死の電話音
あの噂を聞いて、俺たちは忘れることができない体験をした。
とても暑く、今までと比べられないほどの猛暑の中で、触れてはいけないことをした夜のことだった。
「ねぇ、あの噂知ってる? 幽霊ハウスの話」
放課後、学校から帰っているときだった。
幼なじみの菫と一緒に帰っているときが全ての始まりだった。
「ああ、その話ね。知ってるよ。自殺した女の人の霊が出るっていう話だろ?」
俺こと、翔は菫の隣を歩きながら答えた。
「うん。もうすぐ夏休みだし、こっそり行ってみない? 彰と優も誘って」
彰と優は同じクラスの友達だ。仲が良く、いつも4人一緒にいて楽しく学校生活を過ごしている。
「そうだな。今度肝試しということで行ってみるか」
このとき、俺は何事もなく終わると思っていた。まさか、あんなことになるとは……。
夏休みに入り、時間や場所の待ち合わせを連絡して、4人は約束した日に集まった。
今の時刻は午前一時半。
彰が言うには、午前二時から四時が幽霊が出やすい時間らしい。それに合わせて決めたようだ。
「ねぇ、本当に行くの? 私怖いよ〜」
優は彰の腕を掴んでぶるぶると震えていた。
優は何かと怖いものは嫌いだった。遊園地にあるお化け屋敷も断固として入らないくらいの怖がりなのだ。
「だったら家に帰ったらいいだろ。なんで来たんだよ?」
彰は笑みを浮かべ、少し優をいじわるそうにけしかける。
「だ、だって、私だけ仲間はずれなんて嫌だもん」
その様子を見て、翔と菫は笑って見ていた。そして、そこからお目当ての場所へと歩いて行った。
数分歩くことにより、お目当ての幽霊ハウスへと到着した。
洋風の家で、いかにも幽霊が出そうという感じの雰囲気が出ていた。すでに廃虚となっているその家は、今ではあの噂のせいでか、何年も人が住んでいない。
庭の草は好き勝手に生えており、周りの壁や板は腐ってぼろぼろになっていた。今にも崩れてしまいそうだ。
「すごいね。なんか今にも出てきそうな感じ」
菫はちょっと興奮した感じで言った。
「ねぇ、本当にこの中に入るの。怒られるんじゃない?」
優は未だにびくびくと怯え、彰の腕に捕まっていた。
「だから、お前はいい加減俺に抱きつくな。重い」
「だって〜」
相変わらず二人は仲が良い。付き合っているのではないかと思うくらい。でも、本人曰く、付き合ってはいないらしい。なぜだろうか。
「よし、それじゃさっそく中に入るか」
「おお!」
一人を残し、三人は元気よく腕を突き上げた。
そして、四人は世にも恐ろしい家へと入って行った。
中は暗く、電気のスイッチを押しても点くはずなかった。事前に懐中電灯を持ってきているから、翔と彰は点けて辺りを照らした。
床が歩くたびに軋み、今にも底が抜けそうだった。足跡が残るくらい埃が積もっている。なぜか、夏だというのに寒気を感じていた。
「ねぇ、その女の人が自殺したっていう部屋はどこだっけ?」
菫が好奇心旺盛に部屋を見渡した。
菫は怖がりな優と違って幽霊などのオカルトは大好きなのだ。
「たしか、二階の奥の部屋だよな」
翔の言葉に、四人は玄関からすぐに見える階段を懐中電灯で照らした。そこだけ雰囲気が違うことに誰も気づかなかった。
「おし、行くぞ」
翔を先頭に一段一段ゆっくりと登っていく。
そのとき、優が突然口を開いた。
「ねぇ、今何か聞こえなかった?」
「え、いや、別に何も聞こえないけど」
彰が答える。
「でも、さっきなんか聞こえたよ。ほら、また」
「怖い怖いって思うからだろ。何も聞こえないよ」
彰がそう言ったときだった。先頭を歩いていた翔が急に立ち止まった。
「ちょ、ちょっと、どうしたの?」
菫が翔の服を引っ張って問いかける。
「いや、今俺にもなんか聞こえて……」
「は? う、嘘だろ……?」
彰が少し恐怖を怯え言う。
そのとき、どこからか身を縮めてしまいそうな音が全員の耳に届いた。
「な、何? 何の音なの?」
「ちょ、ちょっとやばいんじゃない? 戻ろうよ」
優は怖がって今にも泣きだしそうだ。翔は一人辺りを見渡し音の出所を探った。
「……あの部屋からだ」
翔が一つの部屋を指さすと、三人はその部屋を見た。
二階の一番奥の部屋。そこは、女性が自殺したという部屋だった。
四人は恐る恐るその部屋に中に入った。
音は確かにこの部屋からした。さっきよりも大きな音で耳に響いてくる。
中は散らかっており、ベッドのシーツは乱れ、何か刃物で切り裂かれた跡があった。床には爪で引っ掻いたような傷まである。机や本棚には本が山のようにあるがすべて埃かぶっていた。
翔は中に入ると、嫌な感じがした。
ここには入ってはいけない。体が震え、防衛反応が何度もそう訴えてくる。早くここから逃げ出せと。
「おい、あそこから聞こえるぞ」
彰は押入れを指した。たしかに、そこから何かしらの音が聞こえていた。
彰はごくっと唾を飲み込み、意を決すと押入れに歩み寄った。そして取手を掴んでばっと勢いよく開けた。
「っ……」
そこには電話があった。昭和で使いそうなダイヤル式の黒い家庭用電話。
さっきから聞こえていたのは電話のベルの音だったのだ。
「お、おい、これ見ろよ……」
彰はあるものを掴み上げた。それを見た翔たちは衝撃を受けた。
ありえないことだった。今でも電話のベルは鳴り響いている。なのに、彰が手にしている電話線で、その先は繋がっておらず途中で切れていたのだ。
「ど、どういうこと?」
菫が怯えた表情で後ずさりし今でも鳴り響く電話を見る。
「やっぱりまずいよ。早く出よう」
優の眼は涙でいっぱいだった。そのとき、彰がそっと受話器に手を伸ばした。
「な、何するの?」
菫が声をかける。彰はそっと受話器を取った。そこで音が止み静寂な空間が生まれた。
そして恐る恐る耳に持ってきた。その様子を三人が見守る。
そのとき、全員が聞こえるくらいの音で受話器から声が聞こえた。
「……殺してやる。……殺してやる」
それを聞いて全員が凍りついたように身を硬直させた。
そのとき、突然部屋のドアが閉まった。激しい音をたてて四人を閉じ込めた。
「なっ、くそっ!」
翔はドアを開けようと力ずくで引っ張ったがびくともしない。
「な、何で? 何で開かないの?」
優が慌てふためいている。
そして、突然壁が叩かれる音が響いた。
「な、何?」
みんなが壁に注目する。
そのとき、押入れの横の壁からぬっと青白い手が出てきた。
「い、いや。いやあああああ!」
優がその手を見て叫び声を上げた。
「うっ、うわっ、わあああ!」
彰も押入れのほうから離れてみんなのもとに戻った。
壁からぬっと手が出てくると、少しずつ黒いものが出てきた。髪の毛、それは頭だった。
壁から白い服をまとい、ところどころ血で赤く染まった女の人が出てきているのだ。
「嫌だ! 嫌だ! もう、嫌〜!」
菫はドアを力ずくで開けようとする。しかし、ドアは全く開こうとしない。
そのとき、壁から出てくる女の人がゆっくりと顔を上げた。青白い顔で長い髪を垂らし、その隙間から大きな瞳を覗かせる。
そして、にやっと笑った。
「いやあああ〜!」
菫が叫んだときだった。
「どけ!」
翔が椅子を振り上げてドアを破った。退路が開いた。
「出られるぞ!」
彰の言葉で四人は一斉にその場から逃げ出した。
そのとき、部屋から出ようとした後備の優が立ち止まった。
「え?」
優は恐る恐る振り返った。
足首には死人のように冷たく細い腐った手。その先にはあの女の人がいた。
目が合うと、女の人はにやっと歯を見せて笑った。
「逃がさないよ……」
「いやあああああ!」
「優!」
彰が手を伸ばす。しかし、優はその場に倒れるとずるずると引きずられていく。
「彰くん!」
「優!」
彰は必死に手を伸ばして走っていく。優も手を伸ばす。
優の後ろでは足首をがっちり掴んでいる女の人がいる。女なのにすごい力だ。
彰と優は手を掴んだ。彰は力いっぱいに優を引っ張る。
「優、今助けるぞ」
「あ、彰くん。い、嫌だ。早く助けて!」
彰はおもいっきり引っ張るが逆に戻されていく。
すると、なぜか手が自然に離れ彰は後ろに吹っ飛んだ。
「彰くん!」
「優!」
優は最後まで腕を伸ばしたがベッドの下に連れて行かれてしまった。
そしてこの世とは思えない断末魔と骨が折れるような音が響く。
「彰!」
翔は彰を絶たせると腕を引っ張って連れて行こうとする。
「優……。優。優!」
「彰」
翔は彰を連れて階段をおりていく。そのとき、先頭を歩いていた菫が立ち止まった。
「菫、どうしたんだ?」
「あ、あれ……」
菫は目の前を指した。
ゆらゆらと横から白いものが見える。そこからさっきの女の人が出てきた。
そしてゆっくりとこっちを振り向き、不気味な笑みを浮かべ、手にしているものを掲げる。
それは、手から滑り落ち床へと落ちた。その正体は髪の毛。そう、優の髪の毛だった。
「次は……あんたたちだ」
「クソっ!」
彰が懐中電灯を手に、女の人めがけ襲いかかった。
「よくも優を!」
懐中電灯が頭に当たるそのときだった。
女の人はおもしろそうに笑うと彰の頭を掴んだ。
「なっ」
彰は必死に逃れようと暴れだした。しかし、予想以上に力強く離そうとしない。
彰は女の人を睨みつけた。
「彰!」
翔が助けようと身を乗り出す。
「く、来るな。逃げろ」
「で、でも」
「早く逃げろ!」
彰の言葉に菫が答え、翔の腕をつかむと玄関まで走って行った。
「菫?」
「彰くんの行為を無駄にしないで!」
翔は菫に引っ張られながらも彰のほうを振り向いた。
「彰! 彰!」
玄関から出ると突然勝手にドアが閉まった。その瞬間、中から彰の叫び声が家中から響いた。
菫は道路に倒れると耳を強く閉じて、硬く眼を瞑った。
翔は呆然とした表情でその家を見ていた。
まさか、こんなことになるとはおもわなかった。
だが、恐怖はまだ終わっていなかった。
次の日の朝、警察に連絡した二人は警察署にいた。いろいろと事情聴取され、昨夜のことを正直に話した。
しかし、二人の姿どころか、遺体さえ見つからなかった。
夜、菫は部屋で涙を流しながら寝ていた。
自分のせいだ。あの幽霊ハウスに行こうといった自分の責任。二人はいなくなり、自分だけが生き残った。
「ごめん、二人とも……」
そのとき、携帯の着信が鳴った。
菫は涙を拭き携帯を掴む。そして耳元にやった。
「はい?」
「……っ。……あっ」
何か言っている。しかし、電波が悪いのか、うまく聞こえなかった。
「あのどちらさまですか?」
菫は耳を凝らしながら集中した。そこでようやく言葉がわかった。
「……殺す。……殺してあげる」
「いやっ」
菫は咄嗟に携帯を投げ捨てた。
今の声、もしかして……。
そのとき、いきなり背中に寒気を感じた。そして視線を感じる。じっと自分を見つめる視線。それは後ろからだった。
だがそれはおかしなことだった。なぜなら、自分の後ろには窓がある。ここは二階。自分の後ろに人がいるはずない。
菫は恐る恐るゆっくりと後ろを振り向こうとした。
すると、突然体のいうことが利かなくなり、ゆっくりだったのに振り向くのが早くなった。
そして、目の前には青白い顔をした女の人が逆さでぶら下がっていた。
菫の目の前にちょうど顔がある。眼が合うと、女の人はにやっと笑った。
「いやああああ!」
そのころ、翔は布団を跳ね退け起きあがった。
嫌な予感がした。菫に何かあった気がする。
翔は携帯を掴むと菫に連絡を入れた。しかし、さっきからコールがなるだけでなかなか繋がらない。
「何してんだよ。早く出ろよ」
十回目のコールでようやく繋がった。
「あっ、菫?」
「……っ。……や……こ」
電話の奥からは声にならない音が流れていた。
翔は一度携帯を離し、首をかしげながら再び耳元にやった。
「菫、聞こえるか。菫!」
しかし、それは菫の声ではなかった。
「……次は、あなたの番。……殺してやる」
一瞬で恐怖を覚えた翔は携帯を耳から外すと電源を切った。
なんだ、今の声。いったい、誰なんだ。菫はどこにいったんだ。
翔は家を出るとすぐさま菫の家に向かった。
自転車で勢いよく走っていく。菫のことがどうしても気になった。
「菫、無事でいろよ」
菫の家に数分で着いた。幼いころよく遊びに来た、忘れられない懐かしい家。
翔は家の中に上がると菫の部屋に入った。
「菫!」
しかし、中に菫の姿は見当たらない。
そのとき、ベッドの上にある携帯に目が入った。そして一つ着信が入っていることに気づいた。未登録の電話番号。
翔はその携帯を掴むとある場所に向かった。
翔はあの幽霊ハウスの前にいた。来たくなかったが来てしまった。ここに、菫がいそうで。
翔は懐中電灯を片手に中に入ると大声で叫んだ。
「菫! 菫! どこにいるんだ! 菫!」
返事はない。自分の声だけが響くだけだった。
そのとき、二階のほうから物音が聞こえた。何かが落ちるような音と引きずるような音。
翔は固唾を飲んで階段の上の方を凝視した。少しずつ音が大きくなって近づいてくる。
そこで翔は恐怖を覚えた。
青白い手が階段の上から見えるのだ。こっちにこいと手招きをしているように。
翔は怖気づいたがぐっとこらえ叫んだ。
「おい、菫をどこにやった! 菫を出せ!」
翔は細い青白い手に向かって吠えると、手はするりと消えてしまった。
翔は懐中電灯をむけると、ゆっくりとした足取りで中に足を踏み入れた。
そのとき、一階の奥の方から音が聞こえた。
「菫?」
音が聞こえた方から光が漏れていた。
電気はつかないはず。なのになぜ?
翔は恐る恐る中に進んでいく。音が大きくなっていく。そして音の正体がわかった。
「水?」
翔は水が流れる音に聞こえた。そして電気が点いている場所は風呂場。
翔はそっと風呂場の中に入り込んだ。風呂場の蛇口から大量の水が出ていた。
翔は何気なく蛇口を捻り水を止めようとした。そのとき鏡が目に入った。
「っ……」
翔は違和感を覚えてもう一度鏡を見た。
自分の後ろにあの女の人が立っていたような気がしたのだ。
翔はさっと後ろを振り向いた。しかし、そこには誰もいない。懐中電灯で照らすが何もなかった。
翔は安堵しそっと笑みを浮かべた。そしてもう一度水を止めようと蛇口に手をやろうと振り返る。
そのとき、目の前にあの女の人の顔があった。女の人の瞳が自分を捉え、じっと眼が合う。
そして最後に笑みを浮かべた。
「うわあああああ!」
その後、あの幽霊ハウスに近づくものはいなかった。警察が立ち入り禁止にしたのだ。
行方不明になった四人の遺体は見つからない。
ただ、見つかったのは階段の下にある髪の毛と風呂場にあった二つの濡れてる携帯電話だけだった。
あの幽霊ハウスは今でも女の人の霊がさまよっていた。
そして二階の奥の部屋の押し入れのベルが鳴り始めた。電話線のつながっていない家庭用電話。
すると受話器が勝手に落ち、声が聞こえだした。
「次は……あんただよ」