52話・・・ゼーロ2・別れ
作品を読みに来て頂き感謝です。
四十四日前
目が覚めると、淡いクリーム色の天井が眼に入る。シンプルな電灯。来客用の質の良い布団。肌心地の良い毛布。マノンは良い香りのする布団にまた顔を埋めた。
隣にはヘスティアがまだ眠っている。
「珍しい、ティア姉がまだ寝ている」
時刻は六時過ぎ。
「お酒パワーのせいかな」
あの後、泣いちゃったエマを宥め、突然の下ネタやセクハラが始まり寝かしつけるのに手を焼いた。エマが寝た後、ぐったりしていたエアルとヘスティアはワインを飲み直していた。
「二日酔いになんなきゃいいけど」
マノンは着替え、静かに部屋を出る。
一階に降りると、丁度玄関が正面にある。エマが早朝から玄関の掃除をしていた。箒でサッサッとリズムよく掃く。
「おはようございます、エマお姉さん」
「おはよう。もう起きちゃったの?まだ寝ててもいいのに」
エマは優しい笑顔でマノンを迎える。
「なんか目が覚めちゃって。…あの、毎日玄関掃除してるんですか?」
「毎日じゃないけど、そうね。タイルがクリーム色でしょ?なんか小石とか泥が付いてるときになっちゃって。雨の日の翌日なんて最悪」
「あはは!確かに」
「ねぇ、もう終わるから、よかったら散歩でもしない?今の時間帯なら人もそんな歩いていないだろうし」
「…いいんですか?」
「えぇ。マノンちゃんと一緒に歩きたいの」
「じゃあ、ぜひお願いします」
マノンは我慢していた口角が、自然と上がり、とうとう我慢できなくなって嬉しくてジャンプした。だって、父の、そしてリアム達の故郷をこの目で見られるのだから。
ミラのお隣さんが、エアルの実家だとは思わなかったマノンは空いた口が塞がらなかった。現在、ミラの実家…だった家は本家のネイサン家が管理し、借家として貸し出していた。そして、知らないゼーロの住人が暮らしている。
「…ミラ、このこと知ってるのかな」
「それを承知でリアムと一緒に街を出ていったから。気丈な子よ。管理が出来ないなら貸し出すって言われて、リアムを支えるために手放したんだから…。本当なら甘えたくても、助けてほしくても、強くならなきゃいけなかったんだから…」
エマが恨めしそうに旧メイヤーズ家を睨む。ミラの帰る場所を、両親との思い出の場所をあっさり奪った、ネイサン家に思う事はあるらしい。
「エマお姉さん…」
「あ、ごめんなさいね。恨み言いっちゃった♡次はこっちよ」
エマに連れられて、二人は歩き出す。朝日はぽかぽかするが、風は涼しい。散歩をするには、最高だと思う。
「ミラも強情なの。管理ならするよって言っても、手間かけさせちゃうから大丈夫!って。リアムの家の管理もあるんだから、気にしなくていいのにね」
「ミラ…。てことは、エマお姉さんはリアムの家の管理をしているの?」
「そうよ。たまに掃除や作業してあげないと、家って傷むからね。庭掃は…業者に頼んでるけど。私が管理しているの。でも…ミラが正解だったかも。小さい子を連れての管理は結構大変ね」
夜はネオンで輝いていた街も、今は静かでギラギラな灯りは無い。この街はなんだか昼夜逆転している感じがして、面白い。
「ここがリアムの家」
「おぉ…意外と普通なお家だ」
「意外と?」
「え?!うん!ティアマテッタにあるリアムのお父さんが遺してくれた家が豪邸で!リアムのこと、お金持ちだと疑ってたんです!」
エマはクスクス笑うが、堪えきれず吹きだしてしまう。
「えぇ?!そうなの?アイアスさんがねぇ…まぁ、そうかもねぇ。お嫁さんと出会うまで、女を侍らせて悪い意味で有名だったし。私くらいの歳の女性は、みんな小さい頃から『アイアスに捕まりたくなかったら知恵を使え!近寄るな!』って言われてたくらいだし」
エマは当時を思い出し、また笑いだす。
「リアムのお父さん、女好きだったんですか?」
「そりゃもう…それでなのかなぁ。エアルも小さい頃から女の子は皆可愛いと思ってる女好き予備軍な子供だったんだけどね。シンパシー感じて、なんだかんだエアルの面倒みてくれていたの」
「え~、エアルの女好きは子供の頃からだったのかぁ。そりゃ簡単に治らないや」
「あれはもう病気よ。さ、次に行きましょう」
石畳から落ちないように、マノンが歩く。十分くらい歩いただろうか。「ここよ」と言われ顔を上げると、そこは空地だった。両隣りには家が建っているのに、ここだけ、避けられているように空いていた。
「ここは…」
「ここはね。ネストさんが住んでいた家が建っていたの。たから…エアルの言う事が正しいなら、ネストさんとイノさん、マノンちゃんは、短い時間だけど、ここで暮らしていたの」
「ここが私の、実家で、育った場所…」
ネストとイノが去ってから、すぐに取り壊された家。誰も近寄らず、皆が避けた。買い手も付かず、公園にもなれない、ただの空き地。忌み嫌われている空地。
(あんな忌々しい事件がなければ…マノンちゃんはここで、ネストさんとイノさんと幸せに暮らしてたんだわ)
せめてもの罪滅ぼしで連れてきたが、正解だったかは解らない。あったかもしれない未来を想像させて傷つけたかもしれない。
「マノンちゃん、」
「ありがとう、エマお姉さん。私、知れて良かった…ここに、私達のお家があったんだね」
マノンは両手を上げると、空に向かって叫んだ。
「帰って来たよぉおお!!」
マノンの叫び声を聞いた人々は、聞いてもさっぱり理解できないだろう。誰が誰に帰宅を知らせたのかも。
仰け反り過ぎたマノンはひっくり返って尻餅を突いた。だが、ケラケラと笑う姿を見て、エマはホッとした。
「帰りましょうか。朝ごはんの準備をしなきゃ」
「はい!」
いつもより寝坊したせいか、はたまた二日酔いなのか。頭痛が残る身体でヘスティアは着替え、身だしなみを整えリビングへと降りる。
「あ、ティア姉おはよう!」
エマの隣で、何か教わりながらフライパンを振っているマノン。マノンの声で、エマとアイリスの視線がヘスティアへ向く。
「おはようございます」
「おはよう、ヘカテアお姉ちゃん!」
「おはよう、ヘス…テーナさん!適当に座って待ってて!」
「ママ、またお手伝いする」
アイリスはエマの元に駆け寄ると、お手伝いの命令を要求する。
「あれ?今日はよくお手伝いしてくれるのね。ヘカテーナさんとマロンちゃんがいるからかな?」
「ちがうー!アイリスもお姉さんだから!」
頬を膨らませプリプリ怒るアイリスに、思わず笑ってしまう。
「ありがとう。じゃあ、皆さんにコップを持っていって」
「はーい!」
落としても割れない、プラスチッック製のコップを渡す。アイリスは、セカセカと動いてはせっせとテーブルに並べていく。
「あの、エマさん。私もお手伝いします。何か出来ることはありませんか?」
「大丈夫よ。お客様なんだから座って待ってて」
「そうそう!私も卵焼きが出来たら座るから!」
どうやら卵焼きに挑戦しているようだ。フライパンの中には、卵焼きというか、ポロポロたまごだった。
「あ、じゃあお皿だけお願いしてもいいかしら」
「あ、すみません、わざわざ…並べておきますね」
人数分のお皿を渡され、ヘスティアはテーブルに配置していく。なんだか、わざわざ手伝い要素を作らせてしまって申し訳なく思ってしまう。
「はよ~」
エアルがだらしない格好で、肩を掻きながらリビングに顔を出してきた。
「だらしない!シャキッとしなさい!」
「ゥオ!はい!」
エマのピシャッと落とされた雷に、エアルは完全に目が覚め、背筋を伸ばした。
「顔を洗ってきます!」
「まったく…年下しかいないと思って、リアム達の前であんなぐーたれてるなら再教育してやるんだから」
朝食を食べ終わると、今度はアイリスの登校時間が迫る。
「忘れ物は無いわね?今日は多分、忘れ物があっても届けにいけないからね」
「大丈夫!寝る前にヘカテアお姉ちゃんとマロンお姉ちゃんと確認したもんねぇ!」
「なら安心ね」
アイリスは紺色の制服を着て、ブラウン色のランドセルを背負うと、ヘスティアの傍に寄る。
「ねぇ、ヘカテアお姉ちゃん。アイリスが帰って来てもいる?」
「そう、ですね。今日の仕事次第といったところでしょうか」
「お仕事ってエアルお兄ちゃんの?エアルお兄ちゃん、お仕事いつ終わる予定?!」
「え、そう言われてもなぁ…」
エアルがエマに視線を合わせると、エマは首を振る。
「まだ終わらなさそうだな。たぶん、今日はお家にいるよ」
「そっか…ずっといてほしいなぁ」
今日はいるけど、明日は解らない、と受け取ったのか。アイリスはしょぼくれて唇を尖らせた。
「そんなわがまま言わないの。早く行かないと、学校に遅れちゃうよ?」
「はーい、そろそろ行ってきまぁす」
登校していくアイリスをエマとエアルが玄関から見送る。
「ちゃんと居てねぇー!勝手に帰っちゃダメだよぉ!アイリスが帰るまでいてよぉ!」
「いいから、前を向いて歩きなさい!」
アイリスは大きく手を振ると、ちゃんと前を向き登校バス停まで歩き出した。
「大層な小学校に通ってんだな」
「進路については連絡が来るのよ。電子パンフレットと、いかに素晴らしい勉学と教養、文化的教育に力をいれているか、学園長のプレゼン付きでね」
エマは少々迷惑そうに顔を歪めた。
「本当はね、のびのびと育ってほしいの。アイリスが、自分でどんな大人になりたいか沢山の人を見て、選んで、決めていってほしい。最初から立派になるべく教育させられるなんて…反対したけど、ややこしくなりそうだったから、了承しちゃった…。ダメね。私の悪い所」
「そう自分を責めるな…。逆に考えようぜ。勉強も十二分にさせてもらうし、興味を持ったらバックアップがある。アイリスの選択の幅が広がる。…どう?」
二人は家に入る。
「まぁ、私もいいように遊ばれちゃったから、私もいいように使ってやるわよ」
ふざけて笑い気丈に振る舞うが、見えない傷は癒えていないことくらい、エアルには解っていた。
そこに、エマのマジックウォッチがピコンとなる。宛先は「ゼス議長」。
二人は見を見合うと、静かに頷いた。
リビングではアイリスの登校準備戦争がやっと落ち着き、紅茶で一服しているヘスティアとマノンがゲッソリとしていた。
「朝の準備が、ここまで大変だとは知りませんでしたわ…」
「私も…自分でやらないと、置いて行かれるから必死だった」
「二人も、家庭を持ったら、毎日こんな感じになるわよ」
何気なく言ったエマの一言に、マノンは頬を赤く染め、ヘスティアはどこか複雑そうで、悲しそうな表情をした。
「温かい家庭、憧れます…。私も、好きな方と、一緒に…」
ヘスティアは切なそうに、左ひじを掴み、身を寄せた。
異変に気付いたエマが、ヘスティアに声を掛けようとするが、エアルが割って入る。
「エマ姉」
「そう、ね。聞いて。さっき、ゼス議長が会ってくれると連絡があったの」
「え、中ボスに会えるってこと?!」マノンが真っ先に食らいつく。
そんなマノンの頭を鷲掴みし、後退させる。
「ありがとう、エマ姉。本当、なんて礼を言えば…」
「条件として私も同席しろだって。ヘスティアちゃんとマノンちゃんは…どうするの?」
「もちろん行くよ!」
「いいや、駄目だ。絶対に止めたほうが良い。これは、バレたら非常に不味いし、今後の行く末も大きく変わって来る」
「そこまで…大袈裟…あ、」
マノンは自身の生い立ちを嫌でも思い出す。
「そう。お前は混血児として一度は殺された赤ん坊なんだ。それが元気にピンピン生きているのがバレてみろ。今度は銃殺だぞ」
聞いたマノンは、目を半目にし、ベーッとベロをだしてゼーロの街を馬鹿にしている様な態度を取っている。
「そしてヘスティア。お前はまだ、アウトに近いセーフだ。だが、ゼス議長は暗部や密会で世界情勢を把握しているはずです。勿論、お前の顔も把握しているだろう。いくら偽名でも、髪の色、顔立ち、属性で確実に王女だとばれる。現マルペルト国王から密かに捜索されているかもしれない。それをゼス議長が知っていたら密告されるぞ」
「捜索ね…でも検問所は突破出来たじゃない」
ヘスティアもわざと不貞腐れてストライキに入る。
「あれは…検問の管理官は世界情勢を耳にしても、映像までは見ない。それだけゼーロに人間が世界にあまり興味を示さない変な特徴だよ」
「どうする?この家に居てもいいけど…私達が出かけた後も電気や人影が見えるなんて知られたら、不味かったりする…?」
エマが不安げに訪ねてくる。
「そうかもな。普段、エマ姉とアイリスしか居ない家に、俺が帰って来たなら兎も角、他属性がいると知られたら不味いかもな」
そうだ、と思い出すと、エアルは引き出しを漁り、鍵をヘスティアに渡した。
「これは?」
「この鍵は俺が使用しているガレージだ。古びた工業地帯に造って…リアム達も使っていた場所だ。俺が居た時よりも居心地よくなってるかもな」
「リアムとミラが色々模様替えしてくれているなら安心かもね」
マノンはすっかり安心すると、移動する準備に入った。
「そうね。この街の規則とやらは、私たちからしたら理解しがたくて、受け入れられないことが多いかも…それなら、ここに住むエアルとエマさんの助言を優先的に訊きましょう」
「ワリィな。そうしてくれ」
出かける前に、エマがサンドイッチをバスケット一杯に準備してくれた。エマの軽自動車でヘスティアとマノンがガレージへ。スポーツカーでエアルとエマはゼス議長の元へ向かった。
エアルは、事前にゼス議長との待ち合わせ場所をヘスティアとマノンに共有済みしていた。
「もし何かあったら、このホテルから離れるか、乗り込んで俺達を助けるか…そこは任せる」
「なんて二択を迫るの?」ヘスティアが面倒くさそうに睨む。
「信頼してんぜ」
こうして、ガレージに着いた二人は、埃まみれのガレージに着く。
「掃除くらいしておけよなぁ」
マノンは窓を開くと、時代遅れの竹の枝と布きれのハタキでパフパフと掃除をし始めた。
「ここ、随分とエアルの趣味が充実しているのね…ここも要攻撃対象として覚えておきましょう」
旧工業地帯は、今は誰もいない。草もコンクリートの割れ目から生えて、ボーボーと妙に汚らしい。
「お昼まで時間も有りますし、この埃屋敷をどうにかしましょうか」
「うん!」
ホテルの入り口前に入る直前、エマが暗い声色でエアルに忠告してくる。
「ゼスに、私に対していった事、行為は全て当たり前の光景だとして話を進めて。無理なら、私が進めるよう諭すから。絶対に、私達の行為を見ても、平然とするフリをしてね。お願い…。私とアイリスの生活を守るためでもあるから」
エマはフレアスカートを握りしめる。
「解った…」
二人が入口に車を着けると、ベルボーイが現れ、下車を優雅にフォローしてもらい、その後車を駐車場に向け発信させる。そしてドアマンが二人はにこやかな笑顔で出迎える。
「エマ・アーレントです。スィートルームラシャスで予約を…」
マジックウォッチを差し出すと、すぐに承認される。
「会合でご使用予定でございますね。先程、お相手の方が来られました。ごゆっくりお過ごしくださいませ」
二人はボーイに案内され、最上階に案内される。エレベータを降りたら、大理石で作られた圧巻の廊下。その先には木目の美しい扉が。
「わたくしが入れますのは、ここまでです。ごゆっくりどうぞ」
ボーイは撤退していった。
ここからが本番だ。
「…ここ、ネイサン家というより、ゼスが個人で利用していることが多いの」
小声で伝える。
「そうか。じゃあ、聞きやすくはなるかな」
エアルが扉を開けると、ローブタイプの服を着ているとはいえ、少し中年太りが目立ち始めたゼス議長が待っていた。見た目は、ナノスに似ている。もう過去の姿で止まっているが、年相応に年齢を重ねれば、父・ゼスのようになる…そう思うくらい、似ていた。
そしてゼスは、エアルなど目もくれず真っ先にエマに少し激しいスキンシップをしてくる。
おしり、腰、そして頬に手のひらを当て、エマの感触を楽しむ。
「エマ、会いたかったぞ…。どうだ?アイリスももう七才だ。そろそろ弟か妹が欲しい年頃なんじゃないか?これを機に…そろそろ二人目でもしこまんか?」
柔らかいシフォンのスカートの間を割って、太ももの間に手を入れる。エアルは殴りたい衝動をグッと堪え、視線を僅かに下へ向ける。
「久しぶりに会って第一声がそれですか…。ご無沙汰しております」
「そう怒るな。エマ、お前は怒っても仔犬の様に可愛い…」
普段の振る舞いからは考えられない態度を見せるゼスに、エアルは困惑と嫌悪を抱く。威厳ある議長は、愛人の前ではただのジジイになるらしい。エマの実弟エアルがいるなんてこれっぽっちも認識していないように。空気のようにエアルを無視する。
「本題に入ってもよろしいでしょうか」
エマが痺れを切らし、口火を切る。
「あぁ…。わざわざお前を利用し、専用回線を使用してまで私とコンタクトを取りたがる弟だろう?そこまでして私に会いたがる要件はなんだ」
ゼスは太々しくソファにボスンと座る。
「それは今現在、この世界で起きている出来事について。そしてこれから起きるであろう危険性についてです」
ゼスの眉がピクリと動く。
「これ以上の事は、私は知りません。詳細は弟から聞いてください」
エマが一礼し、一歩下がると、次はエアルが前へ出る。
「どうも、ご無沙汰しております。ゼス議長」
エアルが挨拶をすると、ゼスは険しい顔つきになる。だがそんな威嚇を無視してエアルは話を続ける。
「これからお話しする上で、ゼス議長に失礼を申し上げるかもしれません。ですが、全てはティアマテッタ軍・軍事司令官モルガン・ハンプシャー少佐直々の指令で私は動いております。どうかご理解の程を」
「ふん。モルガン・ハンプシャー…アイアスの弟子気取りの女か。あの女狐め、司令官などなっているのか。…解った、無礼は許そう。そして、お前が知っていること全てを話せ!それ次第では私が知っている事、全てを明かそう」
「ありがとうございます」
モルガンの影響力なのか、はたまた自身が知らない情勢が気になるのか。どちらにせよ、会話を繋ぐという問題は乗り越えた。次は、エアルの手札次第でゼスの口から情報を聞き出せるか否かだ。
「ではまず…ゼス議長のご子息であるナノス・ネイサンが生きています。ご存知でしたでしょうか?」
「ナノス…あの愚息が?生きているだと?」
「あまり驚かれないのですね。まぁ、アイアスさんが遺した記録ではありますが、二年前には確実に生きていました。そして、ハンプシャー少佐の推測でも、現在も生存している率が確実に高いでしょう」
「こちら側としてナノスは死んだ、と認識している。遺体も確認した。だが…遺体を調べた時、ネイサン家の血筋を継ぐ者には足首に痕がある。ナノスの痕は自傷の痕があり完全に一致とはいかなかったが刺青や焼き印とは違う痕だと判明したからナノスと断定した」
「ですが、彼は生き残った。その手引きをしたのはネスト・ランドルフです」
「ネストだと?!」
ゼスが声を荒げた。
「アイツは隣町の病院で他属性の愛人が死んだあと、ヴェネトラ付近の街の病院で死んだと聞いた!どうなっている!」
「誤情報だったんです!ネストは死んでおらず、数年後に起きたナノス追放を聞きつけ手を組んだ…それ私達の推測です!復讐のために、ネストとナノスは!」
「そもそもネストが他属性という忌々しい女なぞにうつつを抜かさなければ…!大人しくミーナと結婚していれば、」
「愛人なんかじゃありません!」
ヒートアップする二人を突然遮ったエマの言葉に、ゼスもエアルも一瞬理解出来なかった。もう一度エマが、「愛人ではありません」と言い返し、初めてゼスのイノへの発言に憤りを見せていることにエアルは気づいた。
エマの表情は怒りを隠している。
「彼女は…イノさんはネストさんの正真正銘の妻です!彼女を侮辱することは私が許しません!どんな形でも家族になることを許さなかった…。その意味を、今一度噛みしめてください。過去の行動が、今に繋がっているのですよ」
怒りを噛み殺し、耐えるエマの姿は強さを感じさせた。芯のある女性だと思う。エアルはマノンの両親の誇りを、威厳を、尊厳を守ろうとしたエマに、エアルは喉の奥が苦しくなるが、震わせながら言葉を続けた。
「ネストは生きています。いや…生きていたと言ったほうが正しい。我々の目の前でネストは殺されました。妻と、娘のことを最期まで想いながら…。イノ・ミナージュはネスト・ランドルフの妻です。死後もなお、二人を別つような真似は止めていただきたい」
ゼスはどこか気に入らないと表情を曇らせるが、エマの発言もあり、渋々と頷いた。
「愛人と称したことは撤回しよう…。あの女はネストの妻だ。だが、ネストの件…詳しく話せ!」
ゼスはネストの件に異様とも言える程食いついた。
エアルは一連の話を語った。リアムの最終試験の出来事。そしてアマルティアにネストが属し、その結果‘用済み’として殺されたこと…。
「そうか…そんな事があったのか」
ゼスは頭を抱えると、用意されていたコーヒーを飲む。
「これが、私が見てきた全てです」
「アイアス亡き後、暗部も碌な働きをせんな…。ナノスの死体を確認したのも別の暗部だ。アイアスはティアマテッタに用がありどうしても外せなかった」
うわ言のように、ゼスは言う。
「ゼス議長。こちらの質問に、答えていただけますか」
「…わかった。答えよう」
「ありがとうございます。では…ネイサン家の固有スキルについて。スキル・タイムパラドックスですが。これは、メイヤーズ家のように発動する者が限られている、もしくは使用出来ないということは、ありませんか?」
「固有スキルのことまで知っていたか…」
ゼスは少し口を閉ざし、溜息を吐くと話し始めた。
「これは絶対に秘密にしろ。…タイムパラドックスは四代前で途絶えている。私も、倅も使えない。もちろんナノスも使えないはずだ」
「そうですか」
まず一つ知りたかった情報は聞けた。
その後もエアルとゼスの質疑は続いた。エアルの隣で、エマは信じがたい事実に衝撃を受けながらも、口出しをせず静かに聞いていた。
ヘスティアはエアルのガレージで、太目の針金を見つけ、それを工作してウサギの形を作っていた。
「何作ってるの?」
「ウサギのワイヤーアートよ。アイリスにあげようと思って」
「へぇ」
マノンは隣に座ると、作業の様子を大人しく見ていた。それから暫くすると完成し、同時にエンジン音が近づいて来る。
「エアルかも!」
「マノン、ちゃんと扉が開くまで待っていなさい。ここはエアルが持つ鍵じゃないと開かないから」
エアルがヘマをして、ゼーロの暗部や警察だったらどうしようかと肝を冷やしたが、杞憂に終わった。ちゃんと扉は開き、エアルとエマが入って来る。
「待たせたな」
「お帰り!ちゃんと訊きたい事聞けた?」
マノンがエアル達に駆け寄る。
「まぁな。二人には飛行艦で話す。エマ姉、今日のことは誰にも…」
「当たり前でしょう。あんなこと、誰に言えっていうのよ。そもそも話したところでここら辺の住民は信じないわよ」
「確かに。よし、じゃあエマ姉を送って、荷物纏めて出発するぞ」
「え?!今日も泊まるんじゃなかったの?アイリスにもまだいるって言ったじゃん!」
マノンは慌てて滞在を延期しようと、歩き出したエアルを制止する。
「確かにアイリスに嘘吐いたことになるし、悪いことしたと思うけど。ここはゼーロだ。長居はしたくない」
「でも」
ヘスティアが、そっとマノンの肩に手を添えた。
「マノン、ここは他の国とは違うの。それは、きっと。マノンが一番感じたことじゃないかしら。エアルの気持ちもわかってあげて」
「…うん」
それから四人はエマ宅に帰宅し、荷物を纏め、家を出た。去り際に、昼食に食べるようにとエマがお弁当を持たせてくれた。
「エマさん。お世話になりました。これ、アイリスに」
ヘスティアは車に乗り込む前に、ワイヤーアートのウサギをエマに託す。
「ありがとう、ヘスティアちゃん。アイリスには上手く誤魔化しておくから。もしかしたら連絡入れるかもしれないから、ちゃんと出なさいよ。特にエアル」
「ヘイヘイ…」
車が発進し、エマがどんどん小さくなっていく。マノンはそんな光景を見ながら、ゼーロの街を見渡す。
人々は普通に暮らしているのに。彼等の思考は他国とどこか違う。こんなに平和なのに、異物が紛れると牙を向く。
「…さよなら、ゼーロの街」
無事に出国し、エアル達は飛行艦に辿り着く。
エアルは操縦室に入ると、次の目的地を入力する。
「次はどこに行くの?」
「次の目的地はイグドラヴェ。コアの出身国だ」
表示される地図には、メルカジュール近くを飛行するルートが記されていた。
「ねぇ、よかったらなんだけど。メルカジュールに寄り道してもいいかな。先生にちゃんと会いたいし、運がよかったらマイラの伯父さん達にも会って元気に旅に出たことや、ヴェネトラでのこと、教えてあげたいんだけど」
「うーん、そうだなぁ」
エアルは少々困り、顎に指を当てる。
「いいんじゃないの?少し予定通りいかなくても。マノンもマイラも、逃げるように出国した身なんだから、ちゃんと保護者の方に説明するのも私達の役目でしょ?」
ヘスティアの援護を受け、エアルは苦笑いをした。
「解った。確かにそうだな。連絡だけじゃなくて、ちゃんと顔を見て報告するのも必要だな。よし、メルカジュール経由イグドラヴェ行きで決定だ」
エアルの言葉に、マノンは瞳を輝かせた。
「ありがとう、二人とも!よーし!」
マノンは舵を思いっきり回すと、飛行艦がゆっくりと動きだす。
「面舵いっぱーい!行先はメルカジュール!」
「勝手に動かすな!」エアルが思わず頭を小突いた。
「あだっ」
「まったく…」
こうして三人のゼーロの街での仕事は終わった。次の目的地はイグドラヴェ。寄り道でメルカジュールに行くが…そこでまた不穏な情報を得るとは誰も予想していなかった。
原作/ARET
原案/paletteΔ




