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ETENITY00  作者: Aret
2章・・・代償
47/113

47話・・・ティアマテッタ21・サバイバル訓練6

遠かった戦闘の音が近づいて来る。

遅かれ早かれ、次は自分達の番だと焦りが芽生える。

誰だ、誰が来る。大尉クラス、中尉クラス。

「リアム君、お願いしてもいい?このハンカチで手と銃を縛ってほしいんだ」

マシューがお願いしてくる。

「何でまた。心配しすぎだぞ」

「いざ銃を放しちゃったら命取りでしょ?それだけは避けたくて」

「わかったよ」

右手と銃を、ハンカチで繋ぐ。取れないように、クロスにして。

「…折り畳みナイフ持ってるだろ?危険を感じたらすぐに切り離せよ」

「うん。ありがとう」

すると、黙り息を顰めていたシレノがふと呟く。

「僕達、もしかしたら最後の獲物にされているかもよ」

え?と四人は戸惑う。

「他のチームの陣地がどこかは解らないけど。よく聞いてみて」

確かに、ここより山頂寄りで戦闘が行われている。

「ここの山はそんなに標高が高いわけではないけど、わざわざ麓から侵攻して山頂付近、そして僕達がいる中間地点に移動すると思うか?普通なら山頂を目指して侵攻していく」

確かに麓、中間、山頂と巡る方が労力も体力も無駄に消費はしないだろう。山頂に行ってから敵がいると解り切っている中間地点に下山をするのは容量が悪い。

「まさか、最後のメインディッシュにリアムかブレイズ狙いってこと?それなら心当たりがあるわよ。ハンプシャー少佐。あの人、随分リアムにお熱じゃない」

「なんでそう思うの?」

「それは…温泉旅館行く時にわざわざ近くを通ったからとかでマイクロバスで乗せて行ってくれる?それに…」

旅館で、夕飯を食べ、酒を飲みダメな大人達が伸びた後だ。

独り隅っこでお菓子を食べていたら、寝ていたはずのモルガンがぬっとやって来たのだ。

――ゾーイ女史。君はリアム氏と出来た縁を大事にするといい

その時はただ、無属性というレアと同期であることを喜べということだと軽く考えていたけれど。それは恩恵を受けられる、もしくは地獄に同行できる、という遠まわしだったのかもしれない。

「少佐に近い大尉クラスは?」

「確実にウォーカー大尉でしょうね」

その時だ。

一瞬の出来事で、マシューが土に呑みこまれた。マシューを呑みこんだ土はそのまま連れ去りどこかへ消える。

「マシュー!クソ、油断しすぎた!」

うかうかはしてられない。次は地割れが起き、ゾーイを除き、リアム、ブレイズ、シレノの二手に別れてしまう。

「ゾーイ!」

「大丈夫よ。寧ろ貴方達、自分の事を心配しなさい」

地面は波打ち、リアム達をどんどんゾーイから離し、辿り着いたのは開けた場所だった。

「お、大当たりじゃねぇか」

「誰だ、アイツ」ブレイズが無礼にも吐く。

「威勢がいいなぁ。俺はエンキ・スタイン大尉。こっちはブラッドの部下のユーリ・ゼス。今からお前等の相手は俺達がする」

何故ブラッドの部下がエンキと居るんだ。リアムは不安が過る。エンキの部下はどこにいる。

「ウォーカー大尉は別の新兵の相手をしていますよ。助けたかったら、俺達を掻い潜ってください」

「ただし!二人いる大尉のどちらかでも倒せばお前等の勝利だ。俺と戦うならユーリは手出ししない。希望の配属先に絶対は入れるよう手配してやる」

「…魅力的なご提案だね」シレノが呟く。

三人は目配せをすると、リアムが森へ向かって走り出した。

「ハッ!仲間を助けに行くってか!どうせブラッドに呆気なくやられるんだ、ソイツを見捨てて、少しでも軍に貢献できるよう俺を倒す選択でもしたらどうだ!」

エンキはリアムを追う。

「助けに行くのも当然だけど、俺はウォーカー大尉と戦ってみたい!」

「俺よりブラッドがいいってか。クソガキ…俺にしといた方がいいぞ?」

エンキが不敵に笑う。

「フー…今年の新兵は問題児が多いようですね」

ユーリは剣を構えると、ブレイズ、シレノと対峙する。

「俺等もさっさとコイツ倒してマシューとゾーイ助けに行くぞ!」

「ブレイズ君、先輩に向かってコイツ呼びは…」

「なるほど、解りました」

ユーリの剣が黄に光る。

「特にブレイズ。君は指導が必要なようですね」

それは教師のような口ぶり。真面目くさった委員長のようで。面倒臭い奴で。

シレノは思わずブレイズを横目で見る。

「…俺、お前のこと嫌いだわ」

相性の悪いユーリに青筋が入るブレイズを見て、シレノは溜息を吐いた。


ブラッドはユーリに質問する。最初、誰を叩くか。そしてユーリは答える。

『頭がキレる人じゃないですか?それか弱い奴。仲間から無意識でも庇護の対象で見られている。仲間としての絆が強ければ強い程助けが来る。放っておけなくて。まだ切り捨てるって選択が出来ない。力も分散できますよ』

参謀で弱い奴。ブラッドはぴったりな人物を知っている。

『ユーリ。リアムのチームに近付いたら、真っ先に切り離してほしい奴がいる』

『ランドルフではなく、ですか?』

『あぁ。ソイツを叩いて、リアムをおびき寄せる』

生き物のように動いていた土がブラッドの近くに来ると停止する。

無言のまま剣を構えると、ブラッドは土を切り裂いた。手ごたえはある。確実に体の一部を斬った。

斬った反動で土の中身が露わになる。中には、注文通りちゃんとマシューがいた。しかし、左腕を盾にし、出血をしているにも関わらず、痛がる素振りも見せず銃を向けているマシューが。

銃口には金属の球体がある。そして引き金を引くと、球体が破裂し、破片が容赦無く襲い掛かる。

ブラッドは氷の盾を形成するが、次は金属ドリルで対抗してくる。ドリルは回転すると氷の盾に穴を空けブラッドの貫こうとする。

(少し侮っていたか)

ブラッドは盾から飛び出すと、未だ飛び散る破片の中へと戻る。そして剣で破片を弾きながら、対抗する。

「お前に出来ることは私にも出来るぞ」

ブラッドは氷柱を生成し、マシューに向け放つ。

「ッウ!」

右腕と左足首に氷柱が掠る。鉄の盾を作り、難を凌ぐ。が、頭上からは大きな氷柱が落下してくるので休む暇も無くマシューは飛び出す。

そこをブラッドは見逃す甘さは無く、氷柱を放つと、今度こそマシューに刺さる。

「イッタっ」

腹、太ももに刺さり思わずよろめき膝を着く。

首の裏が凄く冷たい。いつの間にか氷が張っている。耳が徐々に聞こえ辛くなっていく。

そして、ひたり、と首筋に刃先が当たる。

「さい、あく…」

「最終試験の時よりかは動けるようになったんじゃないか?」

マシューは悪あがきで銃をブラッドに向け引き金を引く、が簡単に避けられ、逆に反撃に合い峰で容赦なく叩かれ、右腕が折れる。

「~ッ!」

「もう諦めたらどうだ。今なら逃がしてやる」

「誰が諦めるか」

マシューは左ポケットから折り畳みナイフと金属片を取り出すと、魔力を込める。

「ほう」

ナイフに金属を融合させ、鞭のように長く、柔らかく変形させる。切れ味は変えずに。

「悪あがきだな」

「それでもかまわない!」

慣れない左腕での扱いだが、自分でもどこに刃が向かうか予測不能。痛みを堪え、挑んでいく。

刃が当たるたびに、ブラッドの剣で弾き返される。

「私はお前みたいな男が嫌いだよ。優しさの塊で、仲間がいないと強くなれない。役に立てない。殺意も無ければ戦意も無い」

「戦う意志はある!」

「口だけだろう!その結果がどうだ?」

背後を取られ、蹴飛ばされマシューは地面に倒れる。そこにブラッドが背中に足を置き踏みつけてくる。背中に出来た傷をまた抉るように、グリグリと、わざと。

「いっ…!」

「敵を殺すことじゃなく、使えるか解らない仲間を助けるために背中を向けただろう!お前があの時、女を見捨てれば一人くらいは倒せたはずだ!」

「使えるとか、使えないとか、ぅぐ!」

脇腹を蹴飛ばされ、咳き込む。

「私も暇じゃないんだ。そろそろ終わりにしよう」

「…それは同感です」

マシューの疲弊は限界に近かった。今の戦いのせいで背中の傷も開いた。左腕を無理に使ったせいで血が止まらない。

ブラッドがマシューにとどめを刺そうと一歩踏み出そうとした。

「…なるほど。いつの間にか上達しているようだな」

ブラッドの靴には金属が地面と癒着していた。

(持ちこたえろ、僕の腕!)

マシューは左手を右腕に添え、銃の引き金を引く。しかし、反動で右腕に激痛が走る。

そして。

地面から、無数の氷柱が出現し、マシューの身体を貫いていく。

・・・

「枝に蜂が刺さってる」

見張りの時、木の枝に蜂が刺さっているのを見つけた。

「モズじゃないかな。習性なんだ。保存食だったり、空腹でも満腹でも本能で狩りをしてとりあえず突き刺す。まぁ、説だけれど」

シレノが教えてくれた。

「へぇ…ちょっと怖いかも」

・・・

貫かれた身体は地面から離れ、ただだらしなく四肢が垂れさがる。心臓や肺には刺さっていないが、腹や肩、太ももは貫通しており、冷たさから体温が下がっていく。

(この人の戦い方は悪趣味かもしれない)

朦朧とする意識の中、横目でブラッドを見る。もう次の獲物を捕獲するために歩き出している。もう、自分なんかに興味が無いように。

「…クソッタレ」

マシューは左の袖から三枚の歯車を取り出した。殺傷用に改造した、ギザ歯の刃物型。

リアムの金属性の戦い方を聞いてから、この三日間ずっと魔力を溜め続けていた。

今残っている魔力を全部注ぎ込む。

「アイツを殺せ…!絶対皆に近寄らせるな!」

初めてだ。誰かをこんなに憎らしいと思ったのは。

静かに、そして怨念のように唸ると、歯車を投げつける。歯車は魔力が発動し、十メートル程に巨大化すると地面を抉りながらブラッド目がけ回転する。

「!まだそんな魔力が残っていたか」

ブラッドは襲い来る三つの歯車を相手取り、剣を振るう。

「…あの人、キライだな」

もう耳も聞こえない。体も冷えて堪らない。ぼやけながら見えるのはブラッドが歯車に翻弄されている姿だけ。

「ざまーみろ」

マシューは、意識を手放した。


独りだけ別の場所へと連れてこられてしまったゾーイは、胡坐を掻き、ライフルを担ぎ困っていた。

「参ったわ。女の子を一人暗い森の中に誘うなんて。どんな奴が相手なのかしら」

反応は無い。ただ、どこかからか金属音が聞こえる。マシューだろうか。

「…どうしましょう。私、無理矢理身体を暴かれちゃうのかしら」

またも反応は無い。

「…マジでどうしましょう。無反応だと困るわ。もしかして、私今独りぼっち?独りで変態みたいなこと言っていたの?それはそれで困るわ。ただの変態じゃない、そういう願望がある痴女みたいじゃない。少佐に知られたら、確実にネタにされるわ」

ピュン、と水の魔弾がゾーイを掠る。

(上からの銃攻撃。水属性。私の声が聞こえる範囲にいるのかしら)

ゾーイは銃を構える。

「もしかして、ハンプシャー少佐とお友達かしら。それともお喋りは嫌い?」

また無反応。

「…残念だわ。お喋りが嫌いなようね」

ゾーイは立ち上がると、深呼吸をする。

(同期の新兵にコテンパにされたのよ。先輩にあたる人物に勝とうなんて思ってない。でも)

首に掛けていた三角巾を剥ぎ取り、ライフルを構えそこら中に乱射する。かなりの面積が氷上に変わる。

「先輩、今頃大尉だか中尉にコテンパにされているだろう仲間のために、私はアナタに一矢を報いることにするわ。一撃でも当たったら、ゾーイ・グレイスという女をウォーカー大尉に推薦しといて頂戴」

ゾーイは氷上に踏み込むと、滑り出し加速する。

そして敵がいる木々の上に向かい発砲を続ける。

ローラは木々の上を鍛えられた脚力と跳躍力で器用に渡り逃げていく。

試しにコインを氷上に投げ落とすと、バチン!と拒絶反応が起きコインが弾け飛ぶ。

(氷上自体が魔力の結晶か。相殺すれば地上戦も可能だけど、フィールドは相手の有利になってるし、いちいち相殺しながらじゃあ魔力が勿体ない。…ッチ、面倒だけど、木の上でやるしかないか)

エンキの元で鍛えられた体感と筋力は伊達じゃない。不安定な足場でありながら、標的の先を読み滑走するゾーイに魔弾を命中させていく。

「痛ッ!同族嫌悪だわ、全く」

(つうか、どんな化物よ。場所的には向こうが不利なはずなのに。夜だから影も見えなきゃ生い茂り過ぎた葉が邪魔で姿も見えない!)

互いにリロードし、狙撃は過激化していく。氷柱や水の球体が飛び交う。

敵の魔弾を受けるゾーイに対し、ローラはゾーイの魔弾を上手く避けていた。ゾーイの狙撃は確かだと思う。だが、不慣れな夜戦、そして普段なら固定位置からの狙撃に対して足で走るよりも速い速度で滑走している。それでも、ローラが居た場所に命中するのだから、感心はしていた。

「あとどれだけ撃ったら倒れるかしら」

ローラは太い幹の裏に隠れると、氷の球体を、時間を使ってでも作り上げるそして。

「もうお子ちゃまは寝る時間よ」

引き金を引くと、ゾーイの軌道を読んでいたかのようにカーブに曲がり、ゾーイの頭部に激突する。

「…ッハァ!」

転倒したゾーイはそのまま転がり着に衝突する。ゲホゲホと咳き込む。

頭部から出血し、眼に血液が流れ込む。

「最悪」

雲に隠れていた月が顔を出す。

「今度からはガトリングも持ち歩くようにしようかしら。今、とてつもなくぶっ放したい気分だわ」

ゾーイの体は血だらけだった。氷柱が刺さったり、魔弾でやられたり。ボロボロで、魔力も僅かだ。息を吹き、ライフルを構える。

「アイズ!」

深海で生きる生き物が僅かな光を求めるように。ゾーイは瞳孔を限界まで広げた。その先に、ローラを捉えた。

「絶対に痛い目みせてやる」

ゾーイは乱射するが、ローラは勿論逃げるし、足は速い。

「さっきより荒くなってる、自棄になったか?」

もうすぐ魔力切れを見越し、ローラは撃つのを止めて逃げに回る。

銃声が止み、また月明かりの無い森に戻る。もうゾーイはライフルを持つ腕を下げ、木にもたれかかっている。

(…終わったか?)

ローラが凝視していると、異変に気付く。

「…なに、」

雲が流れ、また月明かりが灯る。微かに光る細い、細い氷の糸。氷の蜘蛛の糸が一面に張り巡らされていた。そして、蜘蛛の糸には滴が溜まっていて。ゾーイは不敵に笑うと、最後の一発を蜘蛛の糸に目がけ撃つ。

「ッチ。しまった、やらかした」

魔力を得た大量の滴は、氷の飛礫となりローラを襲う。氷の盾を作る前に被弾したローラは、肩や頬に怪我を負う。しかし、盾さえ作ってしまえば後はやり過ごすだけだ。今のゾーイではもう追撃も出来ない。

飛礫の嵐が終わり、今度こそゾーイが気を失ったことを確認する。

「…推薦状って、どう作るのかしら」

魔力が切れた事で、氷上は溶け始めミゾレ状態となっていた。やっと地面に足を着けることが出来たローラは、怪我したことをエンキに知られ怒られるか、揶揄われるかの二択を思うと、凄く嫌な気分になった。


リアムは森の中を走っていた。エンキに追われながら。

「オラァ!待ちやがれ!ブラッドだけに美味しい思いさせてたまるかよ!」

「しつこい奴だな、本当!」

少しでも油断、疲労で速度を緩めればすかさずエンキに捕まるだろう。まず、マシューがどこにいるかだけでも確認したい。合流できるならして、エンキとの戦いを。

そこにマジックウォッチから一報が入る。

『マシュー・トンプソンの行動の停止が確認サレテカラ五分。ゾーイ・グレイスガ三分経過』

「は…?」

混乱する。二人が負けた、ということだ。ここで足を止めれば確実にエンキとの戦いに突入する。それでも構わない…そう思っていたけれど。

リアムは徐々に失速し、足を止めた。エンキは先回りし、リアムの前に立ちはだかる。

「何だ、仲間が負けたのがそんなに悔しいか」

「貴方も、部下が死んだら悔しいんじゃないですか」

「そりゃあな。だけど、今はあくまでも模擬戦だぞ。死んだわけじゃねぇ。気絶しただけの仲間が心配で足止めてるようじゃ軍人には向いてないぞ」

「別に、心配して止めてた訳じゃありませんよ。マシューとゾーイ、どっちかをウォーカー大尉が倒したんでしょう。どっちだと思います?」

「知るかよ。直接本人に訊いたらどうだ」

「そうします」

やけに素直だな、とエンキが身構えた瞬間だった。地面から大木の怪物の頭部が現れ、エンキを丸呑みする。

「クソ野郎、謀ったな!」

「謀ったもクソもあるかよ!つうか、アンタの部下一人に対してブレイズ達が押しているじゃないですか?!じゃなきゃアンタに仕掛ける余裕なんてないでしょ!加勢してあげないと、部下がやられちゃいますよ!」

そう捨て台詞を吐いたリアムは、ブラッドがいるであろう方向へと走り出す。

エンキは剣で怪物の頭部破壊を試みるが、斬ってもすぐに次の枝が伸び一体化し、脱出は困難になる。

(相当な魔力を使用してるだろ、これ)

この怪物を出現させたのはシレノだろう。これを最後の悪あがきと捉えるか、それともまだ戦う力が残っているのか…。

答えはすぐに解った。

もと居た場所に連れ戻されたエンキは怪物から吐き出されると、案の定押され気味のユーリと、ボロボロの姿で、肩で息をしているブレイズとエンキがいた。

「やっと戻って来たぜ、お山の大将がよぉ!」

ブレイズが剣をエンキに向ける。

「すみません、スタイン大尉」

ブレイズ達に比べたら怪我は少ない方だが、ユーリも反撃を受けたのだろう。火傷や切り傷がある。

エンキはユーリにゲンコツを一つお見舞いする。

「イテッ」

「お後でブラッドに報告もんだなぁ、こりゃ」

エンキは剣を構えると、ニヤリと笑う。

「お前等、俺を連れ戻したこと、後悔するぞ」

「しませんよ。僕達はウォーカー大尉より貴方の方が強いと踏んで二対二に持ち込んだんですよ。ウォーカー大尉ならリアム君一人でもなんとかなるでしょう」

自分達に不利な状況でもニコニコと笑うシレノに奇妙な感覚を覚える。楽しんでいる、とは微妙に違う。不安を悟られないように笑うとしても、引きつることなく優しそうに笑う彼に、エンキは引っかかりを覚えた。

「…お前の発言もチクッといてやるよ」

先行を仕掛けたのはブレイズだった。これを合図に三人も攻撃を再開する。

刃先に炎が走る剣をエンキの剣と交える。

「剣に魔力送らなくていいのかよ?早く木刀見せてくれや!」

「木刀とはまた…舐められたもんだなぁ」

相手はまだ魔力すら使用していないのに、ブレイズを圧倒する。最初こそは同等に戦えていたように見えたが、あっという間にブレイズは背後に木がぶつかり、逃げる範囲が狭められた。

「威勢がいいのは歓迎だが、周りも見ないと命取りになるぞ」

「そうかい!だけどこれでどうだ!この森林一体更地にしてやらぁ!!視界も逃げ道も作り放題だ!」

ブレイズの剣に炎が走ると、大きく円を描き火災旋風を起こす。

ハァ、とエンキが呆れた溜息を吐く。コイツは暴力的な力を持っている。そして近い方もあながち間違っていない。そして、その魔法を使う事に抵抗が無い。何故なら、自分の正義を信じ、この魔法こそが悪を勝つと信じているからだ。

「巻きこめぇええ!」

旋風に引きずり込まれそうになるのを堪え、ユーリが舌打ちする。

「相変わらず無謀で戦略無しの突進する攻撃、さっきも注意しただろう!」

地面に剣を刺すと、頂上からゴゴゴゴゴと嫌な音がする。

土石流だ。

土石流は敵も味方も容赦なく森を呑みこんでいく。火災旋風も呑みこまれ威力は弱まったものの、完全に鎮火した訳ではない。変わらず森を燃やしては魔力とは違う燃料を得て力を増していく。

ブレイズはシレノが生やした木の上に。エンキ、ユーリも木の上に居た。

「ブレイズ君」

「あぁ、あのエンキって奴、木属性だな」

「気づいた所でどう対処する。どう勝つ。そこを考えて手柄にするまでがお前等の仕事だぞ!」

エンキはピジョンを木々に打ち込むと、その木々は動きだす。根は土から這い出て足の様に歩き、葉を生やす枝は手の様に動きだす。狙うはブレイズとシレノ。木々は暴れ狂う。

「キッショ!んだコレ!」

ブレイズが斬っても斬っても、木は止まることを知らない。仮にチェーンソーで幹を斬ったとしても、根っこが生きている限り動き続けるだろう。

炎で攻撃しても、燃えたまま突進してくる。逆に自分達を危険に晒してしまった。

「どうだ、ブレイズ・ボールドウィン!自分の力の使い道を間違えた感想は!」

「間違えたって、そんなつもりはっ!」

「つもりは無くても、進行形でシレノに被害が被っているぞ」

慌ててシレノを確認すると、腕で鼻と口を隠し、灰や火の粉を吸わないように屈んでいる。

「お前の周りを見ていなさが仇になったな」

「…俺の、せい。周りを見ていない、せいで…」

この丸二日間、どうだった。最初変な敵三人が襲ってきたときも、勝手に飛び出していった。結果はリアム達が倒していた。じゃあ、ゾーイに見張りを任せて散策をしていた時は?あの時も何も起きなかった。だけど、もし展開があったら?その時、独りで見張りをしているゾーイが負傷したら。すぐリアム達が応戦出来なかったら。

「俺は、」

「ブレイズ君、炎の木達が気持ち悪い!!」

「ギャー!ごめんシレノ!」吃驚して思わず悲鳴と謝罪をしてしまった。

「落ち着いて!地鳴りがする、来るよ!」

シレノの指摘通り、地面から土の塔が急速に生え、天辺がブレイズ達を押し潰そうと蠢く。土の塔は逃げれば逃げるほど出来ていく。

「これじゃあ近づけないね」

ブレイズの様子を窺うように訪ねる。

「腹立つのはユーリって野郎がまだピンピンしてるところだぜ。エンキも気に入らん!まだ実力すら満足に見てねぇのに!」

「なんだか負け確みたいな言い方だね」

「…諦めたわけじゃねぇけど、エンキが参戦してから俺達は最初しか奴等に近付けてない。しかもお情けと様子見のために。悲しくなってきた…かなり甘く見られてる」

「僕達、新兵だから仕方ないよ」

「そうだけどよ。敵は俺達が新兵だなんて知らねぇぜ」

ブレイズの瞳はまだ生きている。鋭い眼光でシレノを捉える。

「そうだね…」

まだ腐っていないことに安心したのも束の間、足元から土が盛り上がり、立つのも困難な程の速度でかなりの高さにまで上る。森の生い茂る葉が見渡せるくらい、高い場所に監禁…連れてこられたらしい。

「これから狙い撃ちされるのかな。守る手はあるけど。…ブレイズ君?」

ブレイズは何かブツブツ言っている。完全に自分の世界に閉じこもっている。それを見たシレノは困ったように笑い、溜息を吐くと、剣を突き立て、一定の量の魔力を流し込んだ。すると地面から蔦が生え、花が咲く。しかし、この花。花粉に当たる場所に呻き声を上げる人面になっている。顔色の悪い、血の気の無い顔。苦しそうに、声を上げる。蔦は歩き回る木々を締め付け、動きを止めて。地面にも根を張り、ユーリの攻撃を止める。

ユーリの近くに咲いた人面花がアー、アー…と嘆いてくる。

「気色悪い…なんて趣味をしているんだ、あの木属性は」

鼻から下を切り落とすと、嫌なことに赤い液体がボタボタと垂れ流れてくる。人を斬った時と非常に似ている。

「殺した奴等のデスマスクだったりしてな。大穴で生首だけ生花として生けていたり…」

「…え?!」

「冗談だ。にしても…随分魔力量があるんだな、あのシレノって奴。ユーリ、最大の防御が出来るよう準備しておけ」

「解りました」

エンキ達の動きを止めたシレノは、ブレイズを見る。

(君は、どう強くなっていくんだい。ブレイズ君)

ブレイズは今朝の事を思い出していた。リアムのことだ。マシューとゾーイの酷い姿を見て、頭に血が上ったのだろう。自分が止めなきゃ、相手三人は絶対に死んでいた。どうして二人が簡単に負けたのかは解らない。でも、負けたのは事実だ。その状況を見て、いちいち血液沸騰させていたら、リアムの心身が持たない。それはきっと、俺達にも言える事。

(過去の失敗から学べ。俺は…リアムを裏切らない。リアムを悪だと言われても、俺は信じる。絶対に。そして、このチームの皆を信じる。信じてやって、心を開いてほしい。俺は敵じゃないって、解ってほしい…。それでも裏切られることも、いつか訪れる。でも、俺は)

仮にそうなったら、信じた相手に殺されるなら本望だし。悪と言われた仲間を助けるために死ぬのなら叶ったり願ったりだ。守るためにも、権力は必要になってくる。

わかってる・・・。

だがその前に、例え上官でも、先輩でも。目の前にいる仲間に大怪我負わせたんだ。それだけはきっちりと落とし前を着けなきゃならない。

「準備は出来た?」

「あぁ…。感情のコントロールって、俺が思っていたよりもスッゲェ難しいんだな」

ブレイズの剣が纏う炎が、赤から蒼く変わる。普段の炎より、高温は増している。

「俺にはこの色の焔がどういう意味なのか解らねぇ。でも、決して憎しみが入っている色じゃねぇってことは言える」

荒れ狂っていた台風の目の中に入ったようだった。静かで、晴天の蒼い空…。風が優しく頬を撫でていくようで。太陽の日差しがブレイズを照らしているように見えた。

「…やっぱり、君達と一緒に行動してよかった」

シレノは剣を構え、魔力を最大限供給し、振り下ろすと蛇に似た大木が地を這いエンキ達に襲い来る。

「行けええええ!!」

そこにブレイズの蒼い炎が纏い、蛇はまるで龍のように燃え盛る。

「ユーリ!」

「はっ!」

防御の準備を整えていたユーリにより、燃える龍は堅いドームに阻まれてしまう。おまけに、土のドームから出現した樹の獅子に胴体を噛みつかれる。

「反撃だ!」

樹の獅子は龍の上を走り抜け、ブレイズとシレノに反撃する。二人は暫く剣で攻撃と防御を繰り返したが、魔力切れ、エンキが来る前のユーリ戦での消耗で限界をとうに過ぎていて、十分もしないうちに獅子に敗れた。


ブレイズは完全に再起不能となった。声をかけても返事はない。呼吸音だけ確認出来れば、それだけでいい。

シレノは大の字になって夜空を見上げている。もう指先も動かせない。

「おい、お前」

エンキだ。シレノは視線だけ向ける。

「お前、俺と昔会ったことあるか?」

「あるわけないでしょ」

「そうか」

模擬弾でシレノを撃つ。

二人が気絶したのを確認すると、エンキは医療班に連絡を入れる。

「…ここまでしてよかったのでしょうか」

ユーリが心配そうに呟いた。

「あー?別にいいんじゃねぇのか?もし問題になったら全部ブラッドに責任取らせるからお前は心配するな」

「その部下が俺なんですけど」

足音がし、ユーリは咄嗟に剣を構える。現れたのはローラだった。

「随分派手にやりましたね。燃えているし、木はなぎ倒されているし。地面はボコボコで岩もいっぱい転がってるし…なんです、これ」

怪訝そうに尋ねるローラ。

「ローラも終わったか。あ、なんだお前。怪我してるな?」

「していませんけど。あ、そういえば動く木に遭遇して引っ掻かれたんですよね。あれは誰の仕業なんだろう」

「え…」

ローラの嘘だが、エンキは内心ヒヤッとする。

「最後はランドルフだけか」

エンキはブラッドがいるであろう方へ歩き出す。手出しはしない。だが、リアムがどう戦うか興味があったのだ。


「…切り裂かれている跡がずっと続いてる。足跡も。マシュー…」

リアムは言葉通り、地面に何かが埋もれ回転したような跡が残る場所に出た。足跡は一人分だろうか。地面を裂く何かと攻防し合いながら進んでいる。少しだけだが、刃物で掠った跡もある。想像できるのは、剣先。

「…」

リアムは進んでいる方へ向かう。その先に、金属音が聞こえてくる。

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