59話・・・マルペルト2・デウト
作品を読みに来て頂き感謝です。
この辺りから入れ物語の秘密が明らかになっていきます。
エアルは必死に走る。人集りを掻き分け、狭い裏路地に入り、店の壁を飛び乗り屋根へと上る。そこを更に器用に走り、マノンらしき青髪を探す。
「どこだぁ…どこだ、マノン!」
もしマノンが誘拐されたとヘスティアが知ったら、大目玉どころでは済まない。しかもお尋ね者にされている母国で。リアム達にも知れ渡るだろう。ただじゃ済まない。
ヒュン、と冷たい風が頬を切った。
比較的温暖で過ごしやすいマルペルトで身震いをするなんて、と不思議に思う。
「…マノン?」
何故かあっちにマノンがいるような気がした。冷たい風が行った先…
「……まさか、なぁ…」
何故か脳裏に過ったのは、ネストとイノだった。あっちに愛娘が囚われていると知らせたというか、さっさと救出しろと言われているような感覚に陥った。
一人で何軒あるか解らない娼館を捜し回るのはキツイ。エアルは更なる混乱を起こす覚悟で、道端に降りて叫んだ。
「エルド王子が潜伏しているぞ!人攫いの娼館に、潜んでるって噂だ!」
観光客の反応は微妙だが、マルペルト国民には打撃は強かった。
「エルドが?!」
「どうしよう、ウチの店に潜伏なんてされてないだろうねぇ!」
「警察…親衛隊か?!急いで連絡しろ!」
「馬鹿野郎!そしたらウチが少女を誘拐してるってばれちまうだろう…!」
出るわ、出るわ。黒いお店が。
雑踏で五月蠅い中、エアルは耳を研ぎ澄ます。そして聞き逃さないように、ヒントを探す。
――困るよ、警察なんてこられたら
――ウチの店は人攫いなんてしてないからな!巻き込まれは御免だぜ!
――さっき生娘を攫ったろ…その娘、奥の隠し戸に入れときな
不安そうな年端もいかない娼婦等がエアルを見ている。その先頭に立つ男と、見送りをする女将がコソコソと会話をする。
直感で、その生娘がマノンだと解った。
エアルはその店に特攻する。
「ちょっと、お客さん、急になんだい?!」
「邪魔するぜ!私服警察だ!」
「キャー!」
「な、なんだ?!」
エアルは奥へ奥へと進んでいく。
化粧部屋か、廊下を突き進んださきに外から鍵がかけられている部屋があった。あそこにいる。
「オラアアアア!」
ドアを蹴り破ると、娼婦の恰好に着替えさせられたマノンと、マノンを隠し戸に入れ込もうとしている男の姿が。
「エアル!」
「間に合った!」
男がエアルに殴りかかろうとするが、エアルは華麗に避け、反撃に腹に膝蹴りを食らわせる。相当な威力で、男は唾を吐くと悶え苦しみ、蹲る。
「マノン、逃げるぞ!」
「う、うん!」
マノンは慌てて自前の靴を履くとエアルに手を引っ張られて外へ出る。
外はエルド潜伏の情報をキャッチした警察官等がワラワラといた。
「全員動くな!ここに罪人エルドが潜伏している!」
(やっぱ出動が早いな…エルドとなったら尚更か)
エアルがどこに逃げようか目で逃げ道を探していると、周りからザワッと歓声のような、見蕩れているような、まるで天女様が舞い降りてきたかのような、溜息が出るような声が湧きだった。
「探しましたよ、二人とも」
「ヘス…じゃない。ヘカテーナ、さん?」
確かに彼女はヘスティアだった。だが、なんか雰囲気が違う。ヘスティアでないと言われれば、違う女性のような気もする。キュルンとした眼。潤んでいる瞳。愛らしく見える泣きボクロ。ぷっくりと誘っているような唇…。そして娼婦、花魁が着る最も高級と言われる衣装を纏っていた。それは正に、少女達を金魚というなら、頂点に君臨する彼女等は天女と表しても間違いはないだろう。
「ヘカテーナですわよ。さ、参りましょうか。エアル、マロン」
ヘスティアはエアルとマノンを抱えると、ブーストで一瞬にしてこの場から逃げ去った。
その後、エルド潜伏は虚偽であったことが判明したが、誘拐され、無理矢理娼婦として働かされていた少女達が無事保護されたのは、また別の話。
ベガが心配そうに店の前でウロウロとしていると、無事にヘスティア達が戻って来た。
「ヘスティア様…!無事、お仲間を救出できたのですね!」
「えぇ、あの子達の変装のお蔭で、誰にも身分がばれずに済みました」
「よかった…」
ヘスティアがエアルとマノンを放す。
マノンは辺りをキョロキョロと見渡している。
「ねぇねぇ、ここは?お姉さんはティア姉と知り合いなの?」
「ティ、ティア姉…?!」ベガは驚きのあまり硬直する。
「彼女は私の侍女をしていたベガです。今はこの娼館を切り盛りする女将です」
「え?!ここ娼館なの?!」
増築した娼館は、マスタング商会の増築よりツギハギが荒かった。それが味になると云えばなるが、マンガのギャグみたいにすぐ壊れそうと言われれば、崩れそうなバランスである。
「と…とりあえず中にお入りください。外にいると身バレの恐れもありますし」
ベガはカタカタと白目を向きながら三人を店内へ案内した。
館内は気分を盛り上げるためなのか、淡い桜色のライトとオレンジ色のライトで照らされていた。防音もままならないため、あちこちから喘ぎ声が聞こえてくる。
気まずいまま従業員の控室に通される。広々とした和室であり、厨房の裏に設置された部屋だった。
「ヘスティア様、マノン様。お先にお化粧を落とされてきてはいかがでしょうか?この時間ならまだ従業員の子達はお風呂場を利用していないので、気兼ねなくゆっくりとお過ごし出来るかと」
ベガは浴衣と帯を持って来て、入浴を勧めた。
「そうね、お言葉に甘えようかしら」
「じゃ、じゃあ私も」
どこか緊張気味になるマノン。人様の情事がダダ漏れなのは、いくら仕事だとはいえ気まずいし、落ち着かない。
「エアル様も良かったら男性専用風呂にお入りください。そちらはお客様が有料で入られてくる可能性もございますが、お気になさらないでください」
「あ、はい、ありがとうございます」
内心、ヘスティア達より扱いが雑な気がするが、無料で泊まらせてくれるのだ。あまり小言は言えない。むしろ、厄介者を匿ってくれるのだから、感謝せねばならんのだが。
欲を言えば、もう少し丁寧に扱ってほしい。
浴室はこじんまりとしていたが、飛行艦の風呂場よりはよっぽど広く、風情のある室内だった。石畳で、もしかしたら他所の温泉旅館と変らない造りかもしれない。
ヘスティアはメイク落としを使い、アイプチを落とすと、いつもの切れ長な目尻に戻る。
「おぉ」マノンは思わず、歓声をあげる。
「メイクってやっぱ凄いねぇ。最初、ティア姉だか解んなかったもん」
マノンはメイク落としでツルツルと厚塗りされたファンデーションやお粉を落としていく。特に、目尻に掛かれた赤いアイシャドウはガンコで、鏡を見ながらちゃんと落ちているか確認する。
「私も驚いたわ。また機会があったら、自力であのメイクでもしようかしら」
「いいと思う!可愛かったもん!」
「…ねぇ、マノン。誘拐されたとき、何もされなかった?」
「え…?」
ヘスティアがじっと見つめてくる。
「されてないよ、何も。本当に…。でも」
「でも?」
「同じ部屋にいた女の子達は、正気が無いっていうか、無表情っていうか…。解らないよ?皆がどんな理由で娼婦になったかは解らないけどさ。でも、あそこに居た子達は、自分から進んでなったとは思えなかった…」
「…そう」
マノンの証言で、ヘスティアはマーガレットの政策を思い出す。きっとその政策が、回り回って、良く無い方面にも影響を出している。
女性を使ったサービス業が飽和して競争率が高いだろう。遊郭ならともかく、私設となる娼館なら、少しでも差を出したいと悪知恵を働かせるかもしれない。
(エアルに頼んで、そこらへんも調査してもらおうかしら)
故郷でありながら、なんて嫌な国なのだろうと嫌悪する。
故郷が傾いていく光景なんて、見たくなかった。
ブレイズが、エルドを慕い、亡き実兄を慕い捨てるように故郷を去り、ティアマテッタに来た理由が、痛い程わかってしまった瞬間だった。
「申し訳ございません。店番をしなければなりませんので、私はここで一旦抜けさせて頂きます。何か用事があれば、厨房担当の彼に申し付けてくださいませ。あと、お夕飯を準備させていますので、食べていてください。ご就寝の際は寝室を別に用意させてありますので」
「何から何までありがとう、ベガ」
ベガは微笑み、一礼すると店へと向かった。
しばらくすると、厨房担当の青年が美味しそうな料理を持って休憩室にやって来た。
特製ソースのかかったローストされた鴨肉の丼ぶり。お味噌汁。そしてお酒。
「すみません。女子が運んできた方が嬉しいんでしょうが…皆、仕事でして」
厳つい見かけによらず、随分しおらしい態度だった。
「何言ってんだよ、俺達は客じゃねぇんだ。むしろ厄介もんに、こんな美味そうな飯を作って、運んできてくれるなんて贅沢なことだぜ」
「そうですね。寧ろ、私達はお世話になる立場。…色々と手伝いをしないと、タダ飯を食べると言う訳にはいきませんね」
「…ッス」
青年は照れ臭そうにペコリと頭を下げると、厨房へ戻っていった。
「料理も提供するんだね」
「夜中ずっといてもいいように、色々考えているみたいよ」
「…大変だ」
ここにいる皆も。イグドラヴェで出会った人達も。生きるのに必死だった。死なないために、嫌なことも我慢して。生きるために…
「マノン、美味いぞ、コレ!」
「美味しい…!早くマノンも食べなさい。食べないと、元気が出ませんよ」
「う、うん」
ソースと絡め、鴨肉とご飯をパクリと食べる。口の中に広がる胡椒と酸味の聞いたソースが白米を寄越せと言ってくる。確かに美味しい。食が進む。
「美味しい!私、また食べたいかも!」
嬉しそうにご飯を頬張るマノンを見て、ヘスティアは決意をした。
(しばらく滞在することになるだろうし…きっと、私は外には出られないだろうし。その時間を彼に料理を教わろうかしら)
ティアマテッタに居た頃はミラがご飯を作ってくれていた。今度は自分が作って、ミラとリアムを喜ばせたい。
「ふふ」
「なんだ、ヘスティア。ご機嫌だな」
「なんか、楽しくなっちゃって」
「楽しい?」
「えぇ。彼が作ってくれたご飯がとても美味しいから、教わって、家に帰ったらリアムとミラにも食べてもらいたいって、そう思ったの」
「へぇ…。そりゃいいな!」
エアルは以外というか、心配が杞憂に終わり安心した。
ヘスティアが密入国してくるとは予想外だった。そこまでして国内事情を知りたかったのかと思ったくらいだ。だが、この状況を見て、塞ぎこまないか心配だった。
だけど、侍女の現在も、ここで働いている青少年少女等の現状に悲観せず温かく、ましてや未来のことまで考えて嬉しそうにしている。
(初めて会った時と変ったな、ヘスティア…マノンもそうだ。リアムも、ミラも。俺も前に進まないと)
エアルは気合を入れると、どんぶり飯を掻きこんだ。
いつ寝落ちしたのか解らない。でも、布団に入り、ぐっすり眠っていた。
マノンは目が覚め、時刻を確認すると早朝五時半だった。店仕舞いをしているのか、館内がなんだか賑やかだった。
こっそり、隣で寝ているヘスティアを起こさないよう部屋を出ると、従業員総出で掃除や仕事終わりの食事の準備をしていた。
「あ、あの!」
マノンは咄嗟に、近くを通った女性に声をかけた。
「はい?なんでさ?」
独特の訛というか、口調だった。だけどおっとりしていて、嫌な気分はしない。寧ろ、もっと話したくなるようなイントネーションだった。
「わ、私も何かお手伝いさせてください…泊まらせてもらった、お礼がしたくて」
「そんなぁ…!先生の大事なお客様ですな!気ぃ使わんでええなよ?」
「うぅん…じゃあ、私がやりたいの!お掃除!掃除は心を整えるともいうじゃん?多分…」
「ふふ、あはは!わかったでさぁ。じゃあ、まだ外の掃き掃除が出来てないの。箒と塵取りはあそこにあるから、お願いしてもいいかえ?」
「うん!ありがとう!」
マノンは箒と塵取りを持つと、外へ勢いよく出る。
丁度朝日が昇り始め、暖かな日差しが街を照らす。
「ここ、貧困街だったっていうけど…今はそんな風に見えないなぁ。まぁ、他の家に比べたらこじんまりしてて古そうな感じだけど…」
ベガが頑張って、ここまでの町並みに回復させたのだろうか。知らないけど。
だとしたら、本当に彼女は素晴らしい人だ。
「ティア姉もかっこいいけど、侍女だったベガさんも肝っ玉ある人なんだな~。やっぱり類は友を呼ぶっていうのかなぁ。それとも、相乗効果で高め合ったとか?」
るんるんとしながら掃き掃除をしているマノンを見据える、怪しい影。
その人影は民家の屋根を伝い、音も無く忍び寄る。
そしてマノンの髪の毛の色を判別する。青髪に、黒のメッシュが入っている。このメッシュは地毛。つまりはネスト…無属性の血を引く証だ。
それを確認した人影の行動は早かった。
ギャアアアア!
マノンの渾身の叫びは貧困街全体に響き渡った。これには娼館の皆も、ベガも、寝ていたヘスティアとエアルも寝間着のまま飛び起き外へ出る。
「マノン?!」
「エアル、あそこ!」
マノンは全身黒いアーマースーツを着た何者かに連れ去られている。
「ッ!ふざけんな!」
エアルとヘスティアは追いかけだす。
「み、みんな!武器になるような物を持って、応戦するわよ!」
「はい!」
ベガの指示で、皆が各々の武器を持ち、後を追う。
「エアル、足止めするから、援護射撃をお願い」
「オーケー!」
「ブースト!」
ヘスティアは瞬時にアーマースーツを着た不審者の前に立ちはだかり、脅威の一蹴りをお見舞いする。左腕で留められたが、力が入っているのか僅かに震えている。
ヘスティアに気を取られているうちに、背後から黒の球体がアーマースーツを襲う。
「キャア!」
しかし、ヘスティアの足を掴み投げ飛ばし、魔弾を腕一本で防御した。
「なっ?!効いてないのか!?」
地面に叩き落とされたヘスティアが咳き込む。
エアルは屋根へ上がり、魔弾で攻撃を開始する。しかしアーマースーツは瞬時の判断で魔弾を避ける。そして捉えたマノンに攻撃が当たらないようにも配慮しているように見えた。
(なんだ、アイツは…!ただの人攫いじゃないぞ!)
アーマースーツは銃を取り出す。
しかしその型は今では幻となっている、生産が二度と出来ない…マスタング商会先代の傑作の銃ナンバーとして謳われているものだった。
「嘘だろ…?」
先代…ジョン・マスタングの師匠のみが作れた、匠の技術。一つ一つが手作りで大量生産は出来なかった代物。持っているとしたら、よっぽどの金持ちで銃マニアか、今にもこの世からオサラバしそうな年齢の爺さん婆さんくらいしか持っていないはずだ。
アーマースーツが魔弾を放つ。
黒の球体。
「ウソ!」
「無属性かよ!」
マノンもエアルも驚きを隠せない。
「その不気味なスーツ、溶かさせてもらうわ!」
ヘスティアは剣から炎を出し、アーマースーツに斬りかかる。しかし、次は銃から水の魔弾が放たれる。
「そんな?!」
アーマースーツのランクが上なのか、ヘスティアの炎は消され、そのまま吹き飛ばされ、屋根の上に転がった。
「エアル、ティア姉!放せ、この変態スーツ野郎!なんなんだよ!私が何したってんだよ!」
アーマースーツはマノンの話を無視し、立ち去ろうとした時だった。
「逃がしません!」
足にワイヤーが巻き付く。
ベガと、従業員の皆だ。
「ヘスティア様のお仲間を誘拐するなど、大罪です!許しません!」
ベガはヘスティアの警護用に持たされていた一般的な銃でアーマースーツを狙い撃つ。しかしベガのクラスや力では足元にも及ばない。
「先生に後れを取るな!」
従業員の皆が、包丁やフライパン、お皿に枕、お店に置いてあったオブジェなど手あたり次第持ってきた物を投げつける。
「…」
アーマースーツはマノンに当たらないように、背中を向けマノンを抱え込んだ。
(なんだ、コイツ…誘拐したいの?守りたいの?どっちなの?)
アーマースーツは銃を向けると、地面に撃ち、そこから蔦が生えベガ達を捉える。
「なんだ、アイツ!木属性の奴か?!」
「先生、どうしましょ~」
「大丈夫、今助けるから!」
ベガや男性陣が蔦を引き千切ろうとするが、なかなか頑丈で切れない。
「ベガさん、みんな!」
無属性を撃ったということは、リアムと同じように違う属性に魔力を込めてもらえば利用できる。だからリアムとエアルは一つ他属性の魔力を装填が出来る。
だけどコイツは違う。
水に、木。そして無属性。三つの属性を見せつけた。
無属性なのは、確かだろう。
(じゃあ、この水も木も、スキルってこと?無属性特有のテンデンバラバラスキル?)
「マノンを放せ!」
エアルが魔弾を放つが、相殺されてしまう。
ヘスティアとエアルの二人がかりでアーマースーツに挑むが一撃を食らわしダメージを与えるまでは行かない。向こうは二人。こっちはマノンを守りながら。お荷物を抱えているはずなのに、あのエアルとヘスティアと対等に戦っている。
マノンは一か八か、思いついたことを行動にすることにした。
「これ以上私の大切な人達を傷つけるようなことをするなら、私、舌を噛んで死ぬ!自害する!変態アーマースーツ野郎のせいで死んでやるから!私の事どうしたのか知らないけど、私が死んで後悔するなら万々歳だね!計画失敗して、しょぼくれてな!」
マノンは口を開け、舌を噛み切ろうとした。
「バッ!マノン!」
「やめなさい、マノン!」
しかし、マノンの舌切りはアーマースーツの手に寄って防がれた。親指を突っ込み、自分の指を噛ませた。マノンは恨みがましそうに、アーマースーツを睨む。噛む力は緩めずに。
『…そんなに、あいつ等が大切なのか』
アーマースーツの中身は男のようだ。
マノンは親指を放し、ペッと唾を吐く。
「当たり前だろ。仲間だもん。アンタこそなんなんだよ。急に人攫いなんかしてさ。私のこと売ろうとでもしたの?」
『それは誤解だ。…申し訳ない、混乱させてしまった。私の早とちりだ』
男はマノンを解放すると、魔力も消え、蔦も枯れていく。
「マノン!」
「エアル、ティア姉!」
マノンは二人にかけより、抱き付いた。
「もう、半日で二回も誘拐されるなんて…なんて国に成り下がったの!」
怒り心頭のヘスティア。
「アンタ、一応話は通じそうだな…一体何者なんだ?」
すると男のアーマースーツが、シュルシュルとベルトの銀の飾りに収まっていく。露わになった姿は、やはり無属性…黒髪の四十代程の男だった。
「俺はデウト・アルフレッド。ここでは話しにくい。どこか、人払いが出来る場所で説明したい。そして、無礼、失礼した。申し訳ない」
深々と頭を下げるデウトに、エアル達は困惑した。
「…ひとまず、マノンを守りながら戦っていたんだ。理由があるのは…なんとなく解った。どうしてそんな行動に出たのか知りたい」
「あぁ。ゼーロの街出身の君なら、きっと知る権利はあるはずだ」
エアルが目でヘスティアに合図する。
「ベガ、申し訳ないのだけれど、またお部屋を一つ借りてもいいかしら」
「勿論です。私達は寝る時間ですので…ヘスティア様達が利用したお部屋で、お話をしてください」
「ありがとう」
娼館に戻ったマノン達は、寝室に入る。
そして早速会話を始める。
「余計な話は省こう。俺はとある村を守り、村長みたいなことをしている。その村こそが…他属性同士でありながら恋に落ち、反対から逃げてきた恋人や、混血児を産み追い出され、殺害されそうになった母親や家族を保護する混血の村だ」
「混血の、村…?」エアルの声が震える。
「そんな、聞いたこと無いわ…いえ、それが当たり前なのかもしれませんが…」
ヘスティアも動揺し、言葉の整理が出来ていない。
「あぁ。発見されたら大問題だからな。そこの無属性の青年なら解っているだろう?ゼーロの街が見つからない理由を」
「固有スキルが結界の一族が、守って…まさか、デウトさんも…?」
「そうだ。俺も固有スキル・ガーディアンの保有者だ。混血の村を、ずっと見つからずに守って来れた」
「混血の村…」マノンが小さく呟いた。
「君達になら、いや。君達だからこそ聞いてほしい昔話がある。私の頼みだ、聞いてくれないか?」
デウトの真剣な眼差しに、エアル達は静かに頷くことしか出来なかった。
そして、デウトの昔話が始まる。
原作/ARET
原案/paletteΔ