弟、直くんの誕生
子供がいなかったから貰われて来た偽りの長男の俺は、二人に待望の第一子、直之という本物の長男が誕生した時点で用無しとなる。
俺は当時10歳。三井に貰われて、養子となって5年。
会長との約束で、8歳からイギリスに留学していた。母の友人の家というホームステイ先は母との縁が切れたらいることは出来ないだろう。
日本に戻って施設に入るか…なんとかこのままイギリスで生活はできないか…色々と考えたが、10歳の子供が一人で生きていくのは中々難しい。
そんな事を考えていたのに両親からの言葉は予想を裏切る答えだった。
「ねぇ、結ちゃん。この子のお兄ちゃんになってくれる?」
直之が産まれたにも関わらず、母にはそんな事を言われる。俺は言葉の意味を理解出来なかった。
小さい時からいつも人を疑って生きてきた。その笑顔の裏にどれほどの憎悪がひしめいているのか…世の中とは、人間とはそういうものだと、常に思ってきた。
両親は変わらず俺を長男として亡くなる最後の一日まで育ててくれたというのに。
当時の俺は、己の役割として亡き会長と両親の意志を継ぎ、会社をでかく、もっと大きく、日本のトップ企業に成長させる。それだけを考えていた。
――俺の生きる意味は、…それだけだった。
直之が成長し貴将が産まれ、俺は疎外感に苛まれる。両親と子供二人。
そこには…俺が、どんなに望んでも手に入らない
――暖かい家庭があった。
直之と貴将が羨ましくて仕方ない。自分にも父がほしい、母がほしい。
いつ死んでも惜しくないと、常に一人でいることを受け入れていたのに…三井の両親が俺に優しく接してくれた事で自分は欲深くなったようだ。自分を律さないと。
なるべく邪魔せず、ただ会社の跡継ぎとして役割を全うしよう。
幸せな家庭を壊すことのないように…
…当時はいつもそんな事を考えていた。