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過去をやり直せ

 スキットルの飲み口に鼻を近づけるとくんくんと夢食みジャックはその中身を嗅いだ。

 物理的にどうなっているかわからないが、この中にはあの犯人Aの血液がすべて入っている。

「独善的な独占欲が入り交じったいい酒になりそうだね。まあ、百年は寝かせないといけなさそうだけどね」

 そう言い、夢食みジャックはスキットルの蓋を閉め、その胸の深い谷間にしまった。

 百年という時間を酒のために待つ彼女は間違いなく人外といえた。

 夢食みジャックは僕に近づく。

 その赤い瞳で僕を見た。

 白い手で僕の頬をなでた。

 その手は氷ではないかと思われるほど冷たかった。ただ、不思議と嫌な感じはしなかった。


「どうだい、おまえ過去をやりなおしたくはないかい?」

 と酒焼けした声で訊いた。

「そ、それはどういうことですか」

 彼女の提案はどういう意味だろうか。

 まさか、過去にもどれるとでもいうのだろうか。

「はからずアルカナを手にいれたからね。まあ、お礼みたいなものさ。あのアルカナは夢魔がよだれをたらして欲しがるものだからね。それを食らう妖魔のアタシにはいい釣りえさになるのさ」

 ふふっと妖艶な笑みを浮かべて夢食みジャックは言った。


 もし彼女の言う通り、過去にもどれるなら、あの妹を失った悲惨な事件を回避できるかもしれない。そうすれば母は気を狂わせることもなく、父は事故でこの世をさることもなくなる。そして妹は殺されずにすむ。

「ほ、本当にそんなことが可能なのですか?」

 僕は訊いた。

「ああ、可能さ。アタシの月のアルカナを使えばおまえの意識を一時的に過去にとばすことができる。どうだい、やってみるかい」

 と夢食みジャックは言った。

 

 彼女のいうことが本当ならなにを迷う必要があるだろうか。

「ええ、お願いします」

 僕は言った。

 もし過去をやりなおせるなら、それは今までどんなに思いえがいた妄想であっただろうか。妹を助け出して、不幸な未来を回避したい。

「わかったよ。ただし条件がある。車を走らすのにガソリンというのが必要なようにおまえの意識を過去に戻すのに必要なものがある」

 夢食みジャックは言った。

「それはなんですか?」

 僕は問う。

 あの過去をやりなおせるなら、どんな代償でも支払おう。

「そうだね。それはその瓶詰めの指だよ。そいつにはあの吊られた男(ハングドマン)の執念がつまっているからね。いい触媒になるだろうよ」

 夢食みジャックは言った。

 その彼女が使用すると言ったものは妹の体の一部だ。自分のものならどんなものでも支払うが、今はなき妹のものとなると判断がつかない。

 僕は迷った。

 そうすると白猫のヨウコが僕の頬を舐めた。

 その行為は許諾のように思えた。

 幻聴かもしれないが、お兄ちゃんいいよ、と言っているように思えた。

「なるほどね。この仔はおまえの妹の魂の欠片を受け継いでいるようだね」

 夢食みジャックは言った。

 彼女の説明なら白猫のヨウコは妹の葉子の生まれ変わりと言えるだろう。

 その白猫のヨウコが良いというのなら、妹が言っていると考えて良いだろう。

「わかりました。お願いします」

 僕は言った。

 白猫のヨウコは僕の腕から飛び、夢食みジャックの肩に乗った。

 ぺろりとヨウコは夢食みジャックの白い頬を舐めた。

「いいだろう。この仔は夢魔のようだ。アタシの使い魔にしてやろう。そうすれば他の夢魔には食われずにすむからね。さて、決まりだ。おまえを過去に戻そう」

 夢食みジャックはそう言うと僕をその黒いマントで包んだ。

 力強く僕を抱き締める。

 ボリュームたっぷりの胸が顔にあたり、柔らかく心地よかったが同時に息苦しかった。

「さあ、、目をつむりな。アタシが良いって言ったら目をあけな」

 夢食みジャックは言った。



 もういいかい。

 もういいかい。

 もういいかい。


 それは妹の葉子の声であった。

「もういいよ」

 続いて夢食みジャックの酒焼けした声が聞こえた。


 僕はゆっくりとまぶたをあける。

 そこはあの児童公園であった。

 僕はきょろきょろと周囲を見渡す。

 遠くの道路に二人の人影が見えた。

 それは見たこともない背広姿の男に手をひかれる妹の葉子の背中であった。


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