54話 浮浪児指導
そんな感じで和気藹々とお喋りしながらやっていたその時、拠点の出入口である石垣の下から、二人の男が顔を出した。
「何じゃこりゃ。いいもんが一杯あるじゃねーか」
突然の招かれざる客に、一同はフリーズする。
ボロボロのみすぼらしい格好をした二人は、貧民区に住み着く浮浪者であった。
「おい、ガキども。お前ら、随分と景気がいいみたいだな。俺らにも分けてくれや」
浮浪者達は、最近路地で見かける浮浪児の身形が良くなっていることを不審に思い、覗きに来たのだった。
浮浪者の一人が近くに居た子から農具を奪い取る。
「あっ」
「これは高く売れそうだな」
貧民区は弱肉強食である。
大人の浮浪者と浮浪児とでは、浮浪児の方が圧倒的弱者であった。
固まっていた凛がハッとして注意する。
「止めなさい! ここは私有地よ。貴方達が入っていい場所じゃないわ」
だが、浮浪者二人は止めようとはせず、物色を始める。
「止めなさいって言ってるでしょ!」
「うっせーな。ガキは黙ってろ!」
浮浪者の男が近くにあったテーブルを蹴りつけると、上にあった準備していた道具が散らばる。
だがその直後、浮浪者二人の周りに、炎の壁が巻き起こる。
「さっさと始末せい。チンタラしてると、儂が片付けるぞ」
「ええ、分かってるわ」
返事をした凛は、浮浪者二人へ向かって走り出す。
「口で言って分からないなら、これでもくらいなさい!」
その勢いで。二人へと跳び蹴りをした。
身体能力強化を受けた蹴りを受けた二人は、炎の壁を突き抜け、石垣の下へと落ちて行った。
凛もその後追って、拠点から出る。
そして暫くしたところで、凛が戻って来る。
「お仕置きしておいたから、多分もう来ないと思うわ」
すると、浮浪児達は目を輝かせて、凛の近くへとと寄って来る。
「スゲー! 滅茶苦茶強えーじゃん」
凛の強さを初めて見た子達は、大興奮で盛り上がっていた。
浮浪者は浮浪児にとって、兵士・マフィアに次ぐ、敵である。
それを簡単に倒したとのことで、浮浪児達は凛がヒーローに見えたのだった。
賞賛を受け、凛は気分良くなるが、同時に一つの問題に気付く。
「食料自給できるようになっても、自衛できなきゃ元も子もないわね……。よし、予定変更! 自分の身を守れるように、みんなを鍛えてあげるわ」
凛が宣言すると、浮浪児達は沸き上がる。
眼差しからは尊敬の念が見えており、皆やる気満々だった。
だが、そのやる気はすぐに萎えることとなる。
指導の為、並んだ浮浪児達の前に立つのは、凛ではなく、玖音とシーナだった。
的役の玖音は別として、想定する敵がアウトローであるので、凛よりも適任だろうと、シーナを主導に指導を行うことにしたのだ。
しかし浮浪児達は、それが大いに不満だった。
シーナとも遊びで交流していたが、まだ日は浅く、玖音に至っては、拠点にいるだけで一切関わってはいない。
尊敬する凛から教わろうとしていたのに、講師がそんな二人では、やる気が削がれてしまったのだった。
「第一は不利な戦いはしないこと。勝てる確証がない時は、すぐに逃げる。放置すると脅威になる場合は、入念に準備して闇討ち」
シーナが講義をするが、浮浪児の子達はお喋りなど他事をしていて、聞く素振りもない。
中には玖音に向けて、小石を投げている子もいた。
「ちょっと、みんな話聞いてあげなさいよ。ロニも何で注意しないの?」
「だって、凛姉の授業じゃないし。俺は一応聞いてるよ」
ロニやミアなど一部の子は聞いてはいたが、不満はあるようで、他の子への注意はしなかった。
授業は食料提供の代償として受けさせているのに、この態度。
期待からの落差の為か、不満は殊の外大きく、凛は困り果てる
もう自分が教えるしかないのかと凛が考えていると、小石を投げつけられていた玖音が先に切れた。
「いい加減にするのじゃ!」
怒った玖音は身体を変化させて、神獣の姿となる。
突然、目の前に大きな獣が現れ、浮浪児達はみんな吃驚する。
「躾のなっていない小童が! いい加減にせぬと、食い殺すぞ!」
玖音が牙を剥き出しにして恫喝すると、浮浪児の子達は恐れ戦き、怯え始める。
腰を抜かしたり、泣き出したりと、あっという間に阿鼻叫喚となった。
「あらら、でもこれは、みんなが悪いわね」
「凛姉、あれ何だよ……」
「あの子は神獣よ。神様だから敬えとは言わないけど、あんまり失礼なことはしちゃ駄目よ」
神様だと教えられ、ロニ達は驚愕する。
「じゃ、じゃあ、あっちの人も?」
「シーナちゃんは人間よ。ただ、プロの元暗殺者だから、怒らせると怖いわよ」
「……か、かっけー! 凛姉の仲間、みんなすげぇじゃん!」
怯えていたロニだが、一転、目を輝かせる。
暗殺者というのはスラムの世界では、マフィアも恐れる食物連鎖の上位に居る存在である。
仕事柄、浮浪児と関わることはなく、自分達に害を及ばさない強者とのことで、ロニは暗殺者に対して、ある種の憧れを持っていた。
ロニが二人に尊敬の眼差しを向けると、怯えていた他の子も真似するように、凄い人を見るような目を向けた。
その眼差しを受け、怒っていた玖音も怒りが削がれる。
「これなら大丈夫そうね」
もう二人を低く見ている子はいない。
それから授業を再開すると、先程とは打って変わって、みんな真面目に二人の言うことを聞いたのだった。




