第三話
空間魔法に収納しておいた家から持ってきた魔導書を備え付けの本棚に並べていき、家族写真を机の上に飾るとクローゼットに服を収納していく。
本当はハルフ達が来るのを待ってやってもらうのだろうがやることも無いので自分でやってしまった。
清めると言っていたのでもう少し時間がかかるだろうと思い今度は王都に来るまでに狩った魔物を捌くことにした。
一番多く狩った小型の魔物、ルビーラビットをすべて空間魔法から取り出すと額にある真っ赤な魔石を丁寧に一つずつ風の刃でくり抜いて行く。
ルビーラビットは南方に発生する魔物の中でも最弱に位置する魔物なのだが、額にある真っ赤な魔石は上級の魔物にも引けを取らない程の魔力を内蔵しており高く売れる。
最弱で希少性の高い魔物なのに今日までに狩りつくされていないのは高い繁殖力と上級の魔物にも引けを取らない程の素早さを持っているからだ。
そのルビーラビットを合計26匹、額の魔石は金貨1枚で売れるので魔石だけで金貨26枚の稼ぎになる。
他の部位は魔石に比べると微々たるものだが毛皮と肉を綺麗に捌き、骨まで売れるのでルビーラビット1体の稼ぎは合計金貨1枚と銅貨17枚になる。
銅貨は100枚で銀貨1枚、金貨1枚は銀貨100枚の価値だ。
水魔法と風魔法を駆使し、血抜きをして毛皮は乾燥させると肉は腐らない様に空間魔法に収納していく。
ルビーラビットを全て捌き終えると捌いた素材を空間魔法に収納し、今度は中型の魔物を空間魔法から取り出す。
中型の魔物を捌いていると自室の扉をノックする音が聞こえてきた。
「ノア様入室してよろしいでしょうか?」
床に散らかった血や肉片もろとも空間魔法に収納した後、
「どうぞ」
と短く入室の許可を出す。
地べたに座っていると何か言われるかもしれなかったので当然椅子に座りなおしてからだ。
「失礼いたします」
扉を開けてハルフがソラとアルバと共に入室してくる。
ソラもアルバも召喚したときは少し薄汚れていて奴隷然としていたが今は小奇麗になっておりどこぞのお坊ちゃんとしても通用するんじゃないかと思う。
着ている服が使用人の制服でなければの話だ。
「ノア様、そろそろ夕食の時間でございますがいかがなされますか?先ほど厨房を確認したところ食材は一つもありませんでしたので大食堂の方で夕食をとることになるかと思われます」
申し訳なさそうにハルフは述べるがこの時間から買い出しに行こうにも店が閉まっている可能性が高いので今日は大食堂でとることとしよう。
「わかったよ。じゃあ、時間になったら教えて」
そう伝えてから少し疑問がわく。
ハルフ達の夕食はどうするのかと―――
「ところで使用人の食事はどうするのが正解なの?」
素直に聞いた方が早いとハルフに確認すると、
「そうでございますね・・・5階に住む方々はお抱えのシェフがおりますので厨房の方で賄いをいただきますが、大食堂で食事をする方々の使用人は大食堂の隣にございます使用人用の食堂の方で食事をとることになると思われます」
少々言いづらそうに教えてくれる。
「何か問題でもあるの?」
ハルフの様子が気になって聞いてみる。
僕に原因があるのかもしれないと心配に思ったがハルフの心配事は別の所にあったようだ。
「その・・・大変申し上げにくいのですが・・・」
「大丈夫だよ。気になることがあるんだったら教えてほしいな」
「はい、ソラとアルバは異種族でございますが貴族の方々は異種族を苦手と思う方が多いのです。使用人も長く貴族の館で働いていることもあり主人と同じような考えを持つ者が多いのでお二人には少々肩身の狭い思いをする事になるのではないかと心配しております」
なるほど・・・
僕の村には人種しかいなかったのでそういうところまで気が回らなかった。
「それなら大食堂で食事をとるのは止めておこう」
通信の魔導具には食材を召喚する項目は無かった。
便利なのか不便なのかよくわからないのもだ。
「一応、調味料と肉は持っているんだけどハルフ料理できる?」
僕は正直料理が苦手で肉の丸焼きくらいは作れるが凝ったものを作ろうとすると味が変になってしまうのでここは使用人に任せるのが良いだろう。
ハルフならできそうだと期待していたのだが案の定できると返事をもらったので空間魔法からさっき捌いたルビーラビットの肉と村から持ってきた調味料を革袋に入れてハルフに渡す。
「基本的な使用人の作法を教えておきましたので2人はこちらに置いておきます。それでは夕食が出来ましたら呼びにまいりますので、これで失礼いたします」
ハルフを見送り僕は姿勢よく立っているソラとアルバを見る。
ソラは線が細く中性的な容姿をしているのでボーイッシュな女の子にも見えなくはない。
アルバは野性味が溢れ身長は低いがほれぼれする筋肉がワイシャツ越しにはっきりと見て取れる。
「あー、そこに立っていると気が散るから座って良いよ」
近くにあるソファを勧めると二人とも素直に並んで座る。
僕はそれを確認した後、地面に胡坐をかき、空間魔法から捌きかけの魔物を取り出した。
中型の魔物であるタイニーベア、毛皮は貴族のコートによく使われる事もあり毛皮のみで銀貨60枚ほどの価値がある。
しかしその肉は固くあまり食用に適さないのと魔物の体内に必ず存在する魔石はかなり小さいのでタイニーベア1体の売却金額は銀貨61枚くらいだろう。
「あの・・・ノア様、何をしているのですか?」
全部で8体のタイニーベアを捌き終えるとソラが声を掛けて来る。
「ん?あぁ、王都に来るときに狩った魔物を解体してるんだよ」
話しかけられるとは思わなかったので少々驚いたが魔物を捌くところを初めてみたのか興味津々で僕の手元を見ている。
アルバも興味はあるのかいつの間にか僕の背中に張り付いていた。
というかどんだけ集中していたんだって話だ。
ソラはまだしもアルバは僕の左肩に顎を乗せて後ろから腕を回しているんだから気づかい方がおかしいだろう。
「なぁなぁ、ノア様。俺、ノア様のお手伝い、したい」
たどたどしい人語で頬ずりしながら言うアルバに僕は保護欲がわいてきた。
こう見るとアルバって大型犬の様でかなり可愛い気がする。
「そっか、教えるから2人ともやってみる?」
「「うん!」」
ハルフがいたら何か言うかもしれないが庶民である僕からするとこういう風な関係の方が気楽でいい。
「じゃあまず2人は魔法は使える?」
魔物の解体は刃物での解体より風魔法で作った刃での解体の方が切り口が綺麗になるし効率がいい。
「僕は風魔法と水魔法が使えます」
「おいら、魔法、使えない・・・」
ソラは問題なさそうだがアルバは刃物での解体を教える事にする。
血抜き等はソラにやらせれば良いだろう。
「じゃあ一応全体の手順は教えるね。その後はソラが血抜きと素材の加工、アルバが解体を担当した方が効率が良いかもね」
「「はい!」」
なんか弟が2人できたようで新鮮だなと思いつつ僕は2人に魔物の捌き方を教える事にした。
一通り教えると2人は呑み込みが早いのもありすぐに覚えてくれて3人で作業を始めてからすぐに空間魔法の中にあった魔物はすべて捌き終えることが出来た。
「2人ともありがとう」
素材を空間魔法に収納すると、僕は2人の頭を撫でる。
「ノア様のお役に立ててうれしいです」
「おいら、もっと、手伝い、する」
素直で可愛いなと和んでいると扉をノックする音が聞こえてきた。
夕食が出来たのだろうと椅子に座りなおしてから入室を許可すると案の定ハルフが、
「ノア様、夕食の準備が整いましたのでダイニングルームにお越しくださいませ」
と部屋に入りお辞儀をした後に言った。
椅子から立ち上がり、ハルフに礼を述べてからダイニングルームに全員で移動する。
与えられた自室を全て見て回ったわけじゃないのでどこにどの部屋があるのか分からないのでハルフの案内でダイニングルームに僕たちはやってきた。
「こちらにどうぞ」
ハルフに席まで誘導されると椅子を引いてくれるのでそのまま座る。
テーブルの上にはルビーラビットの肉がどこから持ってきたのか添え物と共に貴族が使うような高そうな皿の上に乗っている。
皿の左右には丁寧に磨き込んだ銀製と思われるカトラリーが整然と並んでいる。
肉の乗った皿の前には一般的な丸パンがバスケットにいくつか乗っていて焼きたてなのかほのかに湯気が立っていた。
「ハルフ、渡したのは肉と調味料だけだったよね?」
本当にどこから持って来たんだと遠回しに聞いてみる。
「大食堂の厨房の方から譲っていただきました」
壁際に控えていたハルフが近づいてきて教えてくれる。
元々、各寮では1日に2食の食事が提供されることになっているので貰ってくる分には問題は無いように思う。
「わざわざありがとう」
何から何まで本当に頼りになるハルフに頭が上がらない。
「主人に尽くす事こそ使用人にとっての喜びでございます」
深々と礼をするとまた壁際へ戻って行くハルフ、ソラとアルバも壁際に立っていてなんか落ち着かない。
でも、こういうのに慣れないとここで生活していくのは難しいのだろう。
僕は3人をあまり意識しない様にしつつ、一応テーブルマナーも両親に教えてもらっていたので合っているのかどうかわからないが食事を始める。
ハルフの作った料理はどれもおいしく、デザートまで出て来たのはびっくりした。
最初はソラとアルバも待機していたが、アルバのものだろう腹の音が聞こえてきたので食事をとるように言うとハルフが2人を連れて隣の部屋に消える。
多分、キッチンなのだろう。
ハルフはすぐに戻って来て僕の給仕を続けていたので申し訳なさでいっぱいだったが食事が美味しくすぐに気にならなくなった。
「僕は部屋に戻って魔導書を呼んでるからハルフも夕食、食べて来て」
椅子を引いてもらい立ち上がった僕はダイニングルームを出る際にハルフにそう伝える。
「かしこまりました。部屋までお送りいたしましたら夕食を頂くことにいたします」
別に送ってもらうほどの距離でもないが拒絶する理由も無いのでハルフに部屋まで送ってもらうことにした。
部屋に戻りハルフが退室した後、僕は本棚から“聖魔法上級~強化魔法大全~”という題の魔導書を手に取り椅子に座って読み始める。
ここに持ってきた魔導書は全部、村を出る際に母さんが選別にと渡してくれた物だ。
魔法には下級・中級・上級と大まかに難易度が分けられており、上級の上にもいくつかあるのだが本人の資質と血統に依るところがあるので基本的に市販される事はほとんどなく、親から子に師匠から弟子にと受け継がれている物ばかりなので目にする機会が極端に少ないので使える者も必然的に少なくなる。
学園で学べるのは上級の一つ上の魔破級第5位までなのでそれ以上の魔法を学ぶには高名な魔導士に師事するか、魔導書をどこからか獲得してくるしか方法が無い。
ちなみに僕は現在、すべての属性で中級魔法まで使えたりする。
上級魔法にもなると有用な魔法がたくさんあってどれから習得しようか悩んでしまうがとりあえずは基本中の基本であるエクストラヒールを習得する事にしよう。
下級のヒール、中級のハイヒール、上級のエクストラヒールは聖魔法を扱う者にとって使えないと恥ずかしいレベルの魔法だ。
ヒールは小さな切り傷を治す程度の治癒魔法、ハイヒールはその名の通りにヒールより回復力の高い治癒魔法、そしてエキストラヒールともなると小さな欠損部分を生やす程の回復力になる。
魔力量と魔力コントロールにも依るが指先程度だったら生えてくる。
マルテは村にいた頃にはすでにエクストラヒールまで習得していたので今更僕が覚えても意味が無いように思えるが、ざっと読んでみてそこまで難しくないのと回復魔法が使える者が多い方が緊急時や分断された時に使えた方が便利なので覚えないという選択は無かった。
エクストラヒールを習得する際の注意点をまとめてみると、ハイヒールに魔力を余分に乗せてもエキストラヒールにはならず再生の術式を組み込むことによって完成するらしい。
試しに再生の術式を組み込み発動させると一発で成功したようでエキストラヒールを習得したと天の声が聞こえてくる。
ヒールを習得する時は何回も術式を組んでは発動せずに無駄な魔力を使いまくったが僕も成長したという事なのだろうか。
他にも簡単な魔法を覚えようとページをめくっていると扉をノックする音が聞こえてきた。
「ノア様、湯あみの準備が整いましたので浴場までお越しください」
扉越しにハルフの声が聞こえ、壁にある備え付けの時計を見ると1刻と少しの時間が経っていたようだ。
僕は魔導書を本棚に戻すと扉を開け、待っていたハルフと共に浴場へと向かう。
浴場に着くとなぜかソラとアルバが下着姿で待っていた。
「あの・・・、もしかして僕の体を洗うとか言い出すんじゃないよね?」
噂話で聞いたことはあるのだが実際自分がされるとかなり恥ずかしい。
自我が芽生える前からやってもらうのが当たり前だったら気にならないだろうが、あいにく父さんと一緒にお風呂に入ることはあるが自分でできるようになってからは自分で体を洗うのが普通になっていたのでできれば遠慮したかった。
「貴族は1人で湯あみいたしません。同性の使用人に洗ってもらうのが常なのですがノア様が嫌と申すのでしたらその意に従います」
相変わらずのポーカーフェイスでハルフは言う。
その言葉を聞いたソラとアルバが悲しそうな顔で俯いたのが見え、僕は深いため息を吐くと了承する事にした。
僕の許しを受け、途端にやる気に満ちる2人。
仕事に意欲があるのは良いことだがハルフを見習ってポーカーフェイスを覚えた方が良い気がする。というか、覚えてほしい。
「ノア様、服を脱がせていきますね」
ソラが僕のワイシャツのボタンを1つ1つ丁寧に解いて行く。
アルバはズボンの紐を解くとパンツごと一気に脱がした。
両手を上げ、ボタンをすべて解いたソラがワイシャツを脱がせやすくし、片足ずつ上げてズボンとパンツを足から取ってもらう。
足を上げた僕の足からズボンを引き抜く際、次いでの様に手際よく靴下もアルバの手によって脱がされた。
ちなみに靴は浴場に入る際に脱いでいる。
にしても他人に服を脱がせてもらうのがこんなにも重労働とは思わなかった。
脱がしてもらうまで不安定な体制で静止していないといけないのでお貴族様は凄いなと尊敬の念が芽生えてくる。
手際よく全裸に剥かれた僕は2人に誘導されて木製の小さな椅子に座らされる。
湯船からお湯を桶で体にかけられ、石鹸を泡立てたアルバによって手で丁寧に磨かれていく。
脇や足の裏を洗われている際、くすぐったくて声を出して笑ってしまったが陰部を洗われる際はあまりの恥ずかしさに早く終わってくれと祈り続けていた。
「ノア様、頭を洗っていきますので目を閉じてください。最初にお湯を掛けます」
ソラの言葉で僕は目を閉じ、息を止める。
温かいお湯が頭から掛けられていく。
絶妙な指さばきで心地よくなっていると、
「お湯を掛けます」
ソラの声が再度聞こえ息を止める。
体の泡もお湯できれいに流すと2人に誘導されて今度は湯船に浸かることとなった。
湯加減は上々、僕がお湯に浸かる際にソラが何か液体を入れていたが良い匂いがするので香油を入れていたのだろう。
「それではノア様、上がるまで外で待っていますので温まりましたらお呼びください」
ずっと2人に洗われている僕を見守っていたハルフの号令で3人は浴場の外へと出て行った。
やっと1人になってほっと息を吐く。
これを毎日やらないといけないのかと思うと憂鬱だが、自分で選択したことだから仕方がないとあきらめよう。
にしてもなんで僕は貴族の様な扱いを受けているのだろう。
第一王子とミモザに呼ばれたノア・ジェロン・キングスレーと言う名とアーサーという同姓の貴族、本物の貴族のノアさんが現れたらここから追い出されるのだろうかと悩むが悩んだところで解決しないので今はお湯の心地よさに身をゆだねることにした。
湯から上がってハルフたちに声を掛けるとタオルで体を拭かれ、どこから持ってきたのか上質な寝間着を着せられていく。
寝間着や下着にはお貴族様の紋章が刺繍されており、もしかしたら貴族のノアさんの持ち物なのではないかと思う。
本当に大丈夫なのかと思いつつもその時はその時だと僕は気にしない事に専念するしかなかった。
上質な布団で眠ったせいか寝つきが悪かった。
太陽も昇らぬうちに目が覚めた僕はベッドに魔導書を持ち込んでハルフたちが起こしに来るのを待つ。
昨日、寝る前に言いつけられていたので自分で着替えて朝食を食べる事は出来ない。
本当に不便だと魔導書を読みながら思っていると自室の扉が誰かに開けられた音が聞こえてくる。
天蓋付きのベッドで今は天幕が閉められているのでベッドから外の様子は見て取れない。
魔導書を読むために聖魔法のライトで明かりをとっているのだがすぐに解除し、魔導書を枕の下に隠して寝たふりをする。
「ノア様、おはようございます」
ソラの声が聞こえてくると天幕が開かれ日の光に目が眩む。
さっきまでライトで光に目が慣れていたと思っていたのだがやはり日光はすさまじい。目を閉じていても眩しいと感じるのだから。
「おはよう。ソラ」
薄らと目を開けるとソラと部屋のカーテンを開けているアルバの姿が見える。
「お着換えしますのでこちらにどうぞお越しください」
クローゼットの前、椅子が置いてある場所を指し示しソラは言う。
素直にベッドから出て椅子に座るとカーテンを開けていたアルバもやって来て2人がかりで寝間着を脱がしていく。
昨日の今日だがすでに少し慣れた僕はいつ支給されたのか知らないがサイズぴったりの学園の制服へと着替えさせられていく。
制服に着替え終えると今度は頭に何か塗られた。
整髪剤の特徴的な香りがするので髪を整えられているのだろう。
「ノア様、終わりました」
手慣れた様子で髪を整えられた僕は自分の姿を見るために姿見の前に移動して自分の姿を確認する。
父さんに似た金髪が七三分けにされ、制服の左胸には寝間着にも付いていた太陽を背負った羽の生えたライオンの紋章が見て取れる。
制服のデザインは寮ごとに違うと聞いていたので金の刺繍が入っているいかにも高価そうなこの制服は貴族の館の生徒の証なのだろう。
ボタンはルビーラビットの魔石を使っているのか魔力の気配がする真っ赤な石が付いていた。
調べてみると護法の魔術が幾重にも施されているようでかなりの値段がする高級品なんじゃないかと思う。
「ノア様、おはようございます。朝食の準備が整っておりますのでダイニングルームにお越しください」
扉をノックしハルフが現れる。
ハルフの案内でダイニングに着くと、昨日の夕食の様に椅子を引いてもらい座る。
今日の朝食は焼きたてのバターロールと木苺のジャム、香草と野菜のスープ、青野菜のサラダに甘酸っぱいドレッシングが添えられていた。
「ノア様、本日の予定は講堂でのレクリエーションの後に昼食を挟んで校内の案内となります。昼食は学園の大食堂で、夜は第一王子主催の晩餐会がございますので一度お部屋に戻る手筈です」
空間魔法にでも入れていたのかそこそこ大きな手帳を手に持ち、僕の今日の予定を読み上げるハルフ。
臨時の使用人をやっているのが不思議なくらいに執事としての仕事が完璧すぎる。
一番安い人を選んだはずだが何か手違いでも起きたのだろうかと心配するほどだ。
後で追加の契約金を請求されたらハルフの優秀さを見るに空間魔法に収納してある魔物の素材を売っても足りない気がする。
朝食をとり終え、玄関に移動した僕たちはハルフの指示でソラが自分の翼とアルバの耳と尻尾を風魔法の一種であるハイドで隠してしまう。
外に出るのだから仕方がないとはいえ2人とも元々整った容姿をしていることもあり、良いとこの坊ちゃんにしか見えない。
これが奴隷だとは誰も思わないだろう。
「あ、そういえば馬車を頼んでおくの忘れてた!」
部屋を出る直前、僕は重大なミスを犯していたことに気づく。
「それでしたら勝手ながらこちらで手配していただきましたのでご心配なく。それよりも学生証を確認した方がよろしいかと思います」
本当に有能だなと感心しつつ、費用はどうしたのかと疑問には思ったが今は学生証に表示される馬車の使用順を確認しないといけない。
1.アーサー・ジェロン・キングスレー
2.ノア・ジェロン・キングスレー
3.サブリナ・クロムウェル
4.ヒース・グウェン
なんと、貴族のノアさんはかなり高位の貴族なのか2番目になっていた。
アーサーさんがすでに館を後にしているので急いで出ないと後の人たちに迷惑が掛かる。
「もう、行けますね・・・」
僕がそう言うとハルフがではまいりましょうと言うので指輪を扉にかざして開けると部屋を出る。
そして、出入り口である扉の前に歩いて行き再び指輪をかざした。
ハルフもソラもアルバもここにいるのに誰が馬車を持ってくるんだと疑問に思っていたがすでに馬車は入り口の前で扉を開けて待っていた。
御者台にはすでに御者が座っており、扉の側には執事の様な若い赤髪の男性が立っていた。
心なしかハルフに似ている気がする。
ハルフ達を引き連れ馬車に近づくと、扉の側に立っていた男性がお辞儀してきた。
「おはようございます。ノア様」
声まで少しハルフに似ている男性に頷き、僕は馬車に乗り込んだ。
豪華絢爛な馬車の外装にまたもや同じ紋章が付いていたがもう気にしても仕方が無いだろう。
ノアさんなんかごめんと心の中で謝りつつ、ハルフ達も一緒の馬車に乗り込んでくる。
赤髪の男性は御者台に座るようで扉を閉めると移動する魔力の気配を感じ、男性が座ったのを確認した御者が馬車をゆっくりと走らせた。