85話・・・ティアマテッタ・部隊
作品を読みにきて頂き感謝です。
引き続きエタニティ00をお楽しみください!
一四〇〇年以上前に降り立った場所がデメテール。
現在存在しない大陸。都市伝説にも噂にも、歴史書、古文書にすら記録されていない、幻とも言えない土地。
「そんな、幽霊みたいな大陸…例えば、ルナールが現ティアマテッタと改名したように、デメテールも名を変えたとか、そういうことは?」
信じられないヘスティアは少々混乱した様子で、早口言葉になる。
「ヘスティア、落ち着け。今まで習ってきたことは一旦忘れろ。それに…ネイサン家は事実を捻じ曲げて今日まで来たんだぞ。‘デメテール’という大陸を地図にも残さず、人々から忘れさせていく。一四〇〇年もあれば…できなくはない」
「私もエアルに同意だ。デメテールのことを口にする奴、覚えている、知っている者を抹殺していったと仮定したら。誰からの記憶にも残らない。事実、私もそうするだろう」
ブラッドが乗ったことで、この仮説がより濃厚になっていく。
だんだんとキナ臭くなっていく。
そしていつ頃からネイサン家が王家として君臨したか解らないが、もしデメテールにいた時点で既に統治していたとしたら…その口封じに動いたのはランドルフ家だろう。
「まぁまぁ。存在を消された大陸の理由より、まずはどうしてテマノスに一隻だけ飛行艦が埋もれていたのか。実際、目にした問題から紐解いていった方がいいんじゃないんですか?」
重苦しくなった空気を吹き飛ばすような声色でエンキが声を張った。
「そうだな。今ある手札を紐解いていけば過去にも繋がるだろう。デウト氏、その解読出来た日記にはなんと?」
「はい。読解できたのは一握り。しかしその文字を基にモアが進めています。実際の写真も撮ってきたので、皆さんに共有しながら話を進めます」
マジックウォッチに届いた写真。まるでパズルのような文字で、今自分たちが書いている文字の原型とは思えないほど理解も、あてずっぽも出来なかった。
「まず。テマノスにある巨大飛行艦はメイヤーズ家がネイサン家と同等の権力、或いは地位にいた際にランドルフ家に贈られたものです。そしてこの日記を書いたのもメイヤーズ家の、おそらく女性。日記が見つかった部屋の内装からして女性ではないかと仮定しました」
「ランドルフ家の飛行艦に、メイヤーズ家の娘が何故…」
「ランドルフ家がそのメイヤーズ家の娘の護衛だったのでは?」
ヘスティアの疑問に、ブラッドが答える。
「その線はあながち間違いではないかと。実際、巨大飛行艦は一隻ではないことが判明しています。理由はまだ解明出来ていませんが、護衛対象を纏めて一隻にするのではなく、分散させて乗せることで万が一起きた場合、生き残った者が後継者となるよう移動していた…のが私の仮説です。そして、ここからが一番大切な事」
次の写真には、お世辞にも絵が上手い…とは言えない落書きが描かれている。
「多分、おそらく…この、円盤?楕円形…兎に角、これがデメテールに降りた巨大飛行艦だと私は思います。読める範囲で伝えると、デメテール、戦艦、とあったので」
定かではないが、その後ルナールの民は現ティアマテッタへ移住した。降り立ったデメテールの地を捨て。環境が合わなかったのか。しかし、記録も残さないのが気になる。
「なるほど。理解した。では、ナノスがもしデメテールの飛行艦を潜伏先としていたら…どうなる?デウト氏」
「ナノスと、死亡したネストが無属性という時点で奴等の必勝であり、こちらの敗北です。おそらく、祖先の飛行艦を魔力である程度修復している可能性があります。ましてや、ナノスはネイサン家直系。こちらが修復にかかる時間よりも大幅に修復が早いかと思われます」
発見されない土地。どこに潜んでいるかも判らない巨大戦艦。そして直系であることが有利に働いている可能性が高いナノス。
エアルとヘスティアは口を噤んだ。何を喋っても辛気臭くなりそうで嫌だったが、黙った時点でも変わりなかった。
これなら、何も知らないでいた方がまだ幸せだったとさえ思えた。情報は大事だ。解っている。
それでも
敵の脅威が見えてくればくるほど、芯が揺さぶられ折れそうになる。
「デウトさん。日記解読はそちらにお任せしてもよろしいでしょうか?エンキ部隊はこのままそちらと連携しながらアマルティアの動向を監視します。で、もう一つ部隊を作りたい。私直属の部隊と、ブラッド直属の部隊の二チームを」
エンキの言葉にブラッドが俺も作るのか?と言いたげに一瞬だけ眉間に皺を寄せた。それを見逃さなかったモルガンが内心笑う。
(作りたくないんだ)
口元が緩みそうなのを我慢する。
皆はブラッドのことを仏頂面だとか、無愛想、クールとか言うけれど、よーく見ていると意外と顔で感情を吐露している。
「いいと思うけど、どんな精鋭を集めるんだい?」
「マシュー・ハンプソン。ゾーイ・グレイス。シレノ・ダビン。ブレイズ・ボールドウィン。そしてリアム・ランドルフ。以上五名を二組に分け、そこに俺達の部下を配置させる」
ちょっと待った。怒鳴り声を上げたのはエアルだった。
「リアム達はまだ二年目だぞ!それに、リアムとシレノは確かにアマルティアに因縁がある。ブレイズも直接関りがなくても、エルドの背を追っているのは見ていれば判る!でもゾーイとマシューまで巻き込むのはどうなんだ!」
「エアル」
立ち上がり、怒鳴り散らしたエアルにヘスティアがキツイ声色で静止を掛ける。
「貴方、この二年で平和ボケしたんじゃないかしら。彼等は軍人よ。もう二年も経験がある。それに、推薦されたってことはそれなりに理由がある。無かったとしても、見込みがある。そう思いなさい。貴方は、リアム達の前に立っていなきゃいけないの。背中を見送って、帰って来るような人じゃない」
ヘスティアの言う通りだった。
この二年間、平和ボケしていたようだ。リアム達の「いってきます」「ただいま」を聞けることに幸せを感じていた。この日々が続けばいいと願った。
「…すみません。本来の目的を見失いかけていました」
「親心、と受け取っておこう。ブラッド、エンキ。リアム氏は勿論私の師匠でもあるアイアス少佐の倅だ。それにブレイズ氏を含む四名も唾を付けているんだ。殉職、なんてことがあったら…君たちには死をもって詫びてもらうからね」
モルガンの冷たい視線、上がる口角。
二人はただ頭を下げ肝に刻む。消えない入れ墨のように。
組分けが決まった。
ブラッド部隊
・ブレイズ・ボールドウィン
・シレノ・ダビン
エンキ部隊
・リアム・ランドルフ
・マシュー・トンプソン
・ゾーイ・グレイス
「うん。良い感じにバランスが取れているんじゃあないかな?模擬戦の時もブレイズ氏とシレノ氏が意外と良いコンビネーションだったと聞いたぞ」
「そこにブラッドの部下のユーリ・ゼス。俺の部下のローラを入れりゃいいだろ」
エアル達の助言も参考に組分けをしている間、ブラッドの口数がいつもに増して減ったのが気がかりだったが、無事に収まる。
モルガンとエンキがこれで決定…としようとした時、ブラッドが挙手をする。
「私の所に、マノン・ミナージュ・ランドルフも入れてもよろしいでしょうか」
「え?!それは私でも、ちょっと許可は出しにくいよ?」
流石のモルガンでも笑顔が引き攣っていた。今年入りたての新兵。新兵のたまごと言ってもいいくらい、まだ実戦も無ければ現地にすら赴いたことも無い。
いや、戦闘経験は豊富だ。そこはお墨付きできる。モルガンも認めている。
だが組織に入ったら別だ。規則や、段階がある。
私情を持ち込むが、師匠の弟の娘だ。なるべくなら同期と実戦を重ね、団体行動のいろはを学び、将来的には彼女に向いた役職に就いてほしいと考えていた。
しかし、ここで折れないのもブラッドだ。
「マノンの行動力は不思議と縁を結びます。それは今まで単独行動のお陰だったかもしれません。ですが、シルヴィノのクレア王女。マルペルトのタナス国王、マーガレット王女とも顔見知りです。クレア王女に関しては友好関係といってもいい。そんな彼女の人脈作りの才能を私は生かしたい」
「…うぅん。とりあえず五名は決定にしよう。マノン女史については一旦持ち帰らせてくれ。明日には答えを出そう。そのうえで本人の意思を確認し、了承してくれたらブラッド部隊に加入させる」
「ありがとうございます」
このやり取りを黙ってみていたエアルは、複雑ながらに、安心していた。
今のマノンを見ていて、同期とも上手くやっているし、厳しい中でも負けず頑張っている。それでも自分の目の届かない所に行くとなると、不安だった。
なら、ブレイズ達がいる部隊所属になったほうがまだ安全圏にいる気がした。
最悪な兄貴分だろう。他の同期を差し置いて、マノンの安全を一番に考え、天秤にかけた結果、モルガン達の話を黙って聞いていた。
とりあえず。話したかったことは終え、会食となった。会食と言っても豪華な食事ではなく、エビフライやお安くて美味しいステーキなどのオードブル中心なのだが。
「テマノスについては、表立った支援はできませんが良好な関係は継続していきたい。マノン女史が入隊したことで混血の子を受け入れていく機会も増えるでしょう」
「こちらもそう言っていただけると助かります。憧れていても、存在が禁忌とされ隠れて過ごせざる得ない子もいるので…」
モルガンとデウトが未来について話している。
エアルも、ブラッドとエンキと戦術について夢中になり話し込んでいる。
こんな中で、発言していいのか。ヘスティアの手は進まない。
「ヘスティア女史」
「!はい」
「食事が進んでいないね。何か悩み事かな?言うなら、今言った方がいい」
ヘスティアはフォークを置くと、深呼吸をし、話始める。
「アマルティア捜索に関して…いえ。兄、エルドに関して、お話しさせてください」
皆の視線が集まる。
「これは、私のわがままであることを十二分に承知しております。エルドに関しては、私の手で決着を着けさせてくれないでしょうか」
兄の不始末の後始末ではない。
兄妹喧嘩だ。ケンカのつもりだ。
誤解を解いて、謝って、そしてエルドを捕らえ、罪を償わせたい。
それがヘスティアの願いだ。達成すべき目標であった。
「俺からもお願いします」
エアルが席から立ち上がり、頭を下げる。つられてヘスティアも立ち上がり頭を下げた。
「大佐」
ブラッドが促す。どうやら、ヘスティアの心境に一枚噛んでいるようだ。モルガンはそれが嬉しくて、思わずふふっと笑いが零れた。
「ヘスティア女史は軍の人間ではないからな。自由にしてもらって構わないさ、家族間の問題なら軍が介入することは出来ないし…。我々が先にエルドを見つけたら…要注意人物だから様子を伺わなければならないな、多分。どう思う?ブラッド」
「私もそう思います」
「…!ありがとうございます!」
この先、アマルティアの動きは加速し、関連したゲリラ軍がけしかけてくるだろう。そうなったら、本格的に戦争が始まる。
もう、水面下…足元にまで暗い、暗い影が伸びてきていた。
「くっさ!お前明日大丈夫なのかよ」
いっちょにて。
ブレイズがカウンター席から匂ってくるニンニクの臭いに苦言を申す。
カウンター席にはマノンとゾーイ。テーブル席にリアム、ブレイズ、シレノ、マシューと別れて食事をとることにした。
「明日私非番なんだ!だから大丈夫!」
マノンが注文したラーメンはニンニク増しましチャーシューネギ盛り。さらにはチャーハンとこれまたニンニクがきいた餃子まで注文していた。
隣に座るゾーイも、引き気味に体を少し斜めにしてマノンと距離を取る。
「ブレスケア忘れないようになさい…」
「はーい、いただきます!」
ズズズッと勢いよく食べるマノンに、ゾーイは気持ちよさを覚える。臭いも気にしないで、好きなものを、美味しそうに食べていくマノンは見ていて気分が良い。
「はい、こちら鶏ガラ塩ラーメンね」
「ありがとうございます」
ゾーイが注文したラーメンが大将から渡される。テーブル席のリアム達にも、店員が品物を運び揃い始める。
久しぶりに賑やかな夕飯となり、談笑が弾む。
そんな時だ。
「チハァー。大将、豚骨ラーメン針金くださいぃ」
聞き覚えのある声に、マノンが出入口を見る。
「あ、ラルタァだ。おつかれ」
「あぁ!マノンじゃん!お疲れさまぁ!今日の午前大変だったねぇ!」
ラルタァと呼ばれた女性はマノンの隣に座り、話し続ける。
「ねぇねぇ聞いて!私さっきウォーカー大尉とハンプシャー大佐がとまと畑に入っていくの見ちゃったんだぁ!地位が高くなっても、大衆食堂でご飯食べる人って憧れちゃうよねぇ。驕ってないっていうか、気取らないっていうかぁ。あ、これ内緒ね。二人のイメージもあるじゃん?」
「へー」
マノンにとって、モルガンもブラッドもどっちもどっちの印象なので内緒にする意味にピンと来なかったが、頷いた。
「どうせ酒でも飲んでんじゃないの?付き合わされるブラッド大尉の身にもなってほしいものよ」
ゾーイがぼそりとモルガンの悪口を言う。
そこで初めて、ラルタァはマノンが一人で来店していないこと。カウンターにも、テーブル席にも先輩であるリアム達がいることに気が付いた。そして忙しそうに笑顔から顔を青ざめさせ、先から立ち上がり美しい九十度の角度でお辞儀をする。
「先輩方、お疲れ様です!マノンさんの同期のラルターナ・ネイチャーと申します!皆からはラルタァと呼ばれていますので、ご自由にお呼び下さい!」
「おぉ、後輩の鑑のような子」
シレノが思わず拍手をする。
「なんなら三つ指ついてご挨拶申し上げたいところ!」
「気持ちは伝わったからやめてぇ!」
マシューの渾身の叫びで、一旦この場から嵐は過ぎ去った。
ラルターナ。ネイチャー。あだ名はラルタァ。十九歳。木属性、主な武器は銃。マノンの同期で、混血と知り、最初は好奇心からマノンと行動を共にしていたがすぐにマノンの人柄に惹かれ今では良い仲間であり、友人である。
このラルタァ、鼻が利くのかどこからか情報や噂を聞きつけてはマノンや親しい同期に教えまわっている曲者でもあった。しかし本人に悪気は一切無い。一切だ。
空気や周りを読むのが下手で、ヘマをしたときは先ほどのように謝罪する。
これがラルタァという女性であった。
「木属性か。じゃあモルガン大佐の部署希望とか?」
リアムが尋ねる。
「えぇっと、どうでしょうかねぇ…確かに同じ木属性で、女性であそこまでかっこいいと憧れはしますけど。私はマノンと、同じ部隊が、いいなぁって…」
「私と同じ部隊希望かぁ。私自体、まだ配属希望とかなくてさぁ」
現在、リアム達も決まった配属先にいるわけではない。唯一ブレイズとマシューくらいだろうか。決まった部署にいるのは。
「僕も早くモルガン大佐の部署で決定してほしいな…」
マシューが不安気に呟いた。
「俺はエンキに買われたいね。あんときの模擬戦忘れてねぇからな。目の前でバッサバッサと敵を薙ぎ払って認めさせてやる…!」
謎に燃えるブレイズを横目に、リアムは溜息を吐いた。
わいわいと楽しみながら、夕飯を食べ終え、帰路に着く。
「じゃあ、僕達は寮に帰るね。ラルタァさんは?」
「私も寮生活です!」
「じゃあ、一緒に帰ろうか。それじゃあね、リアム君、マノンさん」
マシューとラルタァが手を振る。
ゾーイ達は手こそ降らなかったが、別れの挨拶だけ残し歩いていく。
リアムとマノンも、家に向かって歩き出す。
「…良い奴みたいだな。ラルタァ」
「うん。リアムやミラ達とは違う新しい感じの友達!」
楽しそうに話すマノンに、自然と嬉しくなる。
「……でも、噂話するなら場所は考えないとな」
「あ、うん…注意しとく」
ブレイズはマシューに引っ付きゾーイにもダル絡みをしていた。
「超久しぶりの知らない女の子だぁ!どう接すればいいか判んなくなっちゃった!」
「うっさいわね。私みたいに普通に喋ればいいじゃない」
「ゾーイとは違うだろ!あんな女の子らしい女の子なんて、ミラさん以来じゃないかなぁ」
初めてミラと出会った頃を思い出していると、ゾーイは気色悪い物体を見るような目でブレイズを蔑んでいた。
「貴方、永遠に童貞だわ。近寄らないで」
「決めつけんな!しかも近寄らないでってどういう意味だよ!」
「もう!僕を挟んでケンカしないで!」
そんな光景を少し離れた後ろからシレノとラルタァが眺めている。
「先輩達、仲良しなんですね」
「たまたまだよ。打算で近づいたけど…まさか、今も一緒にいるとは思わなかった」
「シレノ先輩もイグドラヴェ出身ですよね」
「うん。どう?イグドラヴェは。あまり変わらない?」
「いたって平和ですよ!でも…シヴィルノが、あまり良くないっていうか。シヴィルノ自体がなんか、空気が変っていうか…」
「どういうこと?」
ラルタァ曰く、入隊試験合格後、お祝いにシヴィルノに家族旅行に出かけた。その時、街並みは確かに美しかったし、クレア王女を称えるエンブレムも飾られていた。だが、それが奇妙に思えたらしい。住民もいたって普通で、賑やかで、平和のはずなのに。
違和感の正体が解らないまま帰国した。
それが今も引っかかっているらしい。
(二年前にエアルさん達が遭遇した事件が関わっているのか?なら報告した方が…)
考えていると、じーっと見つめられていることに気付く。
「どうしたの?顔に何か付いてる?」
「いえ!シレノ先輩のこと、どこかで見た気がして…」
「そう?同じイグドラヴェ出身だから、都心部だったらすれ違っているかもね」
「そうですね!イグドラヴェも広いけどほとんど山で居住区域も限られていますもんね」
ルンルンと歩くラルタァに、シレノが質問を投げかける。
「あの国、生きづらくなかった?」
意気揚々とした足取りが急に止まり、シレノを見つめなおす。
優しい国。手を差し伸べる国。自然と共存し、脅威に負けないために一致団結を誓った、強い国。だけど、絆と言う静かで透明な狂気に締め付けられている国。
「そんなことないですよ。私、気づかなかったんで!」
「そっか。変な事聞いてごめんね」
ブレイズ達が立ち止まっているシレノとラルタァを呼ぶ。
それぞれが想いを抱き、復讐を抱く。
空想の話だ。誰かがオルゴールのネジを巻く。ゆっくりと、ゆっくりと。そして限界まできて、手を放す。オルゴールの音色が鳴る。止まるまで。止まるまで。
誰かが止めない限り、オルゴールの狂った音を聞きたい人物は手を止めない。
「失礼します。ナノス様」
研究室に、エルドが入る。しかし、誰もいない。
ただ、心地いい音楽が流れている。
「お留守のようですね。また後で足を運びますか」
廊下を歩いていると、中庭を通り過ぎる場所がある。そこから、楽しそうな声が聞こえてくる。
ガラス張りの壁から庭を覗くと、マイラとレイラが歩き始めた赤ん坊達と遊んでいた。
「歩くの上手ですよぉ」
「ほら、こっちよ。ママのところまでおいで、ジェイ、ノエミ」
殺伐とした敷地内で、唯一心休まると言えば、彼女達の存在だろう。
エルドは微笑むと、仕事をするため部屋へ戻った。
原作/ARET
原案/paleltteΔ




