21話 ロバートの企み
工房に入った凛は、早速作業場に座って、ヘアピンをセットする。
「さーて、張り切ってやっちゃうわよ」
始めようとしたところで、フラムが口を挟む。
「え、凛がやるの? いいのか?」
商品の作成を二人に任せていたのは、練習の為でもあるが、凛が作ると、質が良過ぎて騒ぎになる恐れがあったから、という理由もあった。
「大丈夫、大丈夫。そんな目立つ効果じゃないし、あの子のだけだから」
初めて食いついてきた子とのことで、凛は自分がやってあげたい気持ちが勝っていた。
加工道具を手に取り、凛は付与を始める。
「うおおおおお!」
全力でヘアピンに術式を書き込み、これでもかと言うくらいに強い効果を施す。
そして、付与はあっという間に完了した。
フラムが寄ってきて、そのヘアピンを見てくる。
「保護と落下防止だけなのに、何だこの頑強さは……。才能の無駄遣い過ぎる」
地味な効果であるにも拘わらず、その効力だけは凄まじく強力だった。
凛は完成したヘアピンを手に取り、早足で店内へと戻る。
「お待たせしましたー」
アクセサリーコーナーのところへと戻って来た凛は、少女を鏡の前に立たせ、その頭に付与が終わったヘアピンをつけてあげた。
「わぁ、凄く可愛い。とっても似合ってるわよ」
凛が絶賛すると、少女は感情の表れが薄いながらも嬉しそうにした。
その顔を見て、凛もほっこりする。
代金の支払いを終えると、少女はすぐに帰ってしまったが、それからは店内に入って来てくれるようになった。
接客の合間、凛はカウンターからアクセサリーコーナーを眺める。
そこにはヘアピンを買ってくれた少女他、複数の女の子の姿があった。
「今日もシーナちゃん来てくれてるわね」
凛は来店の度に少しずつ会話を続け、少女がシーナという名前であることを聞き出すことに成功した。
また、贈呈品や粗品からの口コミや、店頭ディスプレイの効果によって、女の子の客も少しずつ増えてきていた。
「凛、君は今日も美しいね」
入口からミハエルが来店してくる。
「……これがなければね」
あの日から、ミハエルもよく店に顔を出しに来ていた。
「いい加減、覚悟は決まったかい? 僕の方は、君を受け入れる準備は万端なんだぞ」
「ですから、最初からお断りしますって言ってるじゃないですか。私は結婚するつもりはありません」
もう何十回目かになる求婚を、凛はいつものようにお断りする。
いくら断ってもやって来るミハエルに、凛はうんざりしていたが、ロバートの息子とのことであまり無碍には出来なかった。
「理解できないな。僕の下に来れば、巨万の富が手に入るのだぞ?」
「興味ありません。そういうのを望んでる人は他に沢山いると思いますから、そっちを当たってください。何度来られても、私の気は変わりませんので」
凛は、他に用がないならお引き取り下さいと、手で出て行くように促す。
「君も強情だな。そんな態度を続けていると、そろそろ困ることになるよ」
ミハエルは捨て台詞のようなことを言い、店内から出て行く。
その意味が分かったのは、それからすぐにことだった。
「凛さん。少し経営についてご相談が」
営業時間が過ぎ、凛達が閉店の作業をしていると、ルイスが裏口から入って来た。
「最近、契約の取りが悪くなっていて、調べたら、どうやら類似製品が出回り始めたみたいなんです。うちの製品より安く、発売元が大手だから信用も、そちらの方が高くて……」
なかなか厳しい状況らしく、ルイスの表情は思わしくない。
「パクり? まぁ、人気になれば、そういうのも出てくるわよね。うーん……どうしたものかしら」
対策を考え始めた凛に、ルイスが続けて言う。
「問題はそれだけではなくてですね。仕入れていた原材料のいくつかが、回されなくなってしまって、このままだと生産自体が危ういことになりそうなんです」
「回されなくなったって何で!?」
「ロバートさんが圧力をかけているのでしょう。類似製品を販売している企業も、ウェルダム商事の系列ですし」
「え!? 何でロバートさんがそんなことを……」
「言い辛いのですが、恐らく息子さんとの縁談を拒否しているからかと」
「いや、息子の方は兎も角、ロバートさんはちゃんと理解してくれたはずよ? ルイスさんも見てたでしょ?」
ロバートとは円満に話がついていたので、凛は驚いてルイスに確認する。
「あの場では、そうですね。ただ、ロバートさんの噂といいますか、やり口といいますか、強引な手法で物事を行うことで有名なんです。ですから、一旦引いたと見せかけて、周りから攻めて来たのだと思います」
縁談を受けない凛に対する、ロバートによる嫌がらせであった。
「うちが経営難に陥ったのも、元はと言えば、あいつのところの系列企業が参入してきたせいだし」
ルイスの言葉の後に、フラムが補足するように言った。
凛はロバートのことを善良な人であると思っていたが、ここに来て、黒い部分が見えてくる。
「責任を感じて、縁談を受けるなどと言わないでくださいね。凛さんがいなかったら、うちの会社なんて、もうとっくに潰れていたのですから」
「そうそう。あんなところに身売りするくらいなら、潰れた方がマシだ」
ルイスとフラムは凛が自分を責めないように言う。
「うん……。身売りする気はないけど、こんなやり方、許せないわ。ロバートさんのところに文句言ってくる」
凛も嫌がらせに屈する気は更々なかったので、ロバートのところに直接乗り込んで抗議することにした。




