3話 別行動へ
隠された水の神殿。
「ちょりゃーーー!」
半魚人のモンスターであるサハギンに、凛が跳び蹴りをかます。
魔法で強化された身体による蹴りを受けたサハギンは、大きく蹴り飛ばされ、その勢いで壁に強打して、動かなくなった。
「ふぅ、気持ちいいー! 最初は怖かったけど、これストレス解消に良いわね」
魔法と身体を駆使しての戦闘は、バイトでストレスを溜めることが多かった凛にとって、非常にスカッとするものだった。
「こうも楽しまれると、申し訳ない気持ちが薄れてくるんだけど」
「そんな気持ち、さっさと消しちゃいなさい。こんな異世界に来れることなんて、普通はないんだから、楽しまなきゃ損だわ」
「超ポジティブ……」
ゲーム・アウターパラダイスのソフトは、瑞希が持ち込んで来たものだったので、巻き込んでしまった責任を感じていたが、当の凛は呑気に楽しんでいた。
「実際、この世界めっちゃ楽しいじゃないの。みぃも楽しいでしょ?」
「まぁね」
瑞希も何だかんだで楽しんでいた。
「細かいことは気にせず、楽しみましょ」
そんなことを喋っていると、突然上から、炎を纏った魔人・イフリートが振って来た。
激しく炎をはためかせ、二人の目の前に立ちはだかる。
「これは……楽しめるかしら?」
――――
力尽きたイフリートが石畳の床に倒れる。
「いえーい」
凛と瑞希はハイタッチして勝利を喜ぶ。
息の合ったコンビネーションとアーティファクトの力で瞬殺だった。
「楽勝ね。もう何が出て来ても倒せる気がするわ」
「油断は禁物。いくら強くなっても死ぬことはあるんだから、慢心したらダメだよ」
「分かってる。けど、魔法である程度は治せるから、気は楽よね」
二人は喋りながら奥の小部屋へと入る。
そこには台座が中央に設置されており、その上には水色の紋章が浮かんでいた。
「あった、あった。これが欲しかった」
瑞希が台座の紋章に触れると、その紋章が手に吸い込まれ、手の甲に宿る。
それは水の刻印という水系魔法を司るアーティファクトであった。
これを装着することで、水系魔法の効果を限界突破させることができ、専用の水魔法も使えるようになる。
「みぃって、水系好きよね。このゲームに限らず」
「名前だけにね。凛は土を極めるの?」
瑞希が凛の手の甲に目を向けながら訊く。
そこには茶色の刻印が浮かんでいた。
「ええ。ゲームの時は色んな魔法使ってたけど、こっちだとリアル過ぎて、あんまり攻撃した気にならないのよね。その点、土だと塊だから、ドゴッてやれるじゃない。魔法だけど物理で殴る、みたいな? 適正も高かったし、こっちでは土メインでやってもいいかなって」
「脳筋っぽい」
「脳筋上等。世の中、力こそ全てよ」
「危険思想……!」
「さて、冗談は兎も角、これで二人とも刻印が揃ったわね。この調子で他のアーティファクトも、じゃんじゃん回収しましょ」
その後も、二人は各地を巡り、アーティファクトを回収して行った。
順調に回収を続け、一通り周った二人は、立ち寄った町にあった公園の休憩所で、腰を落ち着かせる。
「アーティファクトの回収は、このくらいでいいかな。なかったものも多かったけど、これだけ集まれば安心」
テーブルの上には、これまで集めたアーティファクトが、いくつも並べてあった。
どれも、この世界ではオーバースペックな代物で、これだけあれば身の安全どころか無双できる程であった。
「これから、どうするの?」
「映像を送って来た男の人を探そう。あの人なら、何か知ってるかもしれないから」
二人とも、この世界を楽しんでいたので、すぐに元の世界に戻りたいとは思っていなかった。
だが、脱出するかしないかは兎も角として、何故この世界に飛ばされたのか、この世界は何なのかを知る必要はあった。
瑞希が今後の方針を示すと、凛は少し躊躇いつつ言う。
「あのさ。ここからは別行動しない? せっかく異世界に来たんだから、もうちょっと自由に楽しみたくて」
「それなら、ついでで良くない? 探さないといけないから、どの道、色んなところ周ることになるよ」
「いやぁ、あー……みぃはもう知ってるから言っちゃうけど、女遊びしたいなと思って。ここって異世界だから、世間体気にする必要ないじゃない。ちょっと羽目を外して、可愛い女の子と触れ合いまくりたいの」
少女への愛に目覚めた凛だが、元の世界では家族や友人知人の目がある為、肩身が狭い思いをして生きて行かなければならない。
この世界も倫理観は似たようなものだったが、全くの別世界なので、多少悪目立ちしたところでノーダメージである。
凛としては、この機会を逃す訳にはいかなかった。
凛の企みを聞いた瑞希は、呆れた顔をする。
「あぁ、そう……。なら、別行動にしようか。探すのは私一人でも変わらないから」
「悪いわね。私の方でも何か見つけたら教えるから」
「ううん。楽しんでおいで」
瑞希は非常に理解があった。
別行動をとることとなったので、それまで集めていたアーティファクトを二人で分配する。
「ハイドロシューターは頂戴。シェルターミラーは凛が持ってた方がいいかな」
「サンキュー。破血小刀は、みぃ?」
「それもあげる。護身用にして」
「使い機会あるかな?」
「要らなかったら、ミラーの中にでも仕舞っておいて」
「あぁ、倉庫扱いね」
「で、属性刻印は各自そのままで。無制限通信機は二人で持とう」
二個で一組である無制限通信機を瑞希と凛、それぞれで持つ。
「これで、いつでもどこでも連絡取れるから、何かあったら連絡して」
「ええ、可愛い女の子ゲットできたら報告するわ」
「それは要らないから……」
喋りながら二人は分配を済ませる。
「じゃあ最後に」
分配を終えて椅子から立つと、瑞希は徐に凛に手招きする。
「?」
凛が近づくと、瑞希は凛の両手を握って身体を近づけ、額と額をくっつけた。
「えっ、なになに?」
突然密着して来た瑞希に、凛は驚きつつも顔を喜ばせる。
だが、瑞希はすぐに身体を離した。
「安全祈願のおまじない。気休めだけど、念の為に」
「吃驚した。キスされるかと思ったわ」
「する訳ない」
「そんなこと言って、みぃって私のこと大好きでしょ」
「はいはい、それでいいよ」
軽く別れを済ませ、瑞希は手を振って去って行く。
「みぃってば、めんどくさがりの引き籠り気質の癖に、突然アクティブになっちゃって。やっぱり責任感じてるのかしら?」
凛が知る瑞希の普段の性格からすると、らしからぬ行動である。
急いで元の世界に戻る必要はなくとも、その方法だけは先に確保しておくことが、巻き込んでしまった友人への責任の取り方とでも思っているのかもしれない。
去り行く瑞希の背中を、凛は少し心配そうに見つめていた。