契約
春斗さんはカードを壁に設置されている機械にかざす。
ピーッという電子音がなり扉が開いた。
すごい、綺麗な事務所だ。
バカみたいな感想だがそう思った。
白い壁に床にはチェック柄のカーペットが敷いてある。
壁にはポスターが飾ってあり、正面にはアーシェスがコロシアムで戦う装備で決めポーズをしていた。ゲーム内のアーシェスは実際の春斗さんと同じ顔だが、
髪型や色なんかも微妙に違うため、そこまで大きな違和感がなかった。
その他にたぶん同じ事務所の配信者の人たちと思われる人のポスターも多く貼ってある。
これが紙でなく、すべて電子ペーパーによる映像が張られているというところが、
お金が掛かっているなぁって素直に関心した。
「ははは。ちょっと恥ずかしいけど、飾って貰っているんだよ。
そうそう、この間のバトルで使用した最後のスキルが
スポンサーの人にすごい受けたみたいだね。今度また新しいポスターを作るんだよ」
照れながらも少しうれしそうに語る春斗さんを見ると俺もがんばって作ったかいがあるなってちょっと思う。
「よかったです。
あのスキルは俺も結構時間掛かって作ったので喜んで頂ける人がいると励みになりますね」
そうだろ! そういいながら軽く俺の肩を叩く春斗さん。
「じゃあ、奥のほうに行こうか。
ここがミーティングスペースになってるんだ」
そうして案内された場所は会議用のテーブルと椅子が並び、
端にはソファーが並んでいる。
近くにモニターもあり、そこにVR用のゴーグルも複数台置いてあった。
「とりあえず、座って」
「は、はい。失礼します」
まずい、今更かなり緊張してきた。
周りには観葉植物などもあり、所々に配信者と思わしき人のポスターがある。
「まず、改めて確認しておこうか。
大吾君の契約はここ株式会社77ではなく、僕、鏑木春斗個人との契約になる」
「あ、そうなんですか?」
このあたりはよく分かっていない。
てっきり事務所のマネージャーみたいな立ち位置なのかと思っていた。
「うん、この事務所はあくまで配信者となるタレント契約はしてるんだけどね、それを補助するスタッフとなるとマネージャー業務とか製作業務とかになるんだ。
だから、その形で契約してしまうと本来お願いしたいスキル作成に集中できない可能性がある。
それだと本末転倒だからね」
「なるほど……」
まぁ確かにそうか。
何もアナスフィだけをやってる会社じゃないわけだし、そりゃそうか。
「だから、君の作るスキルは購入するという形だね。
購入金額は今までと同じく最低でも2万円で買い取る。
また、【ヴァーティカルレイド】や【ジャッジメント・レイ】のような派手な大技に関しても今までと同様に高額で買い取るよ」
「なるほど、そのあたりは今までと変わらずって感じですね」
てっきり固定給を貰ってひたすらスキルを作る感じなのかって思ってたな。
「もちろん、精度の低いスキル、僕と合わないスキルは買い取りは出来ない」
「はい、というより今後は春斗さんが使う事を想定したスキルを作っていく感じですか?」
「うん、その通りだね。あくまでアーシェスが使用することを前提としたスキルを開発してほしい。
契約期間はとりあえず1年間。
お互い何も問題なければそのまま契約を続行する。
どうかな?」
「問題ありません」
「うん、最初は完全なタレント契約の予定だったんだよ。
ちょっと初めて君のスキルを見て興奮してしまってね。最初は強引に契約を迫ってしまって申し訳なかったね……」
春斗さんは申し訳なさそうに頭を下げた。
「いえいえ、確かにびっくりしましたけど、
でもそれだけ喜んで貰えたんだって思ったんでうれしかったですよ」
「はは、そう言ってもらえると僕も安心だ」
「あ、あと今後は拘束契約になるので、
最初の3ヶ月は5万円、そこから4ヶ月以降は毎月10万円支払うよ」
「は?」
拘束費? え? そんなに貰えるの!?
「驚くことじゃない。
ここの事務所に所属しているライバーだって同じようにしている。
金額までは聞いてないが、みんな専属のスタッフがいるんだよ」
へぇーでもすごいところだとかなり稼いでるみたいだし、
必要経費みたいなものなのかな。
俺が驚いて呆けているのが面白いのか、クスクス笑っている春斗さん。
「それじゃ、また正式な契約書が出来たら声を掛けるね。
そうだ。この後ちょうど呼んでるから他のメンバーを紹介するよ」
「え? メンバーですか?」
「うん、アーシェスの装備を作ってくれている人たちだ。
武器製作と防具製作をしている人が専属でいるんだよ」
「あ、なるほど。僕と同じような感じですか?」
「うん、大体同じ契約だね。まぁその人達は独占契約してないって所とが違うかな」
「あ、そうなんですか?」
春斗さんの事だから同じ感じだと思った。
「うん、僕が目をつけたときには他のライバーにも装備提供してたから、今から独占は無理なんだよ。そういう点では、最初に君を発掘出来た僕は本当に運が良かった」
最初にアーシェスと出会った時か。
まだ別垢だった時だろう。懐かしいような、忘れたいような。
「なるほど、そうだったんですね。ちなみにここに来るんですか?」
「ははは。違う、違う。
アナスフィの都市に【77】のビルがあってねそこに集合予定なんだ。
今日このミーティングルームは貸し切ってるからそこのVR機器を使って行こうか」
「わ、わかりました」
ようやく緊張がほぐれてきたのにまた心臓がビートを刻み始めた。
トイレ借りておこう。