17話・・・ヴェネトラ5
焔の発信源である建物の前に来ると、破壊された自動ドアの向こうにエルドがいるのを、ヘスティアが見つける。
「ぁ…お兄様、エルドお兄様!」
駆け寄ろうとするヘスティアの足元に蔦が生え行く道を邪魔する。
「貴様、メルカジュールでブーストを使った女だろう」
歩くだけでもズシズシと重たそうな音を立てながら、コアがヘスティアに近付いてきた。
「お前に用は無い!」
「ふぅん。エルドお兄様と叫んでいたな。エルド、お前の親族か?」
コアの後方で、今まで知らんふりしていたエルドが面倒臭そうにヘスティアを見やる。そして溜息を吐くと喋り出す。
「私に大事にすべき親族なんかいませんよ。滅ぼすべき蛮族ならいますけど」
「違うの、お兄様!聞いてください!私あの時!」
「五月蠅い女だなぁ」
銃を向けたエルドの顔には影が落ち、ヘスティアに向ける表情は無で、これから彼が殺す女は何者でもなく、ただ邪魔だったから殺した。そう言われているようだった。
「そんな…お兄様、話を聞いて」
「ヘスティア!」
引き金が引かれた瞬間、エアルがヘスティアを抱きかかえ倒れ込む。
銃弾はヘスティアを掠め、壁に命中し、薄らと煙を上げていた。
「バカかお前は!」
エアルは自分の服の裾を破き、包帯代わりにヘスティアの腕に強く巻く。
「痛ッ…ごめんなさい」
「兄貴と仲直りしたいなら、ちゃんと命を大事にしろ!」
ヘスティアは唇を噛みしめた。エアルに助けてもらった時、エルドじゃなくて泣き暮れた。
自暴自棄にもなり、エアルと行動するようになってからも命知らずな戦い方をした。そのたびに叱られた。
仲直りしたいなら命を大事にしろ、意地汚くてもいいから生きろと。
「エアル…会いたかったぞ、エアル・アーレント!」
わざわざ敵陣に無謀にも乗り込んできたエアルを大歓迎する男…コアが両腕を広げ喜びを表す。
「ハァ?あれがコア様の言ってた無属性の男かよ。思ったより弱そうだな。期待ハズレかよ」
エリーニュが唾を吐く。
「あの女…エルド様のなんなのかしら…ていうか、あの男はなんなの?私のこと守ってくれる男はいないのに…あの女だけズルい」
ティーシが親指の爪をガジガジと齧る。
「とにかくぅ、コア様だけ無属性を相手にするなんてズルくないですかぁ?私達姉妹にもおすそ分けしてくだせいな」
アレークが首を傾け、挑発するようにコアに訊く。
しかし、コアの怒りに触れたのか、怒鳴られる。
「黙れ、姉妹共!無属性のエアルとリアムは俺が相手をすると言っただろう!お前達は女達とマスタング達を殺せばいいんだ!!!!!!!!」
怒号に、姉妹達は黙り、青ざめ下を向く。
コアは戦いを愛している。
強い戦士を愛している。
自分が認めた相手を殺し、そして敬意を払い弔う。
そしてコアは強くなっていく。
豪快で破天荒で周りの犠牲なんか知ったこっちゃない。
戦っている相手と二人の世界に浸り子供のように夢中に戦う。
それがコアと云う男だと、エルドは思う。
「も、申し訳ありませんでした…ほ、ほら、早く行きましょう…」
涙声のティーシが声をかけ、他の姉妹が我に返り壊した窓から外へ出ていく。
「コア様、エルド様」出ていったメイラが、窓から顔を出す。
「なんだ」
「その赤髪の女、生かしておいてくださいな」
「俺は構わんが」
「…善処しましょう」エルドは眼鏡を掛け直す。
メイラは微笑むと、姉達の後を追った。
人払いが済んだかのようにコアは満足気に微笑むと、エアルとヘスティアを見据える。
「エアル…そして女。お前達なら俺を満足させられるだろう。リアムも時期くるはずだろう?それまで楽しもうじゃないか!」
コアが銃を構える。
「あーチクショウ!作戦変更だ!ヘスティア、行けるか?!」
「えぇ、冷静になりました!私はお兄様を取り戻すため!まだ死ねない!!」
二人が銃を構えると、コアは歯を剥き出しにして笑った。
リアム達は焔に呑まれた街を走って行く。
熱波のせいで呼吸が苦しい。灰の臭いで気分も悪くなってくる。
道端には、警官や黒服の男達が所々に倒れていた。
「敵、襲ってこないね…倒れてる奴等はヘスティアさんが倒していったのかな」
「そうかもな。ヘスティアさんとエアル兄の手もあるだろう」
マノンには言えなかったが、敵が襲ってこないのは、建物の中に潜んでいたが放たれた業火に焼かれたか、逃げ切れず倒壊した建物の下敷きになり、結局焼かれて死んだか…リアムはそう考えていた。
「レイラ、あとどれくらいで着く?」
レイラは秘密道具の眼鏡を掛け、敵陣の情報を集めていく。
「あの十字路の向こうにある工場三件先!それに、あのコアって男の反応がある。アイツ、もう隠すつもりもたいみたいね。それにヘスティアさんとは別の火属性がもう一人。そいつがこの焔の元凶で間違いないわ。この魔力量…前回よりヤバイかも…」
「え?!どうすんの?!こっちの魔力クラス合わせてもゴリラ達にかなわないってこと?!うそぉ」
マノンが騒ぎ出す。
「だろうな」
三人は既に滝のように汗が拭き出し、喉が渇いて仕方なかった。
それでも早く駆けつけないと、エアルとヘスティアが危険に晒される。
「熱さのせいで思った以上に進めないな…」
その時だった。ピロン、マジックウォッチが同時になる。
「師匠?こんな時になに?それより、この熱い時点でもうダメ!ただ倒しても割に合わないわ。黄昏の正義捕まえたらバーベキューにしてやろうよ!」
『なに馬鹿なこと言ってる!』
「でさぁ。最悪なカード引いちゃったみたいだから、増援送ってくれない?」
リアムとマノンは、あ、怒られたの無視した。
と内心思った。
しかもちゃっかり増援まで頼んでいるし。
『ったく…バカ娘め。増援は何人か送る。それと、リアム、聞いているか?』
「はい」
『これから俺が言う番号をマジックウォッチに入力しろ。006ZE…』
リアムは言われるがまま入力していく。
すると、リアムのマジックウォッチが明かるい青緑に発色し、文字が浮上する。
『テンソウ、キドウ。ドウキカンリョウ』
「転送?」
文字は銃火器の種類がずらりと並んでいた。スナイパーライフル、アサルトライフル、ガトリングガン、ロケットランチャー…
「なんだこれ、すげぇ」
『これもアイアスからの贈りもんだ!アイアスが集めた武器をマスタング商会の武器庫に保管しておいた。リアムのマジックウォッチをシステム同期した。だから好きな時に好きなだけ武器を転送できるぞ!』
マノンがにょきっとリアムのマジックウォッチを覗き込む。
「えー!すごい!ねぇねぇ、私のとも同期してよ!」
「そうよ!師匠、なんで私に隠し事ばっかりするの?!それがあれば私だって秘密道具を持ち運びしなくて済むのに!」
マノンとレイラに挟まれ、両方からギャンギャンと騒ぐのを明後日の方向を見て凌いでいた。
『えぇい、静まれ!これはアイアスが遺したリアムへの贈り物だ!リアムのマジックウォッチでしか同期できん!』
「なんだ、つまんないのぉ。でもそれができるならさぁ、いつでもその技術取り入れましょうよ!」
『出来るならとっくにやっとるわ!』
マスタングとレイラの喧嘩が始まった。
会話をじーっと聞き、じーっとリアムのマジックウォッチを見ていたマノンが声を掛けてきた。
「…リアム、マジックウィッチ交換しない?」
「誰がするか、アホ」
リアムはマノンの頭を小突いた。
「おし、まずはガトリングガンでも転送してもらうか」
リアムは思わず、笑みが出た。
『テンソウ、キドウ。ガトリングガン』
すると空間が歪み、すーっとリアムの前にガトリングガンが現れる。
ガトリングを受け取ると、空間は閉じ、何も無かった。
マノンが、空間が捻じれた場所を手でスカスカと切ってみるが、何も変わりはない。
「なんも無い。なんか不思議」
マノンは不思議そうに空間があった場所を行ったり来たりしている。
「リアムがマジックウォッチ貸してくれれば、もっと武器輸送の発展ができるのに」
「レイラ…お前も俺のマジックウォッチを解剖したいのか…」
「え?うん。そうだけど、なんで?」
リアムの頭の中には、無属性のマジックウォッチ解剖を企むジルとレイラが大笑いする光景が想像できてしまい、なんかイヤな気持ちになったとさ。
(早くエアル兄とヘスティアさんの所に行きたいのに、俺達何してんだろう)
「おら!さっさと行くぞ!エアル兄達が危険だろ!」
リアムはガトリングを担ぐと誰よりも早く走り出した。
いや、レイラから逃げ出した。
「あぁ!待ちなさいよ!」
「ちょ、ちょっと待ってよぉ!走ると、呼吸が…」
三人が走り出したとたん、スドーーン!と地震が起こり、レイラは思わずしゃがみ込んだ。
「な、何?!」
「レイラ姉、あれ!」
マノンが指さす方角には、絶望するほど燃え上がる蒼と紫の不気味な焔の渦と、それを囲うように螺旋に成長する巨大な樹木だった。木が成長する音なのか、ゴゴゴゴゴゴゴと地鳴りが続く。
「あはは…こっちが怖気づいちゃいそうな程凄いモン見せつけてくれるじゃない…」
レイラは思わず笑顔が引きつった。
本当に、コアという男は人間なのか?それに、焔を放った人物。奴も狂人なのではないかと疑ってしまう。
「コアと焔野郎の仕業か…?おぞましいぜ、全く」
リアムは苦笑いをする。
「急ごう、レイラ、マノン!エアル兄達が心配だ!」
リアムが一歩足を踏み出したとき、水属性の魔弾が撃たれる。
「なっ?!」
リアムは咄嗟に避け、三人は背中を合わせた。
「今度は何よ!」
「誰だ!」
「テメー等だなぁ?コア様のお気に入りはよぉ?ほんっとうウゼェ。お前等のせいでコッチは大目玉食らってんだ。その分楽しませろよ?あぁ?!」
倒壊した建物の上に、同じ顔をした女が四人いる。
リアムは朝の不気味な歩き方をしていた女二人を思い出す。背格好も同じだ。
「女の子、二人だけか…赤髪の人も合わせて、三人。まぁ、足りるかな」
メイラはやる気があるのか無いのか、首と肩が座っていない状態でダラリとしているが、何かを探すように目だけはギョロギョロと動き回る。
「エリーニュお姉ちゃん…アイツ、コア様が言ってた黒髪よ…きっと無属性だわ。アイツ、連れていかないと殺されちゃうよぉ!」
ティーシは喚きながらしゃがみこみ、髪を引っ張りグシャグシャに掻き乱す。
「安心しなよぉティーシ。もちろん彼は連れて行くよ?でも、きっと大人しく着いてきてはくれないだろぉ。そうだとも、だって私達は敵なんだもの。それじゃあ、連れていくのに多少のイザコザがあっても仕方ないよねぇ」
アレークの口が耳に届くほどニヤリと笑う。意図が解り、他の姉妹もニヤリと同じ顔で笑う。
「着いてきてくれる?来てくれないだろう?じゃあ、無理矢理連れて行こうじゃあないか」
リアム達が銃を構えると、四姉妹は四方に飛び三人を囲い込んだ。
一方、リアム達との電話を切ったマスタング商会は深刻に包まれていた。
「ジョーイ!今すぐ連れていける奴等を集めてレイラ達と合流してくれ!」
「兄さん、あの三人では及ばないのですか?」
「あの業火野郎一人かと思ったら、どうやら違うようだ」
「しかし、ここは!」
ここ。
マスタング商会。
ラードナー家とも手を組み、従業員や工業地帯に残っていたり、住んでいる住人を避難させ、今では希望として残っている。
それに、ジョーイ達兄弟の生家で、育った家でもある。
ここが壊れたら、もう…
「安心しろ、ジョーイ。ここはジルと俺達で守る。若いモンにもまだカッコいい所見せたいしな。これがオヤジ達の底力ってな」
「兄さん…」
「ジョーイ、アレを使え。それで必ずレイラ達を守れ」
ジョーイは兄の熱意に折れ、静かに頷いた。
この会話を、陰から見ていた人影があった。
ジョーイが従業員達のいる避難所へ向かっていると、レンが声を掛けてきた。
「ジョーイさん」
「レンお嬢様。ここにいられては危ないですよ。さ、私と一緒に避難所へ戻りましょう」
レンを避難所へ向かわせようとするが、一歩も動かなかった。
「いいえ、戻りません。先程、お話を盗み聞ぎきしてしまいました」
「お嬢様…」
「お姉様達が危ないのでしょう?わたくしも行きます!」
「ですが、あの焔を見てお解りでしょう?危険すぎます。私達は、レンお嬢様をお守りする義務があるのです。どうか解ってください」
レンはスカートを握りしめると、悔しそうに声を荒げた。
「解っています!でも!私はレイラお姉様に何かあった方が嫌なの!お姉様が死んだら、わたくしも後を追います!それなら、お姉様をお守りしたいの!皆で無事にここに帰ってきたいの!それが無理だったなら…せめてお姉様を守って死にたいの!」
思わずジョーイはたじろいだ。いくら鍛えているとはいえ、ラードナー家の息女で、蝶よ花よと育てられてきた女性なのだ。
それが、たった一人、慕う人を助けたいがために、命を張るのかと。
「ジョーイさん…レンさんのこと、連れていってあげてください。私からもお願いします」
マイラの声に気づき、レンの後方を見ると、マイラとミラが立っていた。
「ジョーイさん、私も連れてってください。足手まといだって解るけど、私もリアム達の力になりたいの!足手まといになりに、なんとか考えるから」
「レンお嬢様、ミラさん…」
ジョーイは大いに悩んだ。
一人は大事な一家の一人娘。
もう一人は銃を撃ったこともない少女。
反対して、まだ戦える従業員を連れて行ったほうが勝てる見込みはまだあるかもしれない。
だが、見込みより、やる気を取ったらどうだろうか。
もし、レンとミラを連れて行けば、レイラもリアムも守る対象が出来、より士気が高まるかもしれない。
そしてレンは多少戦える。最悪、ミラは自己防衛のために銃を乱発させれば生存できるかもしれない。
数うちゃ当たる。
「解りました。行きましょう。お二人方、兄のいる工場の方へ急いでください」
「マイラ、行ってくるね」
「疲れには蜂蜜レモンが効くのよ。ラードナー家の厨房で作って待っていなさい」
「わかりました。皆さんの帰り、待ってますね」
マイラは微笑み手を振り、ミラとレンを見送った。
マイラは、言われた通り厨房へ向かう。
(レンさんは優しい…私が役立たずにならないように、役目をくれた)
あの皆なら、戦わないマイラを責める奴なんて誰もいないだろう。
でも、マイラが自分で戦えないと責めてしまうだろうと見越したレンが、料理して帰りを待っていろと、役目をくれた。
マイラはちょっと涙目になったのを、袖で擦ると、前を向いて歩き出した。
…そして、鎮火され多少焦げている工場へ着いたミラはジルから銃について軽い指導を受けていた。
そしてレンは、ジョン・マスタングと話していた。
「レンお嬢様。これを」
差し出されたのはロープのような紐と、先端とヒールが金属で加工された靴だった。
「これは…」
「レンお嬢様専用に特注で作りました。使い方はマジックウォッチに」
受け取ると、レンは何となく察したようだった。
「ありがとうございます。ジョンさん。本当、わたくしの特技がお解りなのですね」
「幼い頃から貴女を見守ってきましたからね」
ジョンはそう微笑むと、手を叩き集合させる。
「ジョーイ!早速だが出発してくれ!マスタング商会の稼ぎ頭を特別にプレゼントだ!」
ミラが行くと、そこにはエンジンを蒸かし、宙に浮いているバイクがあった。
そのバイクは、男の子なら一度は憧れる…
「もしかして、エアロバイク?!」
「そうです。これに乗ればすぐにでもリアムさん、エアルさん達の元へ着くでしょう」
「わ、私運転できなくて!てか、バイクがあるなら、リアム達にも貸してあげれば…」
そうミラがツッコむと、レンとジョーイは一斉に視線を外した。
「…レン?ジョーイさん?」
「ミラ…貴女も知っているでしょう?お姉様の運転技術」
「え?」
「あのレイラにエアロバイクを渡したところを想像してごらんなさい。敵陣に突撃し、エアロバイクを爆弾代わりにして突っ込みますよ」
「あぁ…」
三人の頭には、エアロバイクを見て楽しそうに何かを考え笑っているレイラが想像されていた。
ジョーイが一台に乗り、レンがもう一台に乗り、その後ろにミラが乗り、レンに腕を回す。
「では行きます。私に着いてきてください!」
ジョーイを戦闘にエアロバイクが宙を走り出す。
(リアム、みんな、待ってて…!)
マスタング商会方面からエアロバイクが飛び立っていくのを、人形探しで忙しないメイラが見逃すわけがなかった。