7話 九尾の狐
村の裏手に聳え立つオキツネ山。
山は自然豊かで、辺りには立派に育った野草や果実の木が生い茂っている。
「クレアちゃんに何かあったら、ぶち殺してやるから」
クレアの救助へとやってきた凛は、怯える村長を引きずるように連れながら山道を進んでいた。
「モンスターは全然いないわね」
村の外なので、九尾の狐以外にもモンスターが出てくる危険は十分あった。
しかし、この道中、他のモンスターは一切見かけていなかった。
「ここは九尾様の縄張りですから。山からモンスターを追い払ってくれているおかげで、我々は豊富な野草や果実を得ることが出来ているのです」
強力な存在が居座ることで、他のモンスターが近づかない為、食用の植物が食い荒らされることなく、立派に育っていた。
おかげで小さな村でも飢餓に苦しむことなく、やっていけていたのだ。
「モンスターですら近づかない場所ってことじゃないの。ほんと最低。貴方達がクレアちゃんに酷い扱いしてきたことは知ってるんだからね」
「酷い扱いなどしておりません。よそ者のクレアに対しても、我々は住居を与え、食料も十分に与えておりました」
「その、よそ者ってのが……ん? ちょっと待って。クレアちゃんのお母さんって、ずっと前に亡くなったのよね? まさか生贄に?」
凛が怒りを含んだ疑いの目を向けると、村長は慌てて首を横に振る。
「滅相もない。彼女は身体を壊し、病に伏せていました。生贄は、九尾様への神聖な供物。病人を差し出すなど、失礼なことはできません」
「それはそれでクレアのお母さんに失礼だわ……。でも良かった。生贄にしたとか言われたら、本気でぶち殺してたところだわ」
凛が冗談ではなく本気で言っていることを理解し、村長は身を震わせる。
供物を神聖視していたことが幸いし、クレアの母は生贄にされることを逃れていた。
進んでいると、倒れた丸太を発見する。
「あれって、まさか」
それは凛も縛り付けられていた儀式用の丸太であった。
凛は村長を引っ張りながら、慌てて駆け寄る。
丸太は確かに儀式のもので縄もつけられていたが、そこにクレアの姿はなかった。
縄は千切られており、丸太には深い爪痕が残されている。
「そんな……間に合わなかった?」
爪痕は明らかに人間のものではなく、大型の獣が引っ掻いたような深く大きなものだった。
この辺りに他のモンスターは出ないとのことなので、その爪痕は九尾の狐のものである可能性が高かった。
「……ううん、まだ諦めないわ。だって、姿がないだけで、血の跡もついてないもの」
まだ死体を見つけた訳ではない。
血痕も見当たらないので、生きている可能性はあった。
その時、近くから悲鳴が聞こえてくる。
「きゃああああ!」
それはクレアの声だった。
「クレアちゃん!?」
凛はすぐさま、声の聞こえた方へと走り出す。
草を掻き分け、開けた場所に出ると、そこには尻餅をついているクレアと、九本の尻尾を持つ大きな狐が居た。
クレアに顔を近づけ、今にも食べてしまいそうな九尾の狐を見た凛は、そこに向かって全力で駆け出す。
「クレアちゃんから離れなさい!」
駆け込んだ勢いで、九尾の狐に跳び蹴りをかました。
「!」
凛の声に反応して振り向いた九尾の狐は、直後その顔に蹴りを受け、吹っ飛んだ。
「クレアちゃん無事!?」
「は、はい」
凛は真っ先にクレアの安否を確認する。
そこで遅れて村長が、凛の後を追って草むらから出てきた。
「あぁ! 九尾様に何てことを」
蹴り飛ばされた九尾の狐を見て、村長は顔面蒼白をなる。
凛は喚く村長をスルーして、クレアの状態を確かめている。
クレアの身体に怪我らしい怪我は見当たらず、衣服にも乱れはなかった。
怪我もしていないことが分かり、凛が安堵したその時、九尾の狐が飛び掛かって来た。
その動きは一瞬で、凛が振り返った時には、身体を挟むように大きな口が開かれ、噛みつかれようとしているところだった。
そのまま牙が迫るが、事前に身に纏っていた砂の粒子によって阻まれる。
「うわ、あっぶな……」
凛は一息つくが、その時、砂の粒子がみしりと音を立て、九尾の狐の顎が僅かに前へと動く。
「ヤバっ」
砂の鎧の耐久度が危ないことに気付いた凛は、すぐさまそこから飛び退いた。
直後、砂の鎧を打ち破られ、勢いよくその口が閉じらる。
「九尾様がお怒りだああああ!」
凛への攻撃を見た村長は、悲鳴を上げて、その場から逃げ出した。
逃げて行った村長のことは無視して、凛は九尾の狐に向かって構える。
「私はこいつと戦うから、クレアちゃんも早く逃げて」
「ごめんなさい。足が震えて、すぐには動けそうにないです」
「え、じゃあ、なるべく急いで倒しちゃうから、何処か安全そうなところに隠れてて」
「は、はい」
クレアは震える足を引きずって、近くの木の後ろへと隠れる。