52話 領主の娘
「こんな兵士がいたなんて……」
クーネは愕然とした表情で倒れた兵士を眺める。
これまでクーネは様々なことにショックを受けてきたが、街の治安を守る兵士が汚職に手を染めていたことは、一番の衝撃だった。
「癒着はどこでもありそうなことだけど、人身売買容認はヤバいわ。このまま放置じゃ被害が広がりそうだから、この組織は、ここで潰しておいた方がいいかもしれないわね」
凛がそう言うと、懐のシェルターミラーが飛び出して、玖音が顔を出す。
「儂の出番かの」
「出番じゃありません。玖音が暴れたら、また夜逃げする羽目になるじゃないの」
凛は出てきた玖音を中へと押し込める。
シェルターミラーを仕舞って顔を上げると、周りの子はポカーンとした顔をしていた。
「あはは、今のは気にしないで。クーネとミアちゃんには、後で紹介するわ」
その時、内側の扉が開け放たれ、武装した組織の人間がぞろぞろと入って来た。
「ふっ、倒しに行く手間が省けたわ」
――――
「へぶっ」
凛に蹴りつけられ、最後の一人が床に倒れる。
組織の人間は次々と部屋に入って来ていたが、凛の圧倒的な力によって、瞬く間に倒されて行った。
「楽勝ね」
部屋は死屍累々。
気を失って倒れた組織の人達で溢れていた。
殲滅が完了し、一息ついていたところで、今度は出入口の方の扉が開け放たれる。
現れたのは大量の兵士であった。
入って来た兵士達は、倒された組織の人達の山を見て驚く。
「何てことだ……。お前がやったのか?」
「ちょ、ちょっと待ってっ。違うのっ。この人達に攫われたから正当防衛……過剰だとは自分でも思うけどっ」
凛が慌てて言い訳しようとすると、兵士の中の一人が言う。
「早く拘束しろ! そいつは尋常なくらい腕が立つ」
それは最初に倒したはずの汚職兵士だった。
いつの間にか復活して、応援を呼んで来たのであった。
「あ! 汚職兵士! その人、こいつらの仲間です!」
「適当なこと言って逃げる気だ。兎に角、すぐに取り押さえてくれ!」
すると、先頭に立っていた兵士長が言う。
「暴行容疑で逮捕する。そこにいる女共を全員確保しろ!」
兵士達は汚職兵士の言い分を信じ、凛達を取り囲み始める。
「嘘っ、そんなっ」
初対面の、それもマフィアの拠点で暴れていた女と、長年共に仕事をしてきた同僚、どちらが信じてもらえるかは明白だった。
兵士達は武器を構えて、にじり寄る。
誤解されてるとはいえ、兵士相手に暴れる訳にもいかないので、凛は戸惑いながらも何もできずにいた。
今にも取り押さえて来そうな状態となったその時。
「お止めなさい!」
部屋に声が響き、凛の後ろから出てきたのはクーネだった。
「この方が言っていることは本当です」
いきなり前に出てきたクーネに、兵士長は怪訝な顔をする。
「私が分かりませんか? 貴方は私を知っているはずです」
言われて、改めてクーネの顔を見た兵士長は、ハッとした顔をする。
「クーネリア様!? まさか、何故このような場所に」
「お忍びで貧民区に来ていたら、巻き込まれました。ここに倒れているのは人身売買を行っていた人達です。全て、この方が言ていった通りで、そこの彼が金銭を受け取る代わりに、人身売買を容認していたところは、私も見ました」
クーネが改めて説明すると、すぐに兵士長は他の兵士達に向けて言う。
「そいつと倒れている奴ら、全員確保しろ!」
確保命令が出されると、汚職兵士は周りの兵士にあっという間に組伏される。
そして、倒れていた人達も順に縛り付けられて始めた。
――――
建物の中から、次々と連行されて行く組織の人達を、凛とクーネは道の端で見ていた。
「クーネちゃんが領主の娘だったなんてね。道理で、育ちが良さそうに見えるのも当然だわ」
「隠していて、すみません。公的な立場で、街を出歩く訳にはいかなかったので」
クーネの正体は、領主の娘、クーネリア・フェルシアであった。
「そりゃ言えないわよね。しかも貧民区に入り浸ってるなんて。親御さんが知ったら卒倒するんじゃないの?」
「おかげで、自分の街のことをよく知ることが出来ました」
お忍びで出歩いていたのは、領主の娘として街の状況がどうなっているか知る為であったのだ。
貧民区での出来事はクーネにとってショックなものが多かったが、だからこそ知っておかなければならない現状だった。
談笑していたクーネは、そこで真面目な顔になって言う。
「それで、私からも聞きたいです。凛さんの力は、領主お抱えの、いえ、国の宮廷魔術師以上です。そのうえアーティファクトまで所持しているなんて。貴方は本当は何者なのですか?」
「何者と言われてもね。うーん……強いて言うなら稀人かしら」
「稀人……。なるほど、この世界の人間ではない言うなら、その規格外の力も納得です」
稀人が強大な力を持っているなどという話は、何処にも伝わっていない。
しかし、稀人の情報自体少なく、多くは謎のベールに包まれていたので、クーネはそれで納得してくれた。
凛の正体を知ったクーネは、畏まって言う。
「では、ここからは公的な立場として言います。領主の娘として、素晴らしい力と教養を持つ凛さんを側近として迎え入れたいです。どうか、これからは側近の立場から、私を支えてくれませんか?」
クーネは凛を自分の側近に勧誘して来た。
その力や人柄を評価されてでのことだったが、目的を持って旅をしていた凛は、申し訳なさそうに断る。
「ごめんね。評価してくれるのは嬉しいけど、私、旅人だから」
「ダメですか? 出来る限り良い待遇を用意させていただきますが」
「ううん、待遇とかの話じゃないの」
「そうですか……」
凛が断ると、クーネは犬耳を垂らして、非常に残念そうにする。
「ほんとごめんね。できたら聞いてあげたいけど、こればかりは……」
「いえ、私こそ無理言って、すみませんでした」
きっぱりと断られた為、クーネは残念そうにしながらも、それ以上食い下がることはなかった。
凛はそんなクーネの様子を窺いながら、おずおずと訊く。
「……一応訊くけど、後から引き受けざるを得なくなるように、外堀埋めて来たりしないわよね?」
「え!? しませんよ、そんなことっ」
クーネは驚いた様子で言った。
「そうよね。ごめんね。前にそういうことあったから」
「そうでしたか。私は誓って、そんなことはしません」
「ええ、信じてるわ。側近は無理だけど、お友達として、これからも仲良くしましょ」
「はい!」
力強く返事をするクーネの瞳に、邪な気持ちは見えない。
ロバートと違って、クーネなら心から信頼できると凛は感じた。




