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9.山鳥の塩焼きと昆布出汁スープ


「焼け具合はどうかな」


ユリが持って来ていた金属製のフォークを借りて、肉の表面に刺して焼け具合を確認する。皮の部分がプツリと弾けるような感触がして、下の肉の部分にザクリとした手応えとともに沈んで行く。しばらくそのまま刺しておいて、頃合いを見計らって引き抜く。そしてすぐさま自分の手の甲に触れさせた。その温度を確認して肉の焼け具合を計る。


「もうちょっと…かな」


互いに防毒の魔道具を付けているので、多少生焼けでも食中毒の問題はないのだが、やはり食べるなら美味しく食べたい。

ユリが担当していたスープは、ザク切りにした野菜が煮込まれて程よく角が取れて来ていた。パンは山鳥が焼き上がってから直火でサッと炙ればいいだろう。


「…レンさんは、これからどうするの?騎士、続けるの?」

「どうなんだろう。上司の判断に任せるつもり。まあ昔より騎士の成り手は増えて来たけど、それでも人手不足だからね。そう簡単にはクビにならないと思うよ」

「レンさんの気持ちはどうなの?そんなふうに任務外されて、その後も続けられるの…?」

「ずっと騎士しかやって来なかったし、騎士以外の道なんて考えたことも全くなかったからなあ。ほら、さっきも言ったけど三男だから、爵位とかある訳じゃないし。何かで身を立てないと」

「冒険者とかは、考えたことない?」


思いもかけない言葉がユリから出て、レンドルフは目を瞬かせた。


「…考えたことも、なかった」

「レンさんならすぐに上位ランクの冒険者になれそうな気がするけど」

「ユリさん、俺のこと買いかぶり過ぎじゃないかな」



平民の大半は身分証替わりや簡単な小金稼ぎに冒険者登録をしているが、貴族になるとその数はグッと減る。冒険者登録などしなくても身分の証明も生活にも困らないということもある。そして禁止されている訳ではないが、騎士もあまり多くない。冒険者の依頼を受けて怪我でもすれば、本来の騎士の職務に影響が出ないとも限らない。その為に禁止はされていないが推奨もされないので、騎士団の中では登録している者も少ないし、登録だけはしていたとしてもランク持ちの者は更に少ない。



レンドルフも、ずっと騎士でいた為に冒険者という選択肢は全く考えたこともなかったし、そもそも登録すらしていなかった。



「折角だから、登録だけでもしてみたら?騎士団でも登録自体は禁止されてる訳じゃないでしょ」

「そうだな…ユリさん、ランク持ちなんだよね」

「うん、一応ソロでCランク」

「え!?それ、すごくない?」

「でしょ?」



冒険者のランクは、ただ登録しただけや、年齢制限により簡単な依頼しか出来ない場合はランク無しとされている。そこからE、D、C、B、A、S、SSの順に高くなって行く。SSランクは、現在個人でもパーティでも存在していない幻と呼ばれるランクで、かつて魔王が出現して世界が滅亡の危機に瀕した時、世界中から強い者を選りすぐりようやく倒すことに成功した伝説のパーティがそのランクであった。

ユリのCランクは単純に区分けでは真ん中ほどではあるが、女性で単独のランクとしてはかなり優秀な部類であるし、彼女が薬師をメインにしているなら尚更だ。



「なーんて言っても私の場合、自分で調薬できるから効果の高い眠り薬使いたい放題っていう強みで、魔獣を眠らせてダンジョンの最奥とかに一気に行けちゃうの。そういうとこで貴重な薬草採取して来て、ランクを上げた感じ。だから魔獣を狩って生計を立ててる冒険者とはなかなか都合が合わなくて、大抵ソロで行動してる」

「それでもすごいよ!魔獣も強くなると普通の眠り薬じゃ効かないよね」

「そこは規格外の失敗作が役に立ってるってことで。レンさんは普通の冒険者でも軽くBランクとか行けそう」

「それはどうかな。俺は多分ダンジョンはちょっと無理だろうし」

「そうなの?暗いとことか苦手?」

「そう言う訳じゃなくて…俺の場合、場所によっては通れないところが結構あると思う」

「ああ…そうね」


ダンジョンは、基本的に洞窟タイプのものが多い。そして中が迷宮のように入り組んでいるものが大半だ。レンドルフの体格だと、中に棲息している魔獣よりも、途中の狭くて天井の低い通路の方が難敵そうだった。


「それでも、登録しておいて損はないと思うけど。帰りにエイスの窓口に寄っていって登録しちゃえば?」

「そうだなあ…」



火の上にあった山鳥の肉が、皮に閉じ込められていた脂が爆ぜてパチリと大きめな音を立てた。



「そろそろ焼けたみたいだ」

「じゃあパンを用意するね」


それを合図に、ユリはサッと立ち上がって別の焚火に掛けているスープの鍋に向かった。レンドルフはユリに出してもらったまな板の上に簡易網を手で掴んで火の上から移した。手に身体強化を掛ければそれほど長い時間でなければこれくらいは可能だ。網を引き抜いて肉だけを板の上に残し、ナイフで肉の厚い部分に軽く切り込みを入れる。刃から軽くジブジブとした手応えが伝わって来るのを確認しながら断面を覗き込むと、見るからにツヤツヤとしながらもしっかりと肉の色は変わっていた。絶妙の火加減で熱せられている証である。


「熱いから気を付けてね」


スープを注いだ木のカップと木の皿に乗せた炙ったパンを持って来たユリが、そう声を掛けながら平たくなっている石の上に置いた。


「ありがとう。ちょっと待ってて」


レンドルフはユリが戻って来てから、彼女の見ている前で肉の端の少し焦げた部分を中心に少しだけナイフで肉を刮げとって、その肉を口に入れた。表面に粗塩を摺り込んでおいたが、肉の脂で程よく溶けていい具合に染み込んでいた。


「うん、大丈夫だ」


そのままナイフで肉を切り分け、大振りの方をパンの乗った皿に移してユリに手渡した。


「え?大きい方はレンさんが取って」

「実はここに来る前にミキタさんの店でランチ食べてから来たんだ。だからユリさんがこっち」

「……ありがとう」


レンドルフの言葉に、ユリは差し出された皿を受け取った。


「「いただきます」」


声を揃えて言うと、ユリは早速まだ脂が皮の中でフツフツしているのが見える肉に挑んだ。野外できちんとしたテーブルがあるわけではないので、フォークで刺してそのまま大胆にかぶりつく。


「熱っ!…あっつ!…おいし…」


パリリと歯で皮にヒビを入れると、その下からジュワリと熱い脂と弾力のある肉の繊維から一斉に肉汁が滲み出す。行儀が悪いのは百も承知だが、ハフハフと息を吐きながら思わず声に出ていた。舌と上顎が火傷する寸前まで熱い肉を噛み締めると、肉の甘みと程よい塩気がいっぱいに広がる。歯ごたえと滲み出る旨味をたっぷりと堪能してから呑み込むと、舌の奥に香ばしい風味が残り、喉越しまで美味しかった。唇に付いた脂を舐めとれば、微かな塩味と共に美味しい余韻が残っていた。


熱いお茶にしなくて良かった、とユリはカップに入れた水を口に含んで正面を見ると、レンドルフが大きめの一口を頬張ったのか、端正な輪郭がすっかり丸くなっている。しかし彼はそんなことを気にもせずに目を閉じて、嬉し気な表情でモグモグと咀嚼していた。途中でユリの視線に気付いたのか一瞬動きを止めて目を開け、少し恥ずかし気に俯くと再び咀嚼を開始した。ほんのりと耳が赤くなって、表情よりも如実に彼の内心が現れているようだった。


「口に合った?」

「それはもう!レンさん、調理も出来るなんてすごい」

「ただ塩で焼いただけだけど」

「…世の中には、それも出来ない人は沢山います」


以前に一度臨時で一緒になったパーティのメンバーは酷かった…と呟くユリの目は完全に死んでいて、レンドルフは敢えて詳しく聞かなかった。一体どれだけ酷い目にあったのだろうか。


「レンさんってやっぱり根っからの紳士なんだね」

「え?」

「さっき、私に肉を切り分ける前にわざわざ目の前で毒味してたでしょ。別に私は護衛対象でもなんでもないし、防毒してるって知ってるのに流れるみたいに自然に。そのレンさんを怖がるなんて、そのご令嬢見る目なかったんだなあって」

「あ、ああ、これは殆ど癖みたいなもので。ほら、それに誰もいないところで女性と二人きりなんだし、そういうのは俺の方で気を付けないと」

「そういう気配り出来る人、ホントに稀少だから」


何だか照れくさくなったのか、レンドルフは「そこまででは…」と口の中で小さく呟いて、ユリの作ったスープを口にした。


「あ、美味しい。え?何だろう、これ。すごく美味しい」

「やっぱり分かりましたね」


野菜だけのスープな筈なのに、とても複雑な味わいがしてレンドルフは首を傾げた。スプーンでかき混ぜて具材を確認しても、見慣れた根菜しか出て来ない。その様子を見て、ユリが得意気な表情で笑う。


「これ、入れたの」


ユリが手の中にすっぽりと収まる小瓶を取り出してレンドルフに渡した。中には緑がかった薄い灰色の粉末が入っている。


「これ、海藻を乾燥させたものを粉にしてあるの。他にも干した魚を粉末にしたのもあるんだけど、そっちはちょっと癖があるから今回はこれだけにしておいた」


そう言いながらユリはもう一つ小瓶を取り出す。その中には薄い茶色の粉末がある。


「初めて見た。海藻かあ。あんまり食べたことないから分からなかった」

「この国では海の近くでしか食べないから馴染みはないかも。乾燥させるのは手間がかかるから流通も少ないし」

「直接この味をみてもいい?あ、でも貴重なものだったりするのかな」

「大丈夫。でも料理用で塩も混ぜてるから、量には気を付けて」


レンドルフはそっと手の平の上に粉末を乗せて、ペロリと舐めてみた。少量過ぎてハッキリと味は分からなかったが、ただの塩よりはずっと複雑な味がするのは分かる。ユリに勧められるままに、干した魚の方の粉末も味見をする。こちらはハッキリと魚特有の香りがしたが、既に干してあるせいかあまり生臭さは感じなかった。


「これ、お湯に溶かすだけでもスープみたいになるかも」

「うん。実は私も調薬とかが大量にあって時間が取れない時とかにそうしてる」

「これって王都とかじゃ売ってないよね。どこの商会で扱ってるか分かる?」


レンドルフは、これもどこかで購入できるなら魔獣討伐の遠征が多いクロヴァス領に紹介するのも良いと思ったのだ。


「粉末じゃなくて乾燥したものをまとめて購入して、粉にするのは私がやってるのよね。粉末化させるのは調薬と同じだから、魔道具でガーッと。あ!ちゃんと食べるものと薬のとは分けてるからね!いや、薬も口に入れるものだけど…でも、これはちゃんとしてるから!」

「大丈夫だよ。疑ってないから」


慌てて言うユリに、レンドルフは喉の奥で軽く笑う。


「ユリさんは面白いもの知ってるよね。こういうのも薬師の知識?」

「うーん、どっちかと言うと家の影響かな。実家はアスクレティ領にあるから、ミズホ国からの輸入品が身近だったし。この乾燥した海藻とか干した魚は元はあっちから入って来た物だって。今は領内でも作られてるから、大体そこで買ってる」

「アスクレティ領かあ。行ったことはないけど、薬師が多いって聞いたことあるよ」

「歴代領主様の影響でしょうね」



このオベリス王国建国に尽力したと言われる五英雄を始祖とするアスクレティ大公家。その出自は極東の島国ミズホ国の出身であったと伝えられている。薬師だったと言われているが実際は大賢者とも伝わるその人物は、建国王がもっとも頼りにしていたと言われ、その地位は建国当初から大公家でありながら王家と同等の扱いである。その領地は、この国でもっともミズホ国に近い港を有しており、国内唯一のかの国との交易の窓口となっている。

ミズホ国は島国であったので、船舶技術が発達するまでは架空の国とさえ言われていた場所だ。その為殆ど他国との交流がなかったせいか、独特の文化が発達していた。特に医療や薬学は独自ではあるが高度な技術も多かった為、現在も輸入品は医療関連が主となっている。


そして代々アスクレティ家の一族は王家の侍医や専属薬師を多く輩出しており、その影響からか領内にも医師や薬師を目指す者が自然と多くなっていた。今は高度な学問を学ぶ場として学園都市が設立されてそちらの方に人が多く流れてはいるが、それでもアスクレティ領は今も医学、薬学の聖地として扱われていた。



「この粉にする技術、特許とかある?」

「別にないよ。領内では昔からどこの家でも自分で粉にしてるし。レンさんも欲しいならあげるよ?どうせ家で一気にまとめて大量に作るし」

「それは嬉しいけど、騎士団で遠征する時とかに使えたら便利だな、って思って」

「ああ、それならきちんと領主様を通した方がよさそうね」


話をしながらも、二人とも手が止まらず、あっという間に山鳥は無くなってしまった。


「もう一羽、焼く?」

「…う、お願いします。ごめんね、レンさんが仕留めたのは分かってるんだけど、美味しすぎる…」

「全然。あ、代わりにこの粉末、貰ってもいいかな?」

「そんな少ないのじゃなくてまだ使ってない瓶のもあるから、そっち渡すわ!」

「ありがとう」


また再びじっくりと山鳥を焼きながら他愛のない会話を交わす。そして焼き上がる頃には、レンドルフは帰りがけにエイスの街で冒険者登録をする話がすっかりまとまっていたのだった。



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