30話・・・ティアマテッタ6・軍入隊
作品を読みに来ていただき感謝です。
時を戻し、試験当日のことを振り返る。
リアムは試験会場に入り、身分証明、受験票を提示する。受験票に書かれているC教室へ向かう。
(C―三〇二…ここか)
席に座り筆記用具とタッチペンを準備する。机の引き出しには鍵が掛かっている。多分この中に電子パネルがある。試験開始と同時に解除されるシステムだろう。
先に電子パネルのテストを片づけ、日常で過ごせば縁の無い紙と直筆のテストを後で解く。解くのは問題無い、心配は不慣れな紙とペンで書くと言う事だ。
(わざわざノートと鉛筆通販してまで練習したんだ、大丈夫。落ち着けば出来る)
少し緊張する気持ちを深呼吸し落ち着かせる。
(ここで躓くようじゃ恥ずかしいな)
「いたな!リアム!」
「…ぅわ」
教室のドアの前に仁王立ちするブレイズがいた。お蔭で緊張した気持ちが吹っ飛んだ。
ドア前で高笑いしており、後から入って来た受験者に邪魔扱いされ、ブレイズは謝るとリアムの斜め後ろの席に着く。
「フハハハ!絶対お前だけには負けないからな!」
「そこ、静かに」
「すみません…」
試験監督にピシャリと注意され、ブレイズは大人しくなるが、視線が五月蠅いのには変わりなかった。
(やりずれ~)
リアムは溜息を吐き、早く開始時刻になれと念じる。
机を呆然と見ていると、放送が入り、教室全体の空気がピリッと引き締まる。
『ただいまより筆記試験を開始します。所要時間は百二十分。それでは、始め』
ガチャと引き出しの解除音がすると、一斉に開け、入っているパネル、用紙を取り出す音が揃う。
長い試験が始まった。
(何とか終わった…)
筆記試験が終わり、昼休みに入る。
終了二十分前にテストを終わらせ、見直し確認も出来た。空欄は無い。解らない箇所もあったが何となく、多分という勘を信じ埋めた。あとは採点待ちだ。
「昼飯食いに行くか」
リアムは荷物を持つと、食堂へ向かった。
食堂は受験者達で賑わっていた。第一難関を突破し、多少の緊張も解けたのかもしれない。
「そう言えばエアル兄が軍の食堂はカレーが美味いって教えてくれたな…。食べ過ぎて身体重くなるのも嫌だなぁ。あ、小サイズもあるのか。じゃあカレーにするか」
カレーを注文し、テーブルに着く。
「いただ…」
「いたな!リアム!」
ブレイズがカレーの乗ったトレイをがさつに置き、リアムの対面の席に座る。
喧しいのが来たと思いながら、リアムはカレーを口にする。
「フハハッハハ、俺は筆記テスト自信あるぜ。ちょっと用紙は面倒だったが…。おぉ!そんなちっせぇサイズのカレーで大丈夫かぁ?!こりゃ俺が実技でもトップを張っちまうな!」
「うるせぇな。満腹にして実技のときに動くのが億劫になったら嫌だろ」
「ハン!軟弱野郎が。そんなじゃ軍隊に入ってもやっていけないな。食って体力着けるが基本だ!」
「…帰ったらミラがご馳走作るって張り切ってんだ」
「ハアアアアアアアアアアアアア?!?!?!?!?!?!?!」
ブレイズが急に立ち上がり、デカイ声に食堂にいる殆どの受験者から視線が集まる。
ヒソヒソと、あれ筆記前も煩かった人だよ、とか。喧嘩売ってんのか?報告したほうがいいか?など。初手からやらかしたのと、どう見てもリアムが絡まれている構図に見えてしまった状態から、ブレイズはアハハ…と愛想笑いをすると大人しく座り直す。
「は?ミラちゃんと同棲してるのか?」
「ノーコメント」
「はー嫌な男だぜ。同棲しといて恋人にもなっとらんとわな!おし、決めた。どうせお前も最終試験に残るだろう。そこで決着を着けようぜ。俺が勝ったらミラちゃんに告白する権利を貰う。俺が負けたらとっとと潔く告りやがれ。じゃないと俺の恋心が永遠にお前に弄ばれるし、ミラちゃんが不憫でならん!いいな」
「お前、何?告白したいのか?応援したいの?」
「お前等を応援したい訳じゃねーよ!これ以上無駄に引き延ばしてもミラちゃんが可哀想だろ。ずっと好きな人を想い続けてるのに、曖昧な関係だなんてよ。生殺しだぜ、ったく。いつまでもミラちゃんがお前のこと好きで居続けてくれると思うなよ。胡坐掻いてると、もっと良い男が現れてフラれる可能性だってあんだからな!」
ガツガツとカレーを食うブレイズに、リアムは正論を言われてちょっと腹が立った。
「…お前、やけに恋愛に関して詳しいな。なんかあったのか」
ここぞとばかりに地雷を踏んでやろうと聞いてみる。
「は?俺は女なんか興味なく生きてきたからな!周りの男達を見てりゃ解るぜ。情けなかったり、はっきりしなかったり、優しさに甘えていたら、彼女はもっと良い相手見つけてさっさと捨てていくからな!」
ごもっともな意見で、リアムは言い返せなかった。それが悔しくて、カレーを食べ進めた。
「ぜってぇ負けねぇ」
午後は実地試験。各々が動きやすい服装で挑む。ジャージ、訓練校の軍服。リアムはスポーツウェアで挑む。
「なぁ、アイツって昼に煩かった奴だよな」
「あぁ。まさかマルペルト国出身だったのかよ」
「火属性って滅多に他国の軍に入隊しないから貴重だって噂だよ。かなり有利じゃん…」
注目の的はブレイズ。マルペルトの私設軍養成所のジャージを纏っていた。
(そういえばアイツ、マルペルトに見切りをつけたとか言っていた気が)
リアムがブレイズを見ていると、視線に気づいたブレイズがニッと笑ってくる。
(リアム。これを纏う理由はマルペルトに愛国心を持っているからじゃねぇ。全てはどこかで生きていて下さるエルド王子、ヘスティア王女のため。彼等が築き上げた真の正義を俺は証明する。そのためにここに来た!)
ブレイズの実家は老舗温泉旅館だった。両親と兄。兄はブレイズにとって、とても自慢の兄だった。聡明で、銃も扱えて。そしてエルド親衛隊として活躍していた。そんな兄を尊敬していたし、兄の尊敬するエルド王子を、ブレイズも敬愛していた。そして、国を豊かにしようとエルドと一緒に政策する、凛とした佇まいのヘスティア王女は憧れの存在だった。
だが二年前。全てが狂った。エルドが国家転覆の罪で国から追放された。ヘスティアも後日行方不明となり、噂でエルドと共謀していたのでは?と密かに囁かれた。そしてエルド親衛隊は処刑前に集団自決。タナス政権が発足してから、徐々に国が可笑しくなった。
マーガレット王女による貧困女性救済の娼婦法が、温泉街にも強く影響を及ぼした。男性客は娼婦を部屋に呼ぶ。それが段々、娼館から旅館が娼婦を直に雇い住み込みさせるようになった。ブレイズの両親も、儲かるならと最初こそ戸惑いながら娼婦を雇ったが、好評なのに味を占め眼の色を変えていった。
表面上では平和だが。どうも胡散臭くてしょうがない。
スピーカーから指示が入る。
『今から実技試験を行います。職員の誘導に従い各競技場に向かってください。受験番号Aから始まる受験者はグランド。Bから始まる受験者は実地場へ。Cから始める受験者は射撃場へ。Dから始まる…』
リアム、ブレイズは同じC。二人の火花が再び散る。
射撃場へ到着し、順番に呼ばれていく。
「次!」
ついにリアムの番がくる。位置に着くと、銃が置かれている。
「実弾五発、三十秒。エンチャントモードにて魔弾、起動含め一分三十秒。三発以内で的の魔力を消滅させよ。始め!」
リアムは中心に五発を見事に決めていく。そしてエンチャントモードを起動する際、いかに早く形にするかでエアルと研究した。ジョンから貰ったマジックメタル製の銃に慣れ過ぎたせいで通常の銃での起動がかなりのロスになる。そこを補填するために導いたのは魔力の供給の加速。一気に魔力を送ると壊れるが、自動に供給される隙間に流し込むようにすれば、マスタング産には適わないがかなりの短縮にはなった。
それを実践し、一番にエンチャントモードへと変形させる。
魔弾用の的はランダムで選ばれた属性。リアムの場合土属性。だが関係無い。
リアムが一発、魔弾を撃つ。的に命中すると、的に供給されていた魔力が一気に消失する。一番早く終了したはずなのに、異様な空気に包まれる。
「…リアム・ランドルフ。終了しました」
リアムが待機列に戻ると、明らかに周りがざわつく。
「アイツ無属性…?」
「初めて見た。本当にいたんだ」
「魔法が使えないって言われてた、よな…。何だ今の」
「魔力の消失って…あの的の設定ってAだよな…」
「一発でって、マジかよ」
マノンと初めて会った時もそうだった。もう言われ慣れている。リアムは耳に入るヒソヒソ話を気にも留めずに位置に戻ると休めの体勢を取る。
「次!」
ついにブレイズの番が訪れた。話していると煩いが、リアムは実力を見ておきたい相手だった。
ブレイズは四発が中心。一発が中心の円より少し外した程度だった。
「エンチャントモード!」
(焦るな俺!ここで焦ってリアムの真似したら銃が壊れる!)
ブレイズの的は水。相性は悪い。起動完了になると、まずは一発目を撃つ。相殺され蒸発したところに追い打ちで二発撃つ。そしてゲージには魔力ゼロと表示。的はゴウゴウと燃えている。
「っしゃあ!ブレイズ・ボールドウィン終わりました!」
ブレイズが浮足立って元の位置に戻る。
射撃が終わり、次は持久走のためグランドへと移動する。
「ここには四百メートルトラックがニヶ所ある。そこを千五百メートル。各二十名に別れて走ってもらう。番号を呼ばれたら前に出ろ。ストレッチに五分設ける。では最初…」
試験監督に呼ばれていく。リアムは一組目。運が悪いのか良いのか、ブレイズと同じ組である。
「ふふーん、リアム。俺の俊足に着いてこられるかな?」
「前半飛ばし過ぎてへばるなよ」
「ふんっ、強がっていられるのも今のうちだからな!」
トラックの位置に付き、スタートのブザーが鳴る。一斉に皆が走り出す。
リアムは最初中盤に位置づく。ペースは落とさず、上げず。ブレイズは先頭に出て、独壇場となっていた。
五百、八百となると疎らになり始める。リアムは少しペースを上げ先頭集団に躍り出る。
ブレイズは疲れ始めたのか、先頭集団にはいるものの、後ろを走っている。
あと百メートルでゴール。リアムはラストスパートを上げ、一気に前へ出る。
「ブースト!」
「は?」
気が付くと、ブレイズがゴールしていた。二位はリアム。
「ハッハーン!どうよ、リアム!これが火属性ブーストの立派な所だぜ!」
「…ありかよ」少しムカッとくる。
「ありだぜ。禁止事項にも掲載されていないし」
「そうかよ。ブースト使えるから最初無茶な走りしてたのか」
「はー、悔しいからって棘のある言い方。嫌だなぁ本当」
『そこ!言い争っていないで、クールダウンとストレッチをしなさい!』
メガホンで試験監督に叱られる。
ブレイズの勝ち誇った顔が憎たらしく見える。リアムは初めてブレイズにライバル意識を持った。
全組が終わると、次は剣術。体育館へと移動する。
剣術のテストは現役である隊員が相手となる。階級は明かされないが、稀に曹長クラスが紛れ込んでいる時もあるらしいと噂されている。
試験内容は相手に一撃でも剣に付着させた蛍光絵具を当てること。
「しゃあ!!」
ブレイズが見事相手の剣を打ち弾き飛ばす。
「痛ッ」
「は、へ?!すみません、救護の方!」
ブレイズが慌てて手を上げ、救護チームを呼ぶ。どうやら相手の隊員に怪我を負わせてしまったそうだ。
「捻挫ですね。あとは私達が。すみません、代理をお願いします!」
「次、リアム・ランドルフ」
「はい!」
ブレイズと入れ替わりに位置に着く。すれ違った時、どこか申し訳なさそうな顔をしていた。
(怪我を負わせたのは予想外だが…現役軍人に勝ったんだぞ。俺だって)
リアムは気合を入れる。
そして代理で入る隊員がやって来た。
「よろしくお願いします」
リアムは拍子抜けした。穏やかに微笑む、ポニーテールに髪を結んだ、眼鏡をかけた女性が立っていた。
「よ、よろしくお願いします」
(落ち着け俺。動揺するな。相手は女性で穏やかそうだからって油断するな。ヘスティアさんからも教わっただろう)
リアムが構えると、試合開始の合図が入る。
(先手ひ…、?!)
リアムは咄嗟に樋で切っ先を受け止める。女性とは思えない力で押してくる。
(いつ一歩踏み出ていた?!ヘスティアさんも相当だったけど、この人もヤベェ!)
「咄嗟に受け止めたのは素晴らしいですよ」
隊員は微笑むと、リアムの剣を剥ぐかのように切っ先を上に走らせる。勢いで持っていかれそうになるが、グッと握りしめ持ちこたえる。そして隊員の腕が真上に上がった瞬間をリアムは逃さない。
「はぁ!」
胴に斬りかかろうとするが、すぐに峰でガードされる。
隊員は嬉しそうにニコニコすると、「でわ」と言うと猛攻が始まる。リアムはガードするので精一杯で反撃のチャンスが一切見えない。
(クソ!守るので精一杯とかふざけてんのか、俺!反撃しろ、チャンスを見逃すな!)
リアムの体に剣に付着させていた蛍光絵具が色づいて行く。つまり、戦闘だったら怪我、或いは致命傷を負っている証拠である。
(こうなったら…)
「オラアアアア!」
リアムは大きく振りかぶる。隊員は容赦なくリアムの胴に剣を当てるが、咄嗟に顔を傾げた。
「…捨て身の攻撃は頂けませんねぇ」
リアムの件は隊員の頬を掠め、絵具が入っている。
隊員はリアムの剣を弾き飛ばす。
「次はご自分の身を案じながら戦う方法を考えなさい」
そう言い残すと、隊員は戻って行ってしまった。どうやらリアムの相手の代理だけで終わりのようだった。
リアムは膝から崩れ落ちた。
「終わった…」
隊員が体育館から出ると、ブラッド・ウォーカー大尉が待っていた。
「ハンプシャー少佐。いかがでしたか?」
「あぁ、とても扱き甲斐のある青少年だ。だが、捨て身は頂けないな」
隊員…改め代理で入って来たのはモルガンだった。本来なら、ただ外から見学するのみだったのだが、代理要請を聞いたモルガンが名乗り出て、偶然とは云え、リアムの対戦相手となった。
「ですが、確か少佐もランドルフ中佐から初めて剣で絵具を付けた時、捨て身だったではありませんでしたか?」
「さぁ、どうだったか」
モルガンはおどけてみせると、二人は笑いながら体育館を後にした。
最後の種目、アスレチック障害物競争。
これは受験者、約四百名が集まり一斉にスタートする。一斉にと云っても広さの問題もあるため、スタート地点を通過し次第タイム測定開始。ゴールするとタイムが切られる。
リアムはCブロック。スタート地点からは少し離れている。
(切り替えていけ、ここで良いタイム出せば挽回できるはずだ!)
リアムは頬を叩き、気合を入れ直す。
ブレイズは、そんなリアムを後方から見ていた。先程の剣術の試験、捨て身とはいえ相手の意表を突く行動。模擬刀だったとはいえ、あんな無茶なやり方をしたら真っ先に戦死する。
だがそれよりも。
(あの代理で入った隊員、めちゃくちゃ強いぞ。剣さばきも早かった。本気じゃなかったけど、それでもあの人からアホな方法で絵具付けたのは素直にスゲーと思うぜ)
ブレイズも自分の事に集中し始める。そして、リアムに持つ対抗ゲージが一気に上昇していく。
『では、スタートです』
開始のブザーが鳴ると、先頭から走り出す。リアム達の列も徐々にだが前へと進んでいく。
緩やかに進んでいた列は次第に間隔が空き周りが小走りし始め、そしてついにスタート地点に来る。
「しゃあ!お先に!」
後方にいたブレイズが走り出し、スタートを切る。リアムは今すぐ駆け出し追いつきたい気持ちを抑える。
(ここで競い合うのは無駄だ。やるなら最終試験…アー!さっきの隊員がまた頭を過る…)
リアムは首を振り切り替える。そしてリアムもスタートを切る。するとマジックウォッチが緑色に光りタイムウォッチが起動する。
最初の障害は池。上には水上し過ぎると有刺鉄線が張られ痛い思いをすることになる。
池に飛び込むと思った以上に深い。平泳ぎでいくが、軽い素材のはずのスポーツウェアが重い。周りからの水飛沫も容赦なくリアムの顔面にかかってくる。
「プハァ!息しずれぇ」
なんとか池をクリアすると、次は泥地帯が待ち受けていた。ただでさえもう苦労した水泳なのに、次は足を持っていかれる泥とか…。
「だぁ!やってやる!」
リアムは突撃すると、脛まである泥に足を取られながらも進む。
前にいた受験者が、足が外れなかったのか倒れてくる。
「うわあ!」
偶然後ろにいたリアムは思わず支えてしまった。
「おい、大丈夫か」
「あ、ありがとうございます…」
「…なぁ、協力しねぇか?」
リアムは受験者と手を組み、お互いが足を取られたら引っ張り合い、前へ前へと進んでいく。引っ張ってくれる人が居るだけでもかなり助かる。それを見ていた周りも、近くにいる受験者と組み、引っ張り合いながら進んでいく。
泥エリアをクリアすると、受験者がお礼を言う。
「ありがとう。君のお陰で早く進めたよ。もう僕のことは大丈夫だから、気にせず進んでくれ」
「礼はいいよ。…こうやって助け合ったのもなんかの縁だ。さ、とっとと次行こうぜ」
リアムが走り出すと、受験者も置いて行かれないように必死に走った。
受験者は思った。誰かと一緒に行動するだけで、引っ張られるように身体が動く。受験への特訓で何度も折れかけた心が、今はちっとも折れない。
アスレチックエリアでもリアムの運動神経は遺憾なく発揮される。斜めった地面を勢いで走り抜け、崖をロープで上がるのも難なくクリア。
丸太渡りも上手くバランスを取りながら渡り切る。
一緒に居た受験者も、ここに来ただけありクリアしていく。
下り坂を降りていくと、大きなボルダリングエリアが登場する。
「うし、行くか」
「うん」
「僕が先導するよ、ボルダリングは得意なんだ」
「ありがとう、じゃあお願いするよ」
受験者が先に登ると、ルートを見極め徐々に上がっていく。リアムも彼が登った通りに進む。
得意と言っていただけあり、リアムは自分で考える必要がなくなり負担が軽減される。
その時だった。
「オラオラオラァ!退け退け邪魔共がぁ!!」
「はいはい、失礼しますよ」
ボルダリングをこなしつつ、人までを使い押し退け、顔面や頭部を踏みつけ登り上げる二人がいた。リアム達は踏まれなかったが、彼等が登っていく瞬間、眼が合った。
「…双子?」
二人が登り終えると、名を叫ぶ。
「アイオ・スチュアート!ゴールしたぁ!試験終了!」
「クロノ・スチュアート、ゴールしました。試験終了」
双子の破天荒な突破に、周りも黙ってはいない。
先にゴールをし終えていた受験者達が試験監督に抗議する。
「こんなのアリですか?!人を踏み台にしたんですよ?!」
「アイツ等、アスレチックエリアでも酷かったぞ!」
「軍人を志す者として卑怯ではありませんか?!」
試験監督は眉を顰め、スチュアート兄弟を見やると、溜息を吐く。
「彼等の行動はこちらで判断する」
試験監督は詳細こそ伝えていないが、これはただタイム測定をするだけではない。固有スキルの使い時の見極め。味方を見つけ協力出来るか。敵をいかに蹴落とすか。それも加味される。
「大丈夫?!」
「俺は大丈夫だ!お前は?!」
「僕も大丈夫。ラストスパートだよ、行こう」
こうしてリアムと、一緒に行動した受験者も無事ゴールする。ゴールした先に、ブレイズが待ち構えていた。
「おーリアム。やっとゴールしたのかぁ。遅かったな、待ちくたびれたぜ」
「別に待っていなくてもいいよ」
「はぁ?!」
リアムとブレイズが言い合いをしていると、受験者が声を掛ける。
「ねぇ、さっきの人達…君のこと見てるけど。なんか、ちょっと気味悪くないか?」
リアムがスチュアート兄弟を見返すと、穏やかな方は微笑み手を振る。荒れていそうな奴の方は、ガン垂れてベロを出して挑発してくる。
「…気にすんな。それより、ありがとうな。協力してくれて」
「ううん。こちらこそありがとう。君のお陰で最後まで出し切れたよ」
お互い握手をした。それを見たブレイズは、気に食わないのかフンと鼻を鳴らした。
こうして実地試験も終了。
リアムはミラ達と合流し、帰宅した。
しかし、頭の中は例の隊員に言われた「次は」という言葉で占められていた。
・・・
「リアム、大丈夫?ご飯全然食べてないじゃん」
夕飯を半分以上残しているリアムの皿を見て、ミラが心配する。
「あぁ、ワリィ。ちょっと、緊張しちゃって」
「そんなに猛者達がいたの?」
「まぁ、うん。そうだな。次はちゃんと考えろ、って注意までされた」
「注意って…」
二人が重苦しい空気になっていくのを見ていたマノンが、我慢できず声を上げた。
「つ、次はってことは、入隊したらってことかもよ!」
「そうだろ、大丈夫だって!」エアルも励ます。
「ありがとう、二人とも」
愛想笑いするリアムに、マノンとエアルはお互いを見ると、肩をすくめ「こりゃダメだ」と目で語り合う。
「でも、リアムさんが圧倒されるような相手から一撃でも取れたんです。ルールは絵具を付ける事。捨て身は禁止とは言われていません」
「そうだよ、ヘスティアさんの言う通りだよ!」
「あぁ」
もう完全に緊張して、何を語っても、安心させようとしても心が受け付けていない。
結果が届くことしか、今のリアムを安心させる方法は無い。
そして運命の午後九時。
ポロンとマジックウォッチが鳴る。
「結果は?!」
皆がリアムに押し寄せる。
「…最終試験に行ける。一次試験、合格出来たんだ!嘘だろ!」
「ほら!私の言った通りだ!」マノンがお祝いより先に自分の正当性を騒ぎ出す。
「おめでとう、リアム!」
「ありがとう、ミラ。皆もありがとう」
「おう。じゃあ、不安も解消されたわけだし、残りの飯食っちまいな。明日は最終試験。疲れを残すなよ」
そして翌日。運命の最終試験が開催される。




