弓型
トリエスティ Side
目の前のアーシェスを見てすぐに決断しなければならない。
このまま戦うか、一度距離を取って戦うか。
自分は遠距離型の職にいる。接近戦は不利だろう。
普通に考えて、一度距離を取り、インベトリから欠損回復ポーションを飲む必要がある。
恐らくスキルの代償によって今アーシェスはなんらかのデバフが付与されている様子だ。
けん制で放ったナイフにまったく対処できないのがその証拠だろう。
一度距離を取り、この場を逃げる。左腕さえ復活すれば勝機は………
ここで逃げれば、確かに勝機はあるだろう。
だが、そんなみっともない戦い方でいいのか?
遠距離型が近接型から距離を取るのは何も悪いことではない。
でも…………
「それでもだっ!!!」
俺は腰のポーチから取り出した煙玉を叩き付けた。
「煙幕かっ!!」
目の前にいるアーシェスが叫んだ。
すぐに俺はその場を離れる。逃げるのではない。距離も取らない。
アーシェスから回り込むように移動し、すぐにインベトリを開き
欠損回復ポーションを取り出し使用した。
「はぁあ!!!」
煙から光が射し込み煙が晴れた。
(やっぱりか)
あのまま接近戦に持ち込めば、一撃くらいは与えられただろう。
だが、完全に仕留めるのは無理だ。
その間に、デバフから回復したアーシェスに斬られて終了しただろう。
「驚いたな。
距離を取ると思っていたんだが、なぜまだそこに?
また遠くから矢を射られたら次は避けられそうになかったんだがね」
まったく驚いた様子がない
右目から血が流れている仮面をつけたアーシェスに言った。
「嘘付け。
俺が距離を取ったら、その方向にお前のあのスキルをぶっ放すつもりだったろうがよ」
【ヴァーティカルレイド】
アーシェスが現在持っているスキルで最大の威力を誇っている遠距離攻撃スキル。
恐らく俺が逃げた方向に放てばその時点で俺の負けだ。
さすがにあれから逃げるスキルを俺は持っていない。
「さて、何のことかな。だが、君がこの距離で戦うとはね。
本当に楽しませてくれる」
すでにアーシェスから【聖なるオーラ】は消えている。今ならやれるはず。
「ところで、トリエスティ。今無手のようだが、まさか素手で戦う気かい?」
非難の目線を俺に浴びせてくるアーシェス。
普通そう思うだろう。別になめているわけではない。
「もちろん素手じゃないさ。 スキル【換装】」
換装。
事前に登録していた装備に一瞬で切り替えるスキル。
ちなみに職を変える事は出来ないので、
本当に使用する武器などを変えるときに使用するスキルだ。
スキル使用後、俺が換装した姿を見て今度は本当に驚いた様子だった。
「その姿は…………?」
今の俺は両手は何も装備していない。
いや、正確に言えば手に何も持っていない。
そして手首からひじにかけて一本の刃が固定されている。
「なぁ、銃型ってあるだろ? あれかっこいいよな」
俺からの突然の会話に戸惑っているようだ。
「あ、ああ。そうだな。あれも浪漫があっていい」
「なんだ、話が分かるじゃないか。イケメンは基本好かないんだが、やっぱアンタいい奴だな」
「それで、それが……?」
「なぁに、あれ俺もやってみようと思ってさ」
俺は右手を前に出す。
親指を伸ばしそれ以外は握る。
そこから親指を人差し指と中指の間に持って行き、その二本の指を伸ばした。
するとまるで小さな弓の弦のように光が人差し指と中指の間に掛かり親指がその弦を引く。
「スキル【弓型】」
親指を勢いよく引く。すると小さな矢が射出された。
「っく!!」
それを剣で斬るアーシェスに感嘆の声を出す。
「はは!! 段々と加速する射撃で速度が上がってるってのに、
初見で避けたのはお前が初めてだ!!!」
すぐに接近するアーシェスに対し、続けざまに矢を放つ。
射程は短いが威力はそれなりだ。
次に射った矢は首を捻る形でかわされた。
「この距離ならどこに飛んでくるか、
いつ飛んでくるか分かるだけでも十分に避けられる!」
本当に化け物かよ。
斬りかかって来る刃を腕に装着されている刃で防ぐ。
「まるでトンファーみたいな装備だな」
「これはあくまで防具なんだよ!」
そのまま密着した状態で左手で射撃を行う。
「くぅ……!」
腹に向かって攻撃したが、頑丈な鎧に阻まれてあまりダメージが出ていないようだ。
「くそ、頑丈な鎧じゃあねぇかよ!」
「自慢の防具なんでね!」
続けざまに剣を振るってくる。今度の斬撃は速い。
先ほどの重い斬撃と違い、こちらから弓を射る隙がない。
中途半端に離れてはいけない。
密着に近い接近戦か、ぎりぎり剣が届かない間合いを維持しなくては……!
この装備では中途半端の間合いで剣の突きをされたら一溜まりもない!
アーシェスの剣戟に耐え、間合いを取ろうとしているところを許さずに接近する。
アーシェスの白銀の剣が振るわれる事に火花が舞う。
剣を巧みに使い、俺の弓の斜線上にアーシェスの身体がないように逸らされてしまう。
上段で振るわれる剣に合わせて防御し、手の位置を下げ顔に向かって射撃を行った。
「っと! 危ないな!」
くそ、これも避けるのか。ぎりぎり奴の仮面にあたり、
金属音を鳴らしながら仮面が下に落ちた。
「トリエスティ。相手の目を見れば以外に何をやってくるのか分かるものなんだ」
突然そんなことを言ってくる。目だと?
そんなもので分かってたまるか。
俺はにらむように奴の目を見た。
紅く光る奴の左目を見て俺の意識は暗闇の彼方へ落ちていった。
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