35話・・・ティアマテッタ11・軍入隊
作品を読みに来ていただき感謝です。
ブレイズは銃撃戦で立ち向かうリアムの背中を眺めていた。そして脳内で繰り返す。
「いいか、ここでブーストを使用できるのはお前しかいない。あの超高速移動を打破できるとしたらブレイズ、お前だけだ。発動するタイミングは任せる。…頼んだぞ」
(何が頼んだ、だ…カッコつけやがって)
ブレイズは剣をアクロバティックに扱い、掴み直すと気合を入れ嫌そうに笑う。
「この戦、俺に賭けるとなっちゃあ負けられねぇなぁ!行くぜ、ブースト!!」
ブレイズが一瞬で消え、リアムを攻撃していたスチュアート兄弟が突然血飛沫を上げ吹っ飛ぶ。
「ぐはぁっ!」
「固有スキル…!」
「まだまだぁ!」
ブレイズの猛攻が始まった。
リアムもすかさず応戦する。ブレイズとは違い、双子は完全に姿を消すほど早くない。勘頼りだが、その一瞬を突く。
「速い…これじゃあ無暗に撃てない」
ミラは待機する選択をした、時だった。マジックウォッチがサイレントで画面に見知らぬ番号が表示される。
「も、もしもし…?」
『あの、受験者番号二七八番です…リアムさん達を援護している姿が見えたのでハッキングして連絡しました、ごめんなさい!』
「あぁ、いえ。それで…」
『あ、あの双子の足音が解ったんです。僕がリアムと言ったらリアムさんに向かって、ブレイズと言ったらブレイズさんに向かって発砲してください』
ミラは思わず大声を出しそうになったが、ぐっと堪える。
「そ、そんな無理だよ、外したらリアム達の魔力吸い取っちゃう」
『大丈夫、私がサポートします』
この声を聞き、ミラは救助した少女を思い出す。一六九番だ。
今現在、ブレイズに頼るしか打破が見つからない。ここで少しでも双子の魔力と体力を消費させたい。少なくとも、スキルさえ使えなくなればまだ同じ土俵に持っていける。
「わかった、お願いします」
ミラの表情が険しく、凛々しくなる。そして指示された通り、ライフルを構えた。
「クソ、クソ、クソ!リアムは兎も角、火属性には当たりもしねぇ!」
「アイオ、落ち着いて。火属性は三〇秒。あと十秒待てばいい。だからその隙に!」
クロノがリアムの背後を捉えようとした時だった。
ズドン!と背中に衝撃が走る。そして力が抜けていく感覚。
「なんで解った…?!」
ミラが二七八番の金属性固有スキル、イヤーズの力を借りて援護射撃する。
「あの女!」
「俺がいるのに女の方に目が行くとは余裕だな」
「っ!!」
リアムがクロノに魔弾を放つ。
「クソ!アイオ!は…?」
もう十秒以上経ったはずなのに、アイオはブレイズに集中攻撃を受けている。
「ク、クロノ!追いつけねぇ!」
リアムの直感、ミラが受け取る指示による攻撃も続き、アイオは満身創痍で銃を振り回すが、今のブレイズには当たらない。ブレイズは今二度目のスキルを使っている。この二十三秒が終われば使い物にならないだろう。
(一人でも…いや、二人倒せ!少しでも敵を減らせ、ブレイズ・ボールドウィン!!)
「貴様ぁ!」
クロノが反撃に出ようとしたところをブレイズは胸倉を掴み、アイオと顔面衝突させる。双子は白目を向き、歯が折れ、クロノの方は鼻も骨折していた。
ブレイズは自身の足が燃えるように熱く千切れそうな感覚に襲われる。
(やれ、やり切れ俺!兄貴が信じた正義を今ここで貫け!エルド様に届かなくてもいい、ただ貴方が目指した正義はここに生きていると気づいてほしい!)
「しゃー!燃えろやボケカス共がぁ!」
ブレイズは剣を八の字に振り回すと炎の竜巻が発生、双子を飲みこむ。
「…!ブレイズ、便乗するぞ!」
リアムが炎に魔弾を放ち、黒い雷が渦に巻きつくように伸びていく。
「クロノ、相殺するぞ!」
「解ってる!」
双子は手を繋ぐと、リアムと同じく黒い雷を放つ。渦は相殺され消滅するが、双子は見るも痛そうな火傷、眼で見ても解るほどの疲弊と魔力消費をしていた。双子は四つん這いになり、過呼吸を起こしている。
「ブレイズ、大丈夫か?!」
リアムが駆け寄ると、ブレイズが膝から崩れ落ちる。
「くそ、最後まで倒せなかった…」
「お前すげーよ」
「リアムに褒められてもちっとも嬉しくない。ミラちゃんに褒められたい…」
「…それが無ければなぁ」
リアムは肩を貸し、ブレイズをミラが待機している岩場まで連れて行く。
「ブレイズ、すごいね!」
「そんなことないよ~ミラちゃん♡」
「うん…うん。あ、ブレイズ、靴がなんか溶けてる!」
「本当だ。お前足は大丈夫か?靱帯断裂とかしてないだろうな…ミラ、ブレイズのこと頼、」
『後ろ!』ミラのマジックウォッチから叫ぶ声。
反射的に背後に銃を向けるが、次の瞬間、ミラの肩から胸にかけて切り裂かれる。
「ミラ!」
「ハハハ、アハハハハ!君達を斬ろうとしたら、女のほう斬っちゃった!ごめんね。目障りだったんだ!その女がいなければまだ僕達の方が有利だったかも?なんて考えちゃうんだよねぇ!」
クロノが剣を振り回し、アピールする。
「テメェ!」ブレイズがキレ、立ち上がろうとするが足が動かない。
「僕に集中しちゃっていいの?アイオも相当なことになってるよ」
ブレイズが腕で移動し、影から覗くと、アイオは自我が消えたのか、ただ銃を無意味に乱射し、誰かに当たればいい、というような状態だった。
「お前の兄弟だろ、助けねぇのかよ」
「僕達には代わりがいる。消費されたら、補充するまでだよ」
アヒャヒャヒャヒャ!笑うクロノを、ブレイズは静かに睨んだ。
リアムは来ていた模擬軍服を脱ぎ、袖を剣で切り、ミラに包帯代わりに巻く。最初こそ出血が多く見えたが、傷は浅い。
(俺はダメな奴だ…双子攻略もブレイズに頼りっぱなし。挙句、ミラに怪我まで負わせた。誰かが後ろにクロノが居ることを教えてくれたのに。俺は…結局!)
「ランドルフ家もたいしたことないんだね!結局他属性の力頼りだし、自分じゃなにも、っ!」
クロノが突然ぶっ飛んだ。
「んだぁ?!おい、リアム!リアム?」
『ランドルフ家固有スキル・アウェイゥニング、ブースト覚醒。三十、二十九、』マジックウォッチが誰にも気づかれず起動する。
ブレイズが周りを見渡すが、リアムはいなかった。
リアムはマッハの世界にいた。カッとなり、殴りかかろうとしたときにはここにいた。足が燃えるようだ。それでも、リアムはクロノを離さず、銃で撃ち、体術で追いつめ、グリップで殴り、口に銃口を捻じ込むと魔弾を放つ。
「ウオオオオオオ!!」
リアムの覇気に一瞬恐怖心が芽生える。
(死ぬ…このままだと死ぬ!)
クロノは最後、逃走のために隠し溜めていた魔力を使い、最大限でスキルを使う。
そして指を鳴らすと、また空間に歪みが生じ、亀裂が入り空間移転装置が発動する。
「僕はお先に失礼するよ。僕を追うより、アイオをどうにかしたほうが良いと思うよ」
それだけ言い残し、クロノは切れ目の中へ消えて行った。
「ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
一方アイオは完全に自我を無くし、ただひたすら乱射する。そして魔力が完全に消失したのか、身体の一部が溶け始めてきた。
「ヤバ、魔弾から実弾に戻りやがった!当たったら魔力消費じゃなくて死ぬぞ!」
ブレイズは意識がはっきりとしないミラを背に庇う。
その時、リアムがパッとアイオの前に現れた。そして、銃弾を一発、額に撃ちこんだ。それでもアイオはまだ倒れず、奇声を上げ続ける。リアムはアイオが倒れるまで撃ち続ける。
そしてやっと発砲も止まり、アイオが倒れる。顔には十弾程が撃たれていた。それだけ撃ち込まれても生き続けたのは、生の執着か、それとも人体強化でもされているからか…。リアム達には解らない。
アイオの身体はドロドロと溶け、完全な液体となった。
(アイツ、必要なら人を殺すのに躊躇いがないんだな…)
ブレイズは、軍に入る以上殺人は覚悟していた。しかし、目の前で同い年が、歳の近い敵を殺す姿を見ると、なんと表現すればいいのか解らない複雑な気持ちになる。ましてや最期、兄弟に見捨てられる形で。
リアムがよろめきながら戻ってくる。
「リアム、大丈夫か…」
「あぁ。それより、ミラは?」
「生きてるよ…大丈夫」ミラが唸るように声を上げる。
「ミラちゃん、気づいたか!」
「なんとか…ひゃ~、それよりめっちゃ痛い、痛い痛い!ホント痛い!無理、痛い!早く鎮痛剤ちょうだい!」
「鎮痛剤じゃなくて、救護室に連れて行かれるんだよ!お前は!」
リアムが手を振ると、丁度違う隊員を救護していた班の一部が駆けつけてくれる。
「この二名の救護を頼みます」
リアムがミラとブレイズを指す。
「いえ!私は応急処置でお願いします!私はこの戦いの行く末を見守る義務があります!」
「何言ってんだ」
「落ち着いてください!順番に診ます!」
怪我の具合と歩けないブレイズが優先され、診断される。やっぱり靱帯断裂を起こしていた。担架が準備され、乗せられる。
「あ~。俺はここでリタイアかぁ」
「無理させて悪かった。…サンキュー」
「ふふん、どうってことねぇわ!褒めるな気色ワリィ」
ベーッと舌を出すと、看護師から注意されつつ、運ばれる。去り際、ブレイズの口角が上がっていたのは、内緒だ。
「あの、ミラは…」
「あの、大変失礼なことをお聞きしますが、本当に怪我をなされたんですか?この生地に付着している血液は、貴方のではなく…?」
医師の班長が困惑しながら訪ねてくる。
「いや、剣で斬られて!…え」
ミラの傷口はもう出血も完全に止まり、治りかけのグチュグチュの状態だった。
「…傷だけの状態から見ると数日経過しています…。自然治癒しています。だけどこのままでは綺麗に治りません。消毒しましょう。あとは治癒促進剤を。このサイズのガーゼシートと包帯の準備を!」
はい!と看護師達が動く。治癒促進剤…この世界で主に使われている傷薬。これを早い段階で使用すれば傷跡は殆ど残らない。仮にケロイド状になってしまっても、レーザー治療で綺麗に完治することが出来る。
治療も終え、班長が尋ねる。
「では、どうしますか。ご本人のご希望なら救護室へ避難させます」
「いえ、私は大丈夫です!怪我もなんか治りかけだし!」
「…もう本人が頑固になっているので、俺が責任持って一緒にいます」
「無茶はしないように。では我々はこれで、」
医療班が次の現場へ行こうとした時だった。
地鳴りと熱波が襲う。
「キャー!」
「全員しゃがめ!身の安全確保!」
「あっちの方面…ウォーカー中尉がいる方向です!」
「ヘスティア様もご一緒のはずよ!通信して身辺の安全確認、必要なら救援を送る!」
「はい!」
未だ地鳴りと細かな揺れが続く。
リアムとミラは、ヘスティアがまた暴走していないか不安だった。
場外に弾き飛ばされたエルドは大の字になり倒れていた。
ヘスティアの嫉妬心があそこまで苛烈で劇物だとは予想もしていなかった。あのブラッドと云う男がヘスティアのメンタルをカバーした。悲しみを恨みへシフトさせた。感情は常に表裏一体、紙一重。自分がいい例じゃないか。愛が憎しみに変ったように。
エルドの中の、ペラペラの一枚の紙が無造作に破かれる。そしてグシャグシャにする。もうどちらが愛で、憎しみかも解らない、罵詈雑言で書き潰された黒い紙。
「俺はまだ負けていない…!」
罅の入った眼鏡を掛け直すと、エルドはブーストを使いコロシアムの観客席へと舞い戻る。
「ん?アイツ、まだ懲りていないのか」
再びブラッドが剣を構える。
「自分で言うのもなんですが…私より恐ろしい焔を放つ人間を見たことがありませんでした。女の嫉妬は恐ろしい物ですね。ですが、負の感情なら私は負けませんよ」
エルドは銃を運ばれていくヘスティアに向けると、魔力を供給する。酸素すらも魔力に変換し銃に吸い込まれていく。
「医療班、すぐに場内へ駆けこめ!奴の狙いは王女だ!」
医療班及び隊員は目配せで頷くと即座に近くの入場口に避難する。
「本邦初公開ですよ、私も貴方のような立派な軍人にお披露目出来る事、光栄に思います。そして、この技で実の妹を殺せると思うと…狂喜とはこういう時に使うのですね」
エルドが引き金を引く寸前にブラッドが剣を振りそびえる氷山を出現させる。しかし、防御の役割を果たせず、エルドの技は氷山の峰から荒々しく登り飛ぶ。
「火の鳥…?!不死鳥か?!」
近くにいるだけでも皮膚、筋肉が溶けそうになる。
紫と青が混じる不気味な焔で創られた火の鳥は胴体、頭部には不釣り合いな巨大な翼を持っていた。そして突如氷山を抉るように滑降すると思うと、ブラッドに突進し、そして入場口を翼で破壊していく。そして周りに居た隊員、そしてアマルティア軍関係無く燃やす。
「貴様!そこまでして実妹を殺したいのか!」
ブラッドは走り出し、不死鳥に水を噴射させ鎮火を狙うが蒸発し効果はない。
「それがあの鳥の正体ですよ。あれはまだ出来損ない。私にコントロールなんか出来ませんよ。ただ、ヘスティアが嫉妬の炎を燃やしたように、私も憎悪の焔を燃やしただけ…焔は土や木の様に生命は無い。生かすか、殺すかのどっちかしかないんだよ!」
エルドは空に魔弾を発砲すると、巨大な火球が浮上、発破し、隕石のように火球が急速に落下してくる。
「どこにそんな魔力を隠していたんだ!」
ブラッドが早急に氷のドームを造るが間に合わない。コロシアム内にも、観客席にも球体が落ち炎上する。
氷のドームが完成できても安心は出来ない。まるで炎の中に、本当に岩が入っているのではないかと疑いたくなる威力があり、分厚い氷を溶かし、割り侵入しようとしてくる。
隊員達が不死鳥と対峙するが全く歯が立っていない。
すると、空間転移装置が発動し、空間に切れ目が現れる。
「では、私はお先に失礼させていただきます。部下や王女の命、守れているといいですね」
そう微笑み、胸に手を当てお辞儀をすると、エルドは軽快に跳び、空間転移の中へ消えていく。
エルドが消えると同時に、不死鳥も火球も消滅していく。
「皆、王女…!」
ブラッドは叫び、コロシアムにいる部下達の安否を確認する。そして動ける者に救助を求め、室内へ逃げたヘスティア達を探し出す。中は一階の天井と柱が破壊され、二階が崩落。瓦礫の山と化していた。
「お前達、王女!どこにいる!頼む、何か叩いて合図をくれ!どこにいる!」
すると、コン、コンとか弱い音が鳴る。そして、心もとない茎が隙間を這い伸びてきて、小さな花を咲かせる。
「あそこだ、すぐに救助を!」
ブラッド達は花が咲く下を、瓦礫を退かしていく。そこには、覆いかぶさるブラッド班の隊員達。そしてヘスティアを守りながらも泣いている医療班。ヘスティアは、想像以上に火傷を負っていた。
「大丈夫か、お前達。王女のこの状態は?何があった?」
「ほ、報告します。突如出現した火の鳥が我々を襲いました。辛うじてあの鳥から逃れたと思ったら、王女のみに火の粉が移り炎上。その後、会場内破壊。僅かな空間で火傷の治療開始。現在に至ります」
「そうか…すぐに救護室へ行き手当てをしてもらいなさい。そして待機。いいな」
隊員達はまだ戦えると言いたそうだったが、ブラッドが睨みを聞かせると大人しく医療班と救護室へ向かう。
「復讐、憎しみか。若造は王女に強く反応することは把握しているのか…?もしまだなら…」
ブラッドはヘスティアの状態と、不死鳥の攻撃の可能性について箝口令を敷く。もし憎悪対象に強く反応すると知られたら…エルドの思う壺だろう。
…エルドはアマルティアに戻り、震える手でグローブを脱ぐ。手は爛れ、肘にまで火傷が及んでいる。
「まだ使いこなせていない…。だが、この技が完成すれば、俺は」
不敵な笑みを浮かべると、エルドはナノスの部屋へ向かい歩く。
メイラにより木に取り込まれていたソイルは救出された。そして服に着いた木のカスを払いのける。
「クソ…!よりにもよって女に敗北するとは、我ながら腹立たしい!メイラ、ネストとコアに加勢しろ。命令だ、さっさと行け!」
「…わかりました」
メイラは大剣を背負うと、身軽に跳びネスト達の元へ行く。
ソイルはその後姿を見て苛立ちが更に積もる。何にも無関心で、従順で反抗もしない、何も考えずはい、はいと言う事を聞いていたメイラが、ヴェネトラ戦以降、どこかアマルティア軍にいる人間を見定めているような、反抗的なような瞳を覗かせることがある。殆どの奴等は気づいていない。ナノスはおちゃらけて話を聞かない。
ただのソイルの被害妄想、かもしれない。しかし、ソイルにとってメイラが変わったように見え、気に入らないのは確かだった。
ソイルは胸ポケットから一つの弾丸を取り出した。
「私が大人しく引き下がると思うなよ、ティアマテッタ軍…!お前達にとって死なれたら困る相手を殺してやる!」
「オラオラオラ!怪我したくなかったら退きな!」
マノンはエアルに向かい走ると、飛び込み、エアルがトスの体勢で待ち構え、マノンを力技で空高く跳ばす。
「この葛籠を避けてみな!」
マノンはエアルからぶんどったマシンガンでネストに狙撃する。マノンが適当に発射する葛籠の落下地点など予測できるわけも無く、容赦なく襲う。服が破れ、身体にも掠る。
「食らえ!アイスボンバーキックゥ!!!」
「なっ?!」
マノンは自身の足を凍らせ、鈍器としネストの頭上に踵落としを決めようとするが、流石に避けられる。マノンの足の氷玉は地面と衝突するとバギン!と音を立てて砕け散る。
(イノはここまでじゃじゃ馬じゃあなかった…どちらかというと、性格は幼少期の俺だ)
マノンのテンションは可笑しかった。魔弾も使うが、体術でネストに攻撃するのだ。ハイというか、アドレナリン、ドーパミン出まくりのようで。
(なんでだろう、凄く身体が軽い気がする!ドキドキする!どうしてだろう、滅茶苦茶強くなれる気がしてきた!)
「マノンの奴、十六才の身体能力と二十半ばの身体能力を互角だと思うなよ…クソ!俺だってまだ若いぞ!」
「そうだ、エアル!俺達はまだ戦い盛りだ!寧ろこれから全盛期へと入る!あんな小便臭さが残る小娘なぞまだまだ甘い!」
「あれ、もしかして慰められてる?」
コアが剣を翳しフェンシングのようなさばきで素早くあの大剣を操る。エアルは銃で守りに入るが、速いクセに一撃も重く、このまま攻防が続くと銃が壊れるのが確実に先だろう。だが、剣を装着する隙すら与えられない。
「私は小便臭くないもーん。立ちションする男の方が小便臭いかもよ~」
「マノン!下品なこと言うんじゃありません!そんな言葉づかい、お前の…、」
お前の親が聞いたら泣くぞ、と言おうとしてしまった。天国にいる母、そして今目の前にいるネストは聞いているけれど。どうして今になって、マノンの両親をこんなにも意識するのだろう。
「お前のなに?!聞こえない!!」
マノンはマシンガンでまたネストに攻撃している。
「お前の主が呆れてエステとかショッピングに連れて行ってくれなくなるぞ!」
「それは困る!私はティア姉に相応しい従者になる…そう、エレガントでファビュラスに…」
「お前テンション大丈夫か?」
「余所見はいかんぞ!」
コアはエアルから眼を逸らし、マノンに剣を向けると蔦が伸び足に絡みつくと宙へ舞い振り回される。
「ギャー!」
マノンは辛うじて手放さなかったマシンガンでコアを撃つが定まっていないので氷の魔弾は全て外れる。しかし、その氷は土に浸透し霜を降らせる。
「マノン!」
エアルはマノンの足元ギリギリを狙い撃つと相殺され枯れ、マノンが落下してくるのを、エアルはすかさずキャッチする。
「大丈夫か?!」
「う、うん…ありがとう」
お礼を言うとすぐにエアルから離れて行く。
(…やっぱ、おじさんに抱えられるのは嫌か…)
(ヤバイ…すごくドキドキする。耳の奥までクソ熱い)
二人のすれ違う心境。戦場でありながら、敵を差し置いて微妙な空気を作り出す二人にネストからジトリと睨まれたエアルは背筋が凍りネストに銃口を向けた。
「エアル兄、マノン!無事か?!」
そこにリアムとミラが駆けつけたのを機に、ネストからの視線が少し和らいだ気がした。
「お前がネスト…ランドルフ」
「リアムか。兄貴そっくりだな。面構えも、仲間のピンチの時に駆け付けるのも」
憎しみの籠った鋭い視線に、リアムは息を飲んだ。
だがここで連鎖する憎しみはもう誰も止められない所まで来ている。
リアムも後に引く理由は無い。ネストも、復讐を止める理由も無い。
「…どうして父さんと母さんまで殺した」
「仕方が無かったんだよ。あの二人は殺す必要があった。あぁ…勘違いしないでほしい。私は兄貴のことは尊敬していたし、私と妻のことを助けようと尽力してくれたよ。だがな、たった一つのネジが外れるだけで全てが崩壊するんだよ。俺は崩壊の原因を許さない。その外れたネジのせいで壊れた原因全てを殺す。そしてその壊れた跡地に野次馬しに来た人間もな」
「待ってくれよ…助けようとして、くれた父さん達をなんで殺した…?理解出来ない。…ナノス。ナノスの命令だったからか?だから仕方なく!」
「理解しなくていい。出来ないだろう。私がここにいるのも、お前の両親を殺害したのも、ミラの両親を同じ目に合せたのも、全て、俺の意思も反映されている」
リアムの中が、黒い靄で淀む。その靄は手のひらに化け、魂を穢していく。
「もういいや…解り合えないことは解った。だが妻子が殺されて絶望して殺意抱くのは同意するぜ。俺も、両親を殺されて、今すぐにでも犯人をぶっ殺したいからな」
リアムが銃口を向けると、ネストは溜息を吐いた。
「妻は死んだが、娘は生きている。強制にでも連れて帰る」
「は?」
「え…?」
リアムとミラは困惑する。すると、ネストは一直線にマノンへ走る。
「嘘でしょ?!」
「マノン、全力で逃げろ!ネストに捕まるな!」
突然の命令にマノンは驚くが、こちらに突進してくるネストを見て、思わず逃げ出す。
リアムとミラがマノンを保護しようと駆け出すが、そこにメイラが現れる。
「ネスト様の邪魔は禁止です」
「ミラ、先に行け!」
「解った!」
ミラが大きく出てメイラを回避しようとした時、大剣がミラのすぐ横を斬る。
「ヒィッ?!」
「行かせません。二人を、相手します」
メイラは金属魔法でうねり曲がる、変形自在の金属を剣から生産する。
「マジかよ…」
「これで二人を相手できます」
リアムとミラはアイコンタクトを取ると、どうにか協力してどちらかをマノンの元へ行けるよう、試行錯誤し戦い始めた。
「な、何で私?!もう訳解んない!」
マノンはちょこまかとコロシアム内を逃げ回っていた。しかし先手先手にネストが現れ逃げるのにも疲れてきた。
マノンはまたリアム達の元へ引き返し始める。
「うああああああああ!誰でもいいから私を守ってぇ!!コイツ撒けないよぉ!!!」
「うおぉ?!こっちに戻って来るなよ!ティアマテッタ軍に保護してもらえよ!」
「はぁあ、はあ、本能的にリアム達の所に戻ってきちゃったのお!」
リアムがマノンに近付こうとするがメイラの金属の触手が邪魔をする。
「だぁクソ!切っても相殺しても生えてきやがる!マノン、こっちまで来られるか?!」
「今すぐ行くー!」
希望を見つけたように眼を輝かせ、マノンは残った体力を振り絞って走る。
が、疲労で足が縺れ転びそうになった。
「うわぁ!」
転びかけた時、誰かが身体を支えてくれた。見上げると、ネストだった。
リアム達に緊張が走る。
「わ!誘拐は犯罪だぞ!」
マノンは慌てて離れる…が、違和感を抱く。
「…素直に放してくれるんだね」
ネストはマノンを見たあと、自分の手のひらをじっと見つめる。
「私の子供が、歩き始めて転びそうになったとき、抱きとめてやりたかった。追いかけっこをして、転びそうになる時も、私と、イノで…」
「あ、あのさぁ…私の事、やっぱり死んだ赤ちゃんに重ねてるでしょ。でも私、孤児だけどお前のこと父親として重ねられないっていうか、父親ってなんかよく解らないし…」
「重ねてなんかいない。お前の母親の名前を教えよう。イノ・ミナージュ。そして彼女が私の妻だ」
「…へ?」
マノンは、目の前が真っ暗になった。突然、母親の名前を教えられ、その夫は自分だと云う敵が目の前にいる。
「私がイノの夫にして、マノンの父親だ。十六年前、マノンは死んだと思っていた。だが、生きていた、イノの祈りがマノンを守った!だから頼む、これからは、私の傍で、私にマノンを守らせてくれ…!」
ネストが握りしめる拳を見て、マノンは狼狽えた。
「急に言われても、信じられないし、はいパパ!とか言えないよ…。それに私、今の生活気に入ってるんだ。毎日楽しいし、飽きないし、退屈しないし、たまに高級なお店連れて行ってもらえるし…フフフ。なにより、リアム達と一緒にいたいよ、私。ここに来るまでも、色んなことがあったんだよ」
まだ疑って表情が硬いマノンが教えてくれる今の生活に、ネストは微笑みながら聞いていた。無意識だったようで、マノンに指摘されたらすぐに仏頂面に戻った。
「…今日は見逃す。だが、父親と過ごす時間も考えてくれ。答えは次回聞く」
「お、諦めてくれた!次回もなんて嫌だよ~!ていうか、まだ私達の家族、殺したこと許せないし…」
その言葉を聞いたネストは、表情を変えず眼を閉じた。
「フハハハ、ハハハハ!良い標的を見つけたぞ!民間人、子供、女!あの青髪が死ねば多少は痛手にはなるだろう。サンドサウザンド!」
ソイルは魔弾を地面に撃つと、魔力で構築した砂の針の苦無無数をリアム達に飛ばしてくる。
「ミラ!」
リアムはミラを抱き寄せると、銃を撃ち黒い壁を作り出す。
エアルも全てを相殺出来ないと判断すると同じように魔弾を撃ち、半ドーム型にして覆う。
マノンも氷の壁を作るが、砂は氷を粗削りし貫通する。
「痛い!」マノンの腕に一本目が当たる。そして二本目は左手首に当たり、マジックウォッチを破壊する。
「ウソ?!壊れるの?!」
「マノン!」
ネストは自分より先に魔弾を撃ち、マノンの前に黒い壁を出す。
「くっ!」
「おじさん!」
ネストは苦無の雨に襲われながらもやっと自分にも魔弾で壁を作る。
それを見ていたソイルは、ニヤリと笑った。
「さぁ、そろそろ終幕にしよう…」
ソイルは例の銃弾を装填し、マノンに向ける。
「ネスト…邪魔なものは排除しよう。我々はいつもそうやってきた」
悲しそうに言い放つと、躊躇いもなく引き金を引く。
この場で目撃していた人々は口を揃え言うはずだ。あんな魔法弾丸は見たことがない。この世に、恐ろしい武器を生んでしまった人間がいると。
透明の魔弾は空を切りマノンを撃ち抜こうとした瞬間。
「…え?」
ネストが目の前にいて、身代わりになり魔弾を受ける。そして、数秒後にみぞおち辺りに穴が開き、破裂するような音が響き、血肉が飛び散る。
「マ……ノン…」
どさりと力無く倒れる。
砂の苦無も止み、ネストの魔力が消失する。
「おい、ネスト!…っ、これは!」
「嘘、これって…」
真っ先に駆け付けたのはリアムとミラだった。
「ダメだ、止まってる!心肺蘇生するぞ、まだコイツから聞きたいことはある!」
「わかった!ねぇ、マノンのお父さんなら、お母さんとの話を聞かせてあげてよ!知らない事があるのがどれほど辛いのか、貴方だって知っているでしょ!」
リアムは心臓マッサージ。ミラは穴に手を当て止血を試みる。
騒がしい周囲の音が遠のいていく。耳には何も入ってこない。目の前には父親と名乗る男が救護されている。
「…おとうさん」
処理が追いつかないマノンは、立ち尽くすしか出来なかった。




