白猫
白猫のヨウコが我が家にやってきてから約一年が過ぎようとしていた。
彼女が我が家で生活するようになってから、母の病状は明らかによくなってきた。
顔色もよくなり、得意だった料理もするようになった。
病院や施設を出たり入ったりをしていたのが嘘のようだ。
こういうのをたしか、ペットセラピーというのだったかな。
ヨウコのお陰でこの家は平穏を取り戻したといっても過言ではないだろう。
しかし、この白猫をどこかから拾ってきて、ヨウコと名づけて飼い出した時は正直頭を抱えたものだ。
そのヨウコという名前は二十年前に不幸な事件にあい、この世を去った妹の名であったからだ。
妹が亡くなり、そのショックで母は精神を病んでしまった。
真夜中に妹の名前を叫び出したり、町を徘徊してはすでにこの世にはいない妹を探したりした。
父はそんな母を懸命に看病したが、その過労がたたったのだろう、病院からの帰り道に交通事故にあい、他界した。
残された僕は母を病院にいれることしかできなかった。
まだ幼かった僕には親戚のすすめでそうするしかなかった。
大人になり、母をひきとったが、最初は苦労の連続だった。
母はまともに社会生活を送れなかったからだ。
それが去年、ヨウコがこの家で生活するようになって激変した。
母は穏やかになり、暴れたり叫んだりすることは無くなったのである。
時々、母は寝ているヨウコの背中をなでながらこう言うのである。
「夢食みさん、夢食みさん、夢食みさん、悪い夢を食べてください。いいかい、ヨウコ、悪い夢を見たらこういいなさい」
その言葉はおまじないのようであった。
かなり奇妙であったが、昔どこかで読んだ童話のことを言っているのだろうと僕は自分を納得させた。
その言葉を時々言うだけで、他はいたって平穏であったのでそんなのは許容範囲といえた。