5話 オキツネ村
はずだったのだが……。
「うごごごご……迷った」
日が沈みかけ、赤く染まった広大な草原を、凛は一人ふらふらと歩く。
お金稼ぎを兼ねてモンスターを狩りながら、徒歩で次の町へと向かっていたが、元居た世界と違い、ちゃんとした道や案内標識など立っていなかったので、早々に道に迷ってしまっていた。
「徒歩は無謀だったかも。行けると思ったんだけどなぁ」
これまでの移動は基本、馬車だった。
町の大体の位置を把握していたとしても、実際自分の足で向かうと、大分勝手が違っていた。
「いざとなったら、シェルターがあるから死ぬことはないけど、このまま町を見つけられなかったら、どうしよう……」
寝る場所や食料は確保できても、人里が見つからなければ、ずっと彷徨い続けることとなる。
凛の旅は早くも危機的状況に陥っていた。
しかしその時、凛がふと目を向けた森の中に、いくつもの明かりが見えた。
「あれは……」
――――
小屋の居間で、凛は御馳走を目の前にして寛ぐ。
「助かったー。一時はどうなるかと思ったわ」
明かりの先にあったのは小さな村だった。
その村・オキツネ村は人口三十人にも満たない小さな村で、村人達は狩猟や山菜取りで生計を立てていた。
「災難でしたね。ここら辺は夜になると、凶悪なモンスターが出るので、危ないところでしたよ」
穏やかそうな老人の村長が、凛を持て成す。
辺境に位置するオキツネ村は、外から人が来ることは殆どない為、凛は久々の客として持て成されていた。
「親切に、どうもありがとうございますー」
「いえいえ、客人を持て成すのは当然のこと。おい、クレア。客人のコップが空になってるぞ」
「あっ、はい! すぐに入れます」
村長が責付くと、小屋内で布団の準備などをしていた女の子が、慌ててお茶注ぎをする。
「クレアを世話役にお付けしますので、何かあれば、この子に申し付けください。では、私めはこれにて」
村長は最後に「ゆっくりして行ってくだされ」と言い、小屋から出て行った。
そして小屋に残されたのは、クレアと呼ばれていた女の子と凛。
お茶注ぎを終えたクレアは引き続き、布団の準備へと戻っていた。
凛はそんなクレアの姿を嘗め回すように眺める。
クレアは中学生ほどの年齢で、特に変わった特徴はなく、純粋な人間種のようだった。
凛の視線に目もくれず、せっせと働いている。
「クレアちゃんって言うの?」
「あ、はい。クレア・モネーズと申します」
「へぇ、可愛いね」
「へぅ!? か、可愛い、ですか?」
いきなり口説かれ、クレアは驚いて手の動きを止める。
「うんうん、とっても可愛いわよ。もうチューしたいくらい」
「そんな、全然可愛くなんてないです。私なんて惨めで卑しい、何の取り柄もないゴミ虫です」
「自虐が過ぎる!? ちょっと、謙遜するにしても言い過ぎよ」
「実際そうですから……。村のみんなにも、いつもそう言われてます」
「そんな酷いこと言ってるの!? 許せないわ。ちょっと文句言ってくる」
凛が立ち上がって文句を言いに行こうとすると、クレアは慌てて止めに入る。
「や、止めてください。みんなは悪くないんです。私が、よそ者の子だから、当然の扱いをされてるだけです」
「よそ者?」
凛が聞き返すと、クレアは自分の成り立ちを話し始める。
クレアの母は嘗て、とある国で貴族の妾をやっていたが、妊娠発覚後、本妻に命を狙われ、逃亡生活を送ることとなった。
その後、色んな町を転々とし、辿り着いたのが、この村であったのだ。
そこで産まれたクレアと二人で暮らしていたが、身重での逃亡生活が祟った為か、病に倒れ、クレア一人となってしまった。
「よそ者の子なのに村に置いてくれて、ご飯まで食べさせてもらえてる。それだけでも十分ですし、感謝もしているのです」
(客としては歓迎するけど、住むとなると別ってことなのね。日本でもそういうことあるから、難しい問題だわ)
事情が事情であった為、凛はそのことについて、それ以上言うことはできなかった。
何となく気まずくなり、凛は何か他に話題はないかと周りを見回す。
すると、部屋の神棚らしきところに、尻尾が九本ある狐の木彫りを見つけた。
「あら、その木彫り、カッコいいわね」
「あれは九尾様。ここの土地神様です」
「へー」
九尾の狐といえば、日本の妖怪としても有名である。
よく漫画やゲームの題材にされており、それは凛も知識として当然あった。
(そういえば、アウターパラダイスのゲームにも、そんなボスモンスターいたわね)
強い力を持つ存在を神として崇めることは珍しくない。
九尾の狐はボスモンスターでも強い部類に入るモンスターだったので、神として祭るのは、おかしいことではなかった。
(……あれ? でも、出てくるのは、こんなところじゃなかったはずだけど)
凛は九尾の狐を模したボスモンスターをゲーム内で見たことはあったが、見たのは、こことは全く別の地域であった。
ただ、この世界がゲームと全く同じという訳ではない。
ここは実在する世界で、モンスターも人間も生きているので、これまでもゲームとは違う部分は、いくつも見受けられていた。
(この村自体もなかったものね。色々違うからこそ、楽しみ甲斐があるってものだわ)
木彫りの像を眺めていると、クレアが言う。
「あの……できたら、この村を早く出た方がいいです」
「ん? どうして?」
「いえ、あまり長居すると、みんなにそのぅ……」
クレアは言葉を濁すように尻つぼみになっていく。
「あぁ、客扱いされなくなるってことね。歓迎されないところに居続けるのはできないから、そうするしかないかしら……。けど、残念ね。クレアちゃんとは、もっと仲良くなりたかったのに」
「え?」
「だって、可愛いんだもの。あ、謙遜しなくていいわよ。この私が保証するわ。クレアちゃんは絶対に可愛い」
凛が自信を持って言うと、クレアは自虐することもできず、恥ずかしそうに照れた。
それから、凛は短い滞在時間でクレアと精一杯触れ合おうと、積極的に会話を振り、夜遅くまで二人でお喋りしたのだった。