異変
のんびりとしたバルコスの谷間では、いつもの様に畑仕事をする人々や羊飼いの姿が所々に見えていた。
しかしその異変は突然起こった。
バルコスのあらゆる場所から光の玉が集まり、一方向へ向かって飛んで行ったのだ。
見える者達はその異変に一早く気付き、何事だろうと後を追う。
光の玉はバルコスにいる妖精達だったから。
異変の報せを受けて、侍従が大公の執務室へ飛び込んで来た。
「大公様、大変です!おかしな事が起きています!」
「お菓子な事?はて?きょうのおやつに何か問題でも?」
「そんなベタなボケはいりません!とにかく大変な事が起きているんです!妖精を見る事が出来る者達が、こぞって妖精に異変が起きていると言っているんです!」
「妖精に異変?それは一体どんな異変なのだ?はよーせー(妖精)なんつって」
「ハァーめんどくさっ!面倒臭いです大公様!彼等が言うには、妖精が一斉に集まって谷に向かっているとの事です。大きな光の玉に見えるとも言っていました」
「ドミニクもレイリアもいなくて寂しいから、構って欲しいのだ。ちょっとくらい付き合ってくれてもいいだろ?で、谷だと?谷のどの辺りに向かっているのだ?」
「分かりません。今見える者達が追っている所ですが」
「バルコスは妖精信仰の国だ。その妖精に異変が起きているとなると、これは一大事だぞ!私も谷へ向かわねばならんな。すぐに支度をしてくれ」
「はい!」
侍従は支度に取り掛かり、お供に妖精を見る事が出来る兵を3人用意した。
大公は久しぶりに馬に跨り、谷へと向かって走らせた。
途中で見える者達と合流すると、皆同じ方向を指差してその場所を口にしている。
「大公様、光の玉はあそこへ入って行きました。例の崩落で見付かった、金鉱脈のある洞窟です」
「金鉱脈だと!?なぜそんな所に?」
「分かりません。我々は姫さんみたいに話したり呼んだりは出来ませんので」
「フム。確かにそんな事が出来るのはレイリアだけではあるが。しかしなぜ突然こんな事が起こったのだろう‥?誰か洞窟まで行って確認して来てくれないか?」
「それでは私が行って参りましょう。大公様はこちらでお待ち下さい」
見える兵の内1人が名乗り出た。
「足場が悪いので、俺が案内しますよ。俺なら谷の事は知り尽くしてるんで。なぁに、大公様心配いりませんって。きっとお祭りみたいな物でしょう」
そう言って同行してくれる事になったのは、金鉱脈の発見者で石工のベルナルドだった。
バルコスの谷は岩だらけで、石工は材料を切り出す為日々足を運んでいる。
その為ベルナルドはここにいる誰よりも、谷の事を良く知っているのだ。
「すまんな。頼まれてくれるか?何もなければそれで良いのだが‥‥」
「心配いりませんって。待ってて下さい」
ベルナルドは明るく言って兵と共に向かったが、大公は妙な胸騒ぎがして落ち着かなかった。
暫く待っていると見える者達が急に騒ぎ始めて、皆が色々な方向を指差しては叫び出した。
「あ、あっちにも!」
「あそこもだ!」
「えっ?どういう事だ?今までこんな消え方無かったぞ!」
大公には見えないので、見える者達に何が起こっているのか尋ねてみた。
「おかしいんです。妖精達が洞窟から散らばって、粉々になるみたいに消えてしまうんです!」
「粉々?すまんが詳しく話してくれないか?残念ながら私には妖精が見えんからの」
「あのですね、いつもだったら光の玉がパッと現れてパッと消えるんです。ところが今は光の玉が粉みたいにバラバラに散らばって、消えていくんです。こんなの見たのは初めてですよ。なんだかおかしいですよこれは!」
大公はそれを聞いて考え込んだが、その間にも次々と光は粉になって消えていくと言う。
ついに光が洞窟から現れなくなると、皆落ち着かずザワザワと騒ぎ始める。
「まあ、皆悪い方へ考えず、彼等の帰りを待とうではないか。どうなっているのか聞かない事には、判断のしようが無いからの」
大公にそう言われて、全員は不安な顔で兵とベルナルドを待っていた。
全ての光が消えて暫く後、ベルナルド達は足早に戻って来た。
歩き慣れているベルナルドは、兵より一足早く大公の元へ到着した。
「大公様、落ち着いて聞いて下さいよ。信じられない事が起こりました!」
「いや、私ほど冷静な人間はいないぞ。何を聞いても動じぬから話してくれ」
「本当ですか?それじゃあ話しますね。洞窟の金鉱脈が消えたんです。綺麗さっぱり無くなってしまいました!」
「な、なんだって!!ほ、本当なのか?」
「今動じないって言ったばっかじゃないですか。嘘じゃありませんよ!なんてったって俺は石の専門家ですからね。鉱脈なんか見りゃ分かります。ただの氷穴になってしまいました」
「こ、これが動じずにいられるものか!そんな‥!!それじゃあレイリアが‥‥!!とにかく、私は戻らねばならぬ!皆も一旦戻ってくれ!!」
そう言うと大公は大慌てで戻って行く。
何も知らない民達は大公の慌てぶりにポカンとしていたが、彼等は金が無くなった事よりも、妖精がいなくなった事の方が重大だと思っていた。
城に戻った大公は、大急ぎで手紙を書くと、ブラガンサ領に使者を向かわせた。
ブラガンサの鳥を使って、オセアノ王宮へ手紙を送る為だ。
金鉱脈が無くなったという事は、考えたくないがレイリアが‥レイリアが死を迎えたという事ではないのか‥‥?
私の娘の身に‥一体何が起きたというのだ‥‥
大公は青ざめながらレイリアの身を案じて、ウロウロと執務室を歩いていた。
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