第二話
聖堂の奥、アーチ状の出入り口をくぐるとそこは別世界だった。
真っ暗な空間に幾何学模様が点在している不思議な部屋の中、先ほどの修道女の衣装に身を包んだ女性と他二名、一人は騎士の様な恰好をした壮年の男性、もう一人は全身を覆う純白のローブを着た性別不明の人物が部屋の中央で佇んでいた。
部屋に足を踏み入れるとさっきまで一緒にいたはずのマルテとクレトが急に跡形も無く消えてしまい一瞬焦ったが、魔術の気配はするが悪意は感じないので目の前の人物たちに集中する事にする。
「そなたの希望する学科を述べなさい」
どこかで聞いたことのある様な変声期前の少年の声音で問われ、修道女の衣装の女性と騎士の格好の壮年の男性は微動だにもしていないので純白のローブの人物のものだろうと純白のローブの少年に向き直る。
「魔術学科すべてと戦士学科を希望いたします」
僕の返答に修道女の衣装を纏った女性がどこからか取り出した羊皮紙を開き、魔力で書き込んでいっている。
契約魔術の一種なのか羊皮紙が金色の炎に包まれ燃え尽きると、それに呼応するかのように僕の指にはめられている試験の指輪が一瞬光り、魔法陣が浮かび上がったがすぐに消えた。
「この指輪は学園内の通行手形の役割もありますので常に肌身離さず付けていてくださいね」
女性の忠告に素直にわかりましたと返事をする。
「では次に、そなたが三年間暮らす事になる寮についてなのだが・・・本来ならばこちらで勝手に決めるのが通例、しかしそなたに関しては是非ともと希望する者共が多いこともあり当人に決めさせることとした」
寮に関しては両親は特に何も言っていなかったのでローブの少年が言う通り普通は勝手に割り振られるものなのだろう。
「合格した学科の館全部からと貴族の館、魔族の館、精霊の館、妖精の館から推薦が来ておる。どれにするのだ?」
ローブの少年の言葉に僕は悩んでいた。
どれにすると言われても特に説明も無いので合格した学科から選んだ方が無難だろう。だが、貴族の館がどうしても気になる。
「貴族の館でお願いします」
貴族でもないのに貴族の館ってすっごく目立つだろうなとか、贅沢な部屋に贅沢な食事が食べられるのかという淡い期待のみで貴族の館を選んだ僕の選択にローブの少年以外の二人が驚愕の表情で僕を見ている。
「そう、か・・・」
ローブの少年は純白のローブで顔まで隠しているので表情までは見えないが、何やら嬉しそうな様子だ。
「それではこれで今日からそなたはこの学園の生徒だ。これからよろしく頼むぞ・・・・“ノア・ジェロン・キングスレー”」
僕の足元の魔法陣が光り輝き、どこかに飛ばされるのだろうと身構える。
視界が切り替わる瞬間、ローブのフードを脱いだ少年が微笑みつつ僕の名を呼ぶ。
純白のローブの少年の声に聞き覚えがあるのも納得だ。
なぜなら、どんな小さな村にも設置してある投影の魔石に年に三度、建国祭・生誕祭・年末年始のご挨拶でしか見ることのできない王族の一人、第一王子がそこにはいた。
あまりの衝撃に呆気に取られていた僕だったが、飛ばされた先の絢爛豪華な内装に別の意味で呆けることとなった。
貴重な大粒の魔石がふんだんに使われた大きなシャンデリアに術式が編み込まれた精巧な絨毯、窓にはめ込まれているガラスはどこまでも透明で高級品だと一目でわかる。
さすがは王侯貴族の子息子女が暮らす貴族の館、これでもかと贅の限りを尽くした内装にただただ圧巻されてしまう。
「初めまして、わたくしはミモザと申します。貴方様がノア・ジェロン・キングスレー様でございますか?」
部屋を見渡している僕に豪奢なドレスを身にまとった銀髪の美しい女性がどこからともなく現れ話しかけてきた。
部屋全体を見渡していたし、家具の一つも無く出入口の扉は一つのみ。その扉が開く気配も感じず僕がこの部屋に飛ばされた魔法陣の反応も他の魔術の反応も無いところを見るとこの目の前にいる美しい女性はゴーストの一種なのではないかと思われる。
「初めまして、確かに僕の名前はノアですけど苗字はドラモンドですので他の誰かと勘違いしているのではないでしょうか?」
さっきも第一王子に同じように呼ばれていたけどあの時は王子に対してびっくりしてしまっていたので流していたが今回は訂正する事に成功した。
「それは大変失礼いたしました。ノア・ドラモンド様」
美しい淑女の礼でお辞儀する女性に僕はどうすれば良いのか分からず右往左往してしまう。
「では、ノア様。お部屋までご案内いたしますので付いて来てくださいませ」
足音一つ立てずドアまで近づくとミモザはこちらを振り向き微笑む。
僕は急いでミモザの元へ小走りで近づくと、僕が近づいたのを確認したミモザがドアに手をかざして魔力を込めた。
「この貴族の館の扉はすべて魔術によるロックが掛けられておりますので生徒方は学生証に記載されている権限レベルによって入れる扉と入れない扉がございますのでご了承くださいませ」
僕の指にはめられている指輪を指さしつつ説明してくれるミモザ。
どうやらこの指輪は学生証にもなっている様だ。他にも機能があるのではないかと思うが今は後回しにしておこう。
誰一人としてすれ違うことなく僕は自分に割り振られた部屋の扉前に立っていた。
「それでは、わたくしはこれで失礼いたします。何か入用でございましたらお部屋に入ってすぐ右側の壁にございます通信の魔道具にて臨時の使用人を雇う事が出来ますのでそちらをご利用くださいませ」
貴族の館で暮らす他の子息子女は自分家から連れてきた使用人に身の回りの世話をさせているのだろう。だが、僕の住んでいた村はこの王都から遠く離れた南方の辺境の地、獣王国の国境近くの狩猟が主な財源の小さな村という事もあり自給自足の生活もできるっちゃあできる。
しかし、貴族の館を選択したのは間違いだっただろうか。
指輪を扉にかざし部屋に入った僕は真っ先にそう思ってしまった。
部屋に来るまでいくら使っているのか見当もつかない程無駄な装飾で飾り立てた内装を見ていたので察してはいたが、部屋に取り付けられている家具すべて庶民が一生働いても返せない様な金額ではないかと思う。
そこで問題なのがこの部屋の調度品や家具は借り物という事だ。
傷でも付けようなら弁償するのが道理。他の子息子女には簡単に返せる金額だろうが一般庶民の中でも収入は底辺・・・というか自給自足の生活をしているうちの家族には支払う事は出来ないだろう。
一度決まったものを覆すことは出来ないので自分で稼いで万が一の時に備えるしかないかととりあえず両親に合格の報告と魔族の少女に聞いた話を聞いてみることにした。
扉近くの通信の魔道具を起動し、家の通信の魔道具につなげると魔力が吸われる感覚の後に呼び出し音が鳴り、少しの経ってから父さんの声が聞こえてきた。
「こちら、アルバ・ドラモンド。要件を聞こう」
いつもより硬い口調で父さんが言う。
掛けてきた相手の大まかな位置情報が表示される通信の魔道具なのだが王都からかかって来る事は滅多にないので警戒しているのだろう。
「父さん?僕だよ。ノア」
警戒を解くために自分の名を告げると、
「おぉ!ノアか!通信してきたという事は試験は終了したのか!?」
さっきとは打って変わって嬉しそうな声が聞こえてくる。
「うん、魔術学科は全部受かったよ?あと、戦士学科も受かったからそれも取ったよ」
「そうかそうか。とりあえずおめでとう!次の休みには必ず帰っておいで」
「うん、わかった。ところでさ・・・」
「どうかしたか?」
電話に出たのが父さんで良かったなと思いつつ心を落ち着かせるために深く息を吸う。
「僕って魔族と人間のダブルだったの?」
意を決して告げた僕の言葉に父さんは何か考えているようですぐには返事をくれない。
「父さん?」
もしかしたら父さんも知らない事だったのかもと心配になり呼びかける。
「あ、あぁ・・・そうだな。確かにノア、お前は魔族と人間のダブルだ」
肯定され少しほっとした僕は全身の力が抜けたのかその場に座り込んでしまう。
魔族の特徴は分かりやすい物から分かりにくいものまで多岐に渡るが、両親ともに外見的特徴も魔力的特徴も魔族だと断定できる物が何もないが魔族の少女の言う通り、魔族で聖属性を持つ者はほぼいないので確率的に母さんだろう。
「それで・・・どっち、なの?」
「エリーの方だ・・・今まで黙っていて悪い。だが、少し複雑な理由がある。だから、他言無用で頼む」
「わかったよ。でもそっか、母さんが魔族だったんだね」
予想通りと言えば予想通りの言葉に僕は納得する。
今でこそ魔族に対しての差別は少なくなったが母さんと父さんが若いころにはまだまだ色濃く残っていたのだろう。
これ以上は聞かないで置こうと、軽く世間話をした後に通信を切ると荷物を部屋に置いて僕は町へと繰り出すことにした。
「それにしても困ったな・・・」
僕は自分に割り振られた自室から出るとさっそく迷子になっていた。
そもそも自分がこの建物のどこにいるかもわからない状態で部屋を出たのが悪かった。
だからミモザは臨時の使用人を雇うように遠回しに告げていたのだなと思いつつ、窓から見た景色はかなりの高さがあるように見えたのでとりあえず階段を探すことにしたのは良いが複雑な造りをした建物なのか階段を見つけて下っているにも関わらず窓の外の景色はさっきよりも高くなっている様に思う。
「君、ここで何をしているんだい?」
疲れ果てて階段に腰かけて魔術を使うかどうか考え込んでいると、上の方から声が掛けられる。
振り向き見上げるとメイド服を着た少女を従えた銀髪を短く刈り上げた騎士風の青年が立っているのが見える。
青年は学園の制服に身を包んでおり、学園の生徒なのだろう。
口調は柔らかいが僕の事を警戒しているようで妙な威圧が青年から感じられる。
「本日から貴族の館でお世話になるノアと言います。外に出ようと思ったのですが迷ってしまって困っていたところです」
元騎士の父に貴族に対しての礼儀作法を軽くだが教えてもらっていたのが役にたったのか貴族らしき青年は気分を害した様子は無かった。
「そうか・・・、君は騎士なのかい?そんなに綺麗な敬礼、初めて見たぞ」
面白そうに目を細める青年をそばに控えていた少女が何やら話しかけているが声が小さいのか聞こえなかった。
「付いてこい。外まで案内する」
ゆったりとした動作で階段を下りる青年に礼を述べて付いて行くことにした。
「そういえば俺の名前をまだ言ってなかったな」
青年たちの後を付いて歩いていると急に立ち止まった青年が振り返る。
「俺の名はヒース、ヒース・グウェンだ。学生証を持ってるって事は学園の生徒だろう?何か困りごとがあったら俺に言え」
爽やかな笑みを浮かべる青年に感謝を述べると青年は他の扉よりも華美な扉に指輪をかざした。
扉が指輪と共鳴するように光るとゆっくりと開き、扉の先には外の景色が広がっている。
「各階に出入口があるから次からは学生証を使うように。では、俺はこれで」
去ろうとする青年に最敬礼をし、二人が角を曲がるのを確認した後、僕は扉をくぐって外へ出る。
結構な時間彷徨っていた気がしたが前庭を歩いているときに見えた時計塔の時間は半刻程しか経っていなかった。
クレトとマルテとは特に約束はしていないがある程度近づけば探知で居場所を特定できるので王都が初めてのあの二人も観光はするだろうしどこかで会うことが出来るだろう。
ゲートを潜り僕は石畳の道を真っすぐに進んでいく。
時々馬車が横を通り過ぎるが石畳の道の両側は人為的に造られた雑木林なのか動物の気配が一切しない。
ちまちま歩くのも疲れたので風魔法“浮遊”で一気に繁華街まで向かう事にする。
術式を構築し、体を浮かせると風を操って石畳の道を高速移動する。
もっと高く浮かぶこともできるが風の影響を強く受けるし余計な魔力を消費するのでこうした方が楽なのだ。
歩いて行けば20分程の道のりだっただろう。
僕は10分もしないうちに大通りまでたどり着くことが出来た。
『ノア、やっとつながりましたね』
さっき気になった魔法道具を取り扱っている店を目指して歩いていると、マルテからの念話が頭の中に響く。
『マルテ、今どこにいるの?』
念話しながら歩くと注意散漫になるので邪魔にならない場所まで移動した後、僕はマルテに返事をした。
『今クレトと大通りの喫茶店でお茶を飲んでいます。“兎の角”ってところなので要件が終わりましたら来てください』
『わかったよ。気になるお店が1つあるからそっちに寄ってからすぐ向かう』
念話を終了させた僕は再び目的の店へ向かうことにした。
“宵闇の三日月”と看板がでかでかと掲げられた少し怪しげなたたずまいの店の扉を潜り中へ入ると錬金術で使う独特な薬草の匂いが充満している店内に足を踏み入れる。
「いらっしゃいませー」
店の奥から元気な少女の声が聞こえてくるが目的の物がどこに置いてあるのか確認するために店内を見渡す。
僕の目的の者は少女がいるカウンターの向こう側にあるようで今度は一直線にカウンターに向かった。
「すみません。マンドラゴラとリリーの花弁はありますか?」
魔術師にとっての必需品である魔力回復薬の原料を買いに来たのだが置いてあって良かったと少女に話しかける。
「マンドラゴラとリリーの花弁ですねー。おいくつ必要ですか?」
「5kずつください」
「かしこまりました。合計で銀貨2枚ですね」
財布から金貨を2枚取り出し少女に渡すと、カウンターの向こう側の壁にある引き出しから目的の物を取り出すと魔紙に包んでくれる。
「ありがとうございますー。またどうぞー」
目的の物を買えた僕は魔道具店を出てマルテたちが待つ喫茶店へと急いで向かうことにした。
「やっと来たな!」
“兎の角”は“宵闇の三日月”の目の前だったようでテラス席に座る2人を見つけるとクレトが手を振って来る。
「ごめん。魔力回復薬を切らしてたの思い出して材料を買いたかったんだよ」
椅子に座り注文を取りに来たウエイターのお姉さんに紅茶を頼むと調合用の魔法陣が刺繍されたマットを机の上に広げた。
「魔力回復薬は魔法使いの必需品ですもの。すぐにでも補充したくなるのも仕方がない事です」
コーヒーを一口飲みつつフォローしてくれるマルテ。
マルテは小まめに補充しているのかポーションケースの中身はいっぱいな様だ。
「ノアって抜けてるよなぁ」
果実水を飲みつつ苺のタルトを食べているクレトが僕の肩に片腕を回して来て笑っている。
クレトの腕を振りほどき、僕はさっき買った材料を魔紙から取り出して風魔法で細かく刻むと魔法陣を起動して調合釜を召喚して材料をすべて入れる。
後は自分の魔力と材料を錬成すれば魔力回復薬の完成だ。
「いつ見てもノアの錬金は素晴らしいですね。速さもそうですが他の誰が作ってもこんな高品質の物は出来ませんよ」
錬金術は作り手の魔力と魔力コントロールで錬金物の質が左右されるのだが僕が作る物は高品質の部類に入るらしい。
自分ではどの程度の物なのか判別できないが精霊眼を持つマルテが言うからにはそうなんだろう。
「ところで、ノアはどこの寮に選別されたのですか?ちなみに私は神官寮でした」
嬉しそうに言うマルテにおめでとうと言うと、
「俺は聖騎士寮だったぞ!」
親指を立ててはにかむクレト。
二人とも希望する寮に入れたようで僕まで嬉しくなってくる。
「僕は貴族の館だよ」
「「え!?」」
僕も自分がどこの寮に入ったのか報告をしたのだが、それを聞いた二人が驚愕の表情で固まった。
そりゃそうだ。
貴族の館は貴族の位を持つ者でしか入ることを許されていないのだ。
辺境の村で一緒にそだった二人にとって寝耳に水だろう。
「あの、どうしてそうなったのですか?」
真っ先に我に返ったのはマルテだ。
「なんか、自分が行く寮を選ばしてもらえることになったんだけど、貴族の館も選択可能だったからノリで?選んじゃった」
本当に何も考えずに良い待遇を求めて貴族の館を選んだのは良いけどすでに後悔しかなかった。
「そう・・・、まぁ?良いんじゃないですか?」
何かを察したマルテは眼鏡を正すとカップに残ったコーヒーを一気に飲み干す。
「え?え!?良いのか!?」
クレトは僕とマルテを交互に見やり混乱しているようだったが深いため息を吐くと諦めの表情を浮かべて僕の頭を撫でて来る。
「何かあったら頼れよ!俺らは兄弟みたいなもんだからな」
クレトの言葉に頷き同意するマルテに礼を述べつつ僕たちは午後のティータイムを楽しむことにした。
「では、そろそろ帰りますか」
マルテの号令で僕たちは自分たちの寮へと帰ることになった。
試験日の翌日は朝から予定がてんこ盛りで制服や教科書の支給、学園の説明や案内等のレクリエーションがあるので早めに寝るに限る。
来た時と同じ要領で貴族の館前にやってきた僕はゲートを抜けて館の出入り口を目指して前庭を歩く。
さっきは気づかなかったがここの前庭の草花の配置は魔法陣になっているようで変な配置になっている。
横を馬車が次々に通り過ぎるが僕に興味を示す者がいなくてよかった。
ヒースは良い人だったがこの国の階級制度は絶対のものなので貴族にいちゃもんをつけられた僕には成す術も無くなる。
馬車から館に入る人がいなくなるまで木陰で身を隠そうと貴族の館の玄関から少し離れた木の側まで行くと背中を預けて座る。
これから毎日こんな事になるのも嫌なので馬車と臨時でも使用人を雇った方が良いなと心に決めつつお金が足りるかなと懐にしまっていた財布を取り出す。
さっき銀貨2枚と喫茶店で銅貨1枚使ったから残りは金貨36枚と銀貨8枚、銅貨13枚が財布の中に残っている。
貴族の使う馬車は中古で買うと金貨20枚あれば足りるだろう。
問題は使用人の方だ。
身の回りの世話をしてくれる臨時の使用人は日払いで銀貨1枚、御者は銅貨50枚くらいだろうか。
今まで使用人なんて縁が無かったのでよくわからないがさっき父さんに連絡したときに通信の魔道具を起動した際、そういう風に表示されたのを確認している。
それと、奴隷の項目もあってそっちは日払いではなく奴隷の費用と奴隷紋の費用を払えば衣食住を与えるだけで経費は安くなる様だ。
御者も奴隷を採用すれば臨時の使用人に比べるとかなり安上がりになる。
でも、そうなると問題なのが使用人の教育になるのだが・・・
三年間暮らす寮での生活を考えると奴隷を2名買い、臨時の使用人に教育させて教育出来たら臨時の使用人を解雇するのが最も効率的な方法の様な気がしてきた。
まぁ、とりあえずは部屋に戻らないとどうにもできないんだけどね。
馬車が途切れたのは時計塔の長針が一周ちょっとした後だった。
僕は腰を上げて周りを警戒しつつ館の玄関に向かう。
扉の側まで行くと指輪をかざし、扉が開いたのを確認して急いでくぐる。
館の内部に入り手あたり次第に扉に指輪をかざして自分の部屋を見つけると急いで部屋の中へ入った。
誰にも見つからなくてよかったと内心ほっとしつつ急いで通信の魔道具を起動すると臨時の使用人召喚の項目を選択し条件に合う使用人を選択、1日銀貨1枚なのでとりあえず1月分の銀貨30枚を魔道具の魔法陣に投入していく。
『契約は完了しました。召喚を開始します』
レベルアップやスキルを取得した時に聞こえてくる天の声が聞こえた後、左手の甲に魔法陣が浮かび上がり、僕の側にそれと対を成す魔法陣が現れる。
都会の魔術は凄いなと感心しつつ召喚が終わるのを椅子に座って待っていると、数秒の後にどこから補充したのか魔力が魔法陣に向かって集まり光が人型になって行く。
「ご利用ありがとうございます。本日より30日間お世話になります。ハルフと申します。よろしくお願いいたします」
燕尾服を身にまとった妙齢の男性が深々とお辞儀をする。
「僕はノア、これからよろしくお願いします」
白髪をオールバックにしたオラクルを左目に付けたいかにも仕事ができますという風貌の男性に椅子から立ち上がって自己紹介をする。
この部屋は使用人用の部屋が2部屋とメインルームが1つにダイニングルームとキッチン、バスルームが2つで片方は使用人用なのかシャワールームとトイレの簡易なものだった。片方のバスルームは貴族が使うような豪華絢爛な内装に猫足の湯船まで取り付けられていた。
「自己紹介も済んだところでハルフさんには奴隷の教育をしてもらいたくて雇わせてもらいました。今から召喚するので少々お待ちください」
それだけ言うと通信の魔道具を再び起動して奴隷の項目を選択、条件にあう奴隷を2名見繕うと費用である金貨3枚を魔道具の魔法陣に投入する。
ハルフさんは僕の言いつけ通りに待っているようで壁の花に徹していた。
『契約は完了しました。召喚を開始します』
ハルフを召喚したときの左手の甲の魔法陣が上書きされ、先ほどよりも複雑な魔法陣になる。それと呼応するように地面に2つの魔法陣が現れた。
「ハルフさん、そういえば契約した2名の奴隷の片方には御者の仕事も任せたいと思っているんですけど御者もできますか?」
壁の花になっているハルフさんに話しかけると恭しく頭を垂れた後、
「可能でございます。それと、従者にそのような口調でお話になるのはお勧めできません。特にこの貴族の館内では貴族らしくしていただきませんとノア様の身も危険に晒されますので改めてくださいますようお願いいたします」
と進言してくる。
なるほどと納得した僕はハルフに感謝を述べるとこの貴族の館の注意事項を聞くことにした。
「貴族の館には暗黙の了解がいくつかございます。この貴族の館は5階建ての建物でございますが上階に部屋を持つ者程高位の貴族又は王族が住むことになります。ノア様は5階に部屋をお持ちですので位では上位であるのは間違いございません」
ハルフは何でもない様に言うが庶民である僕が上位貴族又は王族と同じ部屋を与えられていたことに驚きが隠せなかった。
「あの、自分の両親は一般人なので貴族とか関係無いはずなんだけど何か知ってますか?」
父さんに聞き忘れたいたなと今更思い出したが何やら事情を知っているであるハルフに聞くのが手っ取り早い。
「私めが知っている事はノア様は大変高貴な血筋の方としか知らされていません。それ以上の事は存じません」
お役に立てず申し訳ございませんと謝るハルフ大丈夫だと伝えるとさっきの続きを聞くことにした。
「現在5階に住む方々はノア様とヒース・グウェン様、アーサー・ジェロン・キングスレー様、サブリナ・クロムウェル様の4名でございます」
アーサー・ジェロン・キングスレー・・・確か第一王子やミモザが僕をノア・ジェロン・キングスレーと呼んでいたなと思い出し、もしかしたらそのアーサー様の関係者と間違えていたのかなと納得する。
「4階以下に住む子息子女の方々は大食堂の方で朝晩のお食事をとることになっておりますが5階に住む方々は自室に食堂がございますので基本的には自室から出る事はほとんどございません。出入口の使用は上位の位の者からになりますのでご利用前に学生証で確認することをお勧めします」
ハルフの言葉に学生証である指輪の魔法陣を起動すると半透明のウィンドウが現れる。
貴族の館のマップ等の項目もあり、寮内の在室者名簿という欄を選択するとさっきハルフが述べた名前の横に在室と不在と表示されている。
「後気に留めておく事はございませんが、何か不都合がございましたらその都度進言させていただきます」
「うん、ありがとう」
少しはハルフと仲良くなったのかなと思いつつそろそろ召喚が完了するのか光の玉がどんどん大きくなってくる。
ある程度の大きさになった光の玉は人型になると一瞬眩く光ってその後に2人の少年の姿が現れた。
片方は純白の翼を背に生やした線の細い短髪の黒髪に蒼瞳の少年で、もう片方は灰色のつんつん髪の頭頂部付近に犬の様な耳を生やし、お尻から髪の毛と同色のふわふわの尻尾を生やした筋肉質の少年だった。
女性と同じ部屋で過ごすのは家族以外だと少し抵抗があるのと成人していると我が強くて教育するのに弊害があるだろうと思い自分より2歳下の少年を選択したのだ。
「よ、よろしくお願いします。ソラ、です」
純白の翼を生やした少年が緊張した面持ちで自己紹介してくれる。
「アルバ。よろしく」
耳と尻尾を生やした少年は人語が不得意なのか片言で一生懸命に自己紹介してくれた。
「よろしく。僕はノア、今日から君たちの主人だ。それでこっちがハルフ、君たちの教育係だからよろしく頼むよ」
僕が声を掛けるとソラは一瞬びくっとしたが頭を下げて来てアルバは不思議そうに僕を凝視してきた。
「ノア様からご紹介されましたハルフでございます。今日から使用人の教育をさせていただきますのでよろしくお願いします。早速ですがアルバ、そのように主人をぶしつけに凝視するのは頂けません。ご主人様からの言葉を賜ったならばお辞儀をするのが礼儀でございます。それとハル、そのように警戒ばかりしていては無礼になります。少しは心に余裕を持ちなさい」
さっそくのダメ出しにソラは瞳に涙を貯めて今にも泣きだしそうになり、アルバは言葉が理解できないのか不思議そうにハルフを凝視している。
「これは教育し甲斐がありそうでございますね」
ポーカーフェイスを崩さないので何を考えているのか分からないがどうやら嬉しそうな様子のハルフ。
「それよりもなんで2人とも全裸なんだ?」
女性を選択しなくてよかったなと目の前に佇むハルとアルバの姿を見て思う。
2人とも一糸纏わぬ姿で召喚されたので少し驚いている。
「ノア様、奴隷を召喚で買う場合、付属品の項目を選択しませんとこのように全裸で召喚されてしまうのです。通信の魔道具から使用人の衣装が買えると思われますので買われてはいかがでしょうか?」
なるほど・・・そういうものなのかと通信の魔道具に近づくと通販の項目にある使用人の服を選択、奴隷紋を魔法陣にかざして2人にぴったり合う服を注文し銀貨5枚を投入する。
どうでも良いけど奴隷本体の価格よりも服の方が高いってどういうことだ?
生物を召喚する時よりも断然早く地面に現れた魔法陣から梱包された箱が現れる。
その箱をハルフが開けると中にはワイシャツ4つとサスペンダー2つ、ハーフパンツ2つに靴下2つにローファー2つが入っていた。
「それではノア様、二人を清めてまいりますので少々お時間をくださいませ」
失礼いたしますと丁寧なお辞儀をした後、勝手知ったる風にハルフは2人を連れて従業員用の部屋の一つに入って行った。
僕はやることも無いので自室でハルフ達が戻って来るのを待つことにした。
空間魔法に収納しておいた家から持ってきた魔導書を備え付けの本棚に並べていき、家族写真を机の上に飾るとクローゼットに服を収納していく。
本当はハルフ達が来るのを待ってやってもらうのだろうがやることも無いので自分でやってしまった。
清めると言っていたのでもう少し時間がかかるだろうと思い今度は王都に車でに狩った魔物を捌くことにした。