思い出のハンバーグ
弟達とキヨさんと久しぶりに外食に行く事にした。
何回か両親に連れて来てもらったことのあるそこで、直之にハンバーグを進める。
直之は母のハンバーグが好きだった。
俺が養子に貰われてすぐに、母が俺にハンバーグを作ってくれた。
俺も懐かしい出来事を思い出す。
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目の前に出されたそれは、炭のように黒く、焦げた臭いがした。
母はニコニコと笑い、周りには使用人――。
「………」
俺はピンと来た。これは毒だ、と…。
実際、京都の家でもそれらしい事はあった。じわりじわりと、何事も無いように見せかけて…
あの苦しかった状況を鮮明に思い出し、背中から冷や汗が滝のように流れる…。
しかし、使用人に囲まれたこの状況。逃げ場はない。
(…元々、死に場所が東京に変わっただけだ)
俺は意を決して、その黒い塊にナイフを入れる。
すると、途端に中から真っ赤な汁が溢れ出て来た。
「きゃー!!」
母が叫ぶ。
「ほら、お嬢様!言わんこっちゃない!こんなの食べられませんよ!!」
まだ若いキヨさんが母に言う。
俺は何が起こったか分からず固まってしまった。
「ご、ごめんね。結ちゃん。」
なぜか謝られる。毒殺ではないのか?
「結仁坊っちゃん、許して差し上げて下さいませ。お嬢様は初めて台所に立ったのです。“子供はハンバーグが好きでしょ”と決めつけて」
状況が掴めず母の手を見ると至るところに絆創膏が貼られていた。
――この使用人が山ほどいる家のお嬢様が…。
(俺の為に無理して作って頂いたんだろうか…)
なれない環境に驚き、動けずにいる。
俺にそんな事をする義理はないはずだ。
「結ちゃんがうちに来てから、全然笑わないから…喜んでもらいたかったの。」
シュンとした母が言う。
(なぜ?俺が笑おうが笑わまいが喜ぼうが、この人には関係ないのに…)
無表情で母の顔を見る。
俺は人の顔色を見るのが得意だ。誰が敵で、誰が味方か。それがわからないと生きていけない。京都の家で叩き込まれた感覚だ。
(この人は本当に落ち込んでいる嘘を言っていない)
炭のようなハンバーグを見る。
産まれて初めて味わう感情があった。
「せっかくですので、頂きます。」
とにかく、食べようと思った。これに手を付けない訳にはいかない。
そう思った。
「ダメダメ!結ちゃん、お腹壊しちゃうから!」
母が止める。
「それでは、焦げている所を落として、もう一度焼き直しましょう。」
キヨさんが提案し、そうすることになった。
以来、母は飽きるほどハンバーグを作ってくれた。段々と上手くなるそれに感謝が沸き起こる。
直之が産まれ、食べれるようになった頃には、もうプロのような腕前だった。
直くんの思い出のハンバーグ。
直くんとももちゃんの本編 「申し訳無さと懐かしさと。」に出てきていますヽ(*´∀`)ノ