16話・・・エマーソン家
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マルペルト国の北側にあるコロシアム…別名処刑場。ここでエルドの処刑が行われる。
エルド一人に対し、兵士が五十人投入される。エルドが五十人を殲滅させれば、国外追放で済む。だが長い歴史にて、この殲滅を成功させた死刑囚はいない。
この処刑はただの娯楽であり、死刑囚へのリンチだ。国民はリンチされ無様に死んでいく囚人を見て罵倒し、歓声を上げる。
『死刑囚、エルド入場!』
司会が叫ぶと、看守に蹴飛ばされエルドはよろめきながら闘技場の中へ追い出される。
向かいには、屈強な男達がずらりと並ぶ。
王族席へ視線を移すと、険しい表情を見せるタナスと、怯えているマーガレット。
青ざめているヘスティアがいた。
(白々しい演技だ)
『さぁ、生き残りをかけた試合が始まる前に、こちらの処分をお見せいたしましょう!』
別の門から連れてこられたのは、エルドの剣術の師匠と、魔法の師匠の二人だった。
「なぜ先生方が?!関係ないだろう!」
『この二名、エルドを悪へと教育した責任を取っていただきましょう!』
親衛隊が先生を押さえつけると、首を突き出す。そして、別の親衛隊がマジックソードを構える。
「やめろ!!」
「エルド様!ご自身の心のままに!!」
「エルド様にご加護を…!」
剣が振り落とされ、エルドが尊敬していた二名が斬首された。
流れる血と、転がる首を呆然と眺めていると、スタジアムが沸く。
罪人を裁いた歓声。そして、次はエルドを殺せとコールが響く。
マーガレットが顔を手で覆い泣いているフリをするが、エルドから見れば笑いを堪えているのが嫌でも解る。
タナスがマイクを持つ。
『さぁエルド、罪を悔い改めよ!闘技を開始せよ!』
その掛け声で兵士達が一斉にエルドに襲い掛かってくる。
「楽しいか…俺を落とし入れ、罪なき先生方を殺し…!楽しいかぁ!」
エルドはこの世の全てを憎む修羅の顔へと変貌する。
銃を剣に装備し、魔力を供給する。マジックソードと変化し、刃こぼれしていた箇所は魔力で多少改善される。
そして剣からは蒼と紫の不気味な焔が揺らめく。
「そんなボロボロな剣で何が出来んだよ!」
兵士が振りかざす前にエルドが兵士の両腕を切り落とす。
「へ?」
「死ね」
エルドは兵士の首を刎ねる。
「国の滅亡?大いに結構!それがお望みなら、叶えてやるよ!」
腹から出る憎悪の叫びに、国民が一瞬息を飲む。
だが、すぐに殺せ、血祭りにしろと騒ぎ出す。
エルドは次々兵士達を抹殺する。
銃で撃たれても、剣で斬られても刺されても、脳が興奮し痛みなど感じていなかった。
もはやエルドの表情は殺人を楽しむ悪魔そのものだった。
兵士を殺し、その死体を更に切り刻んだ。
別の兵士は腹を裂き内臓を引っ張り出し散らかしてやった。
剣がダメになったら銃へ切り替え、撃ち殺した。
顔を集中的に狙い、誰だか判別がつかないようにした。魔弾で両腕を焼き尽くしてやった。
兵士が十人程になった頃。
エルドは体力と魔力の限界を感じていた。
「ハァ…ハァ…もう、これで終わりにしようぜ」
エルドは残りの魔力を全て供給し、魔弾を放つ。
解き放たれた魔弾は、風を巻き込み、焔の威力を上げ、竜巻を起こし、ついには火災旋風になる。
「な、なんだあれ…」
「お、俺は死にたくない!」
「おい門番!ここを開けろ!」
兵士達が逃げようとするのをエルドは許さない。
「お前達を殺さないと、俺が自由になれないんだよ」
エルドが手を振り落とすと、合図を待っていたかのように火災旋風が兵士達に襲い来る。
ぎゃああ!熱波に襲われ、火の渦に呑み込まれ、皮膚が爛れ原型が解らなくなり、身体が黒く焦げ、肉の焼けた匂いが立ち込めてくる。
業火の中、断末魔を上げ死にゆく兵士達を目の当たりにした国民は言葉が出なかった。
それはタナスとマーガレットも同じで、ただエルドが恐ろしい怪物のように見えた。
兵士達が焼死すると、火災旋風は消えた。
旋風が消えるとカランと破片が落ちてきた。
それは死んだ兵士の骨だ。骨と言っても熱にやられて細々となってしまっているが。
それと同時にエルドも膝を尽き、限界だったのか倒れるも、虫の息で辛うじて生きている。
『う、嘘だ…マルペルト国始まって以来の、死刑囚の勝利だなんて…』
司会はタナスを見やる。タナスは舌打ちをすると、親衛隊に声を掛けた。
「エルドを国境まで送り出せ。人気が無い場所まで来たら、途中殺しても構わない…いいな」
「はっ」
こうしてエルドは親衛隊に引きずられてコロシアムを後にした。
残された国民は、恐怖に陥る。
あのボロボロの銃と剣であそこまで戦い、最後は恐ろしい魔法で兵士を殺した。
そんな彼が、望みとならば叶えてやる…そう叫んだ言葉が頭から離れない。
我々は、とんでもない相手を敵に回してしまったのではないかと。気づいたところで、既に手遅れなのだが。
エルドは国境までの道を歩かされていた。
止まりそうになると親衛隊が銃で突く。
今になって傷が凄く痛む。
もう意地で歩いているもんだった。
国境がもうすぐ見える場所まで来た。
ここまで来ると、もう民家も人気も無い。
タナス親衛隊は、銃をエルドの背に向け、引き金を引こうとした。その瞬間、バン!と銃を弾き飛ばされた。
エルドは驚き振り向く。
そこには、エルド親衛隊が揃い、タナスの親衛隊に銃を向けていた。
「エルド様、早くお逃げください!」
「国境はもうすぐです!それまで、我々が時間を稼ぎます!」
「お前達、そんなことしたら…」
エルドは戸惑った。
こんなことをしたら彼等も幇助の罪で殺されかねない。
「貴様等!許さんぞ!」タナス親衛隊が怒り、応援を呼ぶ。
「許さないのはこっちの台詞だ!」
「王子、早く!」
親衛隊の一人に手を引かれ、エルドは国境線まで辿り着く。
「我々はここまでです。貴方にお仕えできたこと、光栄に思います」
親衛隊は敬礼をすると、すぐ引き返し、戦闘に応戦した。
銃声が聞こえるが、ここで戻れば彼等の覚悟を無視することになる。
「すまない…私は、愚か者だ…」
エルドは無我夢中に歩く。
次第に左足に感覚がなくなったが引きずりながら歩いた。
意識が朦朧としても、足を動かした。
・・・これは後日談なのだが。
捉えられたエルド親衛隊は全員処刑を言い渡された。
だが、処刑される直前、彼等は自決した。
憎きタナスの手で殺されるくらいなら、そう決意し自決を選んだのだ。
彼等は家族や恋人に遺言を遺していた。
それはエルドの無実を証言するものであった。
だが、これを家族達が公表することは無かった。
タナス政権に変ってから、情報規制が厳しくなったのだ。
エルドに有利、英雄扱いする情報や会話があれば即取り締まられるからだ。
家族はただ、息子の死を悲しみ、恋人の死を悲しみ、いつか彼等の意志を伝えられる日が来るのを、待つしか出来なかった…。
・・・話は戻り。
エルドは出血のせいで貧血に陥り、視界も真っ白で何も見えなくなっていた。
「うわ!」
石に躓き、転ぶ。
「いてぇ…」
エルドは仰向けになると、太陽の光を身体中で感じた。
こんな温かな太陽を身体中で浴びるのは久しぶりだった気がした。
(死ぬのか、俺は…)
エルドは、まるで眠りにつくように瞼を閉じ、人生を終えようとしていた。
「もしもし、聞こえているかい?」
「エルド君、エルド・エマーソン君。名前を呼ばれたら返事をするものだよ」
折角終わろうとしていたエルドの頭上から、男二人の声が聞こえ、煩わしくなりエルドは渋々眼を開けた。
「なんだ…」
逆行で顔はよく見えないが、眼鏡を掛けた男と、手の甲に黒のタトゥーをした男達が覗き込んでいた。
「私達は君をスカウトしに来たんだ。あの復讐に燃える瞳に惚れたのさ。君さえ良ければ、我々アマルティアに歓迎するよ?」
「あ、まる、てぃ…?」
エルドはよく解らなかったが、男達の胡散臭さが気に入った。
復讐の手伝いをしてくれるなら、手を組んでやってもいい。
そう言おうと思ったが、気絶した。
エルドの処刑から数週間が経とうとしていた。
街は落ち着きを取り戻し、タナス政権も始まり皆が新しい門出のお祝いムードになっていた。
ただ、ヘスティアはあの日以来、浮かない顔でいた。
エルドが無事に国境を脱出したと言う情報も入ってこない。
死んだとも言われない。
(私は正しい事をした…そう、そのはず)
罪悪感から、エルドが死刑にならないよう走り回ったが、承認はされなかった。
エルドの悲痛な顔も、復讐を誓った顔も、頭にこびりついて離れない。
これは彼を慕っていたから告発に協力した罪悪感からなのか、それとも、何か引っかかる部分があるからなのか、ヘスティアには解らなかった。
「はぁ」
「ヘスティア様、また眠れないのですか?」
侍女がベッドに横たわるヘスティアの髪を撫でる。
「えぇ…」
「エルド王子の一件以来、ずっとですね…隈が酷い」
「ねぇ、またホットミルクを作って」
「いいですよ。ついでにお腹に優しいお夜食も用意しましょう。夕飯もちゃんと食べていませんでしたからね。お部屋と食堂、どちらで食べますか?」
「食堂で食べたい気分だわ」
「かしこまりました。では準備してきますので、そうですね…三十分後に来てください」
侍女は微笑むと、部屋を後にした。
ヘスティアはベッドに沈むと、天井を見上げた。
エルドの先生達も殺された。
親衛隊も自決した。
もう、エルドがいたという事実が消え始めている。王室も、エルドの存在を抹消するつもりだ。
「エルド、お兄様…」
もう、呼んでも返ってこない優しい声。
「お願い…もう一度私の名前を呼んで…お兄様…!」
襲ってくるのは激しい後悔。
あの時、タナスに自分も国王暗殺の共謀だと嘘を吐けばよかった。
マーガレットのことは心残りだが、そのほうが、まだマシだったかもしれない。
でもそれも、もう遅い。
変えられない過去から眼を背けるように、ヘスティアは眼をギュッと瞑り意識を逸らした。
「…あ、やだ、もう三十分経ってるわ」
ヘスティアはカーディガンを羽織ると、食堂へ向かい歩き出す。
その途中、マーガレットの部屋の前を通るのだが、今夜は遅くまで誰かと話をしているらしい。モソモソと声が聞こえてくる。
(珍しい。こんな時間に誰と…)
好奇心から、ヘスティアは扉に近付き、聞き耳を立てた。
『お兄さまぁ…』
(お兄様…?タナスお兄様と何を話しているのかしら)
イケないと解っているが、ヘスティアは扉を少し開ける。
鍵は閉まっていなかった。
扉の隙間からではマーガレット達の方は見えないが、ドレッサーの鏡に映る光景に、ヘスティアは息を飲んだ。
そこには、服が乱れ半裸状態のタナス、アスク、マーガレットがベッドの上にいた。
タナスはマーガレットを後ろから抱き、胸をまさぐっている。アスクはマーガレットのスカートの中に頭を突っ込んでいる。
「ククッ、こんな上手く事が運ぶなんて思っていなかったぞ!これで邪魔なエルドは消えた。後はヘスティアをどっかの貴族か…太いパイプで結びたい家に嫁がせれば完全に俺の国になる」
「はぁ…お兄さまぁ、あっん。マーガレットもぉ、がんばりましたよぉ?ちゃんと最後まで贅沢、あっあぁ!」
マーガレットの体が細かく痙攣する。
「どうしたマーガレット。最後まで言ってみろ」
「はぁ、はぁ…意地悪ね…。頑張ったんだから、最後まで贅沢…させてね、お兄さま♡」
聞いたことも無い猫撫で声でタナスに媚びを売るマーガレットがそこにはいた。
とういか、何故彼女は兄と医師に体を許しているのだ?
「お前がちゃんと俺について来れば面倒みてやるよ」
「やったぁ!まずはご褒美がほしいなぁ?」
「ほう。何だ、言ってみろ」
「ヘスティアお姉さまのこと、消してほしいなぁ…。あの女のせいで、娼婦仲間が死んだり消えたりしてるっぽいんだよね。それに…お姉さまったら、あの合成映像見せたら完全に信じ込んじゃってさぁ!私、心配するフリして背中さすって上げたけど、もう笑いが止まらなくて声出さないようにするので必死だったわ!」
どういうことか理解できなかった。マーガレットの娼婦仲間?死んだ?消えた?
「だとよ、アスク。叶えてやれよ、お前の御用達の娼婦なんだろ?」
「それは、マーガレットちゃんの努力次第ですよ」
アスクが汚く笑う。
マーガレットは舌打ちをすると、アスクを押し倒す。
「そこで寝てなさいよ」
そう言うと、マーガレットはアスクに跨る。
女の悦んだ声が部屋に響く。
(どういうことなの…まさか、私、騙されていたの?それじゃあ、エルドお兄様は、本当は無実で、冤罪で、私、私…!とんでもない過ちを犯してしまった!)
急いで部屋へ逃げようとすると、廊下に飾ってあった花瓶にぶつかってしまい、派手な音を立てて花瓶が割れる。
「あ!」
ヘスティアは慌てて逃げ出した。
「誰だ!」
アスクが廊下を見ると、中庭へ逃げるヘスティアの後姿を見つける。
「タナス様、ヘスティアです!」
「そうか…それは都合がいい。親衛隊を集めろ。行くぞ、マーガレット」
「はい、お兄さま」
ヘスティアは街中を逃げまどう。親衛隊の照らすライトが怖い。
「どこだ、ヘスティア!」
「ヘスティア王女!出てきてください!」
ここで見つかったら殺されるのは確実だろう。だって、全ての悪事を聞いてしまったのだから。
きっと、エルド親衛隊が存命していたら協力を求め、タナス達を弾圧できたかもしれない。
でも、もう彼等はいない。
それにヘスティアの護衛はあくまでも国王から配属された人物で、王女の身を守るための存在。
ヘスティアが望む戦力にはならない。
本物の正義は、エルドが全て持っていってしまった…
人の居ない方へ、居ない方へと走ると、貧困街に辿り着いた。トタンや木の枝で作られた家。
簾が壁代わり。
異臭がし、とても劣悪な環境だった。思わず鼻と口を覆い、進んでいくと、そこに一人の痩せこけた少女が座り込んでいた。
「あの、大丈夫ですか…?」
「ぁ…食べ物、水…」か細い声で乞う。
「ごめんなさい、今は持っていないの」
「そう、ですか…」
少女は残念そうにすると、眼を閉じ眠りについた。
「いたぞ!」
親衛隊に気づかれ、ヘスティアは更に奥へと逃げ込んだ。
家とも呼べない民家を抜けると、川が流れていた。
「どうしよう…」
「もう逃げられないぞ、ヘスティア」
「!タナス…!貴様、私を嵌めたな!」
「騙されるお前が悪いんだろう。父上もエルドもお前も、とても信じやすく騙されやすかった。いとも簡単に計画が進んだよ」
「タナス…あなた、狂ってる!」
「ヘスティアお姉さま」
そこに、今まで見たことの無い妖艶な笑みを見せるマーガレットが歩いてくる。
「お姉さま、この街を見ましたか?私はこの狂った街で産まれ、身体を売って生きてきました。そうしないと明日生きることや、食い扶持を繋ぐこともままならない…娼婦がいるときはね、ここもまだマシだったんですよ?でもね、久しぶりに来て解ったわ。アンタが売春撤廃をしてからここはもっと荒れた。娼婦仲間ももう居ない。さっき痩せこけた女がいたけど、死んでたわ。アンタのせいで、身体を売るしか知らない女の子が死んでいくんだよ!奴隷にされたり、どっか消えたりね!」
「嘘…そんな…」
「いいこと教えてあげますね?先日隠密部隊に探してもらった子がいたんですよ。私の娼婦時代のパシリだったんですけどね。誘拐されて、空っぽの状態で発見されたんですよ。意味、解ります?」
「からっぽって…」
「目玉も、心臓も、肺も、内臓も、血液も髄液も、移植に使える物はぜーんぶ持っていかれたってことです♡」
ヘスティアは頭の中が真っ白になった。
自分が進めた政策が、少女のためを思った政策が、結果彼女達を不幸にしていた?残酷な目にあっていたの…?
アハハと満面の笑みで笑うマーガレットの中に狂気が滲み出る。
「狂ってるのはお前達王族の方なんだよ!どうせ貧困街の現状なんて禄に調べてねーんだろ?!一般的な生活から脱落した畜生が暮らす世界だと思ってんだろ?!それでも私達だって生きてる人間なんだよ!だから私は今の生活が大好き!愛してる!もう惨めな思いなんかしなくて済む!なぁ、そうだろ?王宮に居れば権力と金、衣食住が絶対約束されているんだからな、世間知らずの王女様!」
マーガレットから蹴られ、ヘスティアは転ぶ。
「クッ!」
転んだところに、タナスがヘスティアの前に立ち塞ぐ。
「ヘスティア。お前もここで終わりだ。あの世で父上と悔しがりながら現世を見ていろ。あぁ、もしかしたらエルドもいるかもな」
タナスは剣を出す。
「ブースト」
「え?」
タナスは一瞬のうちに消えた。混乱していると、腹がじんわりと暖かくなる。
「…へ?え?いつの間に?」
ヘスティアの腹を触ると、手のひらがべったりと赤くなっていた。腹は切り裂かれ、血がドクドクと溢れ出てきていた。
「お別れだ、ヘスティア」
いつの間にか背後にいたタナスに、首根っこを掴まれる。
「や、やめろ!」
「お前は美しく賢い女だったよ。妹じゃなければ妻にしたかったくらいだ。盗み聞ぎしていなければ政略結婚に利用していたかもしれない。エルドよりはマシな扱いをされるはずだったのになぁ、可哀想に」
「ふふ。お姉さまが死んだら、悲劇の妹としてまた注目を集めちゃうわぁ!この国のアイドルになっちゃうかも♡安心して、お姉さま。お姉さまの政策は私が引き継ぐわ。政府公認の娼婦館とか作っちゃおうかしら。ねぇ?」
「許さない、ハァッ、お前達、絶対に!」
タナスはヘスティアを川に放り投げた。
浅く見えるが、中央に行くにつれ深くなっているここの川は、今日に限り流れが荒く、あっという間にヘスティアを呑み込んでいった。
「どうだ…?助かりそうか?」
・・・
「すごく痛がっているぞ。痛み止め追加できないのか?」
・・・
「感染症?!治るのか?」
・・・
「もう一週間だぞ。大丈夫なのか?」
・・・
「このまま寝たきりだったら…」
・・・
あの世なのか、白昼夢なのか、それとも幻なのか。
ヘスティアの朧げな記憶に、知らない男の声がする。
眼が覚めると、白い天井があった。
「どこ、ここ…」
「!起きた!」
「やった!先生呼んできます!」
「頼んだ!」
見知らぬ男と、看護師らしき人物が、自分が眼を覚ましたことを喜び慌ただしくする。
「ここはシヴィルノの病院だ?解るか?」
「はぁ…」
「お嬢さん、名前は?」
「ヘスティア…」
「ヘスティアか。良い名前だ。俺はエアル。エアル・アーレント」
「エ…ルドお兄様、助けてくれて、ありがとう」
そうお礼を言うと、ヘスティアはまた眠りについた。




