ある刑事の報告
早瀬さんに会うのは、かなり久しぶりであった。
僕は仕事帰りにとある喫茶店に立ち寄った。
四人がけの席で一人、アイスコーヒーを飲んでいる人物がいた。
それが早瀬さんであった。
彼の職業は殺人課の刑事であった。
警察官であるが、見る限り、童顔の優男でまったくそれらしく見えなかった。丸眼鏡に安物の背広が特徴的だった。
年齢は、四十代なかばらしいが、それよりはずっと若く見えた。貫禄がでないというのが早瀬さんの悩みだということだった。
僕はそんな早瀬さんの向かいに腰をおろした。
店員に僕は、オレンジジュースを注文した。
ほどなくして、それが僕の目の前に置かれた。
僕はそのオレンジジュースを一口飲んだ。
「どうやら、というか、ようやく一区切りつきましたよ」
早瀬さんは僕に言った。
「あの事件の犯人の刑が昨日執行されました。ニュースや新聞で知るとはおもわれますが、一応報告をと思いましてね」
早瀬さんは言った。
「そうですが、ようやくですね。人の死を知って喜んではいけないのでしょうが、これだけは別です。そうですか、やっとあの男がいなくなったのですか……」
僕と早瀬さんが言うあの男とは妹の葉子を誘拐し、殺害した犯人のことだ。
ここでは仮に犯人Aと呼ぶことにしよう。
犯人Aは妹の他にも合計十八人もの少年少女を誘拐し、性的虐待を加えたうえ殺害した凶悪犯であった。
彼が捕まったのは今からおよそ五年前のことであった。
その逮捕劇は少なからず社会を騒がせた。
そのAという男は、とある大企業の重役であった。
それだけではなく、女性の社会進出を応援するNPO法人に寄付したり、有害図書の社会に対する啓蒙活動などを行っていたりしたりしていた。
僕も何度か、テレビでその顔を見たことがある。
彼は暴力的または性的表現の含むアニメやゲーム、コミックを特に標的にし、強い規制をかけるように国に訴えかけていた。
ネット上でも持論をよく展開していて、彼には信者のような支持者が数多くいた。
アニメやゲームを好むものは犯罪者の予備軍だと強い語調でかたっていた。
だが、犯罪者はとうの本人であったのである。
早瀬さんは地道に証拠をつみあげ、ついにその犯人Aを逮捕したのである。
家宅捜査の時、早瀬さんはその犯人Aの隠された自室を見たのだという。そのすさまじい光景に歴戦の刑事である早瀬さんも吐き気を覚えたという。
その部屋には今まで殺害した少年少女たちの詳細なデータと瓶に入った体の一部が並んでいたという。取り調べでその犯人Aはそのコレクションは捨てないでくれといったという。
その言葉を聞いた早瀬さんは一人壁を殴り、手を怪我したということだった。
「もうあの男と同じ空気を吸わなくていいのですね」
妹をひどい目にあわせて死に追いやった人間はようやくこの世去った。
あの男が生きているだけで僕は憎しみで気が狂いそうだった。
あの男がいなければ僕の家庭は普通の家であった。
あの男のせいで壊された家庭は、皆、やつの死を望んでいたであろう。
人の死を喜ぶことは悪いことかもしれない。
僕はだから、決して善人にはなれないだろう。
だが、善人になんかなれなくてもいい。
僕はその犯人Aの死を喜ぶ。
人の死を楽しむ。
この死を今は亡き、妹に報告しよう。
奴はもうこの世にはいないと。
「ありがとうございます、早瀬さん……」
僕は涙を流し、そう言った。