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ETENITY00  作者: Aret
2章・・・代償
37/113

37話・・・イノ・ミナージュ

作品を読みに来て頂き感謝です。

イノ・ミナージュは少々変わった少女だった。

普段はのんびり屋さんなところがあるが、乗り物を手に取ると性格が変わるのだ。初めて三輪車に乗った時、活発になったことを両親は乗れたことが相当嬉しいからだと思っていた。自転車に乗れるようになってからそれは確信に変わる。

あぁ、我が子は乗り物に乗ると性格が豹変するのだと。

それでも両親は可愛い一人娘を愛し育て上げた。

イノは自動車や船といった乗り物に興味を示し、アルバイトも港まで行き荷物集荷の仕事をしていた。いつかは船乗りになりたいと志し、勉強にも励んだ。

イノも年頃になれば色恋のひとつやふたつあった。だがデートする男の子は皆、イノのドライブテクニックや自分より詳しい知識を披露されると冷めてふるのだ。何より運転時の豹変ぶりには引くものがあった。

もう一生独身なのかもしれないと卑屈になりながら生活し、夢だった船乗りとして合格。アルバイト先のご縁で今の職場に就職できた。

その矢先だった。

雷に打たれる感覚。初めての一目惚れだった。

(私、この人と必ず結婚する!)

相手はもちろんネスト。ネストは自分の豹変ぶりを見ても引かなかった。寧ろカッコいいと褒めてくれた。運転や乗り物が好きだと教えると、イノに運転を任せてくれるようになった。

デートを重ねる中、大型バイクでネストを後ろに乗せてメルカジュールを爆走した日もあった。海水浴デートの時も水上バイクはイノが運転し、ネストは嬉しそうに後ろに乗っていた。

「イノに伝えたい事がある…。ここまで来て、言うのは卑怯だと思ってる。でも、俺達にとっては避けては通れない問題なんだ」

ネストは故郷のゼーロの街の暗黙の掟を教えてくれた。他属性を嫌う習慣。もし混血だとわかれば子供がどうなるか解らない事。もし結婚となったら、メルカジュールから逃げるように離れなくてはいけなくなること。

後出しでずるいなんてこれっぽっちも思わなかった。

「愛してる、ネスト…」

二人なら孤独でも大丈夫。寂しさだって感じないわ。


晴れて恋人同士となってから、イノとネストはなるべく長く一緒にいるようにした。ゼーロの街に輸入品を運ぶ時は必ずシフトを入れた。船長も解っていたから融通してくれた。

ネストもメルカジュールへの仕事の時は必ず立ち寄ってくれた。お互い頻繁に会えないが、なるべく一緒の時間を作った。


イノが目を覚ます。カーテンを捲ると、まだ夜中。星がちらほらだが見える。

ここがゼーロの街の港だと思い出す。

今は船のイノの部屋。

「ネスト…?」

「ごめん、起こしちゃった?」

隣には、起きて動画を見ているネストがいた。

「眠れないの?」

イノは起き上がり、ネストの肩に寄りかかる。

「少し前に俺も起きたんだ」

「今夜は静かなのに、起きるなんて珍しいね」

「最近忙しかったから、変な時間に起きる癖が付いたのかも」

「ねぇ、なんの動画見てたの?エッチな動画?」

「違うよ」

ネストがイノの頭をコツンと軽く叩く。

「甥っ子の動画。もう一才になる。…子供が可愛いって初めて思えたよ」

「今まで苦手だったの?」

動画には、無邪気に駆け寄ってくる甥っ子の姿。黒髪で、まだ赤ちゃんの顔つきだが兄のアイアス似であるのは確かだった。

「苦手だった。どう接すればいいか解らないし、生意気だし…」

「ふふ、偏見」イノはクスクスと笑う。

「ねぇ、甥っ子くんの名前、なんて言うの?」

「リアムって言うんだ。可愛い奴だよ。俺のこと見つけると駆け寄ってきてくれて。赤ちゃんだなって思うけど、人を試すように泣いたり、知恵つけて大人の眼を盗むようにもなった。侮れない奴だよ」

「将来有望だね」

「兄さんの影響で女好きにならなきゃいいけどなぁ」

「…ねぇ、ネストも赤ちゃんに来てほしい?」

「来てほしい…。そろそろ、ヴェネトラに行く準備をしよう」

「うん」

二人はどちらからともなくキスをすると、ベッドに潜り込んだ。


もう一ヶ月が経つだろうか。

あれからネストには会えていない。イノは操舵室から進行方向の確認を取っていた。

「イノ、交代だ」

「˝あ?!なんか言ったかぁ?!」

「こ、交代だよ…どうした、最近増して荒いぞ」

船長がイノから双眼鏡を取り上げると、イノは瞬きをして気持ち悪そうにする。

「どうした、体調悪いのか?」

「最近酔いやすくて…なんか食べていないと気持ち悪くて」

「船酔いかぁ?…船乗りとして潮時だったりしてな、嫁にでも行くか?ほれ、キャラメルやるよ。食堂まで食いつなげな」

「ありがとう」

船長もなんとなく察してはいた。近い未来、イノがネストと共に異国へ旅立つことを。船長も最初は軽い気持ちでアイアスの案に乗っかった。傍から見ても二人が強烈に惹かれあっているのは解った。恋人同士になればいいと願っていた。だけど、真実はそう簡単ではなかった。

アイアスを責めた時もあった。社員が可愛くないわけがない。ましてやまだ若いイノが苦労する未来なんて大問題だった。

『そうならないためにも協力をしてほしい…。船長達からイノさんを奪うことになるのは大変申し訳ないと思う。だが、好きを止める方法なんて誰が知っている?それはお互いにしか決められないことだと、俺は思う』

あの女好きでメルカジュールに来てはナンパしていたアイアスが、ある日ピタリと止まった。何が起きたかと思えば結婚と来た。

「生きて会えるだけ、最高ってことか」

船長は一人で大笑いすると、舵を握った。


「お、イノ!お疲れ~。これから食事?」

食堂に着くと女性社員四人がテーブルに集まっていた。イノは先にランチと、特別に用意してもらっていたグレープフルーツのゼリーをお盆に乗せ、椅子をつめてもらい隣に座る。

「おつかれぇ、今から食事。お腹空いちゃった」

「たんとお食べ。最近食べる量増えたよね、筋肉増量とか目指してる?」

「目指してないよ」イノが笑いながら答える。

真っ先にゼリーをちゅるんと平らげる。果肉も入っているので酸味が効いて美味しい。

「…イノ、あんたさぁ。ちゃんと毎月、アレ来てるの?」

一番年上の女性が質問する。

「え?!えぇっと…私不順で…。やっぱ病院行った方がいいかな?!」

「いや、食べたらすぐに検査するわよ」

「え、なに検査?!」

「え、え?!ウソ本当に?」

戸惑うイノを置いて女性社員達は色めきたつ。

(え、本当に…?そういうこと、なの…?)

ご飯を食べたいのに喉を通ってくれない。もどかしくて、イノは食事をそのままにして医務室へ走り出した。


「どうだった…?」

「私達が先に聞いちゃって大丈夫?」

女子更衣室にイノが入ると、皆が待ってくれていた。

「私ひとりじゃ持ちきれないから聞いて…!」

「わかった。結果をどうぞ」

「…コウノトリさん、来ました」

その瞬間、更衣室が歓声と雄叫びで賑わった。廊下を歩いていた船員達は驚いただろう。

「おめでとう!ネストさんにすぐ知らせなよ!」

「いやぁ、この中で家族持ち一号になるのがイノだとは…私達にもいい男来てくれぇ」

「自分で探しなさいよ。イノ、ネストさんにちゃんと話せる?」

彼女達はイノを心配していた。それはまだ二人が入籍していないからだ。彼女達は知っている。妊娠を告げた瞬間、逃げる男を。言訳をする男を。だから、心配している。

ネストはそんな男じゃないと知っているが、不安は尽きない。

「ネストには直接会ってから伝えたいの。だから、次に会えた時言うよ」

「そっか。じゃあメルカジュールに帰ったら産婦人科だね。ちゃんと検診してもらって」

「うん、ありがとう。とりあえず船長に伝えてくるね」

イノの表情に影が落ちる。廊下に出ると急いで操舵室へ走った。

「船長、あの」

「どうした、イノ。まだ休憩中だろう」

「…妊娠したかもしれません」

「…そうか。おめでただな!今から力仕事は避けろ?あと無理もいかんな」

「せ、船長…」

「大丈夫!俺達がイノを守る!お前は笑ってな」

船長はイノを自室に返す。見送り終わると、笑顔は消え鋭くなる。

「アイアスか?緊急事態だ」


ネストが荷物の整理をしていると、アイアスから連絡が入った。

「もしもし?」

『ネスト、今すぐメルカジュールに向かえ。そしてイノさんと合流でき次第ヴェネトラへ行く』

「え、急に…わかった。すぐ行く」

ネストは鞄一つ持つとすぐに家を出る。

一方アイアスは家に居た。

「クロエ、しばらく戻れなくなる。リアムを頼む」

「えぇ」

クロエは心配そうにリアムを抱き上げる。

アイアスが出発しようとした時だった。玄関を開けるとネイサン家の使いの者達が立っていた。

「アイアス。当主がお前に用事があると言っている。来てもらうぞ」

「これから仕事なんだ。どいてくれ」

するとリビングからパパ!とリアムの叫び声が響く。

アイアスは召使を睨むと、急いでリビングへ戻る。

「ご、ごめんなさい、アイアス…」

そこにはクロエの首にナイフを当てた人物と、リアムを取り上げた奴が一人。

アイアスは固有スキルを使おうとするが、見破られる。

「余計な事をしてみろ。お前の愛する妻と子供が死ぬぞ。卑怯だと思うだろう。だが、我々がお前に勝つにはこうするしかないんだ」

「…解った。当主に会いに行く。だから今すぐクロエとリアムから離れろ」

アイアスは荷物を全て床に落とし、マジックウォッチの電源を切る。

「よろしい。では行こう」

連行される間、アイアスは心の中で唱える。

(ネスト、すまない…最後まで守ってやれそうにない)

当主がいる書斎に通される。

「アイアス。ネストが他属性の恋人の元へ逃亡したようだ」

「それは全て俺が指示しました。他属性の恋人がいいと唆したのも俺です。責任は全て俺にあります。ネストは俺に騙されて利用された可哀想な弟ですよ」

「可哀想?」

「こっからは俺の趣味の話です。他属性と婚姻関係に近くなったらどうなるのか。ゼーロの様子を把握したかったんです。なので、罰するなら俺独りにしてください」

「それは出来ない頼みだ。唆しても実行に移したのはネストだ。責任は取ってもらう」

「…」

当主は小さなベルを鳴らすと、使用人が入ってくる。

「アイアスを鉄の客間へ」

鉄の客間。監禁室だ。アイアスは脱走するルートを企てるが、客間に通される際、クロエとリアムとすれ違った。クロエ達は通常の客室に通されていたが、もしアイアスが怪しい動きをすれば殺されるだろう。

(ネスト、イノさんを必ず守れ)


ネストは無事にメルカジュールに入国し、急いで港に走る。この時、既に夜になっていた。

港に着くと、イノが待っていた。

「イノ!ずっとここにいたのか?」

「どうしても伝えたいことがあったの」

「なに?」

「ネスト…あのね、赤ちゃん…妊娠したの」

不安と希望に満ちた笑みを見て、ネストは顔を青ざめさせよろめいた。

「妊娠七週目だって」

目の前がどんどん歪んでいく。もうイノの言葉が頭に入らない。

妊娠…。ネストとアイアスが一番恐れていた事態。まだ恋人止まりならどうにかできたことが、他属性と子供を成した事実はゼーロの街として許せない風潮がある。知られたらイノのお腹の胎児は堕胎させられる。

「イノ…イノ…!」

小さな身体を強く抱きしめた。忘れないように、記憶するように。愛する人は彼女と、お腹の赤ん坊だということを自分の身体に教えるように、強く抱きしめた。

命に代えてでも守るのは、イノと赤ん坊。二人だけだと。

「イノ、ネスト、急いで船に乗れ!」

「船長?」

「急ごう、イノ」

ネストはイノの手を引き、船に乗る。

船員に案内されたのは避難船のある廊下沿いにある小さな部屋だった。

「ここにいて。もし何かあったらすぐにこの避難船で逃げるんだぞ」

「待ってください、俺も」

「ネスト、イノを頼んだぞ。これが俺達の願いだ」

そう言い残すと、船員は甲板へと戻っていく。

「どうなってるの?」

「…多分、兄さんが事前に相談してたんだと思う。連絡が付かない。だから、連絡が付かなくなったら俺とイノを連れてヴェネトラへ行けって、言ってあったんだと思う」

「そうなんだ…。無事に着けるよね?」

「大丈夫。ちゃんと着けるよ」

船は出航し、海を進む。海から行けば、明日の朝には到着するだろう。

夜も更けてきた。静かな海に、船のエンジン音が鳴り響く。

それとは別のエンジン音が上空からする。

ネストは立ち上がり部屋を出ると空を確認する。ネイサン家の飛行艦だ。

「ネスト…何あれ」

「俺達を捕獲しにきた連中だ。イノ、避難船に乗って」

「でも、皆はどうするの?!」

「俺達がいないと知れば解放してくれるはずだ。俺達がここに居るとばれる前に脱出、」

パァン!

発砲音が空に響く。

続いてキャー!と女性の悲鳴が上がる。

ネイサン家のお抱え護衛隊と、伯父と従妹のミーナが甲板に着陸するのを確認する。

「ネスト、助けにいかないと!」

「イノ、逃げるんだ!」

「でも!」

『ネスト、いるんだろう?伯父の命令だ。今すぐ他属性の女を連れて甲板へ来い。でなければ…ここの乗組員を全員始末する』

拡張器で名指しにされたら、もうおしまいだった。

ネストは悔しそうに顔を歪める。イノは自分達の置かれた立場を甘く見ていたことに気づき、酷く後悔した。

「ごめん…ごめんなさい、ネスト。わたし…!」

「イノのせいじゃないよ。行こう。俺が必ず守るから」


「来たぞ」

ネストがイノと手を繋ぎ甲板に現れると、ミーナが顔を醜く歪めた。

「汚らわしい。よりにもよって他属性の女に手を付けるなんて…」

「お前には関係ないだろう」

「関係無くはないさ。私の予定では、ミーナはネストに嫁がせるつもりだったんだからな」

「…は?」

「だがお前はミーナのアプローチにすら気づかない。アイアスにも色仕掛けをしたが、あいつはミーナより劣った女を妻に選んだ。暗部に合格した折にはお前にミーナが養子であることを説明し、よりランドルフ家の発展を期待して結婚させるつもりだったのに…お前と来たら、他所の国で、まさかの他属性と子供を作るとはな!私の計画が台無しだ!お前を婿に取り、ランドルフ家の本家として成り立つはずだったのに…!嫁が子供を産めないばかりか!愛人にも子供を産ませようとしたのに、出てきたのは俺の遺伝子を継がないミーナだ!」

「…それって、伯父さんが原因だったんじゃないんですか?」

「五月蠅い!そんな事を認めたら私は完璧でなくなる!俺の子供を孕めない女達が悪いんだ!劣っていると思っていた愚弟には二人も男児が出来て!」

「…同じ男として、軽蔑します」

パンパン、と手を叩く音がする。

「身内問題を片付けは後程にしていただき…我々は任務に取り掛かります」

「ハッ!」

ネイサン家護衛隊は銃を取り出すと船員達に向かい乱射し始める。

「どういうことだ!狙いは俺のはずだろう!」

「無属性が他属性との間に赤子を成した事実が漏れるのは非常に不味いのですよ。なのでここにいる全員始末します。念には念を」

「クソ!」

ネストは銃をホルダーから取り出し対抗する。イノは背中にしがみ付いている。

「イノ、絶対に離れるなよ!」

「わかった!」

船員達も銃や剣を用いて戦闘に加勢する。

「負けるな!イノとネストを送り届けるんだ!」

おぉ!と活気づく。

しかし普段は海の人。日頃から戦闘訓練をしている護衛隊には到底適わなかった。ましてや特別な特訓をしてきた暗部までもがいる。

また一人、また一人と命を散らしていく。

「ネスト、イノ。もういい、すぐに脱出しろ。命令だ、行け」

「…わかりました」

「いままで、お世話になりました」

二人は甲板から撤退する。死んだ仲間達に懺悔をしながら走る。

巻き込んでごめんなさい。

貴方達も家族や愛する人が家で待っているはずなのに。

私達のせいでごめんなさい。

ごめんなさい…

『イノ』

「先輩」

避難船に入り、ネストはロープを外し降ろしていく。

『今日この船に乗っていた皆はあんた達が幸せに暮らすことが希望なの。命賭けるのは最初から腹くくっていた。だから、生まれてくる赤ちゃん、たーっくさん愛してあげて!』

「先輩…」イノの声が震える。

『イノ、幸せにな』船長の明るい声がした。

ドーン!と甲板が爆発し、黒い煙を上げる。

「そんな…」

「…行くぞ」

ネストが簡易操舵を操作しようとした時、屋根に誰かが飛び乗ってくる。

「しつこいぞ!」

ネストが銃を向けると、ミーナがイノに銃を突き付けていた。

「この女を殺されたくなかったら大人しくゼーロに来なさい」

「じゃあ、質問に答えろ。俺達の事を密告したのはお前か?」

「だったらどうする?仕事だから港に行っていたと思ったけど、まさか逢引しているなんてね」

「…そうか。お前、やっぱり暗部としての才能、あるよ」

ネストは銃を床に置く。

ミーナはネストの褒め言葉に気を良くした。


ネイサン家会議室

「ネスト・ランドルフはネイサン家の監獄にて投獄。イノ・ミナージュはネイサン家管理の廃墟ビル内にある監獄部屋に監禁。出産後、ネストと共に追放が決まりました」

「出産させるのですか?今麻酔無しで堕胎させればいいじゃないですか」

「赤ん坊が生まれた後に、目の前で赤ん坊を始末します。えー、これが彼等にとっての一番の罰であると判断しました」

「出産は当然、自然分娩ですよね?」

「勿論ですとも。あんな女に無痛分娩をしてやる必要などございません。苦しみを味わいながら、出産に挑んでいただきましょう。その激痛の果てに産んだ赤ん坊は、取り上げたのちすぐに殺されると。はー、これ以上ない罰ではないでしょうか」

「それでいこう。会議は終了。では、十ヵ月後を楽しみに」

当主の決定が下り、会議は閉幕となった。


イノが監禁された場所は誰も住まなくなりゴーストタウンと化したゼーロの一角にある廃墟のビルだった。足には枷が付けられ、そんなに広くない部屋を歩ける程度の自由は確保されたが、外に通じるドアにはどう足掻いても届かない長さに作られていた。

窓は割れて雨風を通す。簡易ベッドはあるがカビ臭い。

鼠が走る音、猫や鴉の鳴き声がする。

一番怖かったのは、誰かがこの部屋に来ることだった。歓迎されてない以上、自分の身に何が起こるか解らない。

(ネスト、無事かな…。イノ、強くなれ。この子を守れるのは、今は私しかいない。絶対に守り抜いて見せる)

それからは過酷だった。食事は一日二食。飲み物は毎日小さなタンクで配給される水のみ。トイレの水は流れないから配給された分でどうにかしなければならない。

カビた布団は毎日天日干しした。

食べ悪阻だったイノにとって、悪阻が落ち着くまでが地獄だった。

暑い日にクーラーも無ければ、寒い日に暖を取る方法は布団に包まるしかない。

そして八ヶ月が経とうとしていた。

本来ならふっくらとするはずの肉体は痩せ細っていた。

大きくなったお腹が張って、腰が痛い。その時、パチンと破裂した気がすると、股から破水した水が流れてくる。

「ウソ、まだ一ヶ月も先なのに!」

陣痛が始まり、腰に痛みが走り出す。鈍い痛みはじーんと続くと、また落ち着き、また痛み出す。

陣痛が始まって六時間。赤ん坊が降りてくる。

イノは独りで出産に挑もうとしていた。

「はいはーい、陣痛だね。公開出産といきましょうか」

「は?え?」

ガチャリとドアが開くと、ネイサン家の執事と助産師、そして護衛隊の数名が現れる。

執事がカメラをイノに向ける。

「はい、じゃあ足開いて」

「出て行ってよ!出ていけ!」

いくらイノが拒絶しても彼等は出て行こうとしない。カメラも向けたまま。

「早くしないと赤ん坊が出てこないぞ」

屈辱の中、イノは出産に挑んだ。

分娩がこんなに地獄だとは思わなかった。腰が割れそうで、股が裂けて激痛が走る。

「あーー!!!!」

「叫んでないで息め!」

イノは何度も気絶しそうになるが、そのたびに水をぶちまけられた。

(クソ野郎共…!)

イノは最後の力で息むと、やっと頭部が全部出ると、身体もぬるりと出ていく。

臍の緒を結び切断すると、赤ん坊が泣き出す。

「赤ちゃん…私達の赤ちゃん!」

助産師は生まれたばかりの赤ん坊を護衛隊に渡す。

「はい。じゃあ後はネストと合流して、赤ん坊の行く末でも見てください」

「は?待って、赤ちゃんを連れて行かないで!」

出血の止まらないイノを無視して助産師と執事、護衛隊は赤ん坊を連れて出て行ってしまう。

イノはボロボロの身体のまま、後を追いかける。

「待って、返して、赤ちゃん…」

イノは朦朧として気づかないが、住宅街へ入るとゼーロの住人が皆イノを異様な眼差しで見ていた。陰口を叩きながら、可哀想と憐れみながらも優越感に浸りながら。

イノが橋の上に辿り着くと、拘束されたネストがいた。

「ネスト…!赤ちゃん、赤ちゃん生まれて、それで」

「あぁ、あぁ…!よく頑張ったね、一人でよく頑張ったね…!」

ネストは拘束を外されると、倒れたイノを抱き上げる。出血の中無理して歩いてきたせいでスカートは血で濡れていた。

「感動のご対面のなか申し訳ないですが、赤ん坊を捨てるぞ。よく見とけ、我が子が死ぬ瞬間を」

「待て!」

そこに現れたのはアイアスとクロエだった。

「最期の別れもさせないのか?ゼーロもネイサン家も落ちぶれたもんだな」

この護衛隊、プライドが大層高かった。落ちぶれた、と言われ頬が引きつる。

そこに、執事のマジックウォッチに連絡が入る。

「ご当主様からのご連絡です。二人があまりにも惨めなので、三ヶ月だけ家族ごっこを楽しめとのことです。ネスト、女を病院へ連れて行きなさい」

「…承知しました」

そう言うと、雑に赤ん坊をイノに手渡した。

イノとネストは、生まれたばかりの赤ん坊の性別をやっと知ることが出来た。

「可愛い…女の子だね」

「あぁ…すっごく可愛い」

「ネスト、イノさん。これを…」

アイアスとクロエが準備してきた、産着と暖かいブランケット。そして何も刻まれていないプレート。

「…すまない。俺がしてやれることはここまでだ」

アイアスの謝罪を、ネストは黙って聞き流す。

「…リアムは」

「ネイサン家に捕まっている」

「そうか」

ネストはアイアスの状況を把握した。仕方のない事だ。愛する我が子を人質に取られたら、反抗出来ないだろう。今なら、アイアスの気持ちが痛いほどに解る。

「まずは病院へ急ぎましょう。イノさん、まだ胎盤もちゃんと出ていないわ。それに、赤ちゃんにもまだ必要な処置がいっぱいあるわ」

クロエの助言で、ネストは気持ちを切り替える。

「わかった。イノ、行こう…」

「うん」

アイアスは車を持ってくると、イノとネストを乗せ、急いで病院へ向かう。

産婦人科で、イノの症状を見た先生は激怒する。

「妊婦を劣悪な環境に置くなんて言語道断だ!いくら他属性との混血が罪だとしても、命に罪は無い!イノさんは必ず助ける。赤ん坊も必ず」

先生と看護師達のお陰で、イノは処置を施され、容体は安定した。感染症と子宮脱、脱水症状、衰弱と酷かったが、今の医療技術のお陰で一週間後には体調は戻っていた。

「イノさん。うちの子のお下がりだけど、ベビー用品をネストの家に運んで置いたわ」

「クロエお義姉さん、ありがとうございます」

赤ん坊も必要な薬や検査を終え、今はイノに抱かれてスヤスヤと眠っている。

「とても可愛い…私と、ネストの赤ちゃん…」

「えぇ、ちっちゃなお手てね」

ドアがノックされると、ネストとアイアスが入室する。

「イノ、退院の手続き終わったよ」

「ありがとう」

「イノ…名前を考えていたんだ。マノンってどうかな?」

「可愛い名前…マノン、私達のマノン」

イノはマノンを抱きしめると、苦しそうに身動きする。それを見たネストは、この愛する人達を守りたくて、どうしようもなくて、イノとマノンを抱きしめることしか出来なかった。

ネストとイノ、マノンの三ヶ月だけの生活が始まった。

短い三ヶ月という時間は、寝る事さえ惜しいと思わせる。夜泣きをすれば、イノもネストも起きて二人でミルクを上げた。イノとマノンが寝た後も、ネストは起きて、二人の寝顔を目に焼き付ける。

マノンの閉じていた目が、開いた。顔もしっかりしてくる。顔を引っ掻かないように手袋と、冷えないように靴下も編んだ。

見張りが居て外出は出来なかった。逃げようとすれば即拘束。

それでも、ネストとイノはマノンに愛情を注いだ。

「イノ、何してるんだ?」

「んー?お祈りをしているの」

「お祈り?」

イノの手には、アイアスがくれたプレートが握られていた。

「マノンを守ってくれますようにって」

「…そっか。そうだ、名前彫っていなかったな」

ネストはプレートを受け取ると、簡易電動彫刻で名前を彫る。

「マノン・ミナージュ…。きっと、ランドルフの名を継ぐのは許されないだろうから」

「名前が受け継がれなくても、貴方が父親であることには変わりないよ」

二ヶ月を過ぎると、マノンは自分達の顔を見て笑うようになった。

「ほら!パパだよ、マノン!」

「ママでしゅよ~!」

あぁ、この時間を誰にも奪われたくない。いっそ殺してしまおうか。未だ囚われているリアムを見捨てて、自分達の娘を助けるために。アイアスを唆し、二人でゼーロを滅ぼそうか。そうすれば、リアムも助けられる。

ネストは、無理で無謀な計画を空想しては、悲しく、虚しくなった。

「マノン、マノン…遠くに行かないでおくれ」


三ヶ月後。

護衛隊は約束通りきっちりとやって来て、マノンを強奪する。父と母ではない、見知らぬ人間にマノンは泣き出す。

そして改めて川へ向かう。

「やめて、やめて!罪なら私が償うから!マノンを殺さないで!」

「頼む!殺さないでくれ!その子に罪は無いんだ!罰なら俺が受けるから!」

護衛隊はイノとネストの言葉を無視する。

橋の近くには、住民が野次馬に来ていた。

「マノン!」

ネストは無我夢中に殴りかかろうとするが、もう一人の護衛隊が押さえつける。

「マノン!マノンを返せ!俺達の子だ!もうゼーロには関わらないから…知らない土地で暮らすから…返してくれ!娘を返せ!」

「名前を付けるから情が湧くんだ、くだらない」

「どうか、どうかこの子を、マノンをお守りください…!」

泣き続けるマノンが入ったバスケットは、手を放されて川へ落ちていく。

昨夜から雨の影響で川は氾濫しており、いつもより波があった。マノンは、川へ落ちた瞬間、波に呑まれてあっという間に沈んでいった…

二人は、一瞬で消えた娘を呆然と見つめていた。

住民からは拍手が沸き起こる。

「では、赤ん坊の始末はこれにて終了。ネスト、あとはその女を連れてどこへでも行け。無事に生きていたら次もまた子供を作れ。まぁ頑張れ」

執事が半笑いで伝えると、ネストとイノに出ていけとコールが始まる。

「ネスト…すまなかった」

アイアスが全て終わった今、近づいて来る。

「兄さん、義姉さん、今までありがとう。マノンのために、たくさんの事をしてくれてありがとう…早くリアムを迎えに行ってやれ。…俺はこの仕打ちを一生忘れない」

ネストは未だ呆然としているイノを背負うと、振り返らずに街から立ち去って行った。


二人は宛ての無い旅をする。どこに行けばいいかも解らない。

ネストはイノを元気づけるために、マノンが流された川を辿ろうと提案する。

「うん、そうしましょう…」

ネスト達はマノンが生きている可能性を信じ、川沿いを辿るためにゼーロから距離を取り、遠回りしたのち、流された川に辿り着く。そして、下流に向かい歩き出す。

希望を見出すはずだったのに、イノは目に見えて衰弱していった。

食事も、水を飲むことさえ拒む。

「イノ、少しは食べないと…」

「ネスト…マノンが泣いてる。おっぱいあげなきゃ」

「…そうだね。でも、イノは頑張りすぎて疲れているから、今は寝な?ミルクは俺があげとくから」

「うん、ありがとう…」

イノの体は、骨ばっていく。幻聴と幻覚も酷くなり、いつもマノンを探している。

「マノン、良い子にして…パパのこと困らせちゃダメよ」

「マノン、どうしておっぱい飲まないの?」

「マノンの手、少し大きくなったかも」

幻覚でも、幸せな夢を見ているならそれでいいと思っていた。だが、だんだんと声に覇気が無くなり、次第にぼそぼそとしか喋れなくなっていく。

「ねすと…、まのんが、よんでる…おむつかな」

「マノンは寂しん坊さんだからね。傍にいてほしいのかもしれない」

「じゃあ、いかなくちゃ…」

「…そうだね」

もう、イノは血色も悪く、肌も変色していた。

「まのん…いまいくから…」

最期はまるで、眠るようだった。

イノの鼓動が止まる。それを確認すると、ネストは亡骸を抱きしめ、声を上げて泣いた。


イノの遺体を自分で焼き、川に流れついていた一斗缶に入れ、メルカジュールを目指し歩き出す。

何日も掛けて辿り着いたメルカジュール。ネストはそのままイノとの思い出の湖に住み着き、浮浪者として四年程を過ごした。

毎晩、星が湖に映るとイノの幻を見た。あの星の中でイノと踊る。居ないはずのマノンの成長した姿を想像しては微笑んだ。

ふと、街へ行ってみようと思い立った。ネストはなけなしの金でホテルの浴場に入り、髭を剃り、髪を整えた。

洋服はちょっとくすねたが…

久しぶりに歩く人混みは眩暈がしそうだった。

楽しそうに笑う家族連れを見ると、苦しくなった。もっと自分がちゃんとしていれば。イノも、船長達も生きて、マノンも無事だったのに…。

その時だった。

「ほら、アナタ。荷物持ちして」

「ミーナ、少し休憩しようよ」

聞き覚えのある憎い声、名前…方向を捉えると、ミーナが旦那と子供を連れて歩いていた。

(あの女…俺の家族を殺しておきながら自分は…!)

イノの死で、消沈していた復讐心が業火と化し、一気に燃え広がった。


「…きろ、起きろ、ミーナ」

ミーナが目を覚ますと、宿泊している部屋の椅子に拘束されていた。

「んん?!ん!?」

猿ぐつわをされ、喋れない。目の前には、夫と子供が縛られている。

「ミーナ!どういうことなんだ?!」

「ママー!」

「んんん!プハ!ネスト!なんの真似よ!」

「なんの真似はこっちの台詞だよ。あの時はよくも密告してくれたよ。お蔭で俺達は散々な目にあった。妻は死んだ。子供も死んだ。どうだ?嫁ぐ予定だった男の人生を壊して楽しいか?」

「アンタねぇ!」

ミーナが怒るが、ミーナの夫は疑いの眼差しを向ける。ネストはそれを見逃さなかった。

「貴方がどこの家のご出身かは知っています。ネイサン家専属の銀行員のご子息でしょう。将来はお父様の後をお継になるご予定で?残念ですね、貴方は俺の二番煎じらしいですよ。この女、俺と結婚したいがために俺の妻を貶めたんです」

「…は?」

「ちょっと、黙りなさい!」

ミーナが怒鳴る。

「俺が拘束されていた八ヶ月の間、気が向いては来ていたな。結婚しよう、もしくはセックスだけでもしてくれればいい、ランドルフ家の血が欲しいって。でもイノを助ける交換条件は持ってこなかったな。お前にはそれほど権限はなかったんだな」

「黙りなさいよ!何がしたいのよ!別に密告したからって、しょうがないでしょ!アンタのことを狙っていたらあの女と逢引してるのたまたま見つけて、お父さんに相談したら密告しろって。そしたら、当主様がネスト達を捕獲すれば暗部にしてくれるって言うんだもん!アンタも手に入らないなら、売るしかないじゃない!」

黙って聞いていたネストは、ミーナの爪を一枚はがし取る。ミーナの悲痛な叫び声が部屋に劈く。

「ミーナ!」旦那が叫ぶ。

「ミーナ、よーく見ていろよ」

「なに…何するの?やめてよ!私折角幸せになったの!壊さないでよ!」

「壊しておいて、自分は無しはないだろう」


ミーナは放心状態だった。

目の前には旦那と愛息子の死体。

自分の隣には無表情のネストが立っている。

ミーナがお洒落にネイルした指先は拷問の末、もう感覚が無い。

「もうそろそろ終わりにしようか。朝が来る」

ネストはミーナの正中線を切り裂く。

「ぐっ…!」

「清掃係が来るまで生き残れたらいいな」

ネストは気分が少し良くなった。

あぁ、憎い相手を殺すのがこんなに爽快だとは思わなかった。今まで暗部の仕事で苦しみながら人を殺していたのが馬鹿みたいだ。

ネストは素知らぬ顔をしてホテルから出ると、朝陽が昇る中、高笑いしながらメルカジュールを去って行った。


その後、ネストはイグドラヴェから追放されたコアと出会った。

「アンタ、無属性だろう?なら面白い話がある」

コアは武器商人で、違法取引なんてお手の物だった。薄暗い場所に住む奴等から情報を得ては更に手を広げていた。そんな中掴んだ情報で、闇伝説と言われている巨大飛行艦が眠っている土地があると云う。そこは、無属性しか辿り着けない、不可思議な場所だとか。

信じがたかったが、拠点も無かったので調べるうちにとある場所に目星が付く。そして探索の結果、現在の拠点となる巨大飛行艦を発見。

アマルティアを結成。

国から追放された荒くれ者や犯罪者を引き入れ、統率し静かに勢力を拡大していった。そして、ゼーロから追放されたと噂されたナノスを探し出し、手を差し出した。

全ては復讐、ただそのために…


「マノン、言い忘れたけど、マノンはたくさんの人から愛されていたんだ。望まれて生まれてきたんだ。パパ、ママ、ママのお仕事の仲間、アイアス伯父さんにクロエ伯母さん。な?たくさんの人から、こんなにも愛されているんだよ」

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