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魔王の孫は冒険者になりたい!  作者: 藤巳 悠
ノア、自分の生い立ちを知る
1/4

第一話

よろしくお願いします!

 人間の国『アンデルド』の王都、この国に住む者たちは15歳になると王都にある学園に通う事を義務付けられている。

 僕の村もその対象内で、僕は同級生のマルテとクレトと共に王都へと入学試験を受けにやってきていた。

 

 見上げるほどに大きな白亜の建物が並ぶ大通りに多種多様の種族が行きかう光景に僕は感動していた。

 つい数日前まで人種しかいない辺境の村に住んでいたこともあり、はたから見れば挙動不審な怪しい子供に見えているだろう。

 「ノア、観光は後にしてさっさと試験会場に行かないと遅れたら試験を受けられなくて村に帰る羽目になりますよ?」

 呆れるマルテの声に僕は我に返る。

 「そうだね。今は試験を優先しないとだ」

 王都に来た目的を思いだし、僕は気を取り直して両親に渡された地図を開くと目的地の建物の位置を確認する。

 「今、俺たちがいるのが正門広場だから、試験会場はこのまま真っすぐ行ったあの建物かな?」

 地図を広げた僕の手元をクレトが覗き込み、僕たちの今の位置を指さした後に目的地の建物に向かって指を動かす。

 大通りを真っすぐに進めばすぐに目的地に辿り着く様でこれなら迷うことは無いだろう。 

 「じゃあ、行きましょうか?」

 マルテに促され、地図を懐に戻すと先導するマルテの後をクレト共に着いて行く。


 村では基本的に物々交換が主流でお店は生活雑貨全般を扱っているお店が一軒だけ、食料は自給自足で賄っていたので大通りの左右に連なっている店に驚きが隠せない。

 魔法道具(マジックアイテム)を取り扱っている店が気になったが試験が終わった後ならいくらでも見て回れるので今は我慢することにした。


 目的地の試験会場は今まで見てきたどの建物よりも豪華で大きな建物だった。

 白亜の壁は宗教的な意味を持つ装飾が彫られており、装飾の所々に魔力の流れを感じるので装飾の中に魔法陣を隠してあるのだろう。注意深く観察してもどれが魔法陣なのか判別できないのでかなり高等な魔術師による作品なのは間違いなかった。

 それにしても僕が気になったのは窓にはめ込まれた色とりどりのステンドグラスだ。

 アンデルドの国境は光の神『ジェロン』、ステンドグラスの絵はすべてジェロン教の聖典に記されている降臨してからアンデルドを興すまでの場面が順番に描かれているのだが、ジェロンがアンデルドの王族を指名する場面のステンドグラスだけがどこにも見当たらなかった。

 まぁ、聖典の中でも特に重要な場面でも無いので無くても不思議な事ではないが僕はあの場面が好きなので少し残念な気持ちになる。

 「すごい。うちの村には絶対に再現できないような建築物だな」

 一人でがっかりしているとクレトが興奮した面持ちでこちらを振り向いたので同意すると、隣のマルテもテンション高くどこがどう美しいとかあのステンドグラスの場面が好きだとか事細かに感想を述べ始めた。

 

 マルテの興奮が治まるのを待ってから僕たちは壁と同じ白亜の大きな扉をくぐり試験会場へと入る。

 中にはすでに何人もの受験者が列を成して待機していて神殿の様な造りの部屋はすでに人であふれかえっていた。

 僕たちは入り口のすぐ脇にある受付に向かい村に送られてきた受験票を試験官に渡すと、受験者全員に渡されている半透明の魔石が付いた指輪を指にはめて列に並ぶように言われ最後尾へと向かう。

 

 「それにしてもまだ試験開始まで時間があるのにもうこんなに人がいるんだな」

 列の最後尾に並ぶとクレトの呟きに僕は周りを見渡す。

 村では見たことが無いような珍しい民族衣装を着た人やいかにも金持ちという風貌の人、騎士の様な鎧姿の人まで多種多様の人がいる。アンデルドは周辺諸国に比べると領土は狭い方なのだが、細長い形をしている事と王都が北の聖王国との国境に位置しているので南側の地域に暮らす者たちは余裕を持って来ているのだろう。

 「そういえば2人はどの学科を受ける予定なの?」

 ふと気になり聞いてみると、

 「私は神官になりたいので聖魔法学科と元素魔法学科を専攻するつもりです」

 とマルテが、

 「俺は聖騎士になりたいから騎士学科と聖魔法学科を専攻するつもりだな」

 とクレトが教えてくれた。

 マルテは聖属性に高い適性を持っているし、魔力量と魔力操作共にアンデルドの王宮魔法師団並みなので納得の選択だ。でも、クレトは聖魔法への適性が低いので聖魔法学科では無く適性のある火属性を学べる元素魔法学科を専攻してルーンナイトになった方が良いのじゃないかと思ったが、自分の専攻したい学科を選択する方が良いだろうと思い何も言わない事にした。

 「ノアはどの学科を受ける予定なんだ?やっぱり魔法学科全部か?」

 そう聞かれ、僕は少し考えこむ。

 魔法学科は適性が無いと専攻できない学科があるのと、魔力を使い切っても自衛できるように物理攻撃できるスキルを得た方が良いと父さんが言っていたのを思い出す。

 「僕は適性のある魔法学科は全部受けるつもりだよ。あと、物理攻撃できる学科を1つ受けようかなって思ってるよ」

 正直に自分の考えを述べると、

 「じゃあ、俺と同じ騎士学科を専攻しないか?」

 そうクレトに誘われた。

 「そうだね、騎士学科だったら攻撃をいなすスキルも教えてもらえるらしいしちょうどいいかも」

 期待に胸を膨らませ、僕たちはその後も他愛もない会話をしつつ、両親に渡された昼食を立ったまま食べて試験が始まるのを待った。

 

 僕たちの後にも続々と受験者がやってきて最後尾の受験者が扉の外まで列を成した頃、試験会場の奥から受験開始の声がかる。

 「これから一人ずつ試験を受けてもらいます。第一の試練は魔法陣に乗って魔力量・魔法適正・身体能力を計測しますので順番が来るまでおとなしくなっていてくださいね」

 建物内に女性の声が響き、一番最初に並んでいた少女がその女性の誘導で魔法陣の上に乗るのが見える。

 一瞬魔法陣が光ると近くに待機していた数人の試験官が手元にある書類に何やら書き込み、それを確認した誘導役の女性が少女を奥の扉に通らせ次の人を魔法陣に案内した。

 「なんか、緊張するな・・・」

 クレトがこわばった顔で次々に試験を受けている受験生を見やり言う。

 確かに、試験が始まればなんてことは無いが試験前の待ち時間は何故か不安と緊張で押しつぶされそうなそんな圧迫感を感じるのは、僕も無表情だがマルテも同じだろう。

 両親の話では最初に計測をしたら魔物に似せたかかしを攻撃する実技試験を受けた後、軽い筆記試験があると聞いているのでまだまだ先は長そうだ。

 でも、この試験で落ちる人は絶対にいないらしい。

 それがせめてもの救いだなと少し落ち着いた頃、前の方が騒がしくなった。

 「何?何かあったの?」

 目を閉じて深呼吸していた僕には見えてなかったが、ずっと試験の様子を凝視していたであろうクレトに視線をやるとひどく驚いた様子で教えてくれた。

 「竜人族が魔法陣に乗ったら魔法陣にひびが入ったんだ」

 魔法陣にひびが入るって事は、その受験者は測定可能な数値を超えた能力を持っているという事だ。

 「でも、竜人族だから当たり前ですよ。ほら、試験官の方々は驚いた様子も無く魔法陣の修復をしていますし」

 マルテの言う通り、試験官は誰一人動じることも無く魔法陣の修復を終えると次の受験者の計測に移っている。

 「やっぱり、竜人族ってすごいな。他の異種族もそれぞれ人間より優れた所があるんだよね?人間の僕たちには到底かなわないな・・・」

 顔を引きつらせ、僕はため息を吐く。

 村の中では両親のおかげで魔力量は多い方だが人種の魔力量なんて他の種族からしたら微々たるものだ。

 「うふふ、そう悲観することも無いわ。人種の少年」

 竜人族に生まれたかったと落ち込んでいると急に背後から声を掛けられそちらを見る。

 「あなた、人種なのに魔力量だけを見れば私と同じくらいか多いくらいだもの」

 そこにいたのは漆黒の髪に赤い瞳を持つ真っ黒なドレスを着た少女だった。

 「それにしても、あなた本当に人種なのかしら?なぜかしら、私たちと同じ匂いがするのは気のせいかしら?」

 僕を上から下まで見た少女が顎に手を当てて考え込むしぐさをする。

 少女の持つ独特の雰囲気と近くにいただけでもかなりの圧迫感を感じるこの感じ、この少女は魔族なのだろう。

 「同じ匂いが何かわからないけど、僕の両親は人種で間違いないから僕も人種のはずだよ?貴方は魔族なの?」

 考え込んでいた少女に声を掛けると面白そうに唇の端を上げ、赤い瞳を光らせた。

 「あら?なんでばれたのかしら?」

 白々しくそういう少女だが、見た目からして魔族ってのはばればれだと思う。

 「だって、黒髪に赤い瞳を持っていて近くにいるだけで圧迫感を感じるほどの魔力量を持つ者が人種なはずないもん」

 僕がそう言うと、

 「それなら貴方も人種ではないんじゃないかしら?巧妙に隠しているつもりでも私と同じ匂いがするわ。それに、私は今隠匿の魔術を発動させているから他の人には人種に見えているはずよ。それを見破ったことも興味深いわ」

 少女の言葉に驚き、マルテとクレトの表情を窺う。

 「俺には普通に人種の少女に見えてたぞ」

 とクレトが、

 「私も同じです。ですからノアが魔族と言わなければ気づきませんでした」

 とマルテが答えてくれた。

 「え?じゃあ、何で・・・」

 二人から視線を少女に戻し、その真っ赤な瞳を凝視する。

 「どうやら、貴方は魔族と人種のダブルみたいね。魔族には聖属性を持つ者は絶対にいないもの」

 真っ赤な瞳を細めて面白そうに少女は言う。

 「そ、それはあり得ない!でももし、それが本当の話なら両親のどっちかが僕の本当の親じゃないってことじゃないか!」

 感情的に少女に怒鳴ると、

 「それか、幻惑魔法で人種の両親に自分の子供を育てるように仕向けたのか、よね」

 なおも面白そうに少女は言った。

 「あなたが魔族の血を受け継いでいることは確実よ。だから試験官にちゃんと人種と魔族のダブルって言いなさいな。あと、先に進んで頂戴」

 感情的になっていてクレトとマルテが結構先に進んでいるのに気づいていなかった。

 僕は二人のもとに急いで向かい、後ろを着いてくる少女にまた向き合う。

 「仮に貴方のいう事が正しいとして、本当に今まで僕を育てていた両親は本当の両親じゃなかったの?」

 魔族の血を受け継いでいるというのは悪い話じゃない。だが、今まで僕を育てていた両親が実の両親じゃないかもという話は信じたくなかった。

 「そういう可能性もある、という話よ。魔族は隠匿の魔術が得意だから両親のどちらかが魔族って可能性もあるわね」

 少女のその言葉に俺は考え込む。

 父さんは元々、王都で聖騎士をしていたという話を両親に聞いたことがあるので可能性があるのは母さんだ。

 「どうしても気になるんだったらあなたの両親に直接聞いてみればどうかしら?第三者の私にはそこら辺は分からないわ」

 「確かにそうだね・・・試験が終わったら聞いてみる・・・」

 後で連絡用の魔道具で連絡を取ることを決意し、僕は試験に集中することにした。

 

 自分の番が来るまで後ろにいる少女の事は忘れて静かに待っていると、目の前に並んでいたマルテの番がやってきた。

 「マルテ、がんばれ!」

 クレトがマルテを激励し、マルテは頷くと試験官の誘導で魔法陣の上に乗った。

 一瞬光り、試験官が紙に何か書き込んだ後、マルテは試験官の案内で奥の扉をくぐって行く。

 「じゃあ、俺も行ってくるな」

 「頑張って」

 クレトも僕に声を掛けてから魔法陣に乗り、マルテと同じように試験官が紙に書き込むのを待ってから奥の扉へと入って行った。

 「次の方、種族と年齢、名前を教えてください」

 案内役の女性に声を掛けられつつ魔法陣の上に案内される。

 僕は先ほどの少女の言葉を思い出し、

 「人種と魔族のダブルです。10歳、ノア」

 と言うと試験官たちがそれを紙に書き込み、案内役の女性が魔法陣を起動させる。

 女性が魔法陣を起動させると足元から微弱な魔力が体を駆け巡る気持ちの悪い感覚がした後、眩い光と共に魔法陣にひびが入り砕け散ってしまった。

 それを見た試験官も列を成している受験生もひどく驚いた表情をしていて、僕は何が起きたのか分からずにただ呆けることしかできなかった。

 ただ一人、魔族の少女だけが面白そうに眼を細めて僕を見ている。

 「そ、測定不能・・・ですね・・・」

 試験官の一人がそう呟き、案内役の女性が近づいてきて奥の扉に案内してくれる。

 「あの、測定不能なのに試験を続行しても良いんでしょうか?」

 心配になり聞いてみると、

 「正確な数値は分かりませんけれど、問題はないです。ただ、かなり特殊な状況ですので試験が終わった後に少し話し合いが行われる可能はありますね・・・」

 女性が困ったように頬に手を当ててため息を吐いた。

 「そう、なんですね・・・」

 不安で胸がいっぱいだったがいつまでもここで立ち止まっているわけにもいかないので扉を開けて入っていく。

 

 扉の内部は真っ白な小さな部屋だった。

 中央に真っ黒な大柄の犬の様な姿をした一体のかかしが置いてあり、壁際に3人の試験官が待機している。

 「では、このかかしを破壊してください」

 3人の内の一人が開始の合図を出したので僕は試しに一番威力の低い基本魔法のファイアーボールを撃ってどの程度のかかしなのか確認することにした。

 指先から小さな火の玉をかかしに向かって撃ちだすと、火の玉が命中したかかしはあっけなく崩れ去り、後には塵一つ残さずに消えてしまう。

 全員が合格するというのでこの程度でも壊れてしまうんだと拍子抜けしてしまう。

 「結構です。奥の扉から次の試験を受けてください」

 試験官が淡々とした口調で入ってきた扉の真正面にある別の扉を指さした。

 僕は真っすぐ部屋を横切り、扉を開けると後ろの方から視線を感じ振り返る。壁際に立っている3人の試験官が目を血走らせ僕の事を凝視していて、気味が悪く急いで扉を閉めると細長い廊下に出た。

 さっきの試験官たちの事はさっさと忘れようと思いながら真っ白な細長い廊下を進むと、入ってきた扉と同じような扉を開けて次の試験会場へと入って行く。

 部屋の中では先に試験を受けていた受験生が整然と並べられた一人掛けの椅子に座り、机に向かって試験を受けているのが見えた。

 クレトとマルテもペンを動かし問題を解いていて、終わった人は手をあげて試験官に試験用紙を渡すと奥の扉から出て行っている様だ。

 なんの説明も無いが僕は空いている席に座り、机の上で裏返しに置いてある紙をひっくり返した。

 そこには5つの問題が書かれていて、同じく机の上に置いてあったペンで問題を解いていく。

 

 問題自体は簡単で直ぐに解けたので手を挙げると直ぐに試験官がやってきたので用紙を渡すと、僕は奥の扉を目指して歩いて行く。

 マルテはもうすでに解き終わっているのかいなかったが、クレトは難しい顔をしてまだ問題を解いていた。

 試験中なので声を掛けることなく、扉に手をかけて開けると様々な春の花々が咲き乱れる美しい中庭に出た。

 「ノア、こっちです」

 マルテの声が聞こえそちらに視線をやると、さっき受付のあった大聖堂と建築様式が全く違う木造の聖堂に長椅子がたくさん並んでいるのが見える。

 そのうちの一つにマルテが座っていて、僕はマルテの隣に腰を下ろした。

 「クレトはまだ筆記試験が終わってないのですか?」

 「うん、まだ解いていたよ」

 僕の返事を聞いたマルテがため息を吐く。

 「筆記試験でつまずいてしまうようでは魔法学科を専攻する事は出来ないかもしれませんね・・・」

 聖魔法学科を専攻したいと言っていたクレトの言葉を思い出し、僕もため息を吐いた。

 「でも、聖魔法だったら何とかなるんじゃない?」

 聖魔法と闇魔法は他の火・水・風・土の属性とは違い、聖は信仰で闇は邪念を込めることで発動する魔法もあるので専攻できなくも無い。

 「そうですね。クレトが聖魔法を専攻したいのは聖騎士になりたいかららしいですし、専攻できれば良いと思っているのでしょう」

 村にいた時にも魔力の扱いが一番下手だったもんなと思い出していると、

 「どうにか解けたぞ!」

 クレトが背後から声を掛けてきた。

 「それで?自信の方はどうなんでしょうか?」

 眼鏡を正し、クレトに厳しい視線を向けるマルテに、

 「たぶん、大丈夫だ」

 と能天気にクレトは言った。

 「だと良いですけど・・・」

 ため息を吐きつつ、打つ手なしという表情でマルテは言う。

 「でも、また待ち時間かぁ・・・俺、この時間が一番嫌なんだよな」

 そんなマルテを無視して僕の隣に腰かけたクレトは文句を言う。

 専攻可能な学科を教えてくれるのは受験生全員が試験を終えた後らしく、全員が試験を終えてこの講堂に着くとそれぞれが持っている魔石に専攻可能な学科が浮かび上がるという仕様らしい。

 「確かに受ける前と発表前はひどく緊張するもんね」

 相槌を打ちつつ周りを見渡すと、受験生のほとんどは緊張した面持ちで他の人の試験が終わるのを待っているのだがその中でも例の竜人族の少年が目立っていた。

 竜人族という名の通りに逞しい腕や腰に魚の様な鱗が生えており、少し離れたここまでも彼の魔力の波動がしっかりと感じ取れることが出来た。

 「あれが竜人族かぁ、昼寝してるしすごい余裕そうだな・・・」

 自分と比べているのかクレトがため息を吐く。

 「気にするだけ無駄だと思うわよ」

 急に背後から声が聞こえ、急いで振り向くとそこには先ほどの魔族の少女が立っていた。

 「ありがとよ。魔族の嬢ちゃん」

 クレトが礼を述べると、

 「嬢ちゃんはよしてちょうだい。年齢は一緒なのだから」

 無表情でそう言うと俺たちの後ろの席に腰を掛けた。

 「そうそう、さっきはすごかったわね。ダブルは二つの種族の良いところを引き継いで強大な力を持つ個体も出るとは聞いていたけれどあれほどまでとは感心したわ」

 少女の声に反応したのはクレトだ。

 「え!?俺たちが先に試験を受けた後に何があったんだ?」

 マルテも興味があるようで表情には出さないが少女を振り返って見つめている。

 「魔法陣を破壊し、かかしを低級の魔術で一撃破壊、筆記試験では難なく問題を解き史上最速で試験を終わらせたのよ」

 唇の端を上げて言う少女の言葉にクレトとマルテが驚愕に目を見開いている。

 そして、俺に視線を向けてきた。

 「魔法陣は予想外だったし、かかしは試しに撃った魔法で崩れたからなぁ・・・筆記試験は両親に習った場所がピンポイントで出たから解きやすかったし」

 正直言うと拍子抜けするような試験だったがクレトとマルテの様子を見ると、それなりの難易度の試験だったようだ。

 それにしてもなぜこの魔族の少女は僕がどのように試験を受けたのか知っているのだろうかと思ったが何か魔術を使ったとしか考えようが無かった。

 「はぁ・・・さすがノアだよ・・・俺には真似できねぇ」

 ため息を吐き、うなだれるクレトの背中を撫でて慰める。

 「それよりも、私はノアが魔族と人種のダブルという方が気になります。叔父さんも叔母さんもどちらも人種だと思いますし」

 マルテの言う通りだ。

 僕も今まで自分が人間じゃないと思ったことは一度も無かったのだから。

 「さっきもその子に言ったけれど、第三者の私には本物の両親かなんてわからないわ。実際に会えば答えることもできるでしょうけどね」

 困ったように口元に人差し指を当て、魔族の少女は言う。

 「その話は試験が終わってから父さんと母さんに確認をとるから気にしないで」

 マルテに向かって微笑むと、

 「そうですか・・・出来れば結果を教えてくれると嬉しいです」

 眼鏡を正し、マルテは心配そうに僕を見る。

 僕がファザコン・マザコンなのは村では有名な話だ。特に父さんの仕事が無い日だとずっと離れずに一緒にいるくらい好きなんだ。

 そんな両親が片方かそれとも両方なのかは分からない。実の親じゃないと言われてしまったら僕はどうするのだろう。

 「うん、必ず教えるよ」

 滅入りそうな気持ちを奮い立たせて気にしてない風に言うと、僕の返答に満足したのかマルテは微笑んだ。


 どんどん聖堂に受験生が入って来て、人々の熱気で少し温度が上がったような気がする。

 受験生は皆同い年のはずだけど、種族の差なのかどう見ても子供でしょ?という見た目の子や逆に大きすぎて浪人してるんじゃないのと思える子もいる。

 試験に落ちる子はほぼいないので浪人なんていないはずだけど、本当に多種多様な種族がいるので色んな意味で面白い。

 「皆さま試験、お疲れさまでした。それでは今から結果を発表いたします。手続きはこの聖堂奥で行いますので結果を確認いたしましたらお進みくださいませ」

 煌びやかなステンドグラスの前、修道女の衣装に身を包んだ女性が良く通る声で言った。

 女性の声のすぐ後にそれぞれが持つ指輪が眩く光り、あまりの光量に目が眩んでしまう。

 光が治まり目を開けて自分の指にはまっている指輪に視線を落とすと、指輪の宝石部分から文字が浮かび上がっていた。

 『元素魔法学科(火)(水)(土)(風)、聖魔法学科、闇魔法学科、錬金術学科、魔道具学科、召喚術学科、特殊魔法学科、騎士学科、戦士学科、弓術学科、柔術学科』

 確認し、僕はほっと胸を撫でおろす。

 「うぉぉぉぉぉぉ」

 隣から雄たけびが聞こえ視線をやると、涙を流して膝から崩れ落ちているクレトの姿があった。

 そんなクレトを冷ややかな視線を向けつつも上機嫌そうなマルテを見ると二人とも希望の学科を専攻することが出来るのだろう。

 「ノアはどうでした?」

 クレトから視線を僕に移したマルテに声を掛けられ、

 「魔法系学科は全部専攻できるよ。あとは騎士学科、戦士学科、弓術学科、柔術学科のどれか物理学科の一つを専攻しようかと思ってるんだけどまだ決めかねてるんだよね」

 そうそうに学びたい学科を決めた受験者は聖堂の奥へと消えていき、聖堂内にいる受験者の数はどんどん減って行っている。

 「やっぱ、俺と同じ騎士学科にすればいいんじゃないか?」

 上機嫌に肩を組んでくるクレトの顔を凝視し逡巡する。

 確かに騎士学科は有用なスキルを多く学べるが、騎士のスキルは魔法職と相性が悪い物が多く扱いずらい。それを踏まえると柔術も同じ理由で除外できる。

 だから僕は戦士か弓術のどちらかで迷っていた。

 「クレトには悪いけど騎士のスキルは魔法との相性が悪いから戦士か弓術のどちらかを専攻しようと思ってるんだ」

 申し訳なさそうにクレトに伝えるとあからさまに落ち込み俺を後ろから抱きしめ肩に顎を乗せて来る。

 「別にいいさ。でも、パーティーはもちろん一緒に組んでくれるよな?」

 不貞腐れたように言うクレトの頭を撫で、

 「うん、もちろんだよ」

 と僕は言う。

 それにしても困った。

 戦士学科を専攻すれば魔法剣士としてバランス良く戦えるが、弓術学科を専攻して弓に魔法を乗せることで魔力の消費を節約することも出来る。

 マルテは純粋な魔法職だがクレトは聖魔法と騎士学科を専攻するから前衛は固いはずだ。

 そうなると弓術学科を専攻した方が良いのだが僕も男の子だ。剣を持って勇ましく魔物と戦いたい。

 父さんの様にーーー

 という事で答えは最初から決まっていたようだ。

 「二人はもう決まってるんでしょ?そろそろ行かないともう受験者のほとんどは手続きを終えてるみたいだよ」

 周りを見渡すと聖堂内には僕たちを除き数名しかとどまっていなかった。

 「そうですね。では、参りましょうか」

 マルテを先導に僕たちは期待に胸を膨らませて聖堂の奥へと足を進めた。

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