楽に来て欲しい、とあったものの、当日にはミダース家の紋章が入った立派な馬車が指定した場所へと迎えに来た。レンドルフはノルドに乗って行くので、ユリだけが一人迎えの大型の馬車に乗り込んだ。レンドルフがエスコートしてユリを馬車に乗せたのだが、大きな馬車の座席に小さなユリがちょこん、と座っている姿は何とも可愛らしい風情があった。思わずレンドルフは微笑ましい気分になったのだが、ユリは何とも言えない表情で「広過ぎて落ち着かない…」と隅に寄って呟いていた。



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「レンくん!ユリ嬢!良く来てくれた」


門扉を抜けて馬車を走らせても結構な距離がある敷地内を通過して、本邸の玄関のエントランスにレンドルフとユリが降り立つと、ズラリと並んで出迎える使用人達の先頭に立ってテンマがわざわざ出て来た。これまでは冒険者らしい動きやすく丈夫な生地のシャツにトラウザーズ、革の装備という出で立ちだったが、さすがに屋敷に客を迎えるということで三つ揃いの出で立ちだった。やはり革製品で財を成した家門であるだけに、来ているジャケットはマットな質感の革製で、ベストの一部にも一目で上質と分かる革が使用されていた。テンマ程の体格が余裕を持って着られるジャケット分の量の革を同じような品質で設えるのは相当な頭数が必要な筈だが、それを作れてしまう辺りどれだけの力があるのか伺い知れるだろう。


「お招きありがとうございます」

「ありがとうございます」


レンドルフは、目的はノルドの見合いということもあるので動くことも鑑みてそこまでフォーマルではなく、柔らかい生地の焦げ茶のジャケットに揃いのベスト、薄クリーム色のシャツに濃い緑のクラバットという出で立ちで来ている。ユリは光沢があり重みもある上品な生地のスモーキーピンクのワンピースに丈の短めの臙脂色のジャケットを着ていた。そして髪はハーフアップにして背中に流し、毛先は軽く巻いてあるので、重みのあるユリの髪はいつもよりも軽やかな印象になっている。


「紹介するよ。息子のトーマだ」

「初めまして。父が大変ご迷惑をお掛けしました」

「おいおい、いきなりそれかよ…」


テンマが体を少し横に引くと、その後ろから背は平均よりも高いが細身の青年が立っていた。テンマに隠れて全く見えていなかった彼は、丁寧な仕草でゆっくりと頭を下げた。そして添えられた彼の一言にテンマは苦笑する。

トーマは髪と瞳の色はテンマと同じ茶色をしていて、目があまり大きくないところは共通していたが、大柄な体型で豪快な印象のテンマとは正反対で、彼は繊細で理知的な学者のような空気を醸し出している。あまりにも雰囲気が違い過ぎているので、養子とは言え本当の関係は甥にあたるので血は近い筈なのだが、それを知らないでいたら縁戚とは思えないかもしれない。

しかし遠慮のない物言いや態度に、やはり彼らは本当に親子としての関係を築いて来たのだと分かる。


少し休んでから改めてノルドとの顔合わせをしようということで、屋敷の応接室に案内された。


屋敷の中は主人であるテンマに合わせてなのか、どこもかしこも大きく作られており、豪華絢爛な装粧品といったものは殆どなく、普通なら絵画や花などが飾ってありそうな場所にも重々しい斧や実用的にしか見えない剣、巨大な魔獣の毛皮や剥製などが壁に掛けられていた。テンマの立場からすると、あまりきらびやかなものだと成金と言われ、このように無骨なものだと野蛮と評価されるので、それならば事実である野蛮の評価の方がマシだと内装の担当に丸投げした結果だった。


「すごいですね!あれ、フェニックスモドキですよね」

「おお、ユリ嬢も分かるか!あれは俺が引退直前に仕留めたものだ」

「あの魔獣の肉は食べると一時的に耐火付与が付くから、火山探索では必須って聞いてます」

「そうなんだがな、通常の火じゃいつまでも生焼けなんで高火力で一気に焼くんだが、ほぼ炭で食えたもんじゃなかったぞ」

「ええ…夢が一つ消えました…」

「食いたかったのかよ…」


花瓶に花の替わりに活けてある派手な色の鳥の羽根が飾ってあったのをユリが見つけて、目を輝かせてテンマに質問していたが、予想とは違った回答を貰って大分ガッカリしていた。そのやけに気安い会話のやり取りに、レンドルフはいつの間にそんなに親しくなったのだろうと疑問に思っていた。



応接室に案内されると、少し紫がかった革製の立派なソファが真っ先に目に付いた。広い応接室が普通の大きさに感じる程の大きなもので、表面はビロードのような風合いと光沢を兼ね備えている。


「ユリ嬢はこちらへ」


テンマが招いた先には、同じ革のソファではあるが一際豪奢な金の紋様が背もたれに施された一人掛けのものが置かれていた。一人掛けと言っても、ユリならば三人くらい座っても余裕で収まりそうなものだった。来客に良い席を勧めるのはよくあることだとしても自分だけがその扱いでいいのだろうか、と一瞬ユリが戸惑って足を止めると、レンドルフにはその理由がすぐに分かったらしく、軽く頷いてユリの手を取ってそっと案内するように一人掛けのソファ向かって手を引いた。


「こちらのお屋敷は、ミダース卿に合わせて作られているのですね」

「おいおい、そんなに畏まった口調じゃなくていいんだぞ。…まあこの屋敷は俺の体に合わせたものが多い。だから来客に合わせてこっちを勧めてるんだ。レンくんなら俺用の方が使いやすいだろうな」


レンドルフとテンマの言葉に、ユリはサッと他のソファと案内されたソファの高さを見比べた。言われてみれば、一人掛けのソファ以外の物はユリの膝上よりも座面が高い。これではユリは座る際に飛び乗らなくてはならないし、座ったら今度は足がつかないだろう。一人掛けのソファだけが、この中では通常サイズのようだった。それを理解して、ユリはレンドルフに導かれるままに手を引かれて、ソファに腰を降ろした。


「うわあ…すごく気持ちがいい…」

「これは西国の金紫鹿(きんしじか)の革だ」

「え!?あれは保護動物に指定されているものじゃないんですか?」


ユリが思わずソファの表面に手を滑らせると、その心地良さに素直に感想が漏れた。短い絨毯のような心地好いサラリとした手触りがするが、実際には毛が生えている訳ではない。やはりなめしてある革なので、吸い付くような感触もある。何とも一言では言い表せない不思議な感触ではあるが、ずっと触れていたい気持ちになる。事実、この感触にハマった人間が乱獲したことが原因で、金紫鹿は保護対象になる程に数を減らしたのだ。


「それが西国では保護し過ぎて数が増えて、作物を荒らす害獣に指定されたんだ。決められた狩猟の時期にウチの商会から腕の良い猟師や冒険者を送り込んで、仕留めたヤツを向こうの国の支店で加工して送ってもらっているんだ。この国じゃまだ保護動物だから、加工品しか輸入出来なくてな」

「さすが手広いですね」


ユリはいつまでも撫で回しているわけにはいかないので、お茶が運ばれて来ると名残惜しげに手をソファから離した。


「さて、改めてユリ嬢には礼を言う。ユリ嬢の忠告がなければ、この先も検査を受けようなんて思い付きもしなかった。本当にありがとう」

「お役に立てて良かったです。その…」

「ああ、ユリ嬢は結果を聞いているのか」

「申し訳ありません。詳細までは聞いていませんが、話を持って行った関係で結果だけは。あの、他言はしていませんので」

「…のようだな」


ユリとテンマのやり取りにキョトンとしているレンドルフを見て、彼女が信頼できるパートナーであるレンドルフにも話していないということは、他にも誰にも話していないことはすぐに察したのだろう。


「あの…」

「俺から話そう」


困ったように眉を下げたユリに、テンマは軽く手を上げてレンドルフに視線を移した。


「以前に俺が付き合ってた女がトーマをに嫌がらせをしていた話はしたよな?」

「はい」

「それはもう嫌がらせの域を越えて、こいつに毒を盛るところまで行った」


レンドルフが思わず息を呑んだ音が聞こえ、表情が強張った。一瞬トーマに向けて痛ましげな視線を送ったのに気付いて、トーマが軽く微笑んで頷いた。レンドルフはどう反応していいか困っているようにも見えた。


「その話を聞いたユリ嬢から体に毒が残っている可能性もあると聞いて、残留検査を受けることにしたんだ。それでまあ、俺ももしかしたら、ってことで一緒に受けてみることにしたんだ」


万一毒素が残っていると判明した場合の今後の影響や、これまでに知らずに過ごしていたことで問題はないのか、テンマは検査の予約を入れてから色々と調べた。幸いにも生活する上で特に問題はないということだったので、ひとまずは胸を撫で下ろしたのだが、念の為これから縁戚になる婚約者と、彼女の実家の子爵家には検査の話をしておいた方がいいだろうとトーマと二人で結論を出した。生活する上で問題はないとは言ってもまだ体に毒が残っていた場合、このまま婚姻を前提とした関係を続けてもいいかの判断してもらう必要があるだろうと思ったのだ。これまでに問題はなくても、毒に侵された相手との婚姻もそうだが、後に子供が産まれてそれを知られれば、たとえ事実無根であっても突ついて来る貴族がいるだろう。最悪毒が残っていた場合は婚約解消も視野に入れて話し合いに出向いたところ、婚約者の父親である子爵家当主からは意外な反応が返って来た。


この子爵家は昔から大型の工業用魔道具の研究に携わっている家門で、大量の革をなめす為の魔道具の開発を頼んだ関係で知り合ったのだが、現在の当主は大変好奇心旺盛なタイプで、毒の残留検査にも非常に興味を示したのだった。そしてミダース家との縁を忌避することなく、おまけに自分も受けてみたいと前のめりになってしまったのだ。その結果、更に何故か妻や娘も巻き込んで、一緒に検査に行くことになってしまった。婚家同士の仲を深める為の機会を設けるのは良いことではあるが、それが食事会などではなくて毒の残留検査というのはどうかとテンマは内心思った。それと同時に、貴族としては大きな瑕疵になりかねない事実から破談されなかっただけでもありがたいと感謝も強く感じていた。

しかしそこで、予想もしなかった結果がもたらされたのだった。


「ついでに、と付き合わされた筈のトーマの婚約者のご令嬢と、その母君に毒の残留反応が出た」


無関係と思っていた二人にまさかの反応が出て、一瞬その場は騒然となった。しかしすぐにギルド長が箝口令を敷いて、この結果が漏れないように手配をしてくれた。そして解毒剤の処方が出されると、ユリを経由して既に準備されていた素材から調薬まですぐに揃えられた。この後、二人は週に一度経過を見ながら一ヶ月間は服薬生活を送り解毒が行われることになっている。目安としての一ヶ月で、そこで完全に解毒が出来ていなければ更に継続となる予定だ。


「今は、どこでその毒を摂取してしまったか、王城から調査が入っている。ひょっとしたらかなり大きな騒動になるかもしれないから、これ以上は言えないし、出来ればこの件は内密に頼む」

「勿論です。それにしても大変でしたね…」

「ああ。しかし、ユリ嬢のおかげで発見出来たようなものだし、解毒剤の手配もすぐに出来た。レンくんには襲撃からリズ達を助けてもらったし、君達にはいくら感謝しても足りないくらいだ。本当にありがとう」

「ありがとうございます」


テンマとトーマは、改めて深々と頭を下げた。

レンドルフとユリは互いに視線を交わすと、どことなくくすぐったいような嬉しいような表情になって微笑みあったのだった。



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「最初は柵越しに会わせた方が良いだろうな」

「そうですね。ノルドはこういった場は初めてなので」


応接室から外に移動して、予めミダース家で所有しているスレイプニルと魔馬を馬場に放してある場所までやって来た。レンドルフとテンマはジャケットを脱いで身軽になっている。何かあると行けないので、ユリとトーマは少し離れた後ろからついて行く。


「二人で並ぶと遠近感がおかしい感じがしませんか」

「あの間に私が入るともっとそうなりますよ?」


規格外な程に大きな二人が並んでいると、周囲がやけに小さく見えてしまう。しみじみした様子で呟いたトーマに、ユリが悪戯っぽく笑って答えた。ユリの言う通り特に小柄な彼女が間に挟まったら、思わず二度見したくなるような状況になりそうだった。



「美しい毛並みですね」

「厩舎番が有能だからな。スレイプニルは俺が商会長として出向く際に騎乗することが多いんだが、魔馬は荷を運ぶ役割が多い。荷馬車には商会の紋を刻んでいるから、謂わばあいつらも商会の顔みたいなもんで、見栄えも大事なんだ」


馬場には、栗毛のスレイプニルが一頭と、黒、葦毛、斑の魔馬が三頭、ゆったりとした様子で歩いていた。どの個体も手入れが行き届いていて、艶やかな毛並みに引き締まった体格をしている。レンドルフが特に目を引いたのは、黒い毛並みの魔馬だった。この魔馬がスレイプニルの混血なようで、スレイプニルは八脚が特徴であるが、黒い個体は六脚という珍しい姿だった。そして体つきも一際大きい。純血のスレイプニルも通常の馬よりも大きいが、黒の個体はそれよりも一回りは大きかった。


「レンくんのスレイプニル…ノルドだったな。連れて来てもらえるか?」

「はい」


この馬場から見えない裏手に既にノルドは案内されている。レンドルフはノルドを連れて来る為にそちらへ向かった。テンマの方もベテランの厩舎番を三名、念の為に控えさせた。今回は相性を見る為に遠くからの顔合わせだが、万一に備えて慣れた人間で固めておく。


「ノルド」


レンドルフが顔を見せると、ノルドはいつもよりもソワソワした様子で待っていた。やはり姿が見えなくても匂いや気配などで何かを感じ取っているのだろう。


ノルドはレンドルフが主に騎乗していはいるが、レンドルフ個人の所有ではなくクロヴァス家で管理しているスレイプニルだ。今回の顔合わせについては、許可を得る為に通常よりも早く飛ぶ伝書鳥を使って手紙で長兄に知らせておいた。レンドルフからの連絡が届いてすぐに返信を送ったであろう日数で返って来た伝書鳥に持たされた手紙には、ノルドとの相性が良ければそのまま話を進めても構わないが、子馬が産まれるようなら必ず一頭は引き取れるように申し出ておくことと、謝礼金の相場などが書かれていた。人のいいレンドルフが騙されないようにという兄心なのだろう。そしてその後に、ノルドのことに関する内容の三倍はありそうな長い文章で、レンドルフの身を城の者や領民達が案じていること、薄情な王城の騎士団など辞めてクロヴァス領にいつでも戻って来ていいということが婉曲に綴られていた。

その手紙を読んだレンドルフは兄を始めとする故郷の人々の愛情に改めて触れて、思わず嬉しさがこみ上げ顔を引き締めようとしてもしばらくは笑みが浮かんで来るのを止められなかった。



「今日は遠くから顔を見るだけだからな。絶対に強引に迫らないでくれよ」


レンドルフの言葉にノルドは分かっているのかいないのか、少しだけ首を傾げてジッと見た後、コクリと首を縦に振ったのだった。



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建物の陰からレンドルフがノルドを引いて現れると、馬場の四頭は一斉にノルドの方を見た。ノルドもその視線を受けて、一瞬足を止める。レンドルフはノルドが急に動かないように身体強化を掛けた状態で、グッと手綱を短めに握り込んだ。


最初に動いたのは、一番小さな斑の毛並みの魔馬だった。まだ若い個体なのか好奇心が強いらしく、見たことのないノルドに興味を持ったようで、軽やかな足取りで馬場を仕切っている柵のすぐ側まで歩み寄って来た。そしてノルドに向かって鼻先を向けて首を柵の外に伸ばして来た。

レンドルフがチラリとテンマと厩舎番に視線を送ると、大丈夫だと言うように頷いたので、レンドルフもノルドをもう少し前に歩かせて距離を縮める。

ただレンドルフには何となくではあるが、ノルドとこの斑の魔馬は軽く挨拶を交わしているようなだけで、見合いのような空気感は一切感じられなかった。


ふと、ノルドが斑の魔馬の後ろを見て一点で視線が止まった。その先には、六脚の黒い魔馬がいる。そしていつぞやのテンマの手の残り香に反応を示した時のようにブワリと鬣を逆立てた。もうどの個体に反応したのか、その場にいる全員が一瞬で察する程に分かりやすい態度だった。


「おいおい、まさかのシャクヤかよ。この中じゃ一番の年m…じゃねえ、熟女だぞ」


テンマはうっかり失言をしかけて、慌てて言い直した。その言葉に、言われた当馬は別に反応はしなかったが、葦毛の魔馬がまるで言葉を分かっているかのようにテンマの方にギッと顔を向けた。

不意に、ノルドを視線を感じたのか、シャクヤと呼ばれた黒い魔馬がふ…と流し目を送って来た。レンドルフからすると魔馬の顔立ちの美醜はよく分からないが、黒い毛並みよりも更に深い漆黒の瞳に長い睫毛が、妙な色気を醸し出しているような気がした。その視線を受けて、ノルドはますます鬣を逆立てて首を前後に揺らしている。


「落ち着け、ノルド」


手に負えない程ではないがやや興奮状態になっているノルドに、レンドルフは軽く首筋をさする。


「レンくん。あの黒い魔馬はシャクヤっていう出産経験が三回あるベテランだ。性格はちょっとクセはあるが、悪い訳じゃないし、これから何度か顔合わせしてみないか?」

「まあどう見てもノルドが夢中みたいですし。向こうも拒否反応はなさ…そ、う…?」


そうテンマと話しながら、レンドルフはシャクヤがノルドではなく自分を凝視していることに気が付いた。ノルドもそのことに気付いたのか、動きを止めてシャクヤとレンドルフを交互に見ている。その様子を見て、テンマが片手で目元を覆って「やっぱりか」と呟いている。レンドルフが隣のノルドを見上げると、ノルドの黒い目が心なしか哀し気にウルウルしているようだ。


「……シャクヤはな、惚れっぽいんだ。それも大の()()()だ」

「は…?」


テンマに言われて、レンドルフは思わず間の抜けた声を上げてシャクヤを見た。レンドルフと目が合うと彼女は、人間で言えばまるで妖艶とでもいうような雰囲気で軽く首を傾げて、微笑むように目を細めた。



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