76話・・・シヴィルノ3
作品を読みにきて頂き感謝です。
大衆居酒屋にて。
久しぶりの男――家族や恋人――の帰還に店内は大盛り上がりだった。そしてとある一席では、なにやら男女の駆け引きが始まろうとしていた。
ヘスティアは膝を組むと隣に座る男性の方へ体を向ける。
「とても賑やかな町ね。最初訪れた時は、父親や恋人が長期不在だから空元気で無理しているのかなって心配になったけど…今は皆とても嬉しそうだわ」
微笑を浮かべ、優しい眼差しで店内を見回す。
「いや、無理してるさ。無理…させてる俺達も悪いんだけどさ」
「そんな、暗い顔しないで。国のためなんだもの。解ってくれているわ」
ヘスティアはここぞとばかりに男の背中を撫でた。そして男も内心、町に残された女性陣、子供、老人等に気を遣うフリをしてヘスティアの気を引いた。本心は、彼女もいなければ待ってくれているのは両親のみ。正直、故郷がどうとか、どうでもよかった。
「お!ミゲル、いい女と一緒にいるじゃねぇか!嫁さん候補か!」
ゲラゲラ大声で笑う酔っぱらった老人が、例の男に声をかけた。
「そういうんじゃないから!相席しているだけだ!そういう人を不愉快にさせる発言は控えろって言われてるだろ」
これも男…ミゲルの作戦だ。女性が不愉快に思う言葉を投げかけてくる男に対して正面から批判し、女性を守る。
老人が千鳥足で戻っていくと、ミゲルはヘスティアに向きなおした。
「ごめんな、嫌だっただろ…?この町も大きいわけじゃないし、団結力もあるんだ。俺、恥ずかしいけどまだ独身だからさ、周りが身を固めろって余計な心配をしてくるんだ」
「ミゲル…だっけ。貴方の気持ち解るわ。どこの親やご近所さんも同じなのね」
「というと?」
「私も、早く彼氏を作ってお嫁に行きなさい、孫の顔が見たいって急かされているの」
ミゲルもそうだが、周りの男達も目をギラリと光らせた。もしここで運が回って来れば、この美しい女性と交際、結婚できるチャンスが訪れるのだ。
「そ、そういえば君達はどうしてここに?やっぱクレア王女のご生誕祭に?」
「えぇ。一目見たくて」
すると他の男が口を挟んでくる。
「じゃあ丁度いい日に来たんじゃないか?!噂じゃ、クレア王女の婚約披露も同時に開催されるらしいぞ!」
「婚約?」
一瞬、ヘスティアの表情が曇るのをマノンは見逃さなかった。
「え!じゃあ、めっちゃラッキーじゃん!王女様の相手ってことは、やっぱ王子様とか?!」
マノンが無邪気なフリをして踏み込む。
「アハハ!王子様だと他国の王族になっちゃうから、違うんだ。お相手はインゲロン公爵の御子息、ジェム公子だ!成端な顔つきで、身分なんか鼻にかけずに性格もいい。クレア王女にはピッタリのお方だ」
「でもまだ噂だろ?ジェム公子は良くても、クレア王女が…」
「へぇ。あ、憧れるなぁ」
マノンはヘスティアにアイコンタクトを取った。それを受け取ったヘスティアはビールを一杯注文する。
「ねぇ、ここで出会えたのも何かの縁だわ。私と飲み比べして、最後まで残った二人が私と妹のマロンとデートするってどう?嫌なら、無理強いはしないんだけれど…折角だし、もしよかったらご生誕祭の案内もしてほしいし」
それを聞いた男達も一斉にビールを注文し始める。
「乗ったよ!これでも男だ、酒で負けたらプライドが無いからね!」
そして男達対ヘスティアの飲み比べが始まった。
――スゲーぞ、あの姉ちゃん
――えぇ、全員潰しちゃったわね
飲み比べ対決は、見事ヘスティアの圧勝で終わる。ヘスティアが勝利の拳を掲げると、店内で拍手大喝采が湧いた。
「いいぞ!」
「かっこいい!」
「アンタの飲みっぷり、最高だったよ!今日のお代はウチが持つから、生誕祭楽しんでいっておくれ!」と居酒屋の女将が笑顔で二人を送り出した。
「ティア姉化物~」
「あの人達が弱いだけよ。そうだ。上手く盗れた?」
マノンは服から自衛隊員からハッキングした重要なパスワードをマジックウォッチ越しから見せる。
「上出来ね。というか、まだエアルは帰ってこないの?…先に帰ってましょうか」
「うん。なんかお風呂入りたいかも。煙草の臭い染みついてて凄いや」
二人はクスッと笑うと、談笑しながら飛行艦へと帰って行った。
二日酔いにならないため、帰宅してから水を飲み、ヘスティアは一息ついていた。こんなに飲酒をしたのはいつぶりだろうか。ふわふわ気分で少し機嫌が良くなる。
「ティア姉、お風呂沸かしたから先入っていいよ~」
「ぅん…そうねぇ。ねぇ、マノン。久しぶりに一緒にお風呂に入らない?」
「一緒に?」
そう言えば、ヴェネトラの時だったか。まだレイラ達と一緒にいた時。女子皆でお金持ち風呂に入ってワイワイやった記憶が蘇る。あの頃は、あの頃も楽しかったと思う。だから、早くレイラ達を助けたい…。
「マノン?」
「え、ううん!いいね、一緒に入ろう!」
脱衣所にて服を脱ぎ始める。
そこで気づく。ビール腹になっていることを。最悪だ。
「モルガン少佐の艦だけあってお風呂もお洒落だよね。そういえば飛行艦って幾ら位するのかな?自分好みに注文住宅みたいに出来るなら買うのも夢だよねぇ」
「そうね、一人用飛行戦艦の値段プラス自分が出せる最高額で買うならイケるかもしれないわよ」
「おいくら万円…」
ほろ酔い気分でフワフワとする。隣には下着姿のマノン。良いケツがすぐそこにあった。パシン、と思わず叩いた。
「イテッ!ティア姉なにするのぉ!」
「ヒップアップしてきたじゃない。バストも少しふっくらしてきたかしら。違うか…胸筋がしっかりしてきたのかも。そこの筋が垂れると胸も垂れるからねぇ」
「鍛えてるんだよ。てか、ティア姉酔っぱらってるでしょ…」
多分だが、エアルが不在なぶん、自分がなんとかせねばと無理をしたのかもしれない。正直に考えれば、いつもエアルが無謀や無茶な作戦は率先していたし、自分達を囮にしたところで助けてくれる状態は万全だった…と思う。
ふみ、とヘスティアがマノンの胸を揉んだ。
「ぎゃあああ!酔っ払い痴女!」
「出会った時より柔らかくなったわね。あの頃は本当にシンデレラバストっていうか、ギリギリのB六五だった気がするわ」
「そんな測定も推測もしなくていいよ!」
「マノン、シヴィルノに行ったらまたバストを測ってもらいましょう。そうだ、ついでに胸にまつわる、怖い話でも教えてあげようかしら…」
思わず、生唾をゴクリと飲んだ。
――これは、ヘスティアがまだ王女としてマルペルトで暮らしている時だった。成長期で、周りのご遊学のご令嬢たちもそういう話には敏感になっていた。ここで、一人のお嬢様が声を掛けたのだ。
『今度、デパートでランジェリーを選びませんか?わたくし、可愛い下着をつけたいんです!憧れませんか?!』
その言葉に、ヘスティアと周りにいた親しい友人等は目を輝かせた。
ヘスティアは下着や服さえ、お抱えの仕立て人がいたのだ。外でお買い物…なんてことは無かった。外で、友達とお買い物。それは王女にとって夢の様な計画だった。
そして当日。
貴族や富豪御用達のデパートを貸し切り、ヘスティア達はお買い物を楽しんだ。ドレスとは違う服。髪飾り。そしてランジェリーショップ…
シンプルだが美しいデザインの物を着用することが多かったヘスティアにとって、フリルやレース、カラフルなそこはどんな宝石よりも輝いて見えた。
…各々が選び終え、お喋りをしていると、最後の一人がウキウキとドヤ顔で出てきた。
彼女は貧乳を気にしている子だった。
『嬉しそうですね。良い事でもありましたか?』
『はい!わたし、実はEカップまで成長していたのです!』
『まぁ!それは素晴らしいですわ!毎日牛乳を飲んでおられましたものね、その成果ですわ』
この日は楽しい一日で終わった。
しかし…
あの元貧乳の娘の元気が無くなった。ヘスティア達は心配し声をかける。
『どうかしましたの?』
『実は…Dカップだと思っていたのは店員さんの力量で盛られていただけで…自分で着用したら、ブカブカでして…。結局、母に頼み御用達のランジェリー店の店員さんに測り直してもらったら、C六五でした』
『でも、大きくはなっていたのですね…』
「…それが、怖い話?」
「そうよ。ショップ店員はありとあらゆる場所から肉を胸に寄せ巨乳に見せる技を持っているの。マノンもぬか喜びにならないように、気を付けなさい…。だから、私が揉んでおおよその大きさを測ってあげるわ」
「そんなんいらんからぁあ!」
「ほら、これが本物の巨乳よ」
ヘスティアはマノンの手を取り、自身の胸に押し付ける。その重量感は同性でもドキッとする。
「レ、レイラ姉も大概だけど、酔ったティア姉も痴女や…」
この夜、マノンはヘスティアの酔いが覚めるまでセクハラに合い続けたと。
翌日もエアルは帰ってこなかった。連絡を入れても返信は無い。
「…マノン、荷物を纏めてシヴィルノへ向かいましょう」
「え、でも入れ違いになったら…」
「マジックウォッチに連絡も入れたし、アナログだけど置手紙もしましょう。それに、私達にはシヴィルノにいるか、この飛行艦にいるか。この二ヵ所しか行く宛ては無いわ。もしすれ違っても、エアルがまたシヴィルノに来ればいいだけだし、連絡が付けば、どこかで合流すればいいだけよ」
「そっか…」
マノン達はボストンバックに荷物を詰め、あの町の町長に相談をすると、丁度穀物をシヴィルノに出荷するトラックが出るとのことで、乗せてもらえることになった。
揺られること一時間くらい。
シヴィルノは陶器で色鮮やかに飾られた建物、メルカジュールとは違う色鮮やかさで国中が賑やかだった。
もっと奥に行けば花畑があり生花産業に力を入れ、国の外には国専属の畑がある。国内では陶器産業に力を入れているようだった。
「すご…物語に出てくる町みたい」
マノンは窓から覗く。
二人はお礼をいい、運転手と別れた。入国の際、運転手がマノン等を新人だと紹介すればあっさりと通してくれた。それだけあの町とシヴィルノは深く繋がっているのだろう。
しかし、王女の生誕祭だというのに、警備に不安を覚えたのは確かだった。
国中に例のプリンセスクレアローズが咲いている。そしてクレア王女を象徴する紋章旗。
――もうすぐ王女様の生誕祭ね
――やっぱり、噂通り婚約者が発表されるのかしら!
――ジェム様でしょ?イケメンだし、お優しいって噂だし、まさに好青年だし…お転婆なクレア王女にはお似合いなんじゃないかしら?
――まさに童話に出てくるお姫様と王子様だわ
恋に敏感な年頃の女性達が嬉しそうに話している。しかし、雲行きは怪しくなる。
――ねぇ、でもマルペルトのタナス国王とマーガレット王女も来るんでしょ?
――あぁ…なんか言っていたね。よく招待したわよね、いくら同盟国だからってさぁ
――女性を売り物にしているし…それを国が許しているのよ?信じられない!
――タナス国王ってなんか感じ悪いよねぇ。おっさん達はタナス国王が婚約者じゃないかって言ってるし。エルド王子のほうがまだよかったなぁ
――やめなよ、大罪人の名前なんか出さないでよ…
エルドの話題が出た瞬間、女性達は口を噤んだ。
それに聞き耳を立てていたヘスティアは、また歩き出した。
「ティア姉…大丈夫?」
「大丈夫よ。それより、根も葉もない噂話にこんな胸騒ぎを覚えるなんてどうかしているわ、私」
「そりゃ、極悪兄貴が評判の良い王女様の婚約者候補の一人って聞いたら、面識あるティア姉だったら心配するでしょ…」小声で囁く。
ヘスティアは黙って頷く、というより俯いた。
「そう。あの男は目的のためなら何でもするわ。マーガレットを使ってでもね。胸騒ぎがするの。ジェムだかジャムだか、有力候補を出し抜いてでもクレア王女を自分の物にしてさらに権力に固執するんじゃないかって。クレアも馬鹿な子じゃないから、大丈夫だとは思うけど…ジェムがどんな男か解らない限り、マーガレットを差し向けられたら何が起こるか目に見えているわ」
「誠実だったエルドを陥れたくらいの奴等だもんね。仮にジェムが立派でも、毒牙に掛かって候補から引きずり降ろされたら堪ったもんじゃないだろうね。そういうことなら、お誕生日会のパーティーに潜入してジェムか王女が二人の手に掛からないように見張らないといけないってこと?」
「そういうことになるけれども…パーティーには招待状が必要よ。運が良ければ招待状のみで通されるだろうけれど、本人確認と招待状番号が一致しないと捕まる可能性もあるけどね」
ヘスティアはマジックウォッチで国一番の高級ホテルを検索する。以前、泊まったことのある国賓の宿泊にも利用されるホテルが一番に出てきた。
「ま、博打は嫌いじゃないよ」
「そう言ってもらえると助かるわ。さ、行くわよ」
「え、ちょ…ティア姉、ちょ、ちょっと待ってよ!急ぎすぎやしない?!」
どんどん先へ行くヘスティアを追いかける。多分、自分やエルドと同じにならないか不安で仕方ないのかもしれない。クレアとどのくらい面識があって、どれくらい親交があったのかマノンには解らない。でも、守り、助けたいと彼女が行動するくらいだ。きっと、素敵な女性なのは確かなのだろう。
流石は高級ホテルだった。
大理石の床。神殿のような内装。天井から垂れるシャンデリアはオレンジがかり暖かみ溢れるフロント。
「申し訳ございません。ただいま満室でございまして。空室が出たらご連絡致しましょうか?」
「えぇ、お願いするわ」
国賓は兎も角、それ以外にもこのホテルに泊まっている客がいることにマノンは度肝を抜かしていた。庶民には手に届かないホテルに泊まる客人は、どのような人間なのだろうか。金持ちなのは前提とし、貴族とか?マジックストーン王?大企業の社長とか?
王女の祝祭にここまでの人数が集まるとは、流石すぎてもう頭がパンクしそうだった。
マノン達はラウンジ内にあるカフェで休憩する。飲み物一杯も目が眩んだ。お洒落なカフェでも高いなぁと思うマノンにとって、ここの料金はぼったくりかと誤解したくなるくらいだった。
アイスティーとレモネードを頼むと、ヘスティアはまるで獲物を探すように視線を巡らせる。
マノンはビクビクしながら辺りを見渡し、ひっそりと声を潜める。
「ねぇ…こんなホテルじゃなくてもさぁ…もうちょっと違う場所で作戦考えない?私居心地悪いんだよね…」
レモネードを一口飲むと、美味すぎて驚いた。値段が高いだけあるのかもしれない。
「ここで招待状をちょろまかすわ。無事にお城に入れるかは一か八かだけどね」
「また盗みぃ?!」
眉も口も全部下がる。
もしかして、エアルと出会ってからずっと危ない橋を、博打をしながら歩んできたのだろうか。スパイみたいなことをさせられて。相棒として。
いつも自分やリアム達の前では保護者面しているエアルだけれど。ヘスティアと二人だけの時は別の顔を覗かせているのかもしれない。
そう、気落ちしているマノンを他所に、ヘスティアはターゲットを見つけ出した。
「なぁ、クレア王女の誕生パーティーに出席したらお前、どうする?」
「そりゃお近づきになりたいに決まってんだろ?まぁ、婚約者お披露目の噂もあるし…でも、王女様もお転婆だぜ?もしかしたらワンチャンあるかも…?」
くだらない夢を見る男二人がゲラゲラと笑いながら歩いている。
「ちょっとお手洗い」
「え、うん…」
ヘスティアは男達の後をひっそりと追っていくが、マノンはレモネードを飲み、ぼんやりと考え事をしていたので行先を把握していなかった。
そこに、フロントから呼び出しされる。
「大変お待たせいたしました。先程急遽空きが出まして…ですが、シングル室でして、一名様のみしかお泊りになれないのですが、いかがなさいましょうか?」
「えぇ?!シングル…ティア姉、どうするって、トイレ行っちゃったんだ!」
辺りを見回してもヘスティアの影すらない。つい先程席を立ったばっかりだ。すぐに戻って来る訳がない。ここは、自分で決めるしかない。
「その部屋、お願いします!」
泊まるのは本人確認が今すぐ出来る人物のみ、ということでマノンがサインし、部屋を取った。
案内された部屋は一番低いランクだが、今まで泊まったホテルの中で一番厳かで品のある煌びやかさだった。開いた口が塞がらない。まるで、特別な人間になれたみたいだった。お姫様とか、そんな感じ。
「すごい…」
「御用がありましたら、専用パレットからお呼びください」
案内係がお辞儀をし部屋から出ていった。
ベッドにポフンと座ると、全身の力が抜けた。
「ティア姉のこと、探さないと」
その時、マジックウォッチに特別メールが届く。開けてみると『シヴィルノ王国クレア王女誕生祭パーティー招待状』と書かれた文章だった。
「…へ?」今度は、目が点になった。
数十分前――
ヘスティアは例の男二人に接近を目論んだ。目的は勿論、招待状。
持ってきた化粧ポーチのチャックを半分ほど開け、リップとチークケースを手に取った。そしてわざとヒールの音を立てながら小走りし「キャッ!」と膝から転ぶ。そして手にしていたリップとチーク、ポーチから数個の化粧品がバラバラと飛び出し転がり散る。
「イタ…やだ、もう…」
恥ずかしそうに、そして拾うためにしゃがみこむ。スカートからはその綺麗なおみ足が覗き、屈めばスカートの奥…までも見えそうな姿勢だった。これを、下世話な男達が見逃すはずもなかった。
「お姉さん、大丈夫?」
化粧品を拾いながらヘスティアに声をかける。
顔も上等。胸も大きい。
「ごめんなさい、ありがとうございます。こんな豪華なところ、来るのは初めてで…緊張してしまって」
横髪を耳にかけ、上目使いで男達に礼を言う。
「そうなんだ、奮発したねぇ」
「そうなんです。だから、ちょっとカツカツで」
気まずそうに、照れ気味に、誤魔化すように笑う。
「それでは、私はこれで失礼しますね。本当、ありがとうございました…ッ痛」
去ろうとして、左の足首を痛がるフリをする。それを見た男達は顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
「大丈夫?よかったら俺達が泊まってる部屋で手当てするよ?必要なら医者だって呼べるし」
「え、でも、申し訳ないですし…」
「痛いの我慢する方が辛くない?ほら、おいで」
ヘスティアは手を差し伸べてきた男の手をそっと取った。内心、どちらが罠に掛かったと思っただろうか。
部屋に連れ込まれたヘスティアは、靴を脱ぎ左足を見せる。男は足首を少し捻る。
「ッん、痛い、です…」
「他は?」
男の手が誘うように脹脛、そして膝、太ももへ撫で上がってくる。
「足首だけみたい」
「じゃあ、捻挫だな。湿布しとけば大丈夫だよ」
「ありがとうございます、本当に…あの、何かお礼をさせてください。こんなお世話になったのに、言葉だけで済ませるなんて、なんだか申し訳ないです…」
困った表情を作る。
男達はその言葉を待っていたと言わんばかりに笑みを見せた。
「お金もカツカツ…なんだっけ?ご飯の心配もしなくていいよ。俺達と一緒に刊行してくれればさ」
「そうそう。でも、その代わり…俺達のことも楽しませてほしいんだよね」
太ももで止まっていた手がゆっくりと内腿へ、そしてスカートの中へ侵入してくる。
ヘスティアは熱い吐息を零す…
と同時に、ヒールを履いたままの右足で男の頭部を蹴り、もう一人の男も動揺、蹴り上げた。
男達はあっさりと気絶し、伸びきっていた。
「ふん、簡単に靡く女には気を付けなさい」
そう台詞を吐くと、男達のマジックウォッチから招待状を見つけ出し、自分とマノンに転送する。そして、男達のマジックウォッチから招待状のデータ自体を完全に消した。
「これでいいわね」
ヒールを履くと、ヘスティアは颯爽と部屋を出ていった。
と、いう事情をパーティーに着ていくドレスを選びながらヘスティアから聞いたマノンは叫びたい衝動を抑え、腕を上下に動かし、怒りだか不安だか、訳の解らない感情をどうにか緩和させようとした。
「色仕掛けは危険だよ!いくらコアからも目を付けられているからってさ!エアルだっていない状況で、もし私達だけで解決できないことがあったらどうするの?!」
「それがいけないのよ」
「え?」
「確かにエアルがリーダー的存在で、リアム達にとっても兄貴分で引っ張って行ってくれている。でも、それがずっと続くと思う?前も言ったかもしれないけど、リアムが軍に入ればエアルは傍にいられない。リアムは一人で危険に身を晒していくの。それに似た状況はいずれ私達にも来ると思って行動し、考えないと。いつまでもおんぶに抱っこは嫌でしょ?」
「だからって…。まぁ、ティア姉が簡単に負けるとは思わないけどさ。今は私がいるから、私を相棒として頼ってほしかったよ」
いつもなら。目を輝かせながらドレスを選ぶマノンがショッピングに集中していない。余程不安だったのだろうか。彼女らしくないのは、エアルという支柱がいないからなのか…
「…そうね。相棒を不安にさせるのは、失格ね。今から気をつけるわ」
「ティア姉…」
微笑めば、マノンは安堵した表情を見せた。
「さ、ドレスを選びましょう。髪飾りや靴、バックだって選ばないといけないんだから」
「おうよ!」
こうして、エアル不在の中、二人はクレア王女生誕パーティーへの潜入を決行する。
そこで待ち受けていた事実を、二人はまだ知る由も無かった。
原作/ARET
原案/paletteΔ




