アルカナを持つ者
首にロープを食い込ませた男は充血した目で僕たちをにらんでいる。
「葉子は僕のコレクションだ。返してもらおうか」
ふひゅうふひゅうとあの呼吸音混じりに犯人Aは言った。
夢食みジャックはちらりと僕たちを見た。
「どうだい。あんな戯言を言っているがそうなのかい」
と訊いた。
「そんなことなんてあるものか。僕たちの命は僕たちのものだ」
僕は答えた。
白猫のヨウコも牙をむき出しにして、怒りもあらわだ。
そうだ。
一度、葉子はあの男に命というなにものにも代えがたいものを奪われている。今度またヨウコの命まで奪われてなるものか。
僕の怒りに震える肩を夢食みジャックは優しくなでた。
「ああ、わかったよ。アタシにまかせな」
酒やけのした声でそう言った。
なんて頼りがいのあることばだろうか。
僕は思った。
そんな僕たちを分厚い刃を持つその男は高笑いした。甲高い笑い声が公園内に響く。
「わかってないな、おまえたち」
完全に見下した声で犯人Aは言った。
「この集合意識の世界では精神の力がすべてだ。選ばれた僕は貴様らなど思いもしらない力をもっているのだ。夢魔となった者の上位種だけが持つ力があるのだ。貴様らはその力の前に僕のコレクションになるんだ」
犯人Aは締め付けられた喉からふひゅうふひゅうと呼吸音を鳴らしながら、訳のわからないことを言った。
犯人Aがその言葉を言った後、彼の目の前が眩しいほど光った。
その光りの中からあるカードが浮かびあがった。
そのカードにはロープで首を吊られた男がデザインされていた。その絵はどことなく犯人Aに似ていた。
「これが選ばれたものだけが持つことを許されたこの集合意識の力を濃縮させたものだ。吊られた男の アルカナだ」
なおも犯人Aは高笑いを浮かべる。
そのカードにどんな意味があるか分からなかったが、その禍々しさからとんでもないものに思えた。僕は生物が持つ本能的な部分で恐怖を感じた。
夢食みジャックはそのカードを見て、どこかあきれた顔をした。
「なんだそんなものがおまえの自信の源なのかい」
あきれ顔で夢食みジャックは言った。
彼女はマントからなにかを取り出した。
それはあの犯人Aが出したものと酷似していた。
「それならアタシも持っているよ」
夢食みジャックは三枚のカードを空中に放り投げた。カードは横ならびに浮遊する。
「アタシも持っているのさ。女教皇、死神、月のアルカナをね」
にやりと笑いながら、夢食みジャックは言った。
三枚ものアルカナというカードを見て、犯人Aは驚愕し、恐怖し、最後に怒った。
「くそ、そんな訳があるものか。僕こそが選ばれた人間なんだ」
そう言い、首のロープを振りほどいた。素早くロープの先端にナイフを繋げるとすさまじい力でふりまわした。
「僕こそが、僕こそが選ばれた人間なんだ。おまえは僕の世界から出ていけ」
ふりまわしたナイフが夢食みジャックの顔めがけて襲いかかる。
文字通り必殺の攻撃だ。
「まだ分かってないようだね。おまえはおまえが思うほど特別ではないんだよ。おまえはたいしたこたない存在なのさ。さあ、夢刈り。悪い夢を刈り取るよ」
夢食みジャックは深い胸の谷間からスキットルを取り出した。中身をぐびりと口に含む。
口に含んだものを一息に手の白蕪のランタンにふきかけた。
赤い炎が瞬時に目の前に広がった。
紅蓮の炎の中から巨大で凶悪な大鎌が出現した。
夢食みジャックはそれを手に取るとぐるりと回転させた。ロープにつながれたナイフはその大鎌に弾きとばされる。
鉄の大鎌を持つ夢食みジャックのその姿はまさに死神そのものだった。