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1話 目覚めからの異世界転移

 商店街の一角にある居酒屋。

 夕食時の店内は賑わいを見せていた。


「ねーちゃん、塩つくね」

「はーいっ。少々お待ちをー」


 注文が飛び交う中、店員の少女は忙しなく働く。


 彼女の名前は藤崎凛 近所の女子高に通う女子高生である。

 比較的裕福な家庭の子が通う所謂お嬢様学校であるが、凛の家はそこまで裕福でもない一般的な家庭だった為、少しでも学費の足しにしようと、日々アルバイトをしていた。



 凛は客のいるテーブルに注文の品を運ぶ。


「お待ちどうさまです。こちら焼酎になります」

「お、ありがとさん」


 客の中年男性はお礼を言いながら、その手で凛のお尻を撫でた。


「ひゃっ」


 突然のことで凛はビクッと反応する。


「へへへ、いい反応だな。嬢ちゃん」

「お客様、こういうことは困ります」

「悪い悪い。手が勝手に」


 中年男性はそう言いながらも再び尻を撫でた。

 凛はこわばった笑顔で対応しつつ、そそくさとその場から立ち去る。


(ぅぅー、厨房で採用されたのに、何でこんなことしなきゃいけないのよ……)


 凛は心の中で不満を吐く。

 元々調理担当として採用されたが、実際勤めてみると、接客ばかりやらされていた。

 話が違う為、不満満載であったが、高校生でも雇ってくれる場所で、これだけ時給が良いところは、他になかったので、不満を持ちつつも我慢して働いていた。



 忙しなく働いていると、バイトの先輩が奥の厨房から声をかけてくる。


「凛ちゃん、休憩入っていいよ」

「あ、はい」


 休憩を言われた凛は今やっていた仕事に切りをつけ、奥の厨房へと入る。

 そして中でお盆などを片付け始めた。


 そこに、先輩の男性が話しかけてくる。


「さっき、お尻触られてたけど大丈夫だった?」

「え、ええ、大丈夫です」

「凛ちゃん可愛いからね。気を付けないとダメだよ」

「は、はい……」


 相手しづらそうに受け答えする凛に、先輩の男性は身体を寄せる。


「でも、あの時、声出しちゃってたよね。もしかしておっさんに触られて感じてた?」

「っ、感じてなんかいません! わ、私、お手洗い行ってきます」


 半ば怒ったように声を上げ、凛はそそくさと厨房から出ていく。

 その後姿を、先輩の男性は舌なめずりして見ていた。



 厨房を裏から出た凛は、廊下の隅でしゃがみ込む。


 業種が悪いのか店が悪いのか、日々このようなセクハラを受けていた。

 しかも、先程の先輩男性からは、セクハラだけに止まらず、デートの誘いや卑猥な内容のメールまで送ってくる始末。

 凛は精神的に参っていた。


「はぁ……辛い」


 疲労も重なり、溜息が漏れる。

 小学生の頃から女子校一貫だった為、凛は男性に理想を抱いていたところもあった。

 しかし、この居酒屋で働いてみて知った男性は理想とは真逆のものだった。


「このままじゃ男嫌いになりそうだわ……」


 理想との落差から、最近は男性不信気味の凛である。



 しゃがみ込んでいると、不意に声を掛けられる。


「あのう、大丈夫ですか?」


 凛が顔を上げると、そこには小学校高学年くらいの女の子がいた。

 その女の子は心配そうな顔で凛を見つめている。


「大丈夫よ。心配させてごめんね」


 客の子供にこんなところは見せられないと明るく振る舞う。


「そうですか。お仕事大変そうですが、無理しないでくださいね」

「……優しい」


 下心なく純粋に優しくされたのは久々のことであった。

 凛は思わず涙ぐむ。


 その様子を見た女の子は慌てる。


「ど、どうしたんですかっ? どこか痛いとこでも……」

「ごめんね。こんな優しくされたの久しぶりで」

「そうなんですか……。あの、これどうぞ」


 女の子はポケットからハンカチを取り出し、凛に差し出した。

 ハンカチを受け取る凛だが、その優しさに余計に涙が出てくる。


「じゃあ、私はこれで。お仕事頑張ってください」


 女の子はそれだけ言って、その場から去っていった。

 ハンカチを握り締めた凛は、惚けた表情で女の子が去っていく姿を見つめる。

 凛にとって、その子は天使のように思えた。


 そこから幼き頃の学生生活を思い出す。

 あの頃はみんな純粋であった。

 人間であるが故、醜い部分がない訳でもないが、純粋に他者を心配できる心を持っていた。

 下心ばかりの男達とは比べるまでもない。

 穢れなきその姿を思い出すと胸がときめく。


 そこで凛は自分が同性に対して、恋愛的な目で見れることに気付いた。

 同級生の友達ですら魅力的に思えてくる。

 女子高だけに、レズの子は同級生にも何人かいた為、抵抗感はなかった。

 寧ろ、男性には嫌悪感しか抱けない。


「やば……目覚めたかも」


 自分の性癖を理解した凛。

 その顔に先程までの疲れはなく、生き生きとした表情となっていた。




 バイト終わり、居酒屋の建物から出てきた凛はスマホを片手に喋る。


「……それで物凄く優しくしてくれて、目覚めちゃった訳よ」

「ロリコン?」

「同級生までならイケる」

「ちょっと、私同室なんだけど」


 電話先の友達・瑞希は恐れ戦く。


「大丈夫、優しくするから」

「手を出すこと前提……!」

「いいじゃない。みぃはいつもパソコンの前でぐーたらしてるばっかで男っ気ないんだし」

「男いないから同性オッケーって訳じゃ……」



 その時、凛の後ろから声を掛けられる。


「凛ちゃん」


 凛が振り返ると、そこには先輩の男性がいた。

 先輩の男性を見た凛は、一瞬嫌そうな顔を見せる。


「ごめん、切るね」

「え、ちょっ……」


 不安になる話を途中で打ち切られ、瑞希は慌てて引き留めようと声を上げるが、友達との会話を聞かれたくなかった凛は、構わず電話を切った。


「これから遊びに行かないかい? 奢るよ」

「いえ、すみませんが寮の門限があるので」

「ちょっとくらい過ぎてもいいじゃん。門限なんて、みんな守ってないよ」

「そういう訳には……」

「いいじゃん、いいじゃん。そろそろ凛ちゃんも大人になろうよ」


 先輩の男性は、にやついた顔で凛の腕を握った。

 その瞬間、鳥肌が立った凛は思わず叩くようにその手を振り解く。


「触らないで! 汚らわしい!」


 いつもなら丁重に対応しつつ、のらりくらりと躱すのだが、目覚めたことで男性への嫌悪感が増していた為、強い拒否反応が態度に出てしまった。


 手を叩かれた先輩の男性は、その表情を一変させる。


「は? 何だ、その反応。こっちが下手に出てりゃ調子に乗りやがって!」


 一度振り解かれた手を、今度は強引に強く掴みかかる。

 先輩の男性もまた、なかなか靡かない凛に我慢の限界がきていた。


「止めて! 離して!」

「いいからついて来い! このガキ」


 男に再び触られた凛は、発狂しながらも抵抗する。

 先輩男性の方も、無理やり連れて行こうとし、二人は揉み合いになる。



 だが、その時、周りの景色が一変した。





――――





「えっ?」


 都会の街並みとは打って変わって、そこは雑木林が立ち並ぶ森の中となっていた。

 周りには、同じように困惑する人々が何人も見受けられる。


「何だよ、ここは」


 先輩男性も困惑して周りを見回す。

 だが、その直後、先輩男性の上部が血飛沫を上げて吹き飛んだ。


 先輩男性を吹き飛ばしたのは、その背後に居た大男。

 赤みがかった筋肉質の身体の、その大男は、全長二メートルを優に超えており、角や牙まで生えていて、とても人間とは思えない形をしていた。


「ぐおおおお!」


 雄叫びを上げた大男は、他の人へと狙いをつけ、棍棒を振り回しながら襲い掛かる。


 化け物の登場で、そこは一気に阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

 周りの人々は悲鳴を上げ、逃げ惑う。


「な、何なの」


 凛は状況が飲み込めず、困惑していると、そこに一人の少女が駆けてくる。


「凛、こっち!」

「みぃ!」


 その子は、先程まで凛が通話していた友達、瑞希であった。

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