48話 浮浪児拠点
浮浪児の少女に連れられ、二人は迷路のような路地を進む。
暫く進むと、路地の行き止まりへと到着する。
「この上」
浮浪児の少女はそう言って、行き止まりの石垣を猿のように駆け上がり始めた。
「えぇ……。ここ上がるの? クーネちゃん行ける?」
「む、無理です」
石垣は二階建ての民家くらいの高さがあり、急な勾配であったので、普通の人にはとてもじゃないが登れるところではなかった。
「そうよね。ちょっと階段作るわ」
凛が石垣に手を翳すと、石垣前の地面が盛り上がり、土が階段のようなる。
「ねぇ、早くー」
階段を作っていると、先に上って行った浮浪児の少女が、上から催促してくる。
「今行くわ」
階段が出来たので、凛とクーネは土の階段を上がり、石垣を上った。
登りきると、路地とは打って変わって広まった空間が現れる。
周りが建物に囲まれていたそこは、広場のようになっていて、所々には浮浪児達が作ったであろうガラクタハウスが設置されていた。
多くの浮浪児が見受けられ、上は十五歳前後の子から下は未就学児ほどの子まで、数にすると二十人もの子がその場に居た。
外からの侵入が難しいその場所は、浮浪児達の拠点となっていた。
浮浪児達は突然やって来た凛とクーネに警戒する。
「そいつら誰だ」
「食べ物くれる人」
リーダーらしき子が尋ねると、連れてきてくれた少女がそう答えた。
凛は苦笑いしながら、シェルターミラーから食料を引っ張り出す。
出した途端、そこにいた浮浪児達が一斉に群がって来て、口の中にかき込むように食べ始めた。
大量に買い込んでいた食料だが、沢山の浮浪児達によって、見る見るうちに減らされて行く。
「これは全然足りなさそうね……。ちょっと取って来るわ」
――――
浮浪児の拠点広場で、凛は丸焼きにした牛系モンスターを切り分けていた。
食料の調達に出た凛だったが、二十人規模の量を買い込むのは懐的に少々きつかったので、街の近くで直接狩ってきたのだった。
モンスターといえど、その種類は様々で、牛系や豚系などは普通に食用として食べることが可能である。
浮浪児達は大喜びで食べていたが、流石に満腹になって来たようで、食べるペースが落ちてきていた。
「沢山獲って来たけど結構余りそうね。後は保存食にでもしましょうか」
また時間が経てば、お腹も減るので、凛は浮浪児の子達の為に、余りは保存食にすることにした。
そこで隣で調理を手伝っていたクーネが言う。
「凛さんといると目新しいことばかりです。こんな、料理しながらつまみ食いするなんて、何だか悪いことしてる気分」
「ふふ、クーネちゃんも楽しんでちょうだい」
慈善活動のようなものであったが、凛達も楽しんでやっていた。
「でも、こんなところがあったなんて知りませんでした。ここに来る途中、見ました? 凄く荒んでました」
「それなりに大きい街だから、そういうところがあるのも仕方ないわよ」
「嘆かわしい限りです……」
目新しいことにクーネは心を躍らせていたが、それはいいことばかりではない。
自分が長年住んでいた街の負の部分を目の当たりにしたのは、クーネにとって割とショックなことであった。
二人で喋っていると、食べ終わった浮浪児の数名が調理器具に向かって石を投げて遊び始める。
「あ、ちょ、止めて。そんなことしたらダメよ」
凛がすぐに注意するが、浮浪児の子達はクスクスと笑って石を投げ続ける。
それを受け、クーネは驚いた顔をして言う。
「ご飯を恵んでくれた相手なのに……信じられません」
恩義がある相手に、こんな失礼なことをするというのが、クーネには信じられなかった。
浮浪児達は満腹になったら用済みと言わんばかりの態度で、実際凛達はまだ誰からもお礼を言われていない。
「まぁ、躾けられてないからねぇ。こういう時は……」
凛は周りを見回し、リーダー格と思われる少年に言う。
「ねぇ、そこの君。あの子達に注意してちょうだい」
本人に行っても無駄ならと、上の子に注意するよう頼んだ。
だが、少年はどうでもよさそうな顔をして言う。
「は? 知らね」
リーダー格の少年も同様で、欠片とも恩義を感じていなかった。
「ちゃんと注意してくれたら、また食べ物持ってきてあげるわよ」
食料を盾にお願いすると、リーダー格の少年は悪戯をしている子達に向けて言う。
「おい、止めろ」
少年が注意すると、その子達はすぐに石を投げるのを止めた。
浮浪児グループは縦社会だったので、リーダーの言うことは絶対だった。
「流石ボス。これから貴方のことは兵士長さんって呼ぶわね」
凛が褒めるが、少年はあからさまに嫌な顔をする。
「何で兵士なんだよ」
「あら、嫌だった?」
「嫌に決まってるだろ。あいつら俺達のこと見つけると殴ってきやがるし」
「えっ、そ、そうなんだ……」
浮浪児は罪人扱いだったので、兵士達は浮浪児に対して容赦ない態度を取っていた。
その為、浮浪児の子達にとって、兵士は天敵とも言える存在だったのだ。
「じゃあ警察官さんって呼ぶのは?」
「何だ、それ?」
「いい兵士というかヒーロー? こっちの世界だと、英雄って言った方が伝わり易いかしら。悪を正す、正義の味方よ」
「止せよ。俺はそんなんじゃないやい」
「あら、さっき注意してくれた姿、ちゃんとした警察官みたいだったわよ」
凛が褒め称えるように言うと、少年はそっぽ向いて逃げて行った。
一連の流れを見ていたクーネが尋ねる。
「何故そんな呼び方を?」
「哲学というか心理学のちょっとしたテクニックよ。人は役割を与えると、それに引っ張られる形で行動するようになるの。粗暴で教養のない浮浪児でも、正義の味方呼びしてれば無意識に影響されて、少しずつ真面な人間になって行くと思ってね」
「凛さんは浮浪児の子達を教育しようと?」
「そうね。女の子もいるし、これも縁だから、ちょっと頑張っちゃいましょうか」
凛が肯定すると、クーネはいきなり凛の手を強く握る。
「とても立派な考えです! 感動しました。私も微力ながら手伝わさせて頂きます」
クーネは酷く感銘を受けたようで、目を輝かせて協力を申し出た。
凛は気圧されながらも頷く。
「え、ええ。よろしくね」
こうしてクーネとの出会いから、奇しくも浮浪児達と関わることとなった。




