53話 自立支援
浮浪児の拠点。
「はっけよい、のこったー!」
ぶつかって来るミアを、凛が全身で受け止める。
凛は今日も浮浪児の拠点に来て遊んでいた。
(はぁー、ミアちゃんいい匂い。前は臭かったけど、今はもう凄くいい匂いがするわ)
相撲の遊びを口実に、ミアの感触と匂いを堪能する。
ミアの恰好は、これまでの薄汚れたボロ布と違って、小綺麗な服に変わっており、身体の汚れもなくなっていた。
ミアだけでなく、他の浮浪児達も新しい服に身を包んでいる。
これらの服はクーネの支援によって提供されたものである。
領主の娘であることを隠す必要がなくなった為、表立って支援をしてくれるようになったのだ。
他にも土地の買い付けを行い、不法占拠ではない状態にしてくれたり、簡易のトイレや入浴施設を設置して、人並みの生活を送れるようにもしてくれている。
身嗜みを整えられるようになって、もう誰も浮浪児には見えない。
凛達が遊ぶ横では、フラムが浮浪児の子と鬼ごっこしたり、クレアが低年齢の子も世話をしたりしていた。
あれから、シェルターミラー内の子達を紹介して、凛と共に顔を出すようになった。
人が増え、賑やかになったが、その中にクーネの姿はない。
先日の事件で、貧民区に入り浸っていることが家族にバレてしまい、案の定、行くのを禁止されてしまったのである。
当然と言えば当然のことだったが、クーネとしては非常に不服な為、本人曰く、何とかして、また来れるようにするとのことだった。
「おい、こら。トイレットペーパーで遊ぶな」
支給されたトイレットペーパーで遊んでいる年少の子達を、リーダー格の少年であるロニが注意する。
最近では凛が頼まずとも、自主的に注意してくれるようになっており、早くも警察官呼びをしていた成果が出てきていた。
(いい感じに、ちゃんとしてきてるわね。そろそろ次の段階に移ろうかしら)
凛は相撲遊びをしながら、満足気にその様子を見ていた。
相撲遊びを終えると、凛は手を叩いて浮浪児のみんなを招集する。
「はーい。突然だけど、みんなには農業が出来るようになってもらいます。私もいつまででも、みんなに食べ物を持ってきてあげられる訳じゃないから、自分達で作れるようにしないとね」
「え……」
凛が食料提供に終わりがあることを告げると、浮浪児の子達はみんな不安そうな顔になる。
「今すぐってことじゃないから安心して。でもね、私は旅人だから、何れは、この街から出て行くの。その時の為に貴方達だけでも食べて行けるよう、農業を学んでもらうのよ」
浮浪児達は凛の話を理解して、真面目な表情となる。
仲間を失うことが日常茶飯事だった為、凛がいなくなることも素直に受け入れ、ごねたり縋ることなく、頭を切り替えていた。
即物的な浮浪児ならではの思考であるが、そこまで冷静に素早く切り替えられたのは、凛の授業の成果でもあった。
「そんな気張らず、そこまで難しいことじゃないから、楽しくやりましょ。沢山採れたら野菜食べ放題よ」
「お肉はー?」
農業の話だったが、浮浪児の子は肉のことを聞いてきた。
浮浪児も子供である為、野菜より肉の方が人気であった。
「猟はちょっと危ないから追々と、ね。まず野菜を作りましょ」
凛達は拠点の一角を耕し、畑を作り始めた。
普段は扱い辛い浮浪児の子達も、食料のことである為、みんな一丸となって頑張っている。
そして、その横ではフラム達が、道具の準備をしていた。
「農業でもクラフト使うなんて意外だな。無縁のものだと思ってた」
フラムが栄養剤の素材を手に取って言う。
「使わなくてもできるけどね。使った方が手っ取り早いから教えることにしたの。それに、何でもかんでも自分達だけで作れた方が、為になるからね」
「いいな、そういうの。あたしも一緒に勉強させてもらうよ」
「ええ、大歓迎よ」
修行の為に旅についてきたフラムは、喜んで凛の講義に協力していた。
クレアやラピス達も、真面目に手伝ってくれている。
だが、そこに一人だけ見学を決め込んでいる子がいた。
「……玖音はまた見てるだけなの? 一番食べるんだから、手伝いなさいよ」
「適材適所じゃ。儂は荒事担当じゃから、ここは出番ではない」
玖音が手伝い拒否すると、クレアが間に入って言う。
「あ、玖音様の分は私が代わりにやります」
「うむ、頼んだのじゃ」
玖音は一切躊躇うことなく押し付けた。
「また甘やかしてー。偶には動きなさいよね。もー」
クレアは、玖音を土地神として信仰する村で育った為、同じ旅の仲間となった後も、玖音に対して世話を焼き続けていた。
凛は何度も咎めていたが、刷り込まれた信仰心が簡単に消えることはなく、クレアの世話焼きな性格も災いして、シェルター内では玖音専属のお世話係みたいな感じとなっていたのだ。
ただ、凛も女の子に甘いところがあるので、互いが望んでいる限りにおいて、強制的に止めさせることはできなかった。




