第四話
貴族の馬車はこんなにも快適なのかと僕は感動していた。
村から王都へは乗合馬車を乗り継ぎやって来たのだが、座席は固く揺れも酷いので長時間乗っているのは苦痛だった。
しかし、この馬車だったら村から王都に直行しても乗り続けられるんじゃないかと思う程に座席は柔らかいし揺れも少ない。
座席も4人乗ってもまだまだ余裕があるのにソラとアルバはなぜか僕の左右に陣取っていた。
順調に進んでいく馬車が速度を落としたので小窓から外を覗いてみると鉄の柵に囲われた城の様な大きな建物が見える。
あれが学園なのだろうか?
確信を得ないのでハルフに確認してみると、
「あちらは主に祭事や学園の行事で使われる迎賓館の役割を持つ建物でございます。ちなみに、貴族の館も学園の敷地内に建っておりますのでこの付近に建つ建物はすべて学園の物となります」
衝撃の事実に僕はただただ驚愕する事しかできない。
しかし、なんでこんなに学園に金をかけているんだろうとふと思う。
何か理由でもあるのかな?
そんな下らない事を考えていると馬車が停止し、すぐさま扉が開かれる。
馬車の外には全身鎧に身を包んだ聖騎士が建物の入り口まで整列して立っていた。
その光景に圧倒されつつも僕は馬車を降りると、後ろからはハルフとソラ、アルバに加え赤髪の男性が付き従ってくれるので緊張しつつもしっかりとした足取りで建物の入り口を目指すことが出来た。
傍から見れば完璧な貴族の子息に見えているのだろうが内心いつ偽物とばれるかハラハラしていた。
何事も無く開け放たれた両開きの扉の目前まで来ると建物の内部の様子が見えてきた。
中央奥にジェロンの象徴である太陽のレリーフが掲げられ、そのすぐ下の階段状の祭壇には左から杖・盃・盾・冠・剣・本・弓の7つのモニュメントが順に並べられていた。
あれは確か太陽神ジェロンを守護する現人神の象徴で、神聖王国ではその座を受け継いでいるのは冠・盾・盃・弓の4つのみで他の3つは空席になっている。
冠だけは継承制で空席になることは無いが他の現人神はある日突然与えられる加護なので全て揃ったのは初代のみなのだとか。
ちなみにアンデルドでは王族が現人神として祀られているので冠が国王、盾が王妃、剣が王太子と決められており、本が王位継承権第二位の王子、弓が王位継承権第三位の王子、盃は第一王女、杖は第二王女が受け継ぐ事になっている。
現在アンデルドには第一王子の王太子と第一王女のみしかいないので杖・本・弓は空席である。
「ノア・ジェロン・キングスレー様、式典まで少々お時間がございますので控室までご案内いたします」
祭壇に見入っていると修道服を着た女性が急に現れ声を掛けて来る。
空間魔法を使って現れたのか術式の残存が微かに感じ取れる。かなりの空間魔術の使い手の様で現れる瞬間まで気づかなかった。
式典はまだ始まってないとの事だったので僕はおとなしく女性に付いて行くことにした。
案内された部屋は祭壇の後ろ側のいくつかある部屋の1つだった。
道中、壁に並べられたジェロン教歴代教皇の肖像画を興味深く見ていたがどの肖像画も似たような容姿をしているのにはびっくりした。
全員金髪碧眼の美しい女性で、顔立ちは多少違っていたが血縁者なのか非常に似ていたのだ。
部屋に入った僕は先客がいることに気づき驚くが表情には出さずに礼をする。
「ノア、そんなにかしこまらないで良いよ。ほら、私の隣においで」
目の前の人物、第一王子は優しく微笑むと自分の隣を示した。
王子の他に執事と思われる男性が王子の座るソファの後ろに控え、入り口近くに騎士団の鎧を身に纏った男女2名の騎士が左右に分かれて立っている。
なぜ王子と同じ部屋に通されたのか、なぜこんなにも親し気に接するのか疑問は尽きないが僕は王子に言われた通りに王子の座るソファに近づいて行く。
ハルフ達はすぐさま壁際に移動し壁の花に徹しているのを尻目に僕はソファに辿り着いてしまった。
「失礼いたします」
すごく緊張しつつ王子と同じソファに出来るだけ離れて座る。
「ノア、なんでそんなに離れて座るんだい?もうちょっとこっちへおいで」
自分の隣をポンポンと優しくたたき、王子はそう言うが王族と同じ空間にいるってだけでもかなり緊張するのに同じソファに座ってるだけでも恐れ多いのにそんな近くに座ったら緊張で死んでしまうかもしれないんじゃないかと思う。
だが、王族の命令に従わなければ不敬罪になりかねないので言う通りにする事しか僕にはできなかった。
「し、失礼いたします」
王子の隣に腰かけ、極度の緊張で縮こまってしまう。
声も震えていたし俯き自分の膝の上に難く握った手を見つめる。顔は真っ赤になっているだろう。
「ノア?具合でも悪いのかい?」
顔は見えないがかなり心配した様子の王子が僕の背を優しく撫でて来る。
王子とは昨日が初対面で話したのは今日が初めてなのでなんでこんなに構ってくるのか分からない。
「具合は悪くないのですが、その・・・、王子様にこのように接して頂ける理由が分からず混乱している状況で、す・・・」
口ごもってしまう結果になってしまったがちゃんと最後まで言えた自分を褒めたい。
「アーサー様、たぶんですがノア様は自分が王族という事をまだ知らないのだと思われます。ですのでそこから説明してあげませんとノア様がかわいそうでございます」
そんな僕を見かねたのか王子の側に控えていた執事さんが進言するが、その中に信じがたい言葉が聞こえた気がした。
「あ、そっか。ありがとう、ルカ」
王子が動く気配がするが僕の背を撫でる手はまだ離れない。
「ノア、君と私は従兄弟なんだ。だからそんなに緊張しなくても良いよ」
さっきから驚きっぱなしで麻痺してしまったのかすんなりと納得してしまう。
そっか僕は王族だったのか・・・
今着ている制服にある紋章もどこかで見たことがあるなと思っていたけど、王族の紋章だったんだなと王子が着ている制服の左胸を同じ紋章があるのを確認して納得する。
「あの・・・一つ質問が」
少し緊張が解けたのか王子の方を向きながら恐る恐る聞く。
「ん?なんだい?なんでも聞いてくれ」
魔晶石越しに見ていた第一王子は無表情で冷たい印象が強かったが、今目の前にいる王子は優し気な微笑みで僕を見ていてだいぶ印象が違う。
「その、僕が王子の従兄弟という事はうちの父が国王のご兄弟という事でよろしいでしょうか?」
「うん、そうだよ」
あっさりと肯定した王子。
昨日、母さんが魔族と知った時も色々複雑な気持ちだったがまさか父さんの方も隠し事があったとは思わなかった。
「アーサー様、ノア様、お茶はいかがでしょうか?」
一人落ち込んでいるとさっき王子にルカと呼ばれた執事さんが声を掛けて来る。
「私はいつもので頼む。ノアも同じので良いかい?」
「あ、はい」
貴族はお気に入りの紅茶の銘柄とかあるのだろうが庶民のしかも辺境の村出身の僕が知る茶は森林緑茶と呼ばれるえぐ味の強い茶のみだ。
ルカと呼ばれた執事は大変優秀なのだろう。すぐに紅茶が高そうな白磁のソーサーに乗せられたティーカップに淹れられ目の前のテーブルに置かれた。
僕の分はハルフが持ってきた様で礼を言うとすぐに元の場所へ戻って行く。
「ノア、自分の専属執事に一々礼を言わなくても良いんだよ?そんな事をしていたら他の貴族に馬鹿にされてしまう」
ティーカップを持ち上げた王子は優雅な所作でカップを口に運ぶと一口飲み、僕とハルフのやり取りに注意をしてきた。
そういうものかと思いつつ王子に礼を述べると僕も見様見真似で王子と同じように紅茶を一口飲む。
森林緑茶はミルクや砂糖で誤魔化しながら飲むのだがこの紅茶はなにも入れていないはずなのにかなり美味しい。
王子が飲む紅茶なのでかなりの高級品と言うのを加味してもこの味を知ってしまうと森林緑茶を飲むことが出来なくなるんじゃないかと思う程だ。
「この紅茶、美味しいですね」
緊張していた体が温かい紅茶で少しはほぐれた様でほっと息を吐く。
「それは良かった」
今更ながら王子の顔を近くで見て従兄弟と言うのも納得できるほどに僕に似ていた。
この場合、父さんと似ていると言う方が正しいだろうか。
昔から僕は父さんの現身の様だと言われて育ってきたのだが、確かに母さんに似ているのはこの紺色の髪のみで顔立ちは完全に父さんを小さくしたようなそんな感じなのだ。
だから王子も国王に似ているのだろう。
魔水晶で見ていた時は他人の空似だろうと気にも留めていなかったし、両親も村の人たちも何も言わないので本当に自分が王族なのか未だに信じられない。
「あの、第一王子様。僕が王族と言うのは本当なのですか?」
さっきは混乱しきっていたので納得してしまったが少し冷静になると信じがたい事実なのに変わりはない。
「ああ、本当だとも。ノアの父上は私の父である国王の弟、ノアが産まれる前は妻と共に王城で暮らしていたのだが少し事情があって行先も告げずに行方をくらましてしまったんだ。だから、あの時の子が生まれていれば今年入学するだろうと父に聞いて試験に参加させてもらったというわけだ。ところで、王子呼びは止めてくれないか?アーサーと呼んでほしい」
どんな事情があったのか気にはなるがそれは両親に直接聞くとして今は王子をアーサーと呼ばなくてはならないこの試練を突破しなくてはならない。
「あ、はい。あ、アーサー、様?」
王族だと言われても今まで庶民として育った僕にとってすぐにマルテたちにするようなな接し方は出来るわけない。
これで勘弁してくれと思ったのだがアーサーは満足していない様子だ。
「できれば、様も付けないでほしいけれど、まぁ良いだろう」
呼び捨てにしてくれとか言われるかと思ったのだが一応一安心だ。
今ここにいるのは言わば身内だけなので呼び捨てしても心にあまりダメージはないが、もし他の貴族がいたりしたらそりゃもうかなりの心労だろう。
カップの中身を飲み干し、アーサーと他愛も無い会話(かなり緊張しながら村の話)をしていると扉をノックする音が聞こえてきた。
「アーサー様、ノア様、他の方々の入場が終わりました。国王様もそろそろ到着なされますので移動をお願いいたします」
さっきここまで案内してきた女性のものと思われる声が聞こえてきた。
「ああ、今行く」
扉越しに返事をしたアーサーがソファから立ち上がったので僕も続いて立ち上がる。
「ノア、王族として公の場に出るのは初めてだろうから私と手を繋いで入場しよう。な?」
満面の笑みで美しく微笑むアーサー。
他の人たちには後光が射して見えるだろうアーサーの満面の笑みだが、僕には魂を回収しに来た死神の微笑みにしか見えなかった。
「ノア?緊張しているのか?」
アーサーは固まった僕の左手をとると自分の方に引き寄せ、頭をポンポンと撫でた。
「え、あ・・・」
アーサーに頭を撫でられ何かがプツンと切れる音が聞こえ、僕は意識を失ってしまった。
次に目を覚ましたのは目の前に自分と同じ制服を着た男女が整然と並んだ椅子に座って僕の右側を見ている光景に二階席には成人した貴族だろう煌びやかに着飾った方々がいた。
ここは入学式の会場内の祭壇前だろう。
即座にそう判断できた自分自身に僕は自分を褒めたくなった。
おかげで誰も僕が目を覚ましたことに気づいていない。
「続いて、国王様からお祝いのお言葉でございます」
寝ていた方が都合が良いだろうと思いすぐさま狸寝入りをすると、案内してくれた女性の声が会場内に響き渡った。
「今年の入学生はとても優秀な者が多いと聞いておる。国にとって優秀な者が増えることは喜ばしい事だ。そして、我が甥ノアがその中でも飛びぬけて優秀な成績を叩きだし試験を監督していた魔法師団を始め、様々な機関から問い合わせが絶えなかった。私はそのすべての返答を保留にしておるが、ノア目は覚めているのだろう?今ここで自分の歩む道を宣言してはどうだ?」
次いで国王の威厳のある声が会場内に響き渡り自分へ問いかけるその声は有無を言わせない迫力がある。
仕方が無いので目を開け、国王がいるだろう右側に視線をやるとこっちを見ていた国王とばっちり目が合ってしまった。
国王と僕の間にはアーサーが玉座に座っているのが見えたので助けてくれと視線を遣るが、一つ頷き前を見てしまう。
これは何か言わないといけないなと心を決めると真っすぐ前を見る。
「国王様、自分は将来冒険者として世界各地を回りたいと思っております。ですのでアンデルドにとどまる事は無い、と今はそう思っております」
座ったままで良いのだろうかと思いつつ、自信満々に言うと国王に視線を遣って反応待つ。
不敬罪で処罰されないかびくびくしてしまう。
「そうか・・・、残念であるが自由を尊重する我が国にノアの意思を曲げてでも留める権利は無い。すなわち、ノア自身で考えを曲げるまで強引な勧誘は禁止にする。この映像を見ている者は心に留めてくれ。もちろん、他の新入生にも無理な勧誘は止めるように」
国王様は特に気分を害した様子も無く安心するが、それよりも気になったのは国王さえ知るほど酷い勧誘をする者が多いのだろうかという事だった。
「最後に新入生諸君、入学おめでとう。君たちの今後の活躍に期待している」
まるでお祝いの言葉がおまけの様に感じられる国王のお祝いの言葉が終わると、玉座がグルんと回り今まで見ていた新入生と貴族たちの姿が消え、煌びやかな祭壇が目前に見える。
左を見やると国王とアーサーが立ち上がったので僕も急いで立ち上がる。
「それでは、太陽神ジェロン様へ拝礼!」
片膝を立て跪き、胸の前で腕を交差させ頭を下げる。
これがジェロン教の拝礼、この姿で静止し司祭の声がかかるまでこのまま待つのだ。
僕たちが静止している間に司祭は神へのお言葉を述べているので場合によってはかなり長時間この姿勢のままなので大変なのだが国王がいるからなのか一言で終えた様ですぐに立ち上がることが出来た。
「皆さま、国王様並びに王妃様アーサー様、シルヴィア様、ノア様のご退場です」
国王とアーサーが玉座に座ったので座ったのは良いが退場の声がすぐさまかかりまた立つのかと思っていると再度グルんと回り新入生たちの姿が見える。
右側を見ると国王もアーサーも立ち上がる気配が無い。
どうやって退場するんだろうと疑問に思っていると、僕たちの座る玉座それぞれが光り出した。
強い光ではない淡い光を発する玉座の周り、地面から魔法陣が浮かび上がる。
魔法陣の術式は空間属性のもので指定された場所への転移の様で移動先が固定された特注の魔法陣だった。
どこに飛ばされるのか不安でアーサーに視線を向けると優しく微笑むアーサーと視線が合う。
声は発しなかったが『心配するな』と口を動かしウィンクしてきた。
あんなに緊張していた相手なのに今はアーサーのその行動に和んでしまう。
「国王陛下と王族へ最上の敬礼を!」
司祭のその言葉に椅子に座っていた貴族たちが美しい所作で立ち上がり礼をした。
それが合図だったのか玉座の周りに浮かんでいた魔法陣がいっそう光を増して次の瞬間には目を開けられない程の光量になった。
しかし、そんな光量の中でも特に眩しさを感じなかった事を不思議に思っていると光がおさまってくる。
完全に光が収束すると見えてきたのは華美だが洗練された部屋だった。
部屋の造りを見るに謁見の間とかだろうと思う。
「ノア、大丈夫か?」
これからどうすればいいんだろうと思っているとアーサーに声を掛けられる。
「え?あ、大丈夫です」
玉座から立ち上がるとすでに国王も立ち上がっていた様でアーサーの後ろで心配そうに僕を見ていた。
さっきは気づかなかったが国王の背後には王妃と第一王女が控えている。
王族と言われても王弟である父の息子という事なので立場は下になる。
僕はすぐさま跪き、国王の反応を待った。
「ノア、大丈夫よ。私たちは家族なのですから」
声を掛けられ顔を上げると王妃様が優しく微笑んでいる。
こう見るとアーサーは王妃にも似ているなとどうでも良い事を思ってしまう。
「ありがたきお言葉、恐れ入ります」
そんな事を言われても自分の立場がどの程度なのか分からないので親しくしすぎて不敬罪になっては馬鹿らしい。
「普通に話しかけても良いんだけどな・・・」
アーサーが苦笑いを浮かべて言うと、国王と王妃、王女が頷いた。
「ですが、王族にそのような事をしてしまえば不敬罪になるのではないですか?父が国王様の弟だとしても僕には貴族位はありませんので・・・」
魔族は今でこそ人種の一種と言う扱いになっているが今から200年程前までは人類の敵として相いれない間柄に会ったのだ。
特に神聖王国並びに周辺の国々は太陽神ジェロンを信仰しているので目の敵にしないでも魔族とは一線を置いている者が多い。
「そうだな。エリーの事もあるし王城に仕える者の中には好ましく思っていない者もいるにはいる。だが、そなたはアルフレッドの息子なのだ。どうか、私たちのみの場では普通に接してくれると嬉しい」
「・・・わかりました」
国王じきじきに言われては従わざる得ない。
「話も纏まったことですし、私早く昼食を頂きたいのですけど?」
ずっと黙っていた第一王女が豊満な胸を抱くように腕を組んで声を上げる。
「そうね。食堂に移動しましょうか」
にこにこと優しく微笑む王妃に促され、僕たちは国王を先頭に謁見の間を退室して食堂へと向かった。