79話・・・シヴィルノ6
作品を読みにきて頂き感謝です。
ここの所、本職が殺人的に忙しく更新が止まっておりました。
できるだけ頑張って更新していこうと思います。
読んでくれている皆さん、懲りずにお付き合い下さい。
ジェムの違和感のあるスピーチ。そして悪寒を覚えた笑顔。
マノンの勘は正しかった。
ジェムは右手を上げると部下二名が天井に向かい銃を乱射した。シャンデリアが割れ、天井の破片がボロボロと落下する。会場が悲鳴で満ち溢れる。
マノンはクレールの頭を押さえ、しゃがみ込む。
「大丈夫?」
「…アイツ、ジェムなんかじゃない。ジェムの顔をした得体の知れない奴なの」
「え…?」
クレールの言い方を聞くと、ジェムとは親しい仲なのだろうか。貴族出身のジェムなら、護衛見習いのクレールと接触するのもまだハードルは低いのかもしれない。
――まさかジェム様が裏切者だったなんて
――信じられない
――とんでもないことになったぞ
会場内はヒソヒソ話を出来る余裕は少しあった。直後、コツン、コツンとブーツのヒール音が近づいてくる。足音の人物の正体を見た招待客は蒼白した。
「皆様、お久しぶりでございます。十八年前、この国を追放された大罪人ソイル・サンドバーグです」
現れたのは、アマルティア兵士等を引き連れたソイルだった。一気に凍り付き、誰も喋らなくなった。呼吸音すら聞こえない。まるで時が止まったみたいな静寂が続く。
マノンの眼球がソイルを捉えると、髪が逆立ちそうになる。腸が煮えくり返り、今すぐ殺したい衝動が走る。だけど
(今私が勝手に動いたら、クレールまで巻き込んじゃう…!)
精神的からなのか、脂汗を掻き顔色が悪くなっているクレールをまず避難させたいと思った。マノンは声を潜め、耳打ちする。
「クレール、しゃがんだまま端っこの方に移動しよう」
招待客は立っている者、しゃがんでいる者と半々くらいだろう。クレールは頷くと、マノンと手を繋ぎ人の合間を抜けていく。
「皆様には人質となっていただきます。会場を含め、城内に爆弾を仕掛けさせていただきました。余計な真似をしたら、起動しますからね。一瞬でバーン!です」
愉快に語るソイルに、タナスが果敢にも声を上げた。
「ソイルと言ったな。貴様の要望はなんだ」
「お前は…。エルドの馬鹿兄か」
「なっ?!貴様、無礼は許さんが、エルドを知っているのか?!」
「えぇ。エルドがどこにいるか、何をしているかも把握していますよ」
その言葉に、タナスは本来の目的を聞き出すことを忘れ恐怖と怒りが湧き、マーガレットは青ざめた。
「じゃあ…ヘスティアも一緒にいるのか?」
「どうでしょうね」
マルペルトから来た来賓は絶望した。エルドが生存し、この犯罪者と繋がっていることに。二年前、宣言した通り滅ぼしに来るのではないかと…。
タナスがソイルを引き付けてくれたお陰で、応急関係者、国王とクレア…いや、クレアの影武者は内心安堵していた。それは本物のクレアが会場内にいるとはいえ、暫くは影武者に騙されてくれるだろう。その隙に、クレアが秘密通路から逃げてくれればいい。
どうすれば時間を稼げる。どうすればソイルが自分たちに注意を向ける。どうすれば。
だんまりしてしまったタナスを避け、ソイルが国王と影武者クレアへ近づいてくる。
ジェムはクレアを抱き寄せ、後頭部に銃を突きつける。
「ジェム、クレアから放してくれ。私が身代わりになる」
国王が哀願するが、ジェムは笑い「ノー」と突き返す。
「貴方を人質にしてもつまらないでしょう。先に殺すならクレア。最愛の一人娘が死ぬのを見てから殺す方が面白いじゃないですか」
「貴様…!そんな外道な奴だったのか!」
「お父様…」
影武者として育てられただけあり、クレア…――本当の名をシア――はとても冷静だった。恐怖に慄いている表情を見せつつも、内心は平常心が保たれている。国王はシアのお陰で冷静さを取り戻す。
「解った。まずは、人質として大人しくする。だから、クレアを撃たないでくれ…」
国王が打ちのめされた姿を見て、ジェムは満足気に微笑した。
ソイルが歩くと人が避け、道が出来る。
近づいてくるソイルに、国王とシアに緊張が走る。
「クレア王女、私が最後にお会いした時はまだ小さな小さな赤ん坊だったのに。とてもお美しく成長されたこと嬉しく思います」
「残念ですが、私は貴方の事を覚えていません。ただ、ソイル・サンドバーグは犯罪者だとのみ教わっています」
「教わる…。まるで勉強。歴史の人物にでもなった気分です」
少しでも時間を稼げ。クレアが逃げる時間を。
しかし、その僅かな希望も打ち砕かれる。
ソイルが眉を顰め、クレアに顔を近づけた。
「…お前、本当にクレアか?」
「無礼ですよ」
「ふむ…。ジェムの報告とは印象が違う。そうだ、面白いゲームをいたしましょう!本物のクレア王女を見つけ連行してきた者は逃がして差し上げます。制限時間は十分。もしタイムオーバーになったら、貴様等を銃殺する」
会場内が騒然とする。そして卑怯者は我先にと捜しに飛び出す。
「無礼者!私がクレアだと何度言えば気が済む!」
「しつこいな。では、十分後、もう一人のクレアが現れなかったら貴女を本物だったと認めましょう!そしてジェムとの初夜をここで公開するのです!」
それは凌辱を意味した。しかも、晒されての。
「ソイル!頼む、そんな惨いことを娘にしないでくれ、頼む…!」
国王が床に座り、土下座する。それを見たソイルは愉快に大口を開けて笑う。
「ハハハハ!ジェムは婚約者なのだろう?遅かれ早かれヤるんだ。それが公衆の面前にお披露目することになっただけでしょう。貴女の純潔がここにいる人間の命を救えるのですよ?」
「…その条件を飲めば、招待した皆様を殺さないと約束するのですね?」
「えぇ、約束しましょう。大丈夫、クレアがもう一人見つからず、貴女が本物だったと証明されればいいだけの話なのですから。ただ、本物のクレア王女が見つかったら話は違ってきますがね。貴女の言葉を信じ探さなかった者は殺す」
招待客にとっては極限の選択だった。探さないと、本物が現れた時殺される。探してここにいるクレア王女が本物だったとしても凌辱される。そして探し疑った罪に押しつぶされる。
「…皆様、探してください。居もしない本物の私とやらを」
シアは覚悟を決めた。しかし、ソイルに対し違和感があった。まるで本物のクレアが場内にいること前提で話を進めている。この国にクレアがいると想定してのゲームだとしても、どこにいるか解らないのに十分で探せと言うだろうか。
(まずい…もしかしたら、クレア王女が会場内、或いは城内にいることがバレているかもしれない)
頼むから、逃げ切ってくれと祈ることしか出来なかった。
柱の影に身を潜めていたマノンとクレールは、このゲーム開始を聞き唖然としていた。
「アイツ、本当に人の命や尊厳をなんだと…!」
「どうしよう、どうすればいいの!私のせいでシアが!」
小声でパニックになるクレールを見て、マノンは混乱する。
「クレール?シアって誰?クレールは、クレールだよね…王女様のこと、助ける方法考えよう…」
クレールは涙目になり、焦っていた。マノンの言葉に深呼吸をし、落ち着かせる。
「そうね。助けなきゃ」
その時、二人を引っ張り込む腕が伸び、マノンとクレールは引きずられながら会場内から姿を消した。
マノンは静かに、動かずに目の前にいる人物に大人しく睨まれていた。
最初は薄暗く目が慣れなかったが、徐々に腕を引っ張りこの謎の通路に引きずり込んだ人物を把握する。
「ティア姉…会えて嬉しいよって言いたいところなんだけど…怒ってる?」
冷汗が止まらない。不機嫌丸出しのヘスティアが腕を組みながら不平不満を今にも爆発させそうだった。
「えぇ、あるわよ。でもここで烈火の如く雷を落としたら敵にバレるからね。タナスについて注意深くしろって伝えておいたのに…同行するとは随分大それた賭けに出たものね」
嫌味たっぷりの言い方に、マノンはトホホと肩を落とす。言い返す言葉もない。
「ごめん…。でもティア姉も連絡付かなかったし、私なりに頑張ったんだよ」
「飛行艦に無事に帰れたら覚悟するのね。それより」
ヘスティアはマノンからクレールへ向きを変え、跪く。
「クレア王女、ご無事で何よりでございます」
「ヘスティア様も、ご健在で安堵いたしました。再会を喜びたいところですが、今は私の影武者、シアに危険が迫っています。どうにか救出する手立てを考えないとなりません」
二人の会話に、マノンは着いていけなかった。
クレールが何故かクレアと呼ばれていて。クレールはヘスティアと顔見知り…知人らしい。そしてクレールからはっきりと人質に取られているクレア王女が“影武者”だと明言された。
「へ…もしかして、クレールが、本物のクレア王女ってこと?」
「マロン、騙していてごめんなさい。でも、私自身が動かなきゃいけないことだったの」
「クレール…ううん。クレア。私もそうなの。本当の名前はマノン。ミナージュ・ランドルフっていうんだ」
「マノン…素敵な名前ね。こっちのほうが、貴女らしいわ」
余裕が戻ってきたのか、クレアが小さく笑った。
「まずは順を追って説明してお互いの立場を把握しましょう」
ヘスティアを中心に、これまでの経緯をそれぞれが語りだす。
「私はタナスが来訪するという時点で嫌な予感がしたの。マノンとも不運にもはぐれてしまったから、以前クレア王女から聞いたシルヴィノ城の王族の脱出通路を捜したわ。それがここ。何かあったら逃げられるようにね」
「タナス国王が怪しいと思った理由は?」クレアが尋ねる。
「兄は己の名誉や権力を積み上げるためならどんな手も使います。私が危惧したことはクレア王女への婚姻申し込み。また、潜入するため、私の存在がバレた場合に逃げるための道を確保するために動いていました」
「なるほど…私は、ジェムのことで動いていました」
ジェム…クレアの婚約者候補であったが、今夜の誕生日会で正式な婚約者へとなる予定だった。
しかし、数か月、半年程前からだろうか。ジェムの様子が可笑しいことに気が付いたのは。
「ジェムが私に好意を寄せていたことは解っていました。これでも、幼馴染なので。だから私ははっきりと言葉にも態度にも、ジェムを好きではない、友達として認識していると伝えてきました。ジェムはそれを理解したうえで、私に無理強いをすることなく交流を続けてくれました」
ジェムは本当にクレアが好きだった。
クレアはまだ初恋を知らない。自分の心のまま好きな人と出会いたいと願っていた。それも理解していた。でも、王族として生まれた以上、恋愛に関して不自由を強いられることも理解していた。だからジェムは、最初こそ仮面夫婦でも、ゆっくりと自分を好きになってくれたらいいと思っていた。もしクレアが心から愛する人と出会い結ばれたいと想うことがあれば、婚約解消、場合によっては離婚する覚悟すら持っていた。
それほど、ジェムにとってクレアが幸せになることが、自分自身にとっても一番の幸せだった。
だから、ジェムから積極的なアプローチも無かったし、いつも通り友達の域から出たことはなかった。
しかし、様子が可笑しくなったのだ。やたら結婚を意識させるような言葉を囁いてき、異性であるということを強調してくる。何より、ジェムの優しい笑顔が、仮面が張り付いたように感じたのが最初だった。
国王である父に相談しても若い男女の恋の駆け引きとしてまともに取り合ってくれなかった。誰かに相談しても信じてくれなかった。ドッペルゲンガーじゃあるまいしと。
しびれを切らし、クレア自身が動くことにした。シアに頼み度々入れ替わったが、ここ一週間は家で同然に城を出て、シアにも連絡しなければ帰りもしなかった。
「だから挨拶の時、クレア…じゃなくてシアは一瞬変だったんだ」
「えぇ。まさか私がお付きのメイドとして潜入してくるなんて想定外だったのでしょうね」
納得した。
マノンが時間を確認すると、あと三分しか残っていなかった。
「どうする、ティア姉」
「どうもこうも、シアさんを助けないと。クレア王女、ご実家を損壊させる可能性もありますがよろしいでしょうか」
ヘスティアが尋ねると、クレアは悪戯に笑う。
「もちろんです。それと…私もマノンと同じように接してほしいです、ティア姉様…」
残り三分。
シアと国王にとっては途轍もなく長い時間だった。あと三分、クレアが見つからなければ人質の来賓は殺されない。シアと国王の指示で城内を捜させている。
会場は今、国王とシア、そしてジェムとソイル、アマルティア軍数名だけしかなかった。
そこに、勢いよく戻ってきた男がいた。
タナスだ。
「私はもう我慢ならん!不届き者が、成敗してやる!」
タナスは剣を取り出すと、火属性魔法を繰り出しジェムに向かい攻撃を開始する。
「お前達」
「ハッ!」
しかし、アマルティア軍防御によりタナスの攻撃は相殺された。
タナスは駆け出し、接近戦に持ち込む。
しかし、エルドよりも下とはいえ、アマルティア軍の戦闘能力は軍人レベルだ。魔法もA+が平均。多勢に無勢、タナスに実力があっても一人では勝ち目はない。
「お兄様!」
駆けつけたマーガレットに呼ばれると、タナスはソイルを睨みつけ、会場を後にした。
「お兄様、シルヴィノ兵士が避難経路を用意してくださいました」
「解った。行くぞ」
二人は警護されながら、秘密の経路を使いさっさと避難していった。
一方、ソイル側は。
「なんだったんだ、あの男」
「カッコつけたかったんだろ?エルド様の兄らしいじゃねぇか」
「エルド様より弱かったけどな」
「手抜いてたんじゃね?」
タナスを馬鹿にする会話を繰り広げていた。
「滑稽な男だ」
ソイルが時刻を確認しようとした時だった。
壁が爆破し、土埃が会場内を覆いつくす。
「何事だ!」
「何事だはこっちのセリフじゃい!」
煙の向こうから一瞬小さな輝きが見えた。その瞬間黒い光を纏った氷の弾がソイルの頬を掠る。何発か撃たれたようだが、当たったのは一弾のみだった。
「その声、無属性と水属性の合わせ技…嫌でも解る。ネストの置き土産だな」
「置き土産って言うのやめてくんない?父さんと母さんが遺した希望って言ってよ」
カッコつけた男の次は、カッコつけた女…マノンと、ヘスティア、そして本物のクレアが立っていた。
「クレア様!」
シアが思わず叫んだ。
「クレア、どうして…!逃げてくれることが父とシアの願いだったのに…!」
「悪い子でごめんなさい、お父様、シア。でも私、友達や親を見捨てるほど非道な人間じゃないの」
「クレア様…」
ソイルは読みが当たり嬉しそうにくっくと喉を鳴らす。
ナノスが作り出したジェムのクローンを本物と入れ替えてから、クレアの様子を伺っていた。じゃじゃ馬っぷりから誕生パーティ当日は身代わりを立てるか、欠席すると見た。ジェムとの婚約に抗うために。
外に野放しにするとも思えず、だから城の中にいると思い人質に探させた。道すがらはどうあれ、結果クレア本人が自ら現れてくれた。
「素晴らしい親子愛、そして友情だ!この美しい絆を更に美しく永遠にする方法、それは我々のような悪党に殺されることだ!やれ、お前等!」
アマルティア兵士が一斉にマノン達に襲い掛かる。
しかし、マノンとヘスティアは二人だけで悠々と兵士等を狙撃、剣で切り裂いていく。前回のティアマテッタ軍襲撃時とは動きも、力も格段に上がっていた。
「女相手に手こずるとはな。ジェム、その偽物を殺せ!見せしめだ!」
「承知」
ジェムが引き金を引こうとしたときだ。
「はぁあ!」
シアに背負い投げされ、ジェムの視界はひっくり返り、背中に激痛を受けると同時に天井が見えた。シアは目にもとまらぬ速さでドレスの裾をたなびかせると太もものショルダーから銃を取り出し、ジェムの太ももに一発打ち込んだ。
「あぁあああ!」
「ただの影武者だと思っていたのが運の尽きね」
クレアのために囮となり、時には命に代えてでも守るために訓練された少女…それが影武者であるシアだった。
「シア!大丈夫?!ごめんなさい、私のわがままのせいで」
近づこうとするクレアを、シアが止める。
「こっちに来てはなりません!クレア様はそちらの猛者である女性方と一緒にいてください!」
シアは国王を守る体勢に入る。
やられていく兵士。痛みに悶えるクローンのジェム。ソイルの計画が簡単に崩れていく。
「貴様等ァ!いいか、こっちには人質がいるんだぞ!招待客にはアマルティア兵が常に監視している!それに、爆破だって出来るんだぞ!」
怒りに満ちたソイルに、ヘスティアが鼻で笑う。
「爆弾まであるのね。それは大変…でも、人質はどうかしら」
「何…?」
「いやぁ、美人に扱き使われるのは大歓迎だけど、ヘスティアは別になってきたな…」
その声にも聞き覚えがあった。
マノンも振り返り、険しかった顔が明るくなる。
「エアル!」
「待たせたな。無断入場だが許してくれ。ヘスティア、人質を見張っていたアマルティア軍の半分以上は倒してきたぜ。あと、クレア王女は無事、来賓者も殺されることもないって伝えたら皆協力してくれたよ。今からは爆弾探しだ」
エアルの報告に、クレアも国王も、シアも全身の力が抜けそうになったが、今は戦場。気を緩めるわけにはいかない。
「シルヴィノ国のために、ありがとうございます」
クレアが頭を下げる。
「礼はこれが終わってからだ。行くぞ、マノン、ヘスティア!」
「貴様等はいつも、私の邪魔をする!ジェム!」
ジェムは再起動するかのように立ち上がると、シアに襲い掛かるが、マノンが間に割り込む。
「お前の相手は私だ。偽物はお前の方だったな!」
「五月蠅い!ならお前は紛い物だ!」
マノンとジェムの戦いの幕が切って落とされた。
原作/ARET
原案/paletteΔ