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84.千年樹への挑戦


千年樹のダンジョンは、街に近いだけあってダンジョンから魔獣が溢れないように常にギルドで注視されている。とは言えもともと最奥のボスに挑戦する推奨レベルがCランクのパーティなので途中に出て来る魔獣もそれほど強くない為、比較的初心者も行きやすいダンジョンとして人が途切れないのだ。


ダンジョンの入口付近ではギルド直営の商店が構えられていて、ダンジョン攻略に必要な物を色々取り揃えている。そして馬車や馬などを一時預かりしてくれる施設も併設されていた。


レンドルフがノルドを預けに行くと、やはりスレイプニルは珍しいのか手綱を引いて連れて行く担当をしているらしい未成年の姉弟らしき二人も、思わずポカンとした顔をしていた。元から良く似ていたが、その顔があまりにも同じなのでレンドルフは何とも微笑ましい気持ちになる。そして受付を担当していたこれまた姉弟によく似た老婦人が、スレイプニルの料金が分からなくなってしまったらしくかなり古そうな帳簿を引っ張り出して来たので、レンドルフはいつもエイスの街で支払っている料金を出して、足りないようなら帰る際に支払うと告げておいた。もとからエイスの街でも規定よりも少しばかり多めに支払っているので、そこまでの大きな差はないだろう。



受付を済ませてユリの待つ場所へ戻ろうとすると、その場所に三人の男性冒険者がいるのが見えた。そしてその彼らの間から、ユリの背負っている緑がかったベージュの鞄の色が見え隠れしていた。小柄な彼女はおそらく囲まれていて埋もれてしまっているのだろう。レンドルフは険しい顔になって彼らに突進するような勢いで足早に向かって行った。


「ですから、私はパーティ所属です」

「じゃあ一緒に行こうよ」

「上に行くので無理です」

「大丈夫だって。俺ら、強いしさ」


近くまで来ると、何だか会話にならない会話が交わされていた。


「俺の連れに何か?」

「え…!?」


一番手前にいた男性の肩を遠慮なく掴んで振り返らせた。レンドルフよりも大きな男性はまずいないので、当然のように見下ろす形になる。レンドルフの顔立ちは優しげではあるが、体格の良さも相まって上から圧をかけられた状態で見上げる格好になれば、大抵の相手は恐怖する。肩を掴まれた男性も例外なく顔を引きつらせて視線を彷徨わせた。その場にいた三人は、冒険者だけにそれなりに鍛えてはいるようだが、ここのダンジョンに来る時点で初心者に近い。レンドルフと並ぶと、それこそ千年樹とそこいらの木、くらいの圧倒的な格の差があった。


「あ、あの…」

「俺のパーティメンバーに何か用でも?」

「い、いえ…失礼、しました」


普段のレンドルフからはかけ離れた、ニコリともしない冷ややかな目で見下ろされて、彼らはペコペコと頭を下げながらそそくさと逃げて行った。


「レンさん、ありがと」

「大丈夫だった?一緒に預け所に行けば良かった」

「大丈夫。レンさんがこっちに来てたの、すぐに分かったから」


レンドルフが悪いことをした訳ではないのだが、少しションボリと眉を下げる様子に、ユリは軽くクスリと笑い声を漏らした。


「何か、あの時みたいね」

「あの時?」

「ほら、街中で絡まれた時にレンさんが助けてくれた」

「ああ、あの初めて会った時の」

「ふふ…あの時は姪っ子扱いされたっけ」

「そ、れは、咄嗟で…」


初めてエイスの街を訪ねた時に絡まれていたユリと遭遇し、人影に隠れていたのでてっきり幼い少女だと思い込んで抱え上げてしまったことを思い出して、レンドルフの顔がほんのりと赤みを帯びる。


「レンさんはいつも私が困った時に助けてくれる、頼れる騎士様だから」

「いや、その…何だか照れるな…」


ますます顔を赤くして、レンドルフはごまかすように頭を掻く。それを見ながらユリは楽しげに笑うと、軽くレンドルフの袖を引いて千年樹の上へと登る為の最初の足場へと案内したのだった。



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「ここから螺旋階段みたいに足場が続いてるんだけど、行けそうなら真上の足場に一気に乗って行こうと思うの」

「うん。身体強化すれば問題なく飛び乗れる距離だ。ユリさんは行ける?俺が抱えても行けるけど」

「私もあのくらいなら自力で大丈夫。そこから薬草を探しながら登って行くから」

「分かった」


まずユリが身体強化魔法を使用して、張り出している枝を一度経由して目的の足場に辿り着いた。一気に飛び乗れなくもないが、念の為着地予定の足場に何もないか確認する為にワンクッション置いたのだ。ほぼ頭上にある足場なので、下から見えない位置に障害物があっては危険だからだ。特に何もないことを確認してから、下で待っているレンドルフに合図を送る。

レンドルフは途中どこも経由せずに一直線に足場に向かって飛び上がると、片手を足場の縁に掛けるようにしてヒョイと体を持ち上げて乗り上げた。丈夫に出来ている足場ではあるが、やはり重みのあるレンドルフが着地するとユサリと大きく揺れた。


「ここからは一応安全の為に命綱は付けてね」

「ここに引っ掛ければいい?」


足場に添って千年樹の幹に巻き付くように丈夫な鋼のロープが設置されている。その先には金属の輪が付いていて、これをベルトに装着すれば万一の時の命綱になる。このロープは装着した人物が上に登って行けばスライドして共に登って行くように出来ていて、三周ほど上に登るとまた違うロープがあるのでそこで金具を付け替える。そうやって金具を付け替えながら上を目指すように作られているのだ。


「うん。ここから先は長寿蘭が出るかもしれないから、念の為ね」

「俺が落ちても大丈夫だよね?」

「うん。ロープにも金具にも相当な強化の付与が掛かってるから。ただ、落ちた弾みで千年樹にぶつからないように気を付けてね。取り敢えず、何かあったら頭を抱えるようにして」

「分かった」


この命綱は、定期的にギルドから魔法士が派遣されてきちんと強化の付与が弱くならないようにされているし、劣化しないように十分な余裕を持って部品交換もしている。その為、この命綱は設置されてから切れたことは一度もない。が、残念なことに、落ちた弾みで幹に頭を強打して亡くなった事故は数件あるのだ。千年樹の幹は、柔らかいところと固いところの差が激しい。命綱のおかげで落下せずには済んだが、勢い良く幹の固い角にぶつかってしまったのだった。その事故があってから幹の固い部分にクッションなどを取り付けることも検討されたが、千年樹の幹は代謝が早く常に硬軟の場所が変化している為に、登る人間が各自で注意をするしかなかった。



それぞれに命綱を装着して、足場を少しずつ登って行く。ユリは時折ロープで繋いだ短剣を投げて、風魔法で落とした枝や寄生植物などを回収していた。レンドルフには何が薬草なのか全く分からなかったが、迷うことなく採取を進めて行くユリの手際の良さにただただ感心していた。


「レンさん、この先トラモズの営巣場所が近いから気を付けてね。無理のない範囲で追い払うだけにしてもらえると助かるけど」

「大丈夫。使えそうなのを一応持って来てる」


しばらく行くと、少し上方に枝の間に黒い塊が密集している場所が見えて来た。ユリはそこを指差してそっと声を潜めた。


この黒い塊は、トラモズと呼ばれる鳥型魔獣の巣だ。トラモズは黄色い体毛に黒い縞模様の鳥で、魔獣ではあるが作物に甚大な被害を及ぼす飽食蝗(ほうしょくいなご)を好んで食べる益鳥とされている。身に危険が及べば反撃して来るが、それ以外では人を襲うことのない種族だ。ただ今は抱卵期で、巣に近寄る者に対しては容赦なく攻撃をして来る。とは言えこちらから敢えて近付くので、可能な限り仕留めるのは避けたいのだ。


「それは?」

「俺の水魔法を封じた水風船。その中に睡眠粉が溶かしてある」

「一つ触ってみてもいい?」

「うん。あまり力をかけるとすぐに割れるから気を付けて」


レンドルフが腰に付けているポーチから取り出した袋の中を覗き込むと、中に小さなボール状のものが沢山入っていた。それをユリは一つだけ摘まみ上げると、手の平の上で転がす。半透明の風船は、フニフニと軽く形を変えながらユリの手の上で不思議な動きをしていた。


「これは…随分薄いのね」

「子供の遊び道具なんだけど、実家ではこうして水の中に色々と混ぜて護身用に使ったりもしてた」

「遊び道具?どうやって遊ぶの?」


トラモズに気付かれないように物陰に潜んで小さな声で話しているので、必然的に顔が近くなる。ユリはレンドルフの話に興味津々な様子で身を乗り出したので、ユリの睫毛の揺れるのが分かるほど顔が近付いて来てレンドルフは思わず目を逸らしてしまった。


「んんっ…ええと、この中に普通の水を入れて、ぶつけ合って遊ぶんだけど…だいたい悪ガキの遊び道具だから、ユリさんにはあんまり縁がないか」

「何だか面白そう」

「やるなら夏場にしてもらえると」

「考えとくわ」


ユリは手の上の風船をレンドルフに返すと、トラモズの巣との距離を確認する。まだこちらには気付かれていないようだが、この影から出ると間違いなく見つかるだろう。


「レンさん、ここから狙える?」

「俺は水魔法は制御があまり上手くないから、出来れば上から落とす形にしたいな」

「じゃあ一つだけ狙うのは?」

「それくらいなら」

「あの一番上に少し大きめの巣があるの分かる?あれが群れのリーダーの巣なの。あれに異変があると他の巣にいるのも混乱するから上に行くまでの時間は多少稼げると思う」

「少し時間を貰うよ」

「うん。お願い」


普通の水では投げるだけだが、魔法で作り出した水を満たしてあるのでレンドルフが操作することが出来る。レンドルフの母は水魔法の使い手で、その制御力はかつて国内随一と言われていた程だった。その血筋を受けてレンドルフは、火魔法で有名なクロヴァス家の直系では初の水魔法が発現した。もっともレンドルフは土魔法が強いので、あくまでも水魔法は補助程度の魔法しか使えないのではあるが。

ゆっくりと一つだけに集中して魔力を流し、フワリと浮かび上がらせた。薄くても風船の重みが加わっているので、ユラユラと不安定な動きになってしまう。それほど動きも速くないので、トラモズに見つからないように死角の枝の陰を選んで少しずつ移動させる。使う魔力はそこまで多くないが、土魔法よりもはるかに気を張り詰めるので別の意味で消耗する。


やっと一番高い巣の真上まで風船を飛ばすと、やっと気が付いたトラモズが警戒して「ギャー!」と声を上げたが、同時にレンドルフはパチリと弾けさせて上から睡眠粉の溶けた水を降らせた。


「今のうちに上へ!」


頭上が騒がしい声と羽ばたきに包まれた。レンドルフはすぐさま立ち上がって、ユリと共に足場を渡ってトラモズの営巣地の脇を通過した。やはりリーダーが動けなくなってしまったので混乱しているようで、側を通り抜けても反応はなかった。が、その中で気付いたらしい数羽がレンドルフの周辺を飛び回り始めた。トラモズのクチバシはかなり鋭い上に飛ぶスピードも速いので、ぶつかればかなり深く刺さってしまう。

ユリが短剣を抜いて、隙を突いて攻撃を仕掛けて来るトラモズのクチバシを弾く。なるべく追い払うだけに留めておきたいので、防御一辺倒になってしまう。レンドルフが剣を使うと、トラモズのような小さな体の魔獣では一撃で仕留めてしまうので、ただひたすらに避けていた。


少しずつ混乱がおさまって来たトラモズは、レンドルフ達を敵と認識したらしく、少々追い払うだけには困難になって来る程に数が増えて来た。しかしそろそろ手加減するのも手一杯になって来た頃、ちょうど殆どの巣が足場よりも下になる辺りまで到達した。すかさずレンドルフは袋に入っていた風船を掴み出して、パッと下に向かって放り投げる。

水を操作して風船を割ろうと手を翳した瞬間、レンドルフのすぐ脇を掠めるように魔力が通過して行った。その魔力は一瞬にして空気を切り裂き、薄い風船もまとめて真っ二つにしてしまった。そのまま中の水は下にあったトラモズの巣の上に一斉に降り注いだ。レンドルフ達に攻撃を仕掛けていたトラモズ達は、異変に気が付いて急いで巣の周りを飛び回り始める。


「さっきのユリさんの風魔法だよね」

「うん。多分こっちの方が早いと思って。勝手にごめんね」

「いや、助かったよ。ありがとう」


溶かした睡眠粉の効果が出て来たのか、トラモズの声が少し小さくなったようだった。そのまま大分上まで登って来たので、追撃して来ることはなさそうだった。


「帰りは違うルートで戻るから、あの巣の側は通らないで済むよ」

「それなら良かった。風船、半分以上使ったから」


この千年樹に設置されている足場は二重の螺旋階段のような作りになっていて、一方通行でしか行けないようになっている。高さのある狭い場所で行き交う冒険者が集中すると落下の危険がある為、登る道と下る道とが別になっているのだ。


「あれ?ユリさん、あのトラモズの巣、光って見えない?」

「え?…ホントだ。もしかして、金の青銅苔…!?」


足場の隙間から下方に見えたトラモズの巣の中に、何か光るものを見つけたレンドルフはユリに声をかけた。その光るものは、いくつかの巣の中にあるように見える。


「巣材に使ったものの中に金の青銅苔が混じってるのかしら…親鳥の体に隠れてはっきり確認出来ないわね」

「どうする?一度降りてまた登って確認する?」

「ううん。トラモズは多分千年樹の枝を巣材にしてるから、いつ取って来たのか分からないものよりも生えている場所を探した方がいいと思う」

「分かった。光ってるものを探せばいいんだね」


レンドルフは注意しながら上に登ったが、金色のものは見当たらなかった。

途中、上から長寿蘭が落ちて来てレンドルフが思わず足場を踏み外しそうになったり、採取しようとした薬草の側に蛇型魔獣がいて咄嗟にユリが掴み取りをしてしまったりしながらも半分程度の高さにまで達した。


「一応長寿蘭は必要分採取出来たし、今日はここで降りることにするね」

「金の青銅苔は見つからなかったね」

「でもここにあるかもしれない可能性は高そうだから、明日も来ていい?」

「勿論。いくらでも付き合うよ」

「明日は私がトラモズ対策しておくから」

「うん、よろしく」


下りの道では珍しいものはなかったらしく採取はしなかったのだが、鳥型と蛇型の魔獣がそれなりに襲って来たので、薬草採取メインの割にはしっかりと討伐も行えた結果になったのだった。



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仕留めた魔獣は、慣れたエイスの街で引き取ってもらおうかとも思ったのだが、やはり遠回りになるので再びリバスタン街の中のギルドまで戻ることにした。


「レンさんはどこか引き取りたい部位はある?」

「特にはないよ」

「私は幾つか素材引き取るから、精算はミス兄達がしてた方式でいい?」

「うん。そうか、そういうのもちゃんと決めないとだ」

「そうだね。パーティの為のプール金とかのこととかもあるし。そういうの全然頭になかった」


ミスキ達は、買い取り価格から回復薬などの必要経費を引いたものを頭数で割るという分かりやすい方式だった。もし個人で引きとりたい部位があれば、買い取り価格相当を支払う。単純で機械的な決めごとであったが、ミスキ達にはそれが合っていた。パーティによっては、討伐数や回復薬の使用頻度によって個人差を付ける出来高制度もある。何が良いかは、各パーティの性質に因るところが大きいだろう。



ギルドの窓口に魔獣と余分に採取した薬草などを納めて、ユリは必要な部位をテキパキと決めて行った。

いつも買い取ってもらっているエイスの街のギルドでは、ユリが薬師見習いであることは職員の大半が知っている。しかしこのリバスタン街は初めてのことなので、ユリが薬師見習いということは知らない。

ユリが引き取り希望をしたのは、蛇型の肉と肝、そして毒腺を種類指定していた。ユリからすれば全て作られる薬に必要な素材なので何の疑問にも思っていなかったのだが、対応したギルド職員や、奥の方にいた者もユリの後ろで控えているレンドルフをチラチラと見ていた。少しばかり興味本位の視線も混じっていたが、どちらかと言うと気の毒なものを見るような憐憫の視線の方が多そうだった。


ユリはもう、素材を精製したり抽出したり、他のものと組み合わせたりして薬を作ることしか頭にないようだったが、レンドルフは彼女が引き取っている素材が民間療法として良く知られていることに使われると誤解されているのだろうと何となく察していた。一般的に昔から、蛇型の魔獣の肉や肝は、食べることで()()()()()()()()()に効果があると言われているのだ。そして毒は一部媚薬にも使われるということも。


ユリが作るのは全く別の薬であると思っても、それをわざわざ言い出すタイミングが掴めない。むしろわざとらしくさえ見えてしまいそうだった。もうレンドルフはどうにかすることは諦めて、ひたすら無の顔をしてユリの後ろに控え続けていた。



ちなみに、ユリが無意識にやらかしたことに気が付いたのは、持ち帰った素材の処理や保存を終わらせて深夜にベッドに入ってしばらく経ってからで、夜中にも関わらず思い切り「ああああああっ!!」と悲鳴を上げてしまった。そして何事かとランタンを持って駆け付けた専属メイドのミリーと、ライフルを持ってドアを蹴破ったメイド長に、両脇からこってりと説教を受けたのは言うまでもなかったのだった。


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