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80.ミノタウロスで打ち上げ


「じゃあ、みんな無事に終わったってことで!乾杯!」


全員で高らかにグラスを掲げると、いつもよりも大きめの声で「乾杯!」と声を上げた。


「レンもランク取得、おめでとう!」

「ありがとう」


もう既に出来上がっているようなテンションの高さだが、未成年のタイキはアルコールは一切飲んでいない。自分専用の「注ぐとエールに見える」ジョッキにジンジャーエールをたっぷり注いでいる。


今日は「赤い疾風」の恒例の打ち上げということで、ミキタの店は昼から貸切になっていた。その為いつもとはテーブルの配置も変更して、テーブルも多めに並べて広く使っている。ただ、レンドルフだけは他の椅子の強度の問題でいつものソファ席に案内されていたが。

ミキタも他の客がいないので、時折給仕はしつつもカウンターの席に座って大きなジョッキを片手に参加している。乾杯の合図とともに、ジョッキの中身は半分以下になっていた。


テーブルの上には、先日討伐したミノタウロスの肉があらゆる料理になってズラリと並んでいる。


「これ、レンさんの故郷の料理?」

「うん。見た目はアレだけど、結構食べやすいように工夫してもらったから俺は美味しかったよ」


先日レオニードに作ってもらった内蔵と腱のトマト煮込みは、保存付与の掛かった容器に入れてミキタに渡していた。それを温め直して今回の打ち上げの場に出してもらったのだ。


「ワシらは内蔵は食べ慣れてるから、旨そうにしか見えんぞ」

「そうなんですか?」

「これとこれ…それからこれなんかもそうじゃよ。ただ、腱を食べることはなかったから楽しみじゃ」


バートンが示した皿は、言われてみれば煮込みに使った部位と似たような形状をしているものもある。おそらく腸と思われる部位を野菜と炒めて太目のパスタに絡めている料理で、少し濃いめの色をしたソースが染みている。他にも、クリューの前にはレバーを薄く切って串焼きにしたものや、同じくレバーを香りの強い葉物野菜と炒めたものなどが並んでいて、レバーの鮮度に拘っていたクリューがホクホクした顔で頬張っていた。


「レンさん、これ、美味しいよ!すっごく柔らかい!」

「へえ、腱って煮込むとこんなに柔らかくなるんだな」


皆、食べたことのない料理が気になっていたのか次々と口にして、どうやら好評なようなのでレンドルフは胸を撫で下ろしていた。これだけ美味しそうな料理が並んでいる中、一品だけ妙なものが混じっていては悪いと心配していたのだ。ただ、タイキだけは一口食べてそのまま固まっていた。


「タイキ、苦手なら無理しなくてもいいよ」

「う…ゴメン…レンの料理…」

「口に合わないなら仕方ないさ。せっかくの打ち上げなんだから、他のものを食べてくれって」

「……セロリ…」

「え?」

「セロリの味がして、やっぱりダメだ」


タイキの呟きを聞いて、全員が顔を見合わせた後に一斉にスープを掬って味をみる。が、皆して同じように首を傾げていた。


「…する?」

「トマト味だけど」

「全然分かんない」

「するって!しっかりセロリ出汁が!」


レンドルフはキッチンでレオニードと相談しながら入れた中に、確かにセロリが入っていたことを思い出した。しかし他にも臭み消しの為にネギや生姜なども入れていたし、一番最初に入れたものなので完全に煮込まれて影も形も無くなっている。しかし、嫌いな人にはすぐに分かる典型で、他の人には感じられなかったセロリをタイキはしっかり判別しているようだ。


「タイキが苦手なの前に見てたのにうっかりしてた。すまない」

「オレこそ、ゴメン」

「まあ気にすんなよ。タイキが食わない分、俺が貰うから。俺はこの味好きだし」


謝罪合戦のようになってしまったレンドルフとタイキに、既に器を空にしたミスキがヒョイとタイキの器を自分の前に引き寄せた。


「…ミス兄…いつもはムリに食わせるくせに…」

「だってこれ、旨いし」


一瞬兄弟仲の良さに感心しかけたレンドルフだったが、ジト目でポツリと呟くタイキに、確かに以前セロリ入りのスープを飲ませていたな、と思い出した。どうやらミスキは単に自分が食べたかっただけのようで、シレッとした顔でモグモグを煮込みを食べ続けていた。


「レンさん、これってミノタウロスじゃないと駄目なの?」

「実家では牛が多いよ」

「じゃあ家でも作れるかな?」

「特に変わった材料じゃないから作れると思うよ。今度レシピ渡そうか」

「うん!」


タイキはセロリが駄目だったが、皆特に抵抗なく食べてくれることが嬉しかった。そう言えば先日作ったものもまだ残っていた筈なのに使用人達が賄いとして食べてしまっていたな、と思い出して、延長になった二週間のうちに普通の牛でもレオニードに頼んで作った貰おうとレンドルフは思ったのだった。


「これはどの部位だろう」

「それは舌じゃよ。コリコリして旨いぞ」


薄切りにした肉の上に刻んだネギをこんもりと乗せてあるものを指すと、バートンがクルリと上のネギを肉で包むようにしてパクリと一口で頬張った。レンドルフも真似をしてみたが、どうにも上手く包めない。それでもどうにかそれらしくフォークに差すと、多少ネギが零れるのも構わずに口に押込むようにして食べた。バートンの言うように、薄切りにしてあるのにコリコリした歯応えのある部位だった。生のネギのシャキシャキした食感と辛味に、塩とレモンの風味がよく合った。噛み締めていると時折ピリリとした刺激を感じるので、胡椒も振ってあるらしい。


「これはクセになりそうな食感ですね」

「なかなかいけるクチじゃの」

「バートン、これ好きよねえ。舌って言うと大抵タンシチューって思うけど」

「こっちの方が酒が進むからの。ミキタもこっちの方が好きじゃろう?」

「コイツとエールの組み合わせは堪らないからね」


バートンがミキタに話を振ると、既に二杯目に突入した彼女がニヤリと笑ってジョッキを持ち上げた。見ると、カウンターには彼女用に取り分け済みの同じメニューが皿に乗っていた。


テーブルの上にはタレに漬け込んで焼いた肉や、ローストビーフ風に塊肉をオーブンで焼いて薄く切り分けたものなどが並んでいるが、レンドルフはつい見慣れないメニューが目に付いて手が伸びてしまう。

先程目にしたパスタを取り分けて、白くプルプルとした具を眺めてみた。確かトマト煮込みに入れていた内蔵の煮込む前と似ているので、おそらく同じ部位なのだろう。少し焼き色が付いているので、炒めているらしい。大振りに切られた野菜と一緒に口に入れると、見た目通りにプルリとした食感だが脂の甘みと濃いめの甘辛いソースが妙に後を引く味わいだった。太目のパスタに絡めて食べてみると、驚く程色々な旨味を吸い込んでいて、色は濃いが味付けは丁度良いくらいだった。独特のソースは多くのスパイスを使用しているのかそれぞれに個性が強く、どこか雑多な印象で上品とは対極にあるような味なのだが、不思議とするすると入ってしまう。このソースも一緒に炒めてあるのか、少し焦げたような香ばしさがあるが、それがまた良いアクセントになっていた。


「レンくんもやっぱり『背徳パスタ』に反応いいわねえ」

「『背徳パスタ』?そういう料理名なんですか?」

「通称だよ。正式名は誰も知らないけど、呼び名は色々あるねえ」


最初は試しに少なめに取り分けていたレンドルフだが、思わず次は倍近い量を取り皿に盛っていた。それを見て、クリューが笑いながら言った。初めて耳にする名前に首を傾げると、ミキタが説明してくれた。

この料理は、そもそも捨ててしまうような材料ばかりを寄せ集めて屋台で売ったことが始まりと言われているそうだ。ある屋台の店主が、処理に手間がかかる割に見た目が悪いのであまり好まれない内蔵と、野菜の切れ端、そしてパスタを打つ際に太さがまばらで捨ててしまうような端の部分を、香りが飛んでしまったスパイスなどで濃いめに味を付けて賄いにしたところ、あまりにも強い香りに客が引き寄せられて、食べさせて欲しいと注文が殺到したらしい。

やがてこのパスタは「屋台麺」「庶民焼き」「鉄板パスタ」などと呼ばれて、主に屋台で売られている。そしてそれが「背徳パスタ」と呼ばれるようになったのは、どんなに満腹でも、深夜でも、そのソースを炒める香りを嗅いでしまうと食べずにはいられなくなることからだった。


「これって割と重めでしょ。脂多めで味も濃くて。だから若い男の人に人気メニューなのよぉ」

「そうなんですね」

「あたしも美味しいとは思うんだけど、食べ過ぎると翌日胃とか肌とかがヤバくて…」

「腹回りもね〜」

「ちょ、ミキティ!それは言わない約束でしょ!」


クリューを揶揄うようにミキタが茶々を入れる。付き合いの長いらしいこの二人は、よくこうしてポンポンと勢い良くやりとりをしている。あまり周辺に女性のいない環境だったレンドルフには、女性もこうして騎士達の同期と軽口を言い合うような関係になれるのだと新鮮に思っていた。何せレンドルフの狭い女性との交遊と言えば、身内では淑女のお手本と言われたおっとりとした母と、厳しい上官のような義姉と、豪快なクロヴァス領の主婦達という極端なタイプしかいない。後は幼い王女の可愛らしい我が儘くらいだろうか。何度か護衛として参加した令嬢のお茶会は、基本的に会話が聞こえない程度の距離を保っていたが、漏れ聞こえる会話が理解不能で何だか空恐ろしくさえ思えたことが強く印象に残っていた。



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「これはテールスープかな?」

「うん。あと、この前採取した月夜茸(つくよたけ)も入ってるよ」

「この白いの?」

「そう。すごく良い出汁がでるから、こうやってスープに入れることが多いの」


スプーンで掬って見ると、白っぽいが少し端の方が透き通って半透明になっている。食べてみると、口に入れた時はフルリとした食感だが、噛むとシャクリとした歯応えがある。この茸自体にあまり味はなかったが、スープの方に深い味わいがあった。テールスープは他でも食べたことはあるが、それとは少し違う味と香りがある。多分これが月夜茸の味なのだろう、とレンドルフはじっくりと味わって飲み込んだ。


「月夜茸は、血流を良くしたり滋養があるから、体にもいいの」

「へえ。美味しくて体に良いなんてすごいな」


薬効成分などはユリの分野であるので、色々と説明をしてくれた。レンドルフは急にありがたみを増したスープを大切そうに全て飲み干したのだった。



一通り料理の味や感想などを言い合い、やがて定期討伐の思い出話に移行して行く。そうなるとミキタはほぼ聞き役に徹していたが、タイキが身振り手振りで楽しげに語る姿を目尻を下げて見守っていた。その愛情深い眼差しをレンドルフは横目で見ながら、きっとあらかじめタイキが拾い子だという話を聞いていなければ、絶対に思い当たることはなかっただろうなと思っていた。



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「そろそろ甘いものでも食べるかい?」

「そうね。今すぐ別腹作るわ」

「あ、じゃあ私お茶淹れます」

「悪いね、ユリちゃん」


皿の上の料理があまり減らなくなった頃合いを確認して、ミキタが声を掛ける。それに反応して、大皿に少しだけ残されている料理を使用していない取り皿に移して、空いた皿をクリューがテキパキと片付け始めた。お茶を煎れるのが得意ではないミキタに代わって、ユリが立ち上がる。


「あ、レンくんは座ってて。あたしはちょっとでも動いて甘いもの入れる隙間を作ってるとこだから」

「は、はい…」


レンドルフが皿運びを手伝おうとして腰を浮かせかけたが、クリューにきっぱりと断られる。何となく落ち着かない様子で座り直すレンドルフに、ミスキが「いつも後で動けなくなるから、その時に手伝いを頼む」とこっそり耳打ちして来た。


「はい、これはレンくんのランク取得のお祝い〜」


キッチンの奥から、大皿に乗ったケーキが運ばれて来た。


クリームをたっぷり巻き込んだロールケーキで、周囲にも飾りのクリームが繊細な模様を描いている。そして皿を埋め尽くすかの如く、飾り切りを施されたフルーツが花が咲き乱れるように盛りつけられていた。断面が多い程水分が出やすいフルーツ一つ一つに砂糖やシロップでコーティングをしていて、フルーツによって見た目の質感が違う。


「これは…もしかしてユウキさんの?」

「よく分かったねえ。あの子に話したら、是非お祝いのケーキを作らせてくれって」

「ありがとうございます…」

「今後ともご贔屓に、だってさ」

「ユウちゃんらしいわぁ」


やはりレンドルフの予想通り、ミキタの次男のユウキの作ったケーキだった。この繊細な蔦模様のクリームは、以前に購入したプチタルトの飾りにも使われていたし、何よりこの見事なフルーツの飾り切りはユウキの作るデザートのようなパンにも使われている。


「ユウ兄、また腕上げたんじゃねえ?」

「そうだな。これでまだ正式に店で売れないってんだから、厳しい世界だよなあ」

「ほらほら、切り分けるからちょっと下がってな」


タイキとミスキが、兄弟の作ったケーキに顔を近付けて嬉しそうな様子で眺めていたが、軽く温めたナイフを持って来たミキタに散らされていた。


ケーキを形を崩さないように切り分けて、皿に盛られていたフルーツをトングで散りばめる。中心のクリーム部分の一番真ん中は色鮮やかな赤いゼリーが通されていて、そのすぐ周辺が淡いピンク色、一番外側のクリームが白、とクリームだけで三重になっている。そのたっぷりしたクリームを包むスポンジは、肌理が見えない程細かいのにふっくらとしている。目に鮮やかな黄色は、贅沢に卵を使用しているのだろう。スポンジの外側に塗られているクリームは、中のクリームとは違うものが使われているのか少し固めで、表面に万遍なく掛けられた粉糖で薄く固められている。


「はい、レンくん。厚めにしといたからね」

「ありがとうございます」


切り分けてくれたミキタは、他の人の倍くらいの厚みのケーキをレンドルフに渡した。フルーツも明らかに多めに盛られている。逆に甘いものは嫌いではないが多く食べられないユリの皿は、普通の半分くらいの厚みになっていた。全員にケーキが行き渡った頃、ユリがカップに紅茶を注いで運んで来た。甘いケーキを食べるのでストレートで用意してくれたらしく、白いカップに鮮やかな赤みのある水色の美しさが際立つ。


ソッとフォークを差し入れると、外側のクリームが軽くサクリとした手応えを伝える。口に入れると、一番外のクリームはバタークリームらしく濃厚のようで口当たりは軽く、サラリと先に溶けて表面の粉糖だけが残る。スポンジは思ったよりもしっかりしていて水分が少ないが、その分中のクリームやフルーツのバランスが絶妙だった。中のクリームはフォークで掬っても隙間から垂れそうになる程柔らかくとろりと蕩けて、中央のゼリーの酸味が一番最後に舌の上で爽やかな後味が余韻を残して消えて行く。


「すごく美味しい…」

「これは別腹作らなくても入るわぁ」


ユリもクリューも溜息を吐きながら感想を呟く。レンドルフはというと、無言で大きな口で黙々と食べ続けていて、既に皿の上のケーキは半分以下になっていた。


出て来た料理のイメージは、レバニラ、ネギ塩タン、ホルモン焼きそばです。

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