邂逅
人数で勝っているものの、中々レイリアのいる部屋へ近付けないのは、後から合流したリカルド達の仲間の中に、鞭を使う男がいたからだった。
この男の振るう鞭は、まるで生き物の様に自由自在に変化をし、迂闊に近付く事が出来ない。
ジリジリと睨み合う両者の間で、痺れを切らした隊長は力技で押し切る事にした。
部屋の隅に置いてあった長方形の分厚い木の板で出来たテーブルを、フンッと鼻息荒く持ち上げてブンブン振り回したのだ。
隊員もリカルド達もこれには怯み、ワラワラと外へ飛び出して行く。
慌ててレイリアのいる部屋へ向かおうとしたリカルドだったが、その前にドミニクが立ちはだかった。
「ルイス!エド!ここは私が相手をするから、レイリアを頼む!」
「「はい!」」
まだテーブルを振り回している隊長の横を通って、ルイスとエドゥアルドはレイリアのいる部屋へ入って行った。
そこへ駆け付けたシモンが部屋の入口を守る様に立つ。
チッと舌打ちをしながらルイスを目で追うリカルドの鼻先に、ドミニクは剣先を突き付けた。
「よそ見をしている暇は無いぞ!お前の相手はこの僕だ!」
リカルドはニヤリと笑うと、ドミニクの剣を避けながらジリジリと外へと移動して行く。
「お手並み拝見といきましょうか。貴方とは一度本気でやり合ってみたいと思っていたんですよ」
ドミニクも口の端を上げて
「それは光栄だな。負けるつもりは毛頭ない。本気でやらせて貰うよ」
と言ってリカルドに続き外へ出て行った。
扉の外から駆け込んで来たルイスの後ろに、いる筈が無いと思っていた人の姿を見たレイリアは、驚きのあまり言葉を失った。
「リア!ああ、無事で良かった!!」
エドゥアルドは真っ直ぐレイリアに駆け寄って、レイリアの手を握り締めた。
「えっ!?えっ?えーと兄さんの従者だよね君?どういう事?」
ルイスはエドゥアルドの行動が分からず困惑している。
「説明は後だブラガンサ殿。今は一刻も早くリアを逃さねばならない。リア?大丈夫かい?怪我は無い?」
ギュッと握った手から伝わってくる体温に、レイリアは今目の前にいる人が本物なのだと実感した。
「‥‥大丈夫な訳、大丈夫な訳ないじゃない!どうしてこんな危険を冒して、こんな所にまで来たの?」
レイリアの目からポロポロと涙が溢れ落ちる。
それをエドゥアルドはそっとすくって、頰を優しく撫でた。
「ごめんねリア。遅くなった上に余計な心配をさせたね。どうしても君を救いに来たかったんだ。ねえリア、泣かないで。後でいくらでも小言は聞くから、今はここから早く逃げよう」
グスグスと鼻をすするレイリアに、エドゥアルドはハンカチを取り出すと、レイリアの鼻に当てた。
レイリアはチーンと鼻をかんでいる。
それを見ていたルイスは、更に困惑しながら問いかけた。
「あーえっと、レイリア、君らの関係は後で聞くとして、こちらの令嬢はどうしたんだい?それに君達なんで男装してるの?」
「あ!そうよ、ごめんねイネス!ルイス、こちらはイネス・カストロ子爵令嬢で、私が攫われた時巻き添えをくったの。この格好はあいつらが用意した物で、こっちの方が動き易いと思って着替えたのよ」
「イネス嬢か。それは気の毒に。怖かっただろう?」
「怖くなかったと言えば嘘になりますが、レイリア様が諦めない限り、希望があると思っていました。助けに来て下さってありがとうございます。さあ、早く安全な場所へレイリア様を逃がしましょう」
見た目に反して冷静な受け答えをするイネスに、ルイスは感心した。
「そうだね、君の言う通りだ。早く逃げよう」
そう言ってイネスの手を取ろうとしたら、イネスの手は微かに震えていた。
気丈に振る舞っている様に見えても、やはり相当無理をしているのだろう。
ルイスは『僕がしっかりしなければ!』と改めて思った。
ドミニク達救出隊とリカルドとその仲間は、全員外へ移動していて室内には誰もいない。
シモンに先導され4人が小屋を出ると、外ではまだ激しい争いが繰り広げられていた。
最早狙い撃ちが出来なくなったボウガン要員は、ルイを奪われまいと隊員達と共に2人の敵と戦っている。
ドミニクはリカルドとほぼ互角の戦いを繰り広げているが、僅かにドミニクの方が押していた。
隊長はといえば、鞭使いに手こずり中々近付く事が出来ない。
テーブルは室内だから使えた手で、外の広い空間では攻撃を防ぐのがやっとだった。
「リア、走れるかい?」
レイリアが頷くと、エドゥアルドはレイリアの盾になりながら走り出した。
隊員との交戦をやめて、追いかけてくる2人の敵をボウガン要員は狙って撃つ。
1人は足を掠って転び、もう1人はルイスがイネスを守りながら食い止めた。
そこに隊員達とシモンも合流すると、2人はさすがに敵わず、ルイと一緒に縛り上げられる。
残る敵はリカルドと鞭使いだけになった。
隊員達は勝ちを意識してほんの一瞬油断が出たのだろう。
鞭使いはその一瞬の隙を突いて、ボウガン要員から鞭でボウガンを奪い取ったのだ。
隊長は鞭で打たれながらもボウガンを取り戻そうと剣を振り下ろしたが、鞭使いは素早く矢を番えると、レイリア目掛けて矢を放った。
「バカ!やめろエデル!!」
リカルドの叫び声と同時に飛び出した矢は、レイリア目掛けて一直線に飛んで来る。
エドゥアルドは咄嗟にレイリアの前に立ち、両手を広げて壁になった。
ヒュウと空気を切る矢の音が消えると、エドゥアルドの体は弾かれた様に背中からバタリと仰向けに倒れた。
レイリアにはその動きがまるでスローモーションの様にゆっくりと見えて、エドゥアルドの胸に刺さっている物を認める事が出来なかった。
「エドゥアルド殿!!!!」
交戦中のドミニクが叫ぶ。
「うおおおおー!!」
隊長は雄叫びをあげると鞭使いの鞭を素手で掴み、無理矢理鞭を奪い取った。
そしてドカッ!ゴスッ!と鈍い音を立てながら、力任せに鞭使いを殴り付けている。
「‥‥嘘‥‥嫌だ‥嫌だエディ‥‥!!」
レイリアはエドゥアルドの横にヘナヘナと膝を着き、震える手でエドゥアルドの手を持ち上げた。
ブルブルと震える手の隙間から、エドゥアルドの手が力なくパタリと落ちるのを見ると、レイリアは真っ青になって叫び出した。
「エディ!!エディ!!嫌だエディ!!!!嫌ー!!!!!!」
その場にいた全員の耳がレイリアの声でキーンという耳鳴りを起こした。
すると次の瞬間、レイリアの体から真っ白な光がパァッと放たれ一本の太い柱に形を変え、強い光が周囲を照らす。
柱は高く高く空まで伸びて、眩しさに誰も目を開けていられなくなった。
「‥あれは‥何だ?」
少し離れた街道を走る豪華な馬車の行列にも光の柱は見えた。
ザワザワと騒ぎ始めた行列に同行する人々の様子に、一際豪華な馬車の中から声が聞こえた。
「騒がしいぞ。一体何事だ?」
馬車の外で馬に跨り、近衛騎士団隊長の制服を着た男がそれに答える。
「申し訳ございません。突然ローレの森の方角に光の柱が立ちまして、皆驚き恐れております」
「光の柱だと?それは一体何だ?」
「分かりません。調べに行きますか?」
「そうだな。ファビオよ、部下を連れて向かってくれ。私も後から合流する」
「はっ!直ちに向かいます!」
近衛騎士団隊長ファビオ・メンデスは、国王陛下の命により数人の部下と共にローレの森へ向かった。
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