夢食みジャック
その女は突如、突然あらわれた。
背の高い女だった。
目測ではあるが、ざっと身長は180センチメートルほどあるだろう。
魔女のような黒いつば広帽をかぶり、黒いマントを羽織っている。
黒いドレスに身をつつみボリュームたっぷりの胸が魅力的であった。
そして漆黒のマントの裏地だけが血のように赤かった。右手に白蕪のランタンをもっていた。
おそらくだが、彼女があの恐るべき犯人Aを吹き飛ばしたのだろう。すさまじい怪力であった。
僕は立ち上がり、その彼女の顔をみた。
絵の具のように白い肌はどこか人間離れしていた。
「あ、ありがとうございます……」
と僕は言った。
「ほう人間にしては礼儀ただしいね」
その大柄な女はにこりと微笑んだ。
その容貌は美人とはいいがたいが、愛嬌のある良い笑顔だった。
「あ、あなたは……」
僕は訊いた。
突然あらわれ、助けてくれたのだ、敵ではないと思われるが何者かはわからない。
「アタシかい。アタシは夢食みジャック。悪夢を喰らう妖魔ジャック・オー・ランタンさ」
その背の高い女は言った。
彼女は妖魔と名乗った。
たしかにその身にまとった空気感は人のものと思えなかった。
妖魔と聞き、僕は思わず身構えてしまう。
「そんなに怖がることないさ。さすがに呼び出した相手を食ったりしないさ」
ふふっと妖艶な笑みを浮かべて、夢食みジャックは言った。
夢食みジャックは手をのばし、僕をマントの中に入れた。大きな胸が僕の顔にあたり、その柔らかさは例えようのないものだった。そして、不思議と落ち着いた。
腕の中にいるヨウコもどこか安心したようで喉をごろごろとならしている。
「ここはやつのテリトリーだ。まずは場所をかえよう」
夢食みジャックは言った。
マントの隙間から壁にしたたかにうちつけられていた犯人Aがむくりと起き上がろうとしていた。
「さあ、しっかりつかまっていな」
夢食みジャックの言う通り、僕は彼女の柔らかな身体に抱きついた。
次の瞬間、奇妙な浮遊感に襲われた。
足に地面がついていない感覚だ。
僕は必死に夢食みジャックの身体にしがみついた。
ほどなくしてまた足元に土の感触がよみがえった。
マントがひらりとめくられる。
「もういいよ」
酒やけした声が聞こえた。
その声を聞いたあと、僕は夢食みジャックから離れ、周囲を見渡した。
そこはあの児童公園だった。
「ここはあの吊られた男とおまえの集合意識世界だよ。むかしユングっていう男が言っていたね。人間たちの共通した夢の世界さ。私たち夢食みは単に夢幻の世界ってよんでるけどね。まあ、あの家よりはましだわね」
ハスキーな声で夢食みジャックは言った。
その言葉の意味はよくわからなかったがここはやはり現実の世界でないことだけは確実であった。
「さて、もうそろそろ吊られた男がこっちにやって来るよ」
夢食みジャックは言った。
「ほら」
と彼女はある空間を指差す。
夢食みジャックが指差した先がぐにゃりぐなにゃりと歪んだ。その歪んだ空間から荒れた指があらわれる。その指がドアを開けるように空間を押し広げる。
その歪んだ空間からあのチアノーゼの顔が出現した。
なにもなかった場所にあの犯人Aが現れた。