101話・・・過去の扉
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ゾーイは未だ信じられず、座り込むマシューの隣に座る。
「やったの…?」
「勝った…てこと?」
マシューが顔を見合わせる。
マノンは喜びながら跳ねる。ブラッドもリアムの後を追い、城内に入る。リアムは、首を振った。
「完全に取り逃がした」
「そうか…。しかし、これは言ってもいいだろう」
ブラッドが壊れた城内から外へ向かい声を張る。
「ソイルは逃げた!勝利は我々が掴み取った!」
こだまするその声に、市民も、無線で聞いていたティアマテッタ軍からも歓声が沸く。
「国王を助けられなかった!これはどうしようもない、我々の惨敗だ。しかし、王女を助け、ソイルを撤退にまで追い込めたことを、勝利と言わず何と言おうか!」
それを聞いていたモルガンは、どこか優し気に笑う。
「王女。父上を助けられなかったこと、大変申し訳ない」
「いえ…いつも言われていたのです。私さえ生きていれば、祖先から繋いできた血を絶やさなければどこで生きていてもいいと。だから…お父様が死んだことは辛いけれど…私は生きなければならないのです…!」
「今なら、誰も見ていませんよ」
「うっ、うわああああああああ!お父様ぁ、お父様ぁ!」
クレアは、モルガンの腕の中で声を上げ泣いた。
その様子を偶然見てしまったブレイズは、不思議と彼女を守らなければならないと思った。強気気高い王女を、普通、変哲の無い女性として見えた。突き動かされた。国王を助けられなかった分、自分がクレアを守るのだと心に決めたのだった。
(次があるなら…誰も殺させない)
握る拳から、血が滴った。
モルガンの下に、ドラゴンに乗ったリアム達が無事に帰還する。
「お帰り、諸君!」
待っていたモルガンが、ドラゴンから降りたゾーイを思いっきり抱きしめた。
「なんで私なんですか!」
「最初に降りてきた人物に抱擁しようと決めていたからだ」
「最悪…」
「皆も、ありがとう。ソイルを取り逃がしたことは重大な問題だ。次こそは捉えるか…殺害を決行せねばならん」
モルガンの言葉に、皆が頷く。
「さぁ!あとは復興部に任せて君達は救護班の所へ行くと良い!」
こうしてシヴィルノで起きたデモ及びテロは軍の制圧により終結した。デモに参加していた市民も後悔の念におされ、大人しく投降する。クーデター軍はその場で投降、或いは殺害という形で幕を閉じた。そして、市民はソイルの嘘にまんまと引っかかったことに懺悔し、国王へ冥福を贈る。
「ブレイズ様」
「あ、王女!もう大丈夫なんですか?」
クレアがブレイズに飲み物を渡す。
「あの…良ければ、敬語と王女呼びは止めてくださると嬉しいです」
「つまり…どういう?」
「クレアとお呼びください。私も、親しみを込めてブレイズと呼び捨てます」
「あ…え、はい。じゃあ、クレア、ありがとう」
「ふふ」
クレアから飲み物を受け取る。女性と対面すると緊張するはずのブレイズが、クレアに対してはどこかぎこちないが普通に接していた。これも、一緒に戦った仲だからなのだろうか。
「クレアは、一旦ティアマテッタで保護するから。マノンもいるし…不便も無いと思うぜ、もちろんシアだっている」
「はい。期待してるわ」
ゾーイとも、ミラとも違うクレアに、ブレイズはなんだかふわふわとした気分になった。
シヴィルノは、一旦ティアマテッタの配下となり警備が強化されることとなった。国民はそれをすんなり受け入れた。クレア自身が快諾した以上、反論を唱える者もいなかったし、唆されたとはいえ、国王を死に追いやったことへの罪悪感はあったのだから。ゼロからやり直し、一になるクレアがティアマテッタにて保護されることも、国民は受け入れた。クレアは、ティアマテッタで王政ではない政治を学ぶことも希望した。王政は残しつつ、国民からも政治家を募る民主主義性にすることを希望した。王政ではないティアマテッタで学ぶには絶好の機会でもある。そして、父を亡くした傷を癒すためにも、故郷から離れたい気持ちはどこかにあったのだった。
モルガン、エンキ、ユーリとローラは別の飛行艦に乗り込み、リアム達は同じ飛行艦で帰還していた。
マノンが女子寝室で横になっているとコンコンとノック音が耳に入る。
「はい」
「私…クレアです。ちょっと話したくて…。一人だと、どうしても父の事…考えちゃって」
「今行く」
ドアを開けると、疲労が顔に出ているクレアが立っていた。無理をして笑っているが、気持ちが追いついていないことは明白だった。
「今、寝室には私以外誰もいないから、入りなよ」
「ありがとう」
父を今日亡くしたのだ。落ち着き、日が経つにつれ徐々に死んだという事実が深く突き刺さる。それを、マノンは知っている。最初はハイになり、カラ元気でどうにかなるが、日が経つと死という影が覆いつくす。真っ暗で、心が引き裂かれそうになるほどの喪失感が。
二段ベッドの下に座り、話し合う。
「私…マノンやブレイズ様達に救われたって思うの。でも…もっと早く来てくれたら父も生きていたかもしれないって。最低よね」
「最低じゃないよ。同じ境遇に遭ったら、誰だって思うことだよ」
「そうかな…私、変になりそうで」
「大丈夫だよ」
マノンは、クレアを目一杯抱きしめる。
「大切な人の死を、乗り越えるのは大変だよ。ましてや、殺されたんだよ…。時間が進むけど、心だけは今日に取り残されるような感覚に襲われるかもしれない。進めないかもしれない。それでも、クレアが決めた以上、クレアは進まなきゃいけない」
「うん。そうね」
「でも、進めなくなってもいいからね。その時は私でも、他の誰かでもいいから頼って。力になるよ」
「…ありがとう。マノン、大好きよ」声が、少し震える。
「どうする?みんなの所、戻る?」
「えぇ、そうする。賑やかな方が、まだ気がまぎれるかも」
二人が戻ると、ブレイズが料理をリアム達に振舞っていた。マルペルトの郷土料理だ。旨味を含んだ辛い料理がずらりとテーブルに並ぶ。
「おぉ、マノン、クレア!腹減ってなくても食えよ!元気出るぞ!」
「お帰り、二人共。ブレイズにしては絶品な料理よ」
ゾーイは手をパタパタとさせる。体がポカポカしているのだろう。皆、汗を滲ませながら食べているが、美味い!と言いながら食べ続けている。
「疲れていても食べた方がいいぞ」
「そうする!食べよう、クレア」
「い、いただきます!」
正直、食欲は無かった。だが、折角だし一口、二口は取り皿に移してご馳走になろうとした。だが、一口食べると辛みが下に絡み、辛いはずなのにもう一口欲しくなる。結局、クレアは一人分ペロリと食べてしまったのだ。
「美味しい…!」
「まだあるからじゃんじゃん食え!」
「私、いつもマルペルトに行くとここまで辛くない料理ばかりだったから、なんだか新鮮だわ」
クレアはそう言いつつ、黙々と食べる。
「万人受けする味付けでしたからね。これはこれで、私も食べた事の無い旨さの辛みです」
どうやらシアも気に入ってくれたらしい。ブレイズは二人を見ると、笑みを零した。心配だったのだ。国王…父を、仕える人を亡くしたことで、塞ぎこまないか。実際、ブレイズは兄が自決し、エルドが国外追放となったときは部屋から一歩たりとも出なかった。出たら現実を見せつけられるからだ。それが嫌で、引きこもった。だがブレイズの性格上、数日でそれは打ち消された。身体を動かさないとムズムズして気持ち悪かった。だから外に出て発散した。辛い郷土料理を食べて兄との思い出に浸った。そうやって、ブレイズは兄の死、エルド追放から徐々に立ち直った。そしてエルドの意思を語り継ぐためにティアマテッタ軍に加入しようと決意した。ティアマテッタなら、正義が貫けると信じたからだ。
「遠慮せず、どんどん食いな!」
ミラは同期と一緒にランチに出ていた。今日は久しぶりに同期と同じ休日が取れたのだ。少しおめかしした服装に、メイクをして気分を上げる。リップは少し濃いめのピンクだ。これ一つで血色やメイクがよく映えるのだ。
ショッピングをし、お昼をお洒落なカフェで楽しむ。
「久しぶりだよね、こうやってお出かけするの」同期が懐かしむようにアイスティーを飲む。「そうだね」と返す。
「リアムさん達が心配?」同期が眉を下げ尋ねて来る。
「私、そんな顔に出てた?」
「うん、出てる」
詳細は言えない。言いたくなかった。従兄が一つの国を滅亡に追い込もうとしていることを、言えなかった。
「怖いよね、最近…マルペルトも、あんなことがあったし」
「ユニはイグドラベ出身だよね」
同期…ユニは少々申し訳なさそうに俯いた。
「イグドラベは、平気かなって思ってる…思いたくて。でも、コアっていう悪い人がいるから、怖くて…。それにね、私がまだ子供の頃に国家転覆を狙うテロ集団がいたの。でも、ティアマテッタが分解してくれたから平穏が訪れて。だから、もうイグドラベには滅亡の危機は来ないって思いたいの」
「ユニ…」
「ごめんね、こんな話して。テロ集団はね、存在が知れてから大きな話題になったの。もしまたそんなことが起きたら…パパやママが心配で」
ユニはみるみるうちに元気をなくす。
「こんな話しることじゃないよね。今はシヴィルノが大変なことになっているのに」
「不安なことを、話せるなら話した方がいいよ」
「ごめん、ありがとう」
タイミングよく、店員がランチを運んでくる。サラダに、エビ、アボカドの乗ったパスタだ。そこにコンソメスープが付く。デザートも食後に出してもらうことになっている。
「さ、食べよう!」ミラが笑顔でユニの顔を見る。
「うん。お腹空くと、良くない事考えちゃうよね!」
美味しいご飯を食べ、ミラ達の気分も安定していく。
店内に映るモニターに、一報が入る。
『速報です。シヴィルノ国のクーデターはティアマテッタ軍にて鎮圧化に成功しました』
テレビが速報として伝える。それを見ていたユニに、自然と笑顔が零れる。詳細が説明されていく。国王が亡くなったこと。王女クレアの救出。背景にアマルティアが関与していたこと。
「鎮圧出来てよかったね」
「そうだね。良かったんだよね、きっと…」
不安だった。要人を守れなかったリアム達のことが。既に、マルペルトでは国王と王女が殺害されて、言ってしまえばこちら側の負けだ。今回は、引き分けと言ったところだろうか。
「ミラ?」ユニが顔を覗き込んでくる。
暗い顔をしてられないと、ミラは笑顔を見せる。
「ううん!さ、食べよう」
最近ではゲリラ戦線も無い。各地に飛び回り救護することも激減した。いい事なのだ。いい事なのだが、それに比例するように各国での主要人物が殺害されている。確実に、アマルティアが噛んでいることは明白だった。それでも、今目の前にいる、ユニを心配させまいとミラは笑顔を保つ。
休日を満喫し、別れ、帰宅する。
「ふぅ。ただいま、ヘスティア」
奮発して色々と買ってしまった。コスメに服。キッチン雑貨。その荷物は重かったが、幸せの重みだった。
「お帰りなさい、ミラ。今お茶を淹れますね」
読書をしていたヘスティアが紅茶を淹れる。
「ねぇ、ヘスティア。シルヴィノの事だけど…」
「私は、成功したと思っています」
「え…」
「クレア王女を救出できたことは、次の未来を担う人物を保護したということです。今回は、リアム達の努力が報われたと、私は思うわ」
「そっか。そんな、感じなのか…」
一般家庭育ちのミラからしたら、国王が死んだ時点で敗北が決まったような感覚だった。だが、ヘスティアは違った。それは、ヘスティアがエルドの正義を継いでいるから。それと同じように、クレアも国王――父親の意思を継ぐことを信じているからだと、心の中で咀嚼する。
「みんな、凄いね」
「ミラも十二分に凄いですよ」
紅茶の中に、オレンジが浮かぶ。フルーツティーだ。ミラはそれに一口含む。ふわりと、オレンジの味が広がる。なんとなく、心に出来たしこりが溶けていくようだった。
「ありがとう、ヘスティア」
それは、遡ること十数時間前のことだ。
デウトが所有する飛行艦が森の中に着陸する。
「はぁ…」
「デウトさん?」
「いえ…。四百年経つとは言え、その、まだ…許せなくて」
「…デウトさんは何も間違っていません。俺だって、同じ目に遭ったら、何百年なっても許せないですよ。落ち着いたら声かけてください。そうしたら向かいましょう。ホテルは取っていません。俺の姉貴んちの方が安心安全なので」
「すみません。なるべく早くします」
一人になったデウトは、ロケットペンダントを見る。写真は彼女と、その子供だ。彼女達は、ゼーロのどこかに眠っている。愛している。今も、これからも。そんな彼女達を殺したのは四百年前の王政だ。今のネイサン家、ゼーロの住民を恨むのは筋違いだろう。だが、憎くて仕方ないのだ。この国に入ることすら拒絶反応が出る。しかし、ここで尻尾を巻いて逃げる様なことをすれば、未来は無いだろう。ナノスを止めるために、動かなければならない。
エアルが外で立っていると、デウトが飛行艦から降りて来る。
「準備出来ました?」
「はい。行きましょう」
車に乗り込み、デウトはアクセルを踏む。
エアルに指定された場所…家は、どう見ても一般的な家の造りだった。しかし、エアルは安全だと自負する。
インターホンを鳴らすと、どこか澄ましたような声が返って来る。
『はい』
「エアルだ。ただいま」
『エアル叔父さん…?今更何で帰ってきたの?』
随分痛い所を突く、幼い声。エアルには随分刺さったようで、胸を押さえるが耐えてしゃべり続ける。
「叔父さんもなぁ…色々あったんだよ。エマはいるか?」
『いるよ。お母さん、エアル叔父さんがなんか来たよ』
インターホンの向こうから、そんなことを言うんじゃありません!と叱られる声が聞こえる。少しすると、玄関が開く。
「エアル、二年ぶりになるのかしら。やだ、お客さんがいるなら先に教えてよ」
「いや、言う前にアイリスが…」
相当ダメージを食らっているようだった。
「今思春期なのよ。立ち話するような会話をしに来たんじゃないんでしょう?さ、中に入って」
リビングに通される。彼女は、エマと言ってエアルの姉だと紹介された。エアルにより、デウトも紹介される。そして、インターホンの声の主だったアイリスも紹介される。
「ヘスティアさん達はいないんだね」
明らかにエアルとデウトだけで来たことに不満がある声色だった。
「アイリス!そういう事言わないの!部屋に戻っていていいから」
「そうする」
アイリスはさっさと二階へ上がっていく。静かな嵐が過ぎ去ったような安堵感が流れる。
「ごめんなさい。その、色々ね。あの子も心や体の変化に戸惑ったり、男性への当たりが強いの」
「多感な時期ですから、お気になさらず」デウトがすかさずフォローする。
「すみません、解ってくださって…助かります」
アイリスは、十才になっていた。身体の変化に戸惑い、親への反感や、自身の父親の存在。自我の芽生えなど、彼女にとって理解したくても心が追いつかないのだ。その結果、いてほしいエアルが家に居ないという苛立ちや、憧れの女性であるヘスティアやマノンが今回訪問しなかったことが態度に出たのだ。
エマはお茶を淹れると、ローテーブルに置く。
「それで。今回はどうしたの」
「ここで暫く泊めてほしい」
「別にいいわよ、それくらい。貴方の実家でもあるんだから。それで?今回はどんな事件を捜査しているの?」
「事件じゃあねぇって…」
「その件に関して首を突っ込んでもいいの?」
エアルはデウトの顔を見る。デウトは、首を横に振った。
「申し訳ありません。今回は、私の事なので」
「そうでしたか…。まぁ、自宅だと思ってゆっくりしてください。その…難しいかもしれませんが」
エマが誰を指しているかはすぐに分かった。デウトは父性を込めた笑みで返す。
客室に通されたデウトは、窓から街並みを眺めていた。思い出すのは、ルナールの街だ。あの街と、ここはとても似ている。ただ、住民が無属性の民ばかりということ自体は。
「デウトさん、入りますね」
ノック音と共に、エアルの声がする。
「どうぞ」
「失礼します。ネイサン当主との面会の約束、取れました。今日の午後にでも来いと」
「そんな早くに?もう少し時間がかかると思いました」
思わず本音が漏れる。数日かかるつもりで覚悟していたのに、まさか今日来て、今日会えるとは、思わなかった。
「一体どんな手を使ったんですか…?約束の時間までもうすぐですよ」
「あー…。それには、複雑な事情がありまして」
「無理に答えなくて大丈夫ですよ。ただ、ネイサン家当主も君に快く会う気があるというのが本心なのでしょう」
「そこは、どうでしょうね」
エアル達は支度をすると、早速ネイサン家へ向かい車を走らせた。
当主に会った瞬間、出た言葉は「エマとアイリスは元気か」だった。その一言でデウトは察した。エマは、当主と愛人関係にあることを。本妻は玄関でご挨拶をさせていただいた。陶器のような肌に、赤いリップをした美しい人だった。黒髪も絹のように美しい女性だった。それに反し、エマは愛嬌と愛らしさがある。言ってしまうと、出荷されるために美しく育てられた深紅の薔薇と、野に咲く健気なタンポポと言えばいいだろうか。当主も、悪い人だ。
「それで。今回は何を聞きに来た。デウト・アルフレッド」
「何故、私の名前を…」
「これでもネイサン家の端くれだ。少し未来なら判る。お前が、過去に我が先祖から呪いを受けたこともな」
ソファでふんぞり返る当主に、エアルが切り出そうとすると、デウトが先に口を開いた。
「では、話が早い。過去の…先人が遺したタブレットについてです」
「それも読みが当たったな。あんな忌々しい物を…先祖代々守秘してきたことを暴きに来たのか」
当主は激怒し、ソファから立ち上がり窓辺に立つ。
「それはナノスがタブレットを使用したことを我々が掴んでいるからです」
「根拠は?」
「クローンが、戦闘に現れるのです」
「……あの大馬鹿者め。タブレットはナノスから取り上げてから追放した。それは事実だ」
「貴方は、ご子息の能力を下に見ている。ナノスはタブレットの内容をコピー、或いは頭の中に叩きこんでから追放されています」
デウトの言葉に、当主は深く溜息を吐いた。
「ナノスを止めるつもりか?」
「そのつもりです。だからこそ、打倒ナノスのためにタブレットが必要なのです。そこにナノスの野望を止めるヒントが隠されているかもしれないのです」
その言葉に、当主は降参したかのようにデウト達を見やる。何かを考えるようにこちらを、穴が開くほどに見てくる。
「解った。来い」
当主自らが案内し、古書室に着く。
「わしは先に部屋へ戻っている。二人でいた方が話しやすいこともあるだろうからな」
そう言うと、当主は書庫から出ていく。それは正直助かる行動ではあったが、デウトの存在を先読みしていた能力を考えると、あまり悪さは出来ないとエアルは内心思う。
そんなエアルの心配をよそに、デウトはタブレットを探す。
タブレットが入った箱は、埃が募っていた。箱を開けると、綺麗なタブレットがクッションに守られ、心狭しと入っていた。
「先にエアル君に言っておきます。私はクローンだけのためにタブレットを調べる訳ではありません」
「というと…あの巨大戦艦のことも?」
「そうです。何かヒントがあるのではないかと」
タブレットを起動させる。すると、そこにはデウトが求めていた情報が並んでいた。
「よかった…無事に起動する」
「デウトさん、そこにはなんて?」
「これは古代文字なので、解析を進めているモアに見せる必要があります。…現当主は、情報のコピーを許してくれるでしょうか」
「勝手に持って行っちゃえばどうです?」
「それは礼儀に反します」
デウトに注意され、エアルはしょぼんと肩を落とした。
「では、聞きに行きましょう」
「黙ってればバレないと思いますけどね」
二人は書庫室から出ると、当主の部屋へ戻っていった。
部屋に戻ると、窓から景色を眺める当主がいた。二人を見るや否や、迷惑そうに「帰るのか?」せっついてくる。デウトはこのような態度を取られると解っていたので、毅然として立ち向かう。
「書庫にあったタブレットですが…暫くの間私達にお借りする権利を頂けないでしょうか?」
突然の申し出に、当主が激怒する。
「あれは代々我が家で守ってきた秘密裏にしてきた重要機密だぞ!どこの馬の骨とも知らない奴に貸してたまるか!」
「それでは、私達が必要としている部分だけでもコピーさせてもらえないでしょうか?」
「お前達は、タブレットを使って何をするつもりなのだ?!まさか…ナノスと同じ道を行こうとしている訳ではあるまいな!」
気迫あふれる当主に、エアルは言葉を挟むことも出来なかった。ここをどう巻き返そうか、頭を働かせても断られる未来しかない。すると、デウトがゆっくりと話しかけた。
「ご当主…貴方は世界のどこまでを知っていますか?」
「急にどうした。どこまでとは、なんだ」
「ルナールの民についてはご存じですか?」
「……」
この無言が、答えを物語っていた。当主はデウトに背を向ける。そしてデウトは言葉を続ける。
「私は…ご存じかと思いますが四百年前に貴方のご先祖から呪いを受け、今日まで生きてきました」
「不老…ということか」
「そうです。四百年生きてきて、今が世界の危機と思い行動を取っています。それだけナノスが起こそうとしている事は危険なのです。現に、マルペルトを崩壊させています。これから何が起こるか解らない。その為に我々は動いています。最初こそ一族を呪ったネイサン家の力を借りるのは間違いだと反発した者もいます。ですが…生き残るため、世界のために動かなければ、ナノスの思い通りになる…つまり、貴方が傲慢さを貫けば四百年前、呪いをかけた奴と同じ運命をたどるということなのです。ルナールが滅びゼーロとなったように」
当主は溜息を吐くと、ソファに座り込んだ。
「四百年間もよく暇を弄んですごしてきたな」
嫌味に、思わずエアルが反論しようとするが、デウトに止められる。
「辛い、四百年でした」
「四百年で、我々の魔法は退化する一方だ。お前達にかかった呪いを解いてやりたいが、それは無理だ」
「お気持ちだけで十二分です」
「馬鹿息子を、止められる術を持っているのか?それで世界は…ゼーロは救えるのか?」
「タブレットさえあれば、希望は見出せます」
暫く考えた後、当主は部屋を出て、数分後に戻って来る。手には、タブレットが入った箱を持って。
「これは…デウト、お前にしか貸さない。お前だけに見る権利を与える。それ以外の者が見るのは厳禁だ。守れるか?」
「はい」
「これで…お前達一族への罪滅ぼし、ナノスの侵攻を止められるのなら、使え」
「ありがとうございます」
デウトの寛大さに、エアルは内心拍手を送った。デウトだから出来た交渉だと、思う。他の誰かだったら、完全に喧嘩別れとなるだろう。無事にタブレットを借りたエアル達は、一旦エマの家に帰ることにした。
原作/ARET
原案/paletteΔ




