45話 夜逃げ:ベルガ
ゴブリンの巣の前。
倒れたギガント・オーガの前で、凛はハンマー片手に息をついていた。
「ふぅ、意外としぶとかったわね。ちょっと手古摺っちゃったわ」
図体が大きい分、耐久度が高く、凛でも若干骨が折れる相手だった。
「嘘だろ……。一人で倒しやがった」
戦いを見ていた冒険者は唖然とした顔をする。
凛が戦っているうちに、逃げ出していた冒険者の多くは戻ってきていた。
「これで大丈夫よね? 後は雑魚片付けるだけ?」
凛が尋ねると、冒険者の一人がハッとして言う。
「まだだ。まだ、教官が奥で戦ってる。俺達を逃がす為にジェネラルの足止めをしてるんだ。頼む。教官を助けてやってくれ」
――――
半壊した巣の最奥。
全身傷だらけの教官が、ゴブリン達を率いたジェネラル・ゴブリンと対峙していた。
(あいつらは逃げ切れただろうか……。糞、こんなことになるなんて)
ジェネラル・ゴブリンには配下を統率させる能力がある。
多数のゴブリンに加えて、ギガント・オーガまでいる群れを統制された動きで操られては、とてもじゃないが逃げ切ることは不可能であったので、皆を逃がす為には、ここで引き付けるしかなかった。
引き付けているとはいえ、ギガント・オーガ単独でも脅威だった為、教官は戦いながらも、冒険者達の身を案じていた。
教官が必死にゴブリンを倒し続けるが、倒しても倒しても、何処からかゴブリンが出てくる。
ジェネラル・ゴブリンを倒したくても、沸いてくるゴブリンのせいで、そこまで攻撃が届かなかった。
そうしているうちに教官の体力は限界に近づいていた。
(これまでか……)
死を覚悟したその時、後ろから凛が駆け寄って来る。
「教官ー。無事ですかー?」
「!? 何故来た! こっちに来るんじゃない!」
教官が驚いて振り返ると、その隙を突いてゴブリン達が飛び掛かった。
「勿論、助けに来たんですよっ」
凛が飛び出し、手を振ると、飛び掛かったゴブリン達の足元が隆起して、尖った土柱がゴブリン達の身体を貫いた。
ゴブリン達が絶命すると、土柱は砕けて消える。
唖然とする教官に、凛は言う。
「私を突入班に入れた方が良かったでしょ?」
「そうみたいだな。ギガント・オーガは?」
「倒しました」
凛があっさりと言うと、教官は驚いた顔をする。
「冒険者としての一流だったか……。なら、あいつの始末も頼めるか?」
「ええ」
凛は地面から土の大剣を生成して、ジェネラル・ゴブリンと向き合う。
すると、ジェネラル・ゴブリンはゴブリン達を操作して、凛へと襲わせた。
飛び掛かって来たゴブリン達を、凛は大剣で一閃する。
一撃で蹴散らし、次はジェネラル・ゴブリンを狙いに定めて、構える。
しかし、そこでジェネラル・ゴブリンは悲鳴のような声を上げて逃げ出した。
「えぇ……逃げるの?」
凛が即座に攻撃を仕掛けようとするが、それを妨害するようにゴブリン達が飛び出してくる。
凛はまとめて斬り伏せて、逃げるジェネラル・ゴブリンの方へ手を翳すと、その足元に突起が出来、足を引っかけたジェネラル・ゴブリンはその場に転倒した。
「無駄よ」
倒れたジェネラル・ゴブリンに、凛は近づき、大剣を振り上げる。
だが、その時、一匹のゴブリンが後ろから教官に飛び掛かった。
「なっ、しまった」
凛の戦いに気を取られていた教官は、疲弊していたこともあって、反応する間もなく、喉元にナイフと突きつけられる。
ジェネラル・ゴブリンは汚い笑みを浮かべて、自分を倒すと教官も道連れにすると、凛にジェスチャーした。
「俺に構うな!」
「で、でも……」
凛は攻撃を躊躇う。
凛の技術なら、ナイフを引かれる前に倒すことも可能であったが、失敗するリスクもある。
出発前にウキウキでサインを求めてきた姿を思い出すと、凛はどうしても、リスクを負って動くことはできなかった。
しかし、そこで反対側から冒険者の人達が走って来た。
「おーい、俺達も手を貸すぞ」
冒険者達の登場で、ジェネラル・ゴブリンの意識が一瞬そちらに向いたその隙を、凛は逃さなかった。
教官にしがみついているゴブリンに石礫を発射して、その頭部を吹っ飛ばす。
「ナイス援護」
人質を取っていたゴブリンを始末した凛は、ジェネラル・ゴブリンに向かって改めて大剣を振り下ろす。
遅れてジェネラル・ゴブリンは人質を潰されたことに気付くが、その時にはもう大剣が目の前に迫っているところだった。
ジェネラル・ゴブリンはあっけなく斬り伏され、討伐が完了する。
「助かったわ」
「?」
凛がお礼を言うと、状況を理解していなかった冒険者達は首を傾げた。
そこで教官が手を叩いて、注目を集める。
「まだ残党が残ってる。すぐに雑魚狩りに移ろう。凛さん。このお礼は後で改めてさせてくれ」
ジェネラル・ゴブリンが死んだことで、残ったゴブリン達は統率を失い、逃げ惑っている。
放っておくと、また群れが出来る為、早急に対処しなければならなかった。
「さ、俺が言えた義理じゃないが、最後まで気は抜くなよ」
冒険者達はすぐに雑魚狩りを始めた。
凛は持ち場が違うとのことで、一足先に元の担当場所へと戻った。
丘の上にいた玖音達のところへと駆け寄る。
「おーい、ボスも倒して来たわよー……って、何してんのぉー!?」
やってきた凛は、玖音達の足元に転がっていたアラン達の死体を見て、絶叫する。
「襲ってきたから、返り討ちにしてやったのじゃ。こいつはラピス一人で倒したのじゃぞ」
玖音は褒めてやれと言わんばかりの口振りで、凛に報告する。
「殺しちゃってんじゃないのっ」
「殺しにかかって来たのじゃから、当然じゃろ? この前は主も、散々殺っておったではないか」
「あれは裏社会の人間でしょーが。あー、もうー」
凛は頭を抱える。
相手から襲って来たとはいえ、息の根まで止めてしまうのは、この世界でも過剰防衛と判断されてもおかしくなかった。
「……夜逃げしましょう」
凛は面倒なことになる前にと、またしても夜逃げすることを決めた。
 




