36話・・・ネスト・ランドルフ
作品を読みに来て頂き感謝です。
二十年前。
ネストはネイサン家暗部統率棟に居た。
ネストは緊張の面持ちで当主と向き合っていた。
「ネスト…おめでとう。君も暗部に合格だ。これからの働きに期待している」
「…!ありがとうございます!」
心の中でガッツポーズをする。
「…あの、質問なのですがよろしいでしょうか」
「なんだね」
「従妹のミーナは暗部試験を受けないのでしょうか?彼女は兄のアイアスから見ても優秀な人物だと」
そう訊かれた当主は、少し考えてから口を開く。
「それはミーナがランドルフ家の血統だったらな」
「え…」
「ミーナは養子だ。君達の伯父夫婦は子供に恵まれなかった。つまり固有スキルは継がれていない。それだけで十二分に暗部を受ける資格は無いのだよ」
ネストは何も言えずに、お辞儀をすると棟から出て行った。
ネイサン家が王室を解体した後も、ランドルフ家は密かに暗部として暗躍していた。時には初子のみが継ぎ、時には兄弟。時には従兄妹同士。全員に継がれることはなく、細く強く限られた者のみに意志は継がれていった。
そして今回、ネストも遂に暗部に合格した。
「兄さん!帰ったよ、兄さん!」
玄関を開けると共に、ネストは声を張り上げる。リビングにはアイアスとクロエが待っていた。
「どうだった」アイアスが急かすように訊いてくる。
「俺…受かりました!なんとか合格できたよ」
「おめでとう、ネスト君」クロエが喜ぶ。
「おー!合格したか!一年浪人した甲斐があったな」
「それは言うなよ…兄さんは一発合格だったから、あの時は自分が劣等生だと痛感して本当病んだんだぞ」
ネストが拗ねると、アイアスが肩を組んでくる。
「すまん、すまん。でも去年のネストは突然覚醒したスキルが制御できなかっただけだろ?寧ろ、試験中に覚醒することがいかに真剣に挑み、且つ凄いのか理解してなかった方が悪い」
「兄さん…」
「兎に角、合格したもん勝ちなんだって!それより今日はお祝いだ!何処かに飲みに行こうか?それともどっか店予約して…」
「え、兄さん新婚のくせに気使わなくていいよ」
弟の唐突なツンにアイアスは狼狽えた。
「新婚生活のことは気にしないで、ネスト君。どうせ毎日顔合わせて飽きてるんだし」
「クロエ?!」
「ウソ♡でも本当に気にしないで。結婚して、寧ろ私が今独り占めしちゃっているんだから、たまには兄弟で飲みにでも行って来たら?積もる話もあるだろうし」
「クロエ~」
兄夫婦のイチャイチャを見るのはなんか気恥ずかしい。ネストは頭を掻いて気まずさを誤魔化した。
「な、ネスト。クロエの許可も出た事だし、飲みに行こうぜ。お前の行きたい店に連れて行ってやるよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて…。俺、兄さんとクロエ義姉さんが出会ったクラブに行きたい」
「なっ?!あ、あそこは高いんだぞ…!」
「合格祝いなんだろ?可愛い弟のお願いも聞いてくれないのか?」
「自分で言うか…。しゃーねぇなぁ!今夜は驕りだ!」
「ラッキー」
ネストは、ちょっとアイアスと肩が並べられた気がして嬉しかった。
アイアスとクロエが出会ったクラブ…ゼーロの街でも高級に部類されるクラブだった。そこで接待する女性達は皆落ち着いた面持ちでどこか気品があり、だけど時折見せる可愛い少女みたいな仕草に思わずドキッとする。流石はプロで、聞き上手だし、話し上手だった。
「あら、アイアスじゃない。クロエちゃんと結婚して以来初めてね。ちゃんと許可貰ってきたの?」
「ママ、ちゃんと貰ってるって。今日は弟の就職祝いで、ここに来たいって言われたんだ。俺とクロエの出会いを知りたいらしい」
「知りたい訳では…。どんな場所か気になって」
「ふふ。弟さんの方がしっかりしている顔つきね。聞いてよ、アイアスはここに初めて来た時からアハアハしちゃってうちの女の子達侍らせては喜んでたんだから」
ママが手で口を隠しながらクスクス笑う。兄の女癖の悪さにネストは引いた。
「止めてくれ、兄としての威厳が…」
「ごめんなさいね♡それじゃあ楽しんでいってくださいな。そうだ、クロエちゃんに伝えておいてよ、時間があるときによかったらまたピアノ弾きに来てって」
「あぁ、伝えておくよ」
アイアスはウェスキーを嗜むと、席に着いていた女性が尋ねてきた。
「アイアスさん。クロエさんって奥様のことですか?」
「そうだぜ。ここでピアノを弾いてたのがクロエなんだ…まぁ俺の一目惚れだな!どんなにアプローチしてもあしらわれてデートに漕ぎつけるまで大変だったぜ」
「ママさんの言う通りアハアハしている姿見ていたら普通振り向かないだろ」
ネストがツッコむと、女性がフフフ、と静かに笑う。
「お前まで…。もうデートした後も平行線でさぁ。でも、ある日クロエが弾いていた曲がすごく寂しいメロディだったんだけど、不思議と悲しくはなかった。クロエが弾いていたからなのかな…その寂しさに美しささえ感じたよ。クロエと二人ならどんな所でも頑張れるって思えたんだ。そんで感想伝えたらさ、なんかハートを貫いちまったみたいで?ゴールインしたってわけよぉ」
「素敵です…私もクロエさんの弾くピアノ、聴いてみたいです」
「俺も聴いてみたい」
「ハハ!こりゃ帰ったら説得しなきゃだな!」
妻を褒められて嬉しいのか、アイアスはご機嫌だった。
ネストはまだ恋を知らない。色恋沙汰に興味が無い訳ではない。女性は好きだし、普通にいかがわしいことにだって興味津々だし。告白をされることだって珍しくなかった。
だけど、好意を持っていない相手と易々と付き合うのは失礼な気がした。だから、いつか好きな人が出来たら、と考えていたら成人していた。
正直、アイアスとクロエを羨ましいと思っている。
暗部としての仕事は遣り甲斐もあれば辛い結末を迎えるものもあった。
よくアイアスが心を荒まずにやって来たと驚くほどに。
「兄さんは辛くないのか…?」
「辛いさ。始めた頃は荒れそうになったよ。でも、お前にカッコいい所を見せたかったし、クロエもいたからな。大切な人達が危険に晒されるなら、自分の手で危険因子を葬ったほうがいいと思うようになった」
「大切な人…。でも、人を葬ることに慣れるの…怖いな」
「慣れなくていい。そして日常に戻って来ることだけを考えろ。俺や、ネストが居るべき場所は暗部のような影じゃない。帰る場所のあるここだ」
二人はゼーロの街を歩いていた。暗殺を終えたところだ。そして陽が昇り、朝が来る。ネストは眩しそうに目を細める。
暗部の仕事は裏の姿で、表の姿は貿易関係の仕事で毎日が忙しく、心から安息出来る日は無くなっていった。自分には暗部は向いていないかとさえ思った。だが、アイアスもネイサン家当主も褒めてくれた。才能もあると言ってくれる。期待に応えなければとどんどん追い込んでいく。
ただ、気持ちの問題だと暗示をかけ続けた。
「ネスト、今度の仕事だがメルカジュールに行く。貿易の仕事で行くが、目的はメルカジュールの住民の声。あそこはティアマテッタの入り口だ、情勢の動きもよく解る」
「メルカジュール…あ、俺初めていくかも」
「そうだな!じゃあ観光も兼ねて少しスケジュールを長く取るか」
アイアスはそう言うとマジックウォッチでホテルの予約とスケジュール調整をする。
この頃、クロエの妊娠が解った。体調も考慮して、お留守番。
アイアスはメルカジュールに行ったらベビーグッズを沢山買う!と意気込んでいた。
久しぶりにネストは、ホッと出来た気がした。
「あー、もし体調が悪化したり、悪阻が酷くてダメだと思ったり、お腹に違和感があったらすぐに産婦人科に行けよ。アーレントご夫妻も何かあったら連絡くれって言ってくれているから、体調面はそっちに相談したり頼ったり、病院に…」
「アイアス、心配し過ぎよ」
「そうか?でもクロエにも赤ちゃんに何かあったら大変だし」
「丁度明日検診日だから、先生にちゃんと診てもらってくるから。終わったら連絡するから大丈夫。ほら、ネスト君のこと待たせない!」
「お、おぉ…。じゃあ行ってくるからな!お土産楽しみにしていてくれよ!」
「行ってきます、義姉さん」
二人はキャリーケースを押すと飛行艦停泊場に向かい歩き出した。
メルカジュールに到着すると、ゼーロとは違う街並みにネストは目を輝かせた。カラフルな住宅街、お洒落なお店、賑わう人々。水と共存する街、メルカジュール。
「ネスト、俺の買った商品を運んでくれる船舶の船長を紹介したいんだ。先に挨拶しに行ってもいいか?」
「あぁ…。もう、凄すぎておのぼりさんみたいになってる、俺」
「アハハ!都会的ではゼーロの方が凄いだろ。ここら辺は文化が残る町だからな。ゼーロとは違う意味で輝かしい街だよ」
アイアスは車をレンタルすると、港まで走らせる。
ゼーロの港とは違い、ここはとても賑わっていた。
「ネスト、こっちだ」
アイアスの後を着いて行くと、一人の屈強な男性が立っていた。
「おう、船長!久しぶりだな」
「アイアスじゃねーか!元気だったか?お、そっちが噂の弟くんだなぁ?」
「初めまして、ネスト・ランドルフです」
「俺はボリスだ!つっても皆船長って呼ぶから、ネストも気軽に船長って呼んでくれ」
親しみやすい笑顔に、ネストもつられて微笑んだ。
「そうだ。俺ん所にも新人が入ったんだ。若いが腕前は確かよ、おいイノ!」
「はーい!」
イノと呼ばれ走って来た女性に、ネストは衝撃を受ける。まるで頭から雷に打たれ全身がビビビ!と感電するみたいに。そして心が訴える。
(俺、この子と結婚する…!)
一目惚れ。大袈裟に言えば運命を、ネストは初めて感じていた。
「初めまして、イノ・ミナージュと申します」
「は、初めまして…ネスト・ランドルフです…」
アイアスは弟の変化に真っ先に気が付いた。
「船長、よかったら後日で構わないんだが、ネストの事、イノさんにメルカジュールを案内してもらいたいんだが、いいかな?コイツ、メルカジュール初めてでさ。」
「え?!わ、私がですか?!」
アイアスの意図に気づいた船長は、良い笑顔で了承する。
「そうだな!どうだ、イノ。引き受けてくれるか?」
「私で良ければ…案内します」
イノはネストの顔を見ると、すぐに眼を逸らしてしまった。
心の中で、ネストは失恋の音がした気がした。
滞在して、一週間が経った。仕事は概ね終わり。あとは観光。
ずっとイノの事で頭がいっぱいで、仕事に支障が出ないようにするのに必死だった。
(バカみたいだ…一人の女の子にここまで揺さぶられて、勝手に落ち込んで、失恋した気分に浸って。クソ、面倒臭い!)
その時、マジックウォッチが鳴る。相手から名前を表示されている。イノからだ。ネストはベッドから飛び跳ねて通話をオンにする。
「はい、ネストです!」
『ネストさんのマジックウォッチでよかった。先日、アイアスさんから教えてもらったんです。あの、案内の件で連絡したんだけど…時間、少しいいですか?』
「もちろん!もう仕事も終わっているから、何時間でも大丈夫」
『アハハ!そんなお喋りしちゃったら、明日はどうかな?思っていたのに、遅い時間に待ち合わせになっちゃう』
「…!あ、明日…!」
『急なお誘いだったかな?』
「いや、全然。もう予定空いてるし、大丈夫」
『よかった。それじゃあ明日はこの場所に十時に来てね』
ピロン、と待ち合わせ場所が表示される。
「イノさん、明日はよろしくお願いします」
『こちらこそ、よろしくお願いします』
通話をオフにすると、ネストはベッドに倒れ込み、不気味な声を上げ笑いだす。
「ふぇ、うふぇっえふぇひゃ!」
隣の部屋から聞こえる弟の奇妙な笑い声に、アイアスはいつもの寝言かと無視して複数の電子新聞を読み比べる作業に戻る。
「アイツ、もう寝たのか。しかし今日の寝言はデケェな…」
翌日。ネストは十五分前に到着していた。
(ヤバイ…待ち合わせでこんなに緊張するのは初めてだ)
五分すると、イノがやって来た。淡い水色のワンピースに白いサンダル。網籠のポシェット。長い髪はお下げにして小さな花のヘアクリップが疎らに着けられていた。正直、超絶無敵に可愛い。
「え、嘘!ネストさん、もう着いていたの?!」
「女性を待たせるのは申し訳ないので…」
「そんな、気にしなくてもいいのに!今日はどこか行きたい所、ありますか?」
「調べたんだけど…色々有り過ぎて逆に解らなくなって」
「じゃあ、私のご贔屓のお店にお連れします」
イノは笑うと、こっちです、と指をさすので、ネストは歩き始めた。
メルカジュールをイノと歩く時間は、ネストには眩しい時間だった。一緒にショッピングしたり、お土産を見たり、ご飯を食べたり。デザート食べたり。
好きな子と一緒に出掛けるとは物凄い威力と回復力があることを、ネストは初めて知った。
そろそろ夕方になる。思ったより歩き回ってしまった。
「イノさん、そろそろ解散、」
「ねぇ、ネストさん。もしよかったら…少し遠出しませんか?今から」
「え、でも」
「見せたい所があるんです!もう少しお話しもしたいの!」
「解りました。じゃあ、是非その場所まで行きましょう」
「ありがとう!じゃあ、私車で来たから駐車場に行きましょう!」
「え、車で移動するんですか?」
言われるがままパーキングエリアに連れて行かれ、車に乗り込む。最近は自分で運転することが多いから、ましてや女性が運転する車に乗るなんて初めてで、少し緊張する。
イノの準備が終わり、エンジンをかけハンドルを握る。
「じゃあ行くぜ、ネスト!」
「はい?」
かっこいい顔つきになると、イノは華麗なハンドルさばきとドリフトで道路を滑走する。
「時間に間に合うようにスピード上げるぜ!舌噛まないように気ぃつけな!」
どうやらイノはハンドルを握ると人格が変わるタイプらしい。
(か、カッケェ…!)
ネストは、益々イノに惚れていく。
一時間ほど走っただろうか。随分山の方まで来た。空はすっかり夜。そして山中を歩かされる。
「お恥ずかしい所を見せました…」
「いえ、かっこよかったです」
「えへへ…」
照れるイノが可愛すぎて、もうムリだった。
「ここです」
「…これは」
そこには小規模な湖があり、空が反射し、星空が一面に映っている。
ネストは顔を上げると、たくさんの星が眩いばかりに輝いていた。
「すごい」
「私のお気に入りの場所なんだ。どうしてもネストさんに見せたくて」
「イノさん…」
「ねぇ、あそこに自由に使える船があるの。真ん中の方まで行こうよ。すごいんだよ、星を泳いでいるみたいで」
二人は船に乗り、櫂を漕ぎ、湖の真ん中まで行く。イノの言う通り、星を泳いでいるみたいで、幻想的だった。二人は、疲れるまでお喋りし、帰宅したのは日付が変わる頃だった。
それから、一週間が経つ。
ネスト達はゼーロの街に帰り、いつも通りの日々に戻る。
独り暮らしをしているネストは、部屋でソファに寝転び天井を眺めていた。
(…イノに会いたい)
溜息を吐き寝返りを打つと、アイアスから連絡が入る。
『ネスト、今船長から到着するって連絡があった。港に行くぞ』
「解った」
アイアスとネストはトラックを走らせ、港に向かう。ゼーロの港は、一般の人はあまり近寄らない。ここの住民は他属性を嫌っている趣向がある。だから、ここに赴く人は大体仕事で荷物を引き取る業者くらい。飯屋も無いし、辺鄙な所だ。
到着すると、船舶はもう泊地に停留していた。
「船長、長旅お疲れさん!」
「なぁに、お得意様だからな!あ、ネスト!お前さんに会いたがってシフト変えてきた奴がいるんだ」
船長が親指で甲板を指す。
「…イノ!」
甲板には、イノが丁度外を見に来ていた所だった。そしてイノはネストを見つけると、嬉しそうに笑い、急いで船を降りてくる。
「ネスト、久しぶり!また会いたかったから、シフト変えてもらっちゃった」
照れ笑いするイノに、ネストも嬉しさを隠し切れない。
「俺も逢いたかったよ。また会えて嬉しい」
二人の様子に、アイアスと船長はニヤリと笑い、グータッチした。
二ヶ月後…
「兄さん、またメルカジュールに行くなら、俺も連れて行ってほしい!」
「なんだぁ?次はお前かぁ?」
「連れて行ってあげなよ。仕事も順調なんでしょ?」
クロエにたしなめられて、アイアスはうーんと唸る。
この時、クロエのお腹は少し目立つようになっていた。安定期にも入り、悪阻も落ち着いた。
「しゃーない。良かろう!」
「ありがとう、兄さん!」
想い人に逢える嬉しさに、喜んでいるネストの背中を見て、アイアスは罪悪感が芽生えていた。
夜中。自宅で寝ていると、アイアスから連絡が入る。
「こんな時間に何…」
『ネスト。忠告と確認をしておきたいんだ』
「?どういうこと」
『ゼーロの街は、他属性との結婚は認めていない』
「…知っている」
『だから、もしイノと一緒になるようなことがあれば…ジョンに協力を頼む。仕事を奪う事になるが、二人にはヴェネトラに移住してもらおうと考えている』
「…兄さん」
『イノと結婚することは誰にも教えない。だから、お前は突然姿を消したドラ息子扱いになるだろうな。そして、もう二度とゼーロには帰ってこれないだろう。その覚悟があるなら、俺は味方だ』
アイアスの言葉に、ネストは悩んだ。イノが好きで進んだ船乗りの仕事を奪う事になるんじゃないかと。どうしたらイノが幸せになる道があるかと…
「ありがとう、兄さん。肝に銘じておく」
後日、メルカジュールに出張に来た時、イノに会いにいった。
「あれ、ネストじゃない!今度はまだ先だって言っていたから、今日は来ないかと…」
「兄さんに無理を言ったんだ。またイノに会いたくてな」
嬉しそうに駆け寄ってくるイノを見て、愛おしいと強く想った。離れたくないと。それと同時に迷いが生じる。どれが正しい道なのか、模索しながら…
ネストとイノは、半年程お互いの街の行き来をして交流を深めていった。
会えば会うほど、二人の仲は縮まっていく。ネストは気持ちにセーブを掛けようとも考えた。もう会えないと拒絶しようとも。でも、どうしてもイノが好きだった。もう愛していた。馬鹿だろうと思うかもしれないが、我慢できなかった。ずっと、イノと一緒にいたかった。
そして…
メルカジュール。最初に赴いたあの湖に二人はいた。
「あの、ネスト。私、貴方のことが好きなの…恋人になりたい。妻になりたい。ずっと隣に立っていたい…」
「イノ。答えを聞く前に、俺達無属性について聞いてほしい…」
ネストは、ゼーロの街の暗黙の掟を伝える。他属性と結婚は許されない。知られたら危険だということも。それでも、イノは頷いた。離れたくないと。
「イノ、愛している…必ず守るから」
「愛してる、ネスト…」
ネストはイノを強く抱きしめた。この愛する人を守るためなら、故郷を捨てる覚悟も固まった。




